閉鎖と落下
 アシュリーを助けるために、私は村人を撃って走った。
 人の命を奪うこと、それも知っている人を撃つのにはやはりまだ戸惑い、反応が遅れたりする。それが分かっているのか、レオンはあまり私に発砲させようとしない。
 私はそれを申し訳なく思う反面、ありがたいとも思った。
 
 なんだかんだ足を引っ張ってしまっている。そんな罪悪感に駆られながらようやっとたどり着いたのは、アシュリーが捕らわれているはずの教会。しかし、案の定というべきか、教会の扉は硬く閉ざされていた。

「何かを嵌め込んでいた跡があるな」

 レオンが扉にある窪みを指でそっとなぞる。丸型に窪んだそこには、いつも嵌っていたはずのものがない。

「あ、そこ……紋章を嵌めるんです、丸いやつ」
「紋章?」

 振り返って首を傾げたレオンに、私は頷いた。
 ちょっと待っててください、と告げ私は足早に教会の裏へと回る。
 物陰からひょこりと顔を覗かせれば、そこには昔と変わらず紋章を保管しておく仕掛けがあった。
 なんだかんだで、村中のちょっとした仕掛けは変わっていないようで、思わず安堵の息をつきながら仕掛けに近づく。しかし何故かそこに嵌っているはずの紋章はなく、代わりというように緑色をした宝石がそこに鎮座していた。
 とりあえず記憶を頼りにカチカチと仕掛けを動かし、宝石を取り出してみる。指でそっと挟んだそれを空に向けてみれば、曇り空から零れる少量の光を反射してキラリと輝いた。
 
「綺麗……」

 あまり身につけたりはしないがキラキラしたものが好きな私は、思わず何度か角度を変え、光を跳ね返す緑色の宝石に見入ってしまう。宝石を通した緑の光が、私の顔に降り注ぐ。

「サチエ?」

 名前を呼ばれ、ハッとした。振り返れば、そこには教会の扉前で待っているはずのレオンが、不思議そうな顔をしながらコッチを見て立っていた。私は慌てて仕掛けから離れ、レオンに駆け寄る。

「す、すいません!お待たせしてしまって」
「いや、構わないさ。……何かあったか?」

 レオンの問いに、私は見とれていた宝石を差し出した。レオンはそれを受け取ると、先ほどの私と同じように空に向けて覗き込む。

「何故か紋章がなくて……。変わりにその宝石が嵌っていました」
「なるほどな。簡単には会わせてはくれないって訳か」

 そういって肩を竦めるレオンに、私も苦笑いを返すしかなかった。


*******

 私は絶句した。
 まず、目の前にあるつり橋。
 私が村を出てたった5年の間に何があったのだろうか。そう思わざるを得ないくらいに、つり橋はボロボロだった。1メートルはあると思われる穴が、何故か数箇所に開き、1歩足を滑らせれば遥か下にある海面に吸い込まれることであろう。
 そして、その穴を助走つける事無く飛んで見せるレオン。
 開いた口が塞がらない。実は自分の目がおかしいのではないかと目を擦って穴の大きさを確認するが、何度見てもその穴は大きい。
 どんなジャンプ力なんだ、と思わず呟きたくなる。
 一方レオンといえば、そんなことを気にする様子もなく、穴を越えた先にある小屋へと入って行ってしまった。
 ――私はどうすれば良いのか。
 穴の前で立ちすくんだまま考えたことはそれだった。

 胸元のペンダントをいじりながら、ふと思う。
 アシュリーを助ける、それはとても大切なこと。しかし、アシュリーを助けたとして、彼らは何処からこの村を出て行くのだろうか。あいにく村と外を繋ぐ唯一の橋は切り落とされているのだ。
 彼らがどう脱出するつもりなのかは分からないが、私は、アシュリーを助けた後もこの村に残るつもりでいた。
 ――悪夢は、終わらせないと。
 グッ、とペンダントを強く握った。

