真実の一片
 ペラリ、と紙を捲くる音が静かなそこに響いた。
 私が眺めているのは、あの謎の女性に貰った古びた本。最初の方には母の日記と同じように日々のことが描かれてあった。どうやら私の家に昼食を食べに来たこともあるようだ。こういった日常のものが書かれていると、どうしても今の状況が夢なのではないかと思ってしまう。残念ながら現実、なのだが。
 溜息を吐きながらページを捲っていけば、やがて、母の日記と共通する場所が幾度も出てくるようになった。サドラーによる"御説教”を聞き、そしてサドラーに言われるがままに血の浄化の儀式が行われたらしい。この血の浄化の儀式のスケッチには、何やら注射のようなものをもつ村人が描かれている。
 どうやら、キーワードは血の浄化の儀式のようだ。

 それにしても、と私は眉を寄せた。
 パラパラと適当に捲って見る限り、このおじさんは母とは違い儀式の後もしっかりとした字が書けている。注射で打ち込まれたものが体に合う、合わないということでもあるのだろうか。
 謎は色々と残るがともかく、この日記はこの村に起きたことを知る大きな手がかりとなるのは間違いなさそうだ。きっとレオンにも見せたほうがいいだろう。
 私はパタンと本を閉じた。
 それと同時に、タイミングを計ったかのように、再び聞こえた足音。大方、あの女性だろう。また背後でも取って脅かしたいのだろうか。

「んもう、なんです、か……」

 後ろを振り返り、私は絶句した。
 視線の先にいるのが、例の女性ならまんまと思惑に引っかかったことになるのだろう。しかし、振り返った先にいたのは鋤を手にした一人のおばさん。
 予想外のことに思わず後ずさるが、パラ、と小石が落ちる音で足元を見る。そういえばすぐ後ろは崖だったのだ。サッと血の気が引いた。
 この高さから落ちて、無事でいられるわけもない。
 どうすれば。そう思っている間にも、目の前にいるおばさんは殺気の篭った赤い目を爛々と輝かせながら、少しずつ近づいてきていた。

「ひっ」

 私が引き攣った声をあげるのと同時に、おばさんが奇声を上げながら鋤を突き出す。自分でも驚くほどの反射で間一髪でなんとか避ければ、手にピッとした痛みが走しった。

「あっ……!」

 しまった、そう思ったときには既に遅く。手に当たった鋤は、そのまま手にあった本を勢い良く弾いていた。本はクルクルと弧を描きながら宙を舞う。
 おばさんへの恐怖に怯えて手を伸ばすことも出来ないまま、本は重力に従い、やがて下でボチャンという音を立てた。どうやら、水没してしまったようだ。とても大事なものだったのに、と頭を抱えたくなるが、今はそれどころではない。
 目の前のおばさんは、鋤に付いた私の血を見てにやりとした笑みを浮かべた。そのままベロリと血を舐めあげると、再び鋤を突き出そうと構えだす。

 ジワジワ近づいてくるおばさんに警戒をしながら、私もようやく震える手で銃を構えることが出来た。ともかく、背後が崖の状態は危険すぎる。
 私は鋤を振りかぶったおばさんの手にポインタを当てて引き金を1回引いた。銃口から放たれた銃弾はぶれる事無くおばさんの手を打ち抜く。
 カランと音を立てて鋤が地面に落ちたときを狙い、私は地面を蹴った。痛がっているおばさんの脇を駆け抜けて崖から遠ざかれば、手を打たれたおばさんが怒ったように私を睨み付ける。
 そんな顔されても、私だって貴女に手をやられたんだから。思わずそんな愚痴を吐いて、恐怖で駆け足になる心臓をなだめる。

 とりあえずレオンには下手に迷惑をかけたくは無い。発砲音が洞窟の中にいる彼に届いていないことを願いながら、私は十分な距離をとった。再び銃を構えなおし、赤いポインタをおばさんの頭に合わせる。

「……おやすみ」

 殺気を剥き出しにしてこちらに駆けて来るおばさんの額に、乾いた音共に弾き出された銃弾がめり込んだ。ぐわり、と白目をむいておばさんの体から力が抜けていく。
 良かった、一人でも、何とかなった。

 ホッと息を吐いたのも、つかの間。
 眉間を打ち抜かれぐらりと傾いたはずのおばさんが、ギリギリのところで踏ん張ったのだ。そのまま彼女は自分の頭を抑えながらビクビクと動き始める。頭が痛いのか、おばさんはうめき声を上げながら頭を抱えた。
 嫌な予感が、する。

 思わず目を閉じるのと同時に、つい先ほど聞いた気持ちの悪い音が鼓膜を振るわせた。血溜まりを踏むような足音に目を開ければ、そこにはやはり頭のないおばさんが立っている。首には、しっかりと触手なようなアレが居座っていた。
 思わずこみ上げる吐き気。しかし、吐いている暇はない。フラフラとした足取りのおばさんは、触手で空を切りながらこちらへと足を進めているのだ。
 私は今日だけで何度も噛んだ下唇を噛み、震える手で銃を構えなおした。ジワリと口の中に血の味が広がる。

 狙ったのは、あまり動きのない触手の根元。正直一番、直視したくないところだった。
 治まることのない吐き気を無理矢理押さえつけ、私は引き金を引く。先ほどと同じように飛び出た銃弾は、ぶれる事無く根元を打ち抜いた。途端、糸が切れたかのようにおばさんが崩れ落ち、首から生えていた触手はぶくぶく泡を立てて地面へと染み込んでいく。
 先ほどの音はこの音だったのか。
 そう思うのと同時に抑えきれなくなった吐き気を感じ、すぐさま水のなくなった水路へと胃の中のものを吐き出した。先ほど吐いたこともあってか、大した量は出なかったが、それでも少しはスッキリしたように思う。

「サチエ!」

 呼ばれて振り向けば、焦った顔をしたレオンが慌てた様にこちらに走ってきていた。その手には、しっかりと紋章がつかまれている。

「銃声が聞こえたから急いだんだが……すまないな」

 申し訳なさそうな声に大丈夫、だと返せば、無理をするなとゆっくりと背中を摩られた。
 それにしても、やはり銃声は聞こえてしまっていたらしい。私はレオンにばれないように小さく溜息を吐いた。
 ――迷惑、かけてばかりだ。


 もう大丈夫と苦笑い気味に返してもまだ心配そうなレオンを連れて、私たちはようやく来た道を戻り始める。来るときに頭の弾けたおじさんの死体は、何故か見当たらなかった。


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第二章 To be completely changed END
変わり果てる。
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