悪夢の予兆
 ――ただいま、なんていう暇もなかった。
 まず、痛み。
 後頭部から伝わってくる鋭い痛みに、殴られたのだと自覚する。
 次に、匂い。
 懐かしい、懐かしいその匂いに、少し鉄のような、それから焼けるような。良く分からないけど不快にしか思えない匂いが混じっているのが分かる。
 そして、足。
 この場所でよく見る汚れた革の靴。農作業で汚れたズボン。
 それが薄れ行く意識の中で何とか判断できた全てだった。


*******

 
 谷底に落ちた車の残骸を見ながら彼、レオン・S・ケネディは片手で顔を覆った。
 ――何てことだ、一緒に行動していればこんなことにはならなかったはずだろうに。
 
 与えられていた任務は、大統領が愛して止まない一人娘アシュリー・グラハムの警護のはずだった。それが、警護対象である彼女が何者かに誘拐され、おのずと自分の任務も彼女の救出に変更される。それが至極当たり前のように変えられ辺境の村に飛ばされることに、若干の不快感を抱いたことは記憶にまだ新しい。
 自分の職業を考えれば当たり前の事なのだが。

「……とりあえず、進もう」

 此処でじっとしていても何も進まないことは十分にわかっている。
 レオンは1人そう呟くと、もう一度谷底を見下ろし、それから開けた道なりに足を進め始めた。
 谷底に落ちた車は、レオンが乗ってきた警察車両だった。中には此処まで乗せてきてくれた警察官2人が乗っているはずだ。柄は良いとは言いがたかったが、いい連中だった。
 少し前まで一緒にいた男2人の冥福を祈りながら、レオンは足元に仕掛けられていた罠を外した。
 
 それにしてもこの村は可笑しい。そこら中に仕掛けられている罠の数々、何かが腐ったような臭い。そして先ほど民家に入ったときから立て続けに襲ってくる村人。
 彼らはその手に普段使っているのであろう農具を持ち、レオンに向け振り下ろしてくる。その目は明らかに殺気が篭っており、どう見ても正常な人間とは思えない。
 ふと蘇るのはトラウマ。
 此処は、あのラクーンシティのようになってしまっているのだろうか。
 そう思っては見たが度々襲ってくる村人や仕掛けられた罠を見る限り、ゾンビたちのようにただ己の欲のままに動いているようには見えない。どちらかといえば、ぱっと見ドラッグ患者のような。
 この偏狭の村で一体なにがあったのか。その答えはこの先に進むことで何かが見つかるかもしれない。しかし、それよりアシュリーの救出だ。こんな場所に連れて来られた彼女の身が心配である。早く助け出さなくては――

「あぁ……その前にお前達の相手、か。そんな暇はないんだがな」

 レオンは自分の肩越しに後ろを見やると、手に持っていた銃のリロードを手早く済ませた。
 彼の後ろにはいつの間に集まってきたのか、包丁や鎌などを手にした男女の村人達が立っている。その目は、やはり殺気立っており話し合いで通じる相手には見えない。
 村人の1人が逆手に持った包丁を振り上げた瞬間、レオンは銃口を女の頭に向け引き金を引いた。


*******


 頭に響くような鐘の音で目が覚めた。ゆっくりと重たい瞼を持ち上げれば、少し古びたレンガの床が視界に入る。
 此処は一体何処なのだろうか。
 寝起きのように回らない頭で考え、自分の記憶をゆっくりと辿る。
 確か久しぶりに村に帰ってきて、それで懐かしい顔の面々に話しかけ――

「……殴られたんだっけ」
「あ」

 先ほどのことを思い出してポツリと言葉を呟くと、予想外に近くから声が返ってきた。声を頼りにのろのろと視線を彷徨わせれば、すぐに声の主を見つけることができた。

「目が覚めたのね!」

 声の主は若い女の子だった。部屋の隅に膝を抱えて座っていた彼女は、私と目が合うとパァッと花が咲いたように笑いこちらに駆け寄ってくる。

「よかったわ、心配していたの。ひどいのよ、あいつら!気絶している貴女を投げたの!」
「そ、そう、なの?」

 ふんっ、と鼻を鳴らしながら怒りを口にする女の子に少し圧倒されながら、私はゆっくりと投げ出されていた上体を起こした。頭に鈍い痛みが走り少し顔を歪めるが、殴られたときほどではない。

「そうなのよ!大丈夫?痛いところとかない?」
「あ、うん。ちょっと頭痛いけど、平気」

 大丈夫の意を込めて笑顔を浮かべれば、目の前の少女はまた安心したように花を咲かせた。
 
 少し落ち着いて辺りを見渡してみると、小部屋にいれられているようだ。それも村に唯一つしかない教会の小部屋だ。子供の頃に何度か掃除をしにきたことがある。

「ねぇ、貴女、名前は?」

 部屋に一つだけ取り付けられた鉄製の扉に視線を送っていれば、後ろから声をかけられた。
 先ほど駆け寄ってきた少女は、私が目覚めたことに満足したのか、再び元居た位置に戻り膝を抱えて座っている。

「私?私はサチエ。サチエ・グラシア」
「サチエね!私はアシュリー・グラハム。アメリカ合衆国の大統領の一人娘よ。アシュリーって呼んでね」

 よろしく、と向けられた笑顔を思わずガン見してしまった。
 ――今、彼女はなんと言った?

「あ、あの……。今、なんて言った?」
「え?アシュリー・グラハム」
「その後!」
「アメリカ合衆国の大統領の一人娘」

 それがどうしたのとでも言わんばかりにキョトン、とした顔で目の前の少女は爆弾を投下した。思わず口を半開きにして見つめ続ければ、首を傾げたアシュリーが立ち上がり私の目の前で手をヒラヒラとさせる。

「なんで大統領の娘がこんな村にいるの……」

 ちょっとしたパニックに陥った私が、ようやっと呟いた言葉はそれだった。

「誘拐されたのよ、私」
「誘拐!?」

 続けて投下された爆弾に、思わず聞き返す声も大きくなる。しかし、彼女はそんなことは気にした様子もなく、そうなのと首を立てに振って肯定した。

「あ、もしかしてサチエも誘拐されたの?」
「う、ううん。私は久しぶりに村に帰ってきただけで……」
「あら此処の村の人なの?」
「うん、一応。今は都市のほうに住んでいるけど……でも、どうして誘拐なんて」
「知らないっ。多分身代金目当てじゃないかしら?」

 少し、突き放すようにしてそれだけ言うと、アシュリーは再び座りなおし抱えた膝に顔を埋める。
 数秒後に小さく、帰りたいと弱々しい声が聞こえてきた。



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とうとう始めてしまいました。拙い文章になるとは思いますが、夢主共々、よろしくお願いいたします。
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