「サチエ」

 呼んでくるレオンの声にハッとして顔を上げる。小屋から出てきたレオンは1枚の紙を持ち、穴の近くまで歩いてきていた。

「もう一つ紋章があるみたいらしい。“湖を越えた先の例の場所”と書いてあるんだが」
「湖を越えた先?あそこには水路しかなかった気が……。どうします、行くだけいってみますか?」
「そうだな、こう書いてあるんだ。行ってみよう、手がかりくらいはあるかもしれない。湖の場所は分かるか?」

 そう問われてそれならと指差したのは、このオンボロのつり橋を渡った先にある扉。私が伸ばされた指につられる様に、レオンの顔も扉の方向を向く。
 そうか、と呟いたレオンは、手に持っていた紙を仕舞うと穴の向こうで私に向けて両手を広げた。
 意図が分からず首を傾げると、両手を広げたままのレオンがフッと微笑む。

「飛ぶんだ」
「……は?」

 思わず素っ頓狂な声が漏れた。このときの私は相当なあほ面になっていたことであろう。
 何を言っているんだ、この男は。飛べ、といったのか、この距離を。冗談じゃない。

「無理無理無理無理!何言ってるんですか!?無茶言わないでくださいよ!」
「だが湖はこの先なんだろう?飛ぶしかないじゃないか」

 だからと言って、落ちたら元も子もないような気もするのだが。しかし、レオンの言っていることは正論である。ここで1人待っているだけの度胸はない。
 ――いや、だが、しかしだな……。
 あー、だかうーだか、もごもごと唸りながらレオンの顔を見るが、彼は先ほどと同じ微笑でこちらを見ている。

「大丈夫、少し離れてから助走をつけて飛ぶんだ。しっかり受け止めてやる」

 さぁ、と広げていた腕を少しゆすり、来い、と催促をされる。私はそれに促されるように頷くと溜息を零した。

「わ、わかりました。落ちたら、恨みますからね……!」
「それは君のジャンプ力次第だな」

 またプレッシャーをかけるようなことを……。
 思わず心の中で悪態付きながら、ずん、と圧し掛かってくるプレッシャーと一緒に穴から数メートル離れた。

「い、行きますよ?」
「あぁ、おいで」

 おいで、と微笑んで腕を広げる姿に、確実に眩暈しかしなかった。美形はそういうことをしてはいけないと思う。
 眩んだ視界を直すように軽く頭を横に振ると、私は駆け出した。
 1歩2歩、と足を進めていくほどに、当たり前だがどんどんと穴が近づいてくる。それと同時に襲ってくるのが恐怖。
 やがて足元に現れた穴の淵に足をかけ、目を閉じて思いっきりとんだ。
 ドン、と衝撃があり、抱きしめられたのが分かる。しかし、足が地面に付くことがない。
 恐る恐る目を開ければ、すぐそこにあったのは、整ったレオンの顔。思わず腕を突っ張って離れようとするが、背中に回っていた腕が強くなりそれは出来かった。

「ななな!なんで離してくれないんですか……!?」
「離しても良いのか?落ちるぞ?」

 呆れたような声に、私は自分の足元に視線を送り、絶句した。
 レオンが立っているのは本当に穴の淵ギリギリの場所で、私の足は完全に空に投げ出されていたのだ。どうやら、私にはジャンプ力がないらしい。
 遠くで波を立てる海にサッと血の気の引いた私は、思わずレオンにしがみつく。
 耳元で、レオンの押し殺した笑い声が聞こえた。



「あ、ありがとうございました……」

 つり橋を渡りきったところで告げた感謝の言葉は、明らかに疲れを含んだ声になっていた。あの恐怖を何度も味わったということもあるが、その回数だけ私は腕を広げた美形の胸に飛び込んだことになるのだ。生憎男慣れしていない私の心臓には、あまりにも負荷のかかりすぎる時間だった。

「大丈夫か?」
「な、なんとか」

 頭上から降ってくるレオンの言葉に私は苦笑いを一つ返す。
 バクバクとなる心臓を深呼吸して何とか沈め、私達は目の前の扉をゆっくりと開いた。


*********
第2章が始まります。あの距離を難なく飛んでしまうレオンさんのジャンプ力を少し分けてほしいです。
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