ピッ、と通信を切る音が室内に響いた。それに反応して、手紙に視線を落としていた私は端末を仕舞うレオンを見上げる。
「怒られてしまったよ。連絡も寄越さずに何をしていたのか、ってな」
「うーん、倒れていたら連絡のしようがないですもんね」
肩を竦めて話すレオンに、私も苦笑いでそう返した。
私が日記を閉じてから少しした後、床で眠っていたレオンが目を覚ました。それも、私が起きたときと同じように何かを叫びながら。
驚いて、どうしたのかと聞いたが悪夢を見た、としか返ってこない。様子を見る限り思い出すのすら嫌なようで、内容は詳しくは教えてはくれなかった。
サポート役の人に連絡する、というレオンの邪魔にならないようにとベッドに傍に戻れば、手紙があるのに気が付いた。先ほどは夢で気が動転して気がつかなかったのだろう。手紙は綺麗な文字が並べられている。どうやら女性が書いたようだ。
女性といえば、私を助けてくれた見知らぬ女性は無事なのだろうか。あの人はもしかしたらこの村を1人で動き回っているのかも知れない。銃も借りているし、助けてくれたお礼もまだ伝えていない。無事でいてくれるといいのだが。
「サチエ、それはなんだ?」
不思議そうなレオンの声に、私はハッと意識を戻した。手元にある手紙を少し首を傾げながら指差してくるレオンに、ベッドにあった、と告げてそれを手渡す。
彼が手紙を読んでいる間に、私はスッと立ち上がり日記が仕舞ってあった棚を再び開けた。中には沢山の分厚い封筒や、ギッシリと硬貨の詰められた瓶が並べてある。封筒の中に入れられているのは紙幣だ。
私はそれらを取り出しベッドに並べていった。そして、次にポケットに入れていた財布を引っ張り出し、そこに取り出したお金を詰めていく。
「おい……それは、窃盗じゃないか?」
私の行動を不思議に思ったのか、手紙から顔を上げたレオンが眉を寄せそう言って来た。
確かに、この場面だけ見たら確実にただの火事場泥棒にしか見えないだろう。しかしそもそも此処は私の家なのだ。
そう告げれば、レオンも少しキョトンとした後そうだったのか、と納得したように手紙に視線を落とす。
「それに。こんな状況じゃきっとお金なんてあってないようなものだと思いますよ」
「まぁ、確かにな」
読み終わったらしい手紙を大切に折りたたみ、そっと懐に仕舞いながらの返事。
まるで思いを寄せている女性からラブレターを貰ったかのような手つきで、顔で、そんなことをするものだから、思わず私の眉が寄った。私が眉を寄せる意味も義理も権利もないし、寄せた理由が自分でも分からないのだが、寄ってしまったものは仕方ない。
自分のわけの分からない行動に若干の溜息を吐きながら、余っていた大きめの封筒に残った紙幣と硬貨を詰めていく。そして私はソレを立っていたレオンに向けて差し出した。
「使われないくらいだったら、レオンさんにアシュリー救済の資金として使ってもらったほうがお金は喜びますよ」
きっとね、と続ければレオンは数回目を瞬かせた後、頭を振る。受け取れないと告げるレオンの胸に、私は苦笑いをしながら近寄り、お金が入りパンパンになった封筒を押し付けた。
「いいから、使ってください」
押し付けるだけ押し付けてパッと手を離せば、重力に任せて落ちそうになる封筒をレオンが反射的に受け止める。ソレを見て受け取りましたね、とニヤリと笑った。レオンの顔が呆れたようなものになる。
「君には負けたよ」
肩を竦めるのは彼の癖なのだろうか。本日何度目かの光景に私は少しだけ安心感を抱いた。
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私は思わず口を覆った。
今目の前で起こったことが、とても信じられなかった。
暗く狭い道で私達の道を塞いできたのは、やはり見知った顔のおじさんだった。いつもニコニコとしていて絵を描くことが好きだったおじさんは、今は虚ろな顔で片手に松明を持って唸り声を上げている。
ごめんね、おじさん。そう呟いて銃を構えたときだった。
目の前で、おじさんの頭が、割れた。それも、弾けるようにして。
ピシャッと音を立てて勢いよく飛び散った赤が、道をベットリと色づけていく。頭がなくなり、色々なものがむき出しになってしまった首からは、中途半端にくっ付いていた肉や血が垂れていた。おじさんが少し動くだけで、ブランと揺れる。
そして頭の変わり、とでも言うかのように首から生えているのは、ウネウネと気持ち悪く動く目玉の付いた触手のようなものだった。先には鋭い爪のようなものが付いており、ソレがヒュンと音を立てて何度も空を切っている。
あまりの光景に、グッと吐き気がこみ上げてきた。耐え切れずに胃から競りあがってきた物が、一気に吐き出される。しかし吐いても楽になることはなく、雨の匂いでも消えることのない血の匂いと嘔吐物の匂いが、更に追い討ちをかけてきていた。
「サチエ、下がっていろ」
吐いたことにより少し乱れた息を整えていれば、レオンが私のことを後ろへと押しやる。上手い具合に彼が壁になり、私からはあのおじさんが見えることはなくなった。分かるのは、こちらに近づいてきているのであろうズリッズリッとした足音と、あの触手が空を切る音、そして血の滴る音だけ。
タンタンと乾いた銃声が何度かその場に響き、やがてドサリと倒れる音がした。父を撃った後に聞いたものと同じだ。あの光景を思い出し血の気が引くのを感じていれば、続いて聞こえてきたのはブクブク何かが泡立つような音。何の音か、と恐る恐る尋ねれば、首から出ていたものが溶けた、と返ってきた。あれは死ぬと溶けるのか。
「見ないほうがいい」
先に進むにも、倒れたおじさんの横を通らなくてはいけないのは必然的で。先ほど吐いた事も考慮してか、レオンは私の手を引き、もう片手で目を覆ってくれる。
真っ暗な視界の中、頭が割れる、あの瞬間だけがリピートするかのように、何度も、何度も再生されていた。
昔見た笑顔が、思い出せない。
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他人でもそうだろうけれど知り合いの頭が弾け飛ぶ所を見なければいけないなんて。
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