嫌な予感がするな。
私がいない5年間の間に新しく出来ていた大広場を通り抜けた先で、隣に立っていたレオンが静かにそう呟いた。彼の視線の先には、骸骨のぶら下がった標識がある。
思わずうわ、と声を漏らしながら私は標識に少しだけ顔を近づけた。昔はこんな悪趣味な標識はなかったはずなのだが。
広場といい、つり橋といい、本当に5年の間になにがあったのだろうか。古い物を大切にする心の持ち主ばかりの村だ。つり橋を穴が開くまで放置したりするとは思えないし、意味のない広場を作る理由も分からない。――広場、というより発掘をしている途中のような外見だったが。何か鉱石でも掘っていたのだろうか。
なんにせよ、あの憎きサドラーが率いているロス・イルミナドスが関わっているのは間違いないのだろうけれど。
はぁ、と聞こえた溜息。私は標識がぶら下げている骸骨に顔を歪めながら、レオンを見上げた。
「この標識がどうかしたんですか?」
「いや、これがある場所ではいい思い出がなくて、な」
それに坂道だ。そう肩を竦めながら先を歩きだしたレオン。坂道だと何なのだろうか、と私も首をかしげながらついて行く。
そこから少し歩き、何もないじゃないかと再び首をかしげたときだった。
「ん?」
コツン、と頭に何かが当たる。頭に小さな衝撃を残し、コロンッと地面に落ちたのは指先ほどの小石だった。
何故小石が上から、と私は上を見上げ、そして叫んだ。
「レ、レオンさん……!走ってぇぇぇえ!!」
見上げた先にあったのは、崖の上から巨大な岩を落とそうとしている村人の姿だった。それも、恐ろしくなるような笑顔で。
岩が作った影が、私の顔に落ちる。
数人の村人に力いっぱい押された巨大な岩は、重力に逆らう事無く私達のいる道へと舞い降りた。ズンッ、と重たい音が辺りに響く。
先ほどの声に弾かれたように走り出していたレオンの姿を追うように、私の足もようやく地面を蹴りだす。
――坂道だ、とレオンが肩を竦めていた理由がようやく分かった。
「いやぁぁぁぁぁああああ!」
腹から叫び声を上げながら、私は必死に足を運び始めた。きっと、この時私は過去にない速さで走っていたのではないかと思う。
しかし後ろから聞こえてくる恐怖の音は、遠ざかるどころかどんどん大きく、そして近くなってきている。
このままでは確実に岩と地面に挟まれ、血みどろサンドイッチの具となるだろう。想像しただけでゾッとする。それだけは避けたい。
息を荒げながらチラリと前方を見れば、レオンとも徐々に距離を離されていた。着々と焦りと恐怖が私を襲う。
だが、残念ながら私は体力に自信があるわけでも、誇れるほどの俊足の持ち主でもない。そんな私の足と体力が悲鳴をあげるのは、案外すぐのことだった。
「も、だめ……!」
ガクッと足から力が抜け、走っていた勢いのまま私は坂を転げ落ちる。きっとこのまま岩に潰されてしまうのだろう。そう、ギュッと目を閉じた。
しかし、体を襲うのは地面と擦れた時のものなど小さい痛みばかりで、いつになっても思ったような大きな痛みや衝撃はない。代わりに、近くで聞いたことのないような大きな音が鼓膜を震わせる。
やがて静かになったのを確認し硬く閉じていた目をそろそろと開ければ、そこには先ほどまで私達を追いかけていたはずの岩が無残な姿で転がっていた。
どうやら私は間一髪、岩の進行方向をずれたところに転がりついたようだ。
バクバクと心臓が大きくなるのを感じながら、生きていることに安堵の息を吐く。
「大丈夫か、サチエ!」
慌てたようなレオンの声に、私はゆっくりと立ち上がった。坂を転がったせいか、先程より増えた擦り傷がちらほらと目に付く。
一応女の子なのに、と少し顔をしかめ傷を見つめる。だが、あの大岩から逃げ切れたのだ。そう考えれば、安いものだろう。
「すいません、大丈夫です。レオンさんお怪我は?」
「俺のことよりも君だろう!あぁ、顔にまで……」
駆け寄ってきたレオンはそういうと、私の頬を指でゆっくりなぞった。ピリッとした痛みが走り、顔にも擦り傷が出来てしまったのかと他人事のように思う。
「すまないな、今度こんなことがあったときは君を抱きかかえて走ることにするよ」
頬の傷のないところを優しく撫でながら、レオンはふっと笑みを漏らした。それも、至近距離で。
レオンのような美形に頬を撫でられながら甘く微笑まれたら、大半の女はクラリと来るだろう。勿論、私もその大半のうちの1人だ。
なんなのだ、この色気は。
男慣れしている、していない、の問題ではないのではないかと思うほどにどんどんと顔に熱が集まっていく。
「ひ、1人で走れるので大丈夫です……」
確かな眩暈を感じながら、私はフラフラと後ずさった。
これを無意識でやっているのなら、だいぶ性質が悪いのだが。
そうか、と返ってきた返事に顔を上げると、クスクスと笑っているレオンが目に入る。そして、パチリと目が合った瞬間、先ほどの甘い微笑み。
――確信犯か!
無意識なら性質が悪い、そう思ったばかりだったが、どうやら確信犯も相当性質が悪いようだ。
私は熱のある頬を抑えながら、レオンの脇を通り足早に目的地を目指した。
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4のレオンさんはいちいちエロいと思う。
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