おかしとぶどう酒を探して
 私は走っていた。進むたびに更にきつくなる死臭を我慢して、涙をこらえて、ただ只管に走っていた。
 目指す場所は、研究室。

『入って右手の棚にある赤紫の試験管と、お菓子の箱を持ってきて!』

 突如上から降ってきた赤い化け物――あれを私は知っている。名前までは知らないけれど、恐ろしいB.O.W。
 ウォルはその化け物に押しつぶされ、そして無残にも鋭利な爪を振り下ろされていた。
 寸前のところでウォルが体をひねり、なんとか顔に爪が直撃するのは免れたが、それでも、彼の右腕が、飛んでいったのを私は見開いた目で見てしまった。

 呆然と怯える私に、ウォルは血だらけのまま、私に叫んだのだ。研究室に向かえと。そして、その声は気味の悪い音と共に聞こえなくなった。
 彼が叫んだ途端に背中を向けたから、臆病な私は見えなかったが、何があったのかくらいは分かる。

 ウォルが命を掛けてまで求めているものを持ってこなければ。――いや、私は情けなくも、逃げ出したのだ。彼の要求を言い訳にして、あの恐ろしい場所から。脱兎のごとく。
 なんて情けない。なんて情けない!私があの場で膝をつかなければ、ウォルはあんな目にあわなかったかもしれないのに。
 ようやく見えてきた研究室の文字に、私は零れ落ちそうになった涙を拭った。せめて要求されたことだけはやりきろう。
 頭が平常時なら確実に吐いていただろうと思うほどに強い死臭が立ち込める廊下の突き当たり。そこにある扉を開けて、転がり込む。

「ひっ」

 視界に飛び込んできたのは、赤、赤、赤。研究室は、ただただ赤で埋め尽くされていた。もちろん、どれもこれもが血である。
 死臭の原因は、まさかこれだったのだろうか。
 忘れていた吐き気が急激に戻ってきて、私は口元を押さえた。しかし、こんなところで吐いている場合では、ないのだ。
 早く物を取って、逃げなくては。いつ、あの恐ろしい化け物がこちらに来るとも限らない。こんな場所で襲われたら、逃げ場なんて、ない。
 口の中にじわりと滲んだ苦味を何とか飲み込み、なるべく研究室を見ないようにして私は足を進め始めた。

 ウォルが言っていたであろう棚。そのガラス戸にはべったりと血が付いていて、中に何が入っているのかは分からない。しかし、この中にウォルが求めていたものが入っているのだ。
 勇んで私は赤いガラス戸を空けた。
 カラリと軽い音を立てて開いたガラス戸の向こうは外側とは違い、白さが保たれており、ウォルの言っていた試験管とお菓子の缶箱が1つ入っていた。きっとこれが彼の言っていた"忘れ物"なのだろう。
 思わず安堵の息を吐いて、私はそれらを手に取った。
 これで彼が求めていたものは手に入れた。しかし――

「これをどうすればいいの……」

 この2つを求めていた人は、もういない。
 私は脱力したようにその場にしゃがみこみ、隣にいない人物の名前を呼んだ。
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