水面に恐怖
 私の家の前には、湖がある。
 その湖は、村唯一の湖であり、そこは私の家が家族で管理していた。祖父母も父母もそして私も毎日のように湖の様子を見ていたものだ。その甲斐あってか、太陽の光をキラキラと反射するソレは、村人達が釣りやデートなどをする憩いの場の一つであった。
 ――そう、私の記憶が正しければ。

 先を歩くレオンについていくようにして湖全てが見渡せる場所まで登り、はじめに出た言葉は、は?という何とも可愛げのない言葉だった。
 今目の前に広がるのは、異臭を放つ泥水を大量に貯めたような湖。その表面には、汚くどろどろとしたものを浮かばせているのだ。私の大好きだった5年前のあのキラキラとした光景は、一体何処に行ってしまったのだろうか。
 奥に見える小さな我が家も、なぜか以前よりもいっそう古びた雰囲気を醸し出している。私の家はあんな怪しい雰囲気を醸し出していなかったはずなのだが。
 挙句の果てには、湖の水面に映る”ナニカ”の黒い影。しかも、先ほど飛び出したその姿には見覚えがあった。

「デル、ラゴ……」

 見間違いではなければ、あれは村長が大切に大切に育てていた、オオサンショウウオだ。
 もう一度言う。オオサンショウウオ、だ。
 最後に見たときは、まだ可愛い見た目だったはずのオオサンショウウオのデルラゴ。それがどうだ、今見たデルラゴは化け物並みに大きく成長し、村人が濁った湖に捨てた警官を一飲みにしたではないか。
 突然のことに呆然としすぎて、不法投棄はやめろだとか、いつから主食が人間になったのだろうかだとか、わけのわからないことを考えてしまう。
 
 私達が目指している場所は、この湖を渡った先にあるらしい。
 5年もたった今、広場が出来ていたりするくらいなのだ。湖の向こうに回る道が他に出来ているかも知れないが、今から新しく道を探すとなると、かなりの時間を要してしまうだろう。そうなると、アシュリーを助けるのも必然的に遅くなってしまう。今の村人達は何をするか分からないのだ。なるべく早急に彼女を助けなければいけない。
 一番確実なのは、この湖を船で渡ること。しかし、それは変わり果てた姿の巨大なデルラゴに襲われにいくのと殆ど同じことであり、下手をすればあの大きな口で、先ほどの警官のように飲み込まれてしまうかもしれない。
 それはレオンも分かっているようで、溜息混じりに下に止めてあるボートを見つめた。

「アレを使うしかないか」


********


 無機質なエンジン音を響かせながら私達は湖の上を渡り始めた。
 水面に浮いたドロドロとしたものを掻き分けながらも、2人を乗せた古びた船はどんどん進んでいく。
 この船も大事にされており、使っていた年数に似合わず綺麗な状態だったはずなのだが。ボロボロになった船をチラリと見つめ、私は溜息を吐いた。

「なぁ、本当に良かったのか?岸で待っていてくれても良かったんだが……」
「このボロ船の運転には、昔から結構コツがいりますから。もしデルラゴに襲われたら、このオンボロの運転しながら戦わなくてはいけないんですよ?」

 だったら運転に慣れた人がいたほうが安全でしょう。
 そう続ければ、レオンは笑顔を浮かべながら負けたよ、と返してきた。
 
 そういえば、こうして男性と2人でボートに乗るなんて懐かしい。昔にしたデートも、こうして自分達以外に人がいないような状況だった。
 昔を思い出すと、レオンとデートをしているような気分になり、頬に少し熱が集まるのを感じる。こんなときに不謹慎だとは分かってはいるが、そうなってしまったものは仕方ない、と顔を見られないように下を向いた。
 恐る恐る目だけを上げれば、どうした、と微笑んで首をかしげたレオンと目があう。カッ、と顔が赤くなったのを感じた。
 これだから美形は困る。
 そんなことを思いながらなんでもない、と返せば、私の考えていることが分かっているかのような笑い声が聞こえてきた。

 やがて、湖の中腹に差し掛かったとき、それは起こった。
 水面にたつ波が船を揺らし始める。船が進むのとは、明らかに違う揺れ。何が原因か、という予想は、私もレオンもついていた。

「来るぞ!」

 レオンの声と同時に、唸りをあげて湖から飛び出してきたデルラゴ。ソレが立てた大波に船が左右に揺さぶられ、私は落ちないように船にしがみついた。
 水しぶきを上げて出てきたデルラゴは、陸で見たときとは比べ物にならないくらいに大きく、その巨体に思わず言葉をなくす。ジワジワと、先ほどまで感じていなかった恐怖感が私を襲ってきた。しがみついていた手が、小さく震えている。

「大丈夫か、サチエ」
「は、はい、なんとか」

 なんとか大丈夫です、と続けようとした言葉は船が急に動き出したことにより途切れてしまった。
 何事かと船を確認すれば、船と碇を繋いでいるロープがピンと張られた状態のまま、ひとりでに動いているではないか。驚いてロープの先を確認すれば、どうやら運がいいのか悪いのか、碇はデルラゴの体に引っかかってしまったようだ。見ている限り取れるような気配もない。

「仕方ない、栄養を取りすぎたコイツを始末するしかないみたいだな。……怖いだろうが、運転は任せたよ」

 いつの間に手にしていたのか、大きな銛を手にしたレオンは少しこちらを振り返ると、パチリとウインクをしてみせた。
 こんなときにもそういうことをしてくるなんて、とは思ったが、気がつけば手の震えはなくなっている。レオンのウインクに安心したとでも言うのか。
 簡単な女だなと自分でも思いながらも、私も対デルラゴ戦に備え体制を整えると、いつでも運転できるように構えた。
 泳ぐたびに立つ波は大きい。転覆をさせないように気をつけなくては。
 シュッと音を立てて、レオンが放った銛が見事にデルラゴの巨体に刺さった。痛いと叫ぶような唸りを上げながらも湖を泳ぎ続けるデルラゴに引かれ、船もエンジンだけでは出せるはずのないスピードで走る。

「……もう、眠る時間だよ、デルラゴちゃん」

 舵をきり、目の前に迫ってきた大きな流木を避けながら私はポツリと呟いた。


*******
湖に数回発砲してデルラゴちゃんの餌になるのが好きです。
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