亡骸にキス
「あ、と、さん……」

 カチカチと音を立てて震える歯。父から広がっていく血溜まりがやけに非現実的で、それでも握っていた銃が手から離れることはなかった。

「サチエ……」

 いつの間にか近くにいたレオンが、私の肩に手を置いた。暖かいその手に反応して顔を向ければ、申し訳なさそうなレオンの顔がこちらを見ている。

「レオ、ンさん……。どう、どうしよう、父さんが、私、父さんを……!」
「すまない……酷なことをさせた」

 謝罪と共に、私の体はレオンの腕の中に納まっていた。そこで初めて全身が震えていることが分かった。
 こんな怖いこと。こんなに不安なこと。こんな悲しいこと。現実味がなさすぎて、全部夢だと思っていた。
 しかし、今私を包み込む温もりも、発砲の反動から起きる手のしびれも、すりむけた膝の痛みも、全てが現実なのだということを嫌になるほど教えて来る。
 レオンは抱きしめた私の背を、震えが押さえるまでずっと撫で続けてくれていた。

*******

「あぁ、分かった」

 ピッと連絡を切る音が聞こえ私は顔を上げた。端末を仕舞うレオンの青い瞳と目が合う。

「もう大丈夫か?」
「あ、は、はい。大、丈夫……」
「いや、すまない。変な聞き方をしてしまったな」

 私が言葉に詰まると、レオンは苦笑いをしながらこちらに歩んできた。そして座った私と目を合わせるように、彼も目の前で肩膝をつく。

「大丈夫でなくて当然なんだ。無理はしなくていい」
「は、はい……」
「しかし、だからと言って此処でじっとしているわけにもいかない。今は安全だが、きっといつか此処にも村人が来るだろう」

 レオンの言葉に私は視線を下に降ろした。
 きっと此処に来る村人も父みたいになっているだろう。むしろ、きっとまともなままで居るのは私と、レオンとルイス。そして捕まったままのアシュリーと、それから私を助けてくれた見知らぬ女性だけなのかもしれない。
 そう思うと、この村が自分の村に思えなくなる。懐かしいはずの臭いも焼け焦げた臭いや鉄の臭いが混じって恐怖心を煽るものとなっていた。

「俺は、アシュリーを助けなければいけない」
「アシュリー……」

 そうだ、と頷くレオンの声に脳裏に過ぎったのは一方的な約束。

『アシュリー待ってて!絶対に助けるから!待ってて!』

 思わずハッとした。
 彼女を助けなければ。自分よりもいくつも歳の若いであろう彼女は、未だ教会で膝を抱えているかもしれないのだ。
 目を閉じれば、帰りたい、と小さく呟いていた悲しそうな声がやけに頭に響いた。
 それでも、こんな自分の力で彼女を助ける自信は残念ながら、ない。
 私は閉じていた目を開け、レオンの瞳を見つめる。

「あの、レオンさんは、アシュリーを助けてくれるんですよ、ね?」
「あぁ、それが俺がこの村に来た理由だ。君は彼女の居場所を知っているか?」

 私はその問いに静かに頷いた。出会ったばかりだというのに、彼ならあの子を助けてくれるのではないか、そんな確信にも似たものが私の中にある。
 人を安心させるような笑顔のせいだろうか。何なのかは分からないが、今はそれにかけるしかない。

「アシュリーは、教会に監禁されています。村の中心にある建物から、教会まで道が続いているんです。……以前はあそこに建物なんてなかったんですけど」
「教会、だな。分かった」

 彼は私の言葉にしっかりと頷くと、スッと立ち上がった。
 これで彼女は助かるだろう。きっと親元へ戻れるはずだ。
 ホッと安堵すると同時に、私の今後も考えなければいけない。私もこの村から脱出をしたい、とは思うがこんな村の中で女二人を連れながら移動するのは、レオン自身の負担にもなるだろう。
 それに、どこかに逃げ去ったルイスと見知らぬ女性のことも心配である。
 しかし、かといって武器は女性に渡された銃が1丁。それも逃げてくるときに威嚇射撃のようなことをして何発か消費してしまっているのだ。心もとないにも程があるだろうし、見知った顔の面々を撃ち殺して進めるのか、と聞かれれば答えはNOだ。
 まだ、そこまでの勇気は、出ない。

「君はどうする?」
「えっ?あー、その……」
「……悪いんだが、教会まで案内してくれないか?」

 道が分からないんだ、と肩をすくめるレオン。私は思わず顔を上げてパチクリと目を瞬かせた。

「ただし、一緒に来ればそれなりに危険もあるだろう。そして、俺は自分の身を守るために村人の命を奪う」
「あ……」

 思わず言葉を失う。彼の言っていることは、避けられない事実、そして現実だ。
 共に来るかは君が決めるといい、と告げレオンは私に背を向けて歩き出した。
 少しずつ離れていく彼の背中を見ながら、私は手の中に収められた銃を握り締める。残弾数も残り少ないだろうに、銃が軽くなることはなく寧ろ奪った命の分重くなっている気がした。
 倒れた父を見れば、相変わらず血溜まりの中に倒れているだけでピクリとも動くことはない。

「父さん……」

 のろのろと立ち上がり、私は血溜まりにうつ伏せのままの父を転がした。ぬるりとした血が手につく。
 血の気のない頬を撫でれば驚くほどに冷たい。そのまま流れるように手を滑らせ、開いたままの父の瞼を降ろした。既に、瞳の色は懐かしいモノへと戻っている。

「父さん、私、どうしたらいい?」

 問いかけても返事が返ってくるはずがない。しかし分かっていても冷たい父を撫でる手を止めることは出来なかった。
 カシャンと、音を立てて父の首元から何かが零れる。

「これ……」

 不思議に思って拾い上げてみれば、それは金色のロケットペンダントだった。それも、まだ村に居た頃父に私がプレゼントしたものだ。
 まだ、持っていてくれたのか、そう思って開き、目頭が熱くなる。
 パチと小さな音を立てて開いた中に納まっていたのは、いつだか父と母と妹と撮った写真だった。私を真ん中に挟んで、左に母、右に父、そして私が抱く無邪気な妹。4人で幸せそうな笑顔を浮かべて写っている。
 思えば、本当なら今日だってこの笑顔を見るはずだったのだ。それがどうだ。真逆ではないか。
 そう考えれば、フツフツと沸くのは抑えきれないような怒り。

「分かったよ、父さん。私、行くね。ちゃんと、皆を眠らせる。それから、敵をとってくる。そしたら……」

 言葉の続きは言わなかった。
 私は父の首からペンダントを外すと、少し血のついたそれを自分の首に下げる。

「いってきます、父さん」

 冷たくなった父の頬にキスを落とし、私は立ち上がった。
 まだしばらくは、しっかり現実を見よう。目的を果たすまでは。


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決意することと覚悟は大切だと思います。
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