絵本と裏側
 タンタンッ、と乾いた音が辺りに鳴り響いていた。
 銃を構えるレオンの周りには、沢山の村人。滝が止まるのと同時に彼らは出てきた。
 唸りを上げながら彼に近づいていく村人の手には、お決まりになりつつある日常的に使う刃物、夜の見回りのときに使った懐かしい松明。そして極め付けのダイナマイトだった。あんなもの、村の何処にあったのだろうか。
 
 下唇を噛みながら、私は滝の奥から出てきた村人に向けて、上から発砲し続ける。相変わらず引き金を引くということに慣れることはなく、遠目に見える見知った顔が地面に伏せるたびに、銃がどんどん重たくなっていくように感じた。

「サチエ、無理はしなくていい!下半身を狙えば少しは足止めになる」
「大丈夫です、出来ます!」

 覚悟、したのだから。
 気遣うレオンの言葉に若干ムキになった返事を返しながらも、ポインタに導かれるようにして私の銃から離れた銃弾は、斜めにおじさんの頭を打ちぬいた。これで、あとはレオンが相手をしている人だけのはず。
 思わずほう、と息を吐いた。銃を持っていた手は、小さく震えている。
 レオンを見れば、最後の1人を打ち抜いて、リロードしているところだった。私が見ていることに気がつくと、笑みを浮かべながら小さく片手を挙げる。援護感謝、という意味だろうか。

「レオンさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、君のおかげで。……奥を見てくる、何かあったら叫ぶんだ」

 わかりました、と私が返すのと同時に、レオン姿が上からは見えない洞窟へと消えていった。

 さて、彼が戻ってくるまでどうしていようか。リロードするにも弾はレオンに預けているために持っていないし、散策して下手に危ない目にあっても迷惑をかけるだけだ。
 となると、大人しくこの場でお留守番しているのが吉、といえる。


 ザッ、と。
 背後で足音が、した。
 レオンだろうか。いや、まさか。彼はつい先ほどこの下の洞窟に入っていったばかりである。私の背後にいるなんて、そんなはずはないのだ。
 ならば、後ろにいるのは――――?


「物騒ね、そんなもの向けないでくれる?」

 意を決して銃を構えて振り返れば、銃から伸びるポインタが捕らえたのは、一人の女性だった。
私と同じ黒い色をしたショートヘア、妖艶に吊り上げられた口角。極めつけはパタパタとはためく真っ赤なチャイナドレス。この村にそぐわないその全てに、私は見覚えがあった。

「でも、防衛としてはまずまずね」

 にんまりと口角を引き上げたその姿に、私は思わず安堵の息を漏らす。
よかった、彼女も無事だったのだ。瞳も赤くはないし、大きな怪我も見当たらない。

「あ、あの!二回も助けてくださって、ありがとうございました……」
「二回?」
「二回、ですよね……?最初に会ったときと、村長の家で……」

 計2回、のはずである。もしかして、私が気がついていない間に助けてもらっていたのだろうか。
 そうやって少し慌てていれば顔に出てしまっていたらしく、クスクスと控えめな笑い声が聞こえてくる。

「嘘、冗談よ。ちょっとした意地悪」
「も、もう!気がつかない間に助けてもらったのかと思ったじゃないですか」
「あら、私に助けてもらうのはお嫌?」
「まさか。そ、そうじゃなくて、えっとですね……!」

 なんて言ったらいいんだ、と口をもごもごと動かせば、再び冗談よ、と笑い声が返ってきた。どうやら彼女は私を弄るのがお好きなようだ。現に焦る私を見て、ニンマリと口角が上がっている。
 なんてサディストなのだろうか。美人でサディストだなんて勿体な――くはないか。むしろこの女性の場合しっくりくる。これでマゾヒストだとしてもそれはそれで、いや、私はこんな状況下で一体何を考えているのだろうか。

「……最初に会ったのは違う場所だけれどね」
「え?あ、す、すいません、変なこと考えてて……なんて?」
「なんでもないわ」

 先ほど浮かべていたニンマリとした笑みではなく、にっこりとした笑顔でキッパリとそう告げられてしまえば掘り下げるのも失礼な気がして、そうですかとだけ返す。もしかしたら、触れられたくないようなことを思わず呟いてしまったのかもしれない。勿論気にならない、といえば嘘にはなるが。

「と、ところで、なにか御用だったんじゃ……?」
「えぇ。貴女にちょっとしたプレゼントを、ね」

 プレゼント?と首を傾げると同時に差し出されたのは、1冊の本だった。それもなんとなく何処かで見たことのあるような。
 恐る恐る本を開いてみれば、視界に最初に飛び込んできたのはロス・イルミナドスの単語だった。思わず目を見開き、他のページも捲る。

 本には、この村の日々が綴られていた。それも、見覚えのあるスケッチと文字で。
 どうりで、この本に見覚えがあるはずだ、と私は唾をゴクリと飲み込む。
 この本は、此処に来る最中で初めて頭を破裂させた、あのおじさんの持ち物だ。この筆跡も、絵も、何度も見たことがあった。
 はじけとんだあの瞬間が脳裏を過ぎり、思わず顔をしかめる。

「じゃあ、確かに渡したから」

 ガッと金属が何かに刺さる音と女性の声に、私はハッと意識を戻して顔を上げた。しかし既に目の前に女性の姿はなく、私は本を手に開いたままキョロキョロと辺りを見渡す。しかし何処を探しても赤いチャイナドレスは見えない。確かにすぐそこで声がしたはずなのに。

「また、ね、サチエ」

 予想外に上から降ってきた声に、私は急いで顔を上げた。真っ暗な夜空が視界一杯に広がる中一瞬だけ映ったのは、岩壁の上からチラリと見えた赤色。
 一体どうやってあんな所に一瞬で上ったのだろうか。かなりの高さがあるはずなのだが。それに――

「な、なんで私の名前……」

 言った覚えは、ない。のにも関わらず、彼女は確かにサチエと、私の名を口にしたのだ。
 何とも謎の多い女性である、それだけが今回分かったことかもしれない。
 私は手の中に納まる本に視線を落としながら、少しだけ首を傾げたのだった。


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赤のあのひと
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