覚悟の握手
 村長が窓を突き破って外へ飛び出していってから、既に数十分が立った。
 レオンの目の前にあるベッドには、顔を青白くしたサチエが寝かされている。村長から解放された彼女はそのまま意識を失ってしまったのだ。きっと酸欠だろうと思われる。
 僅かな息の音を聞く限り生きているのは分かるのだが、目を覚ます気配はない。

「サチエ」

 耳の傍で呼びかけてみるも反応が返ってくることはなく、レオンは溜息をついてサチエの眠るベッドへと腰をかけた。彼はそのまま俯き、手で目を隠す。

 サチエとであった建物を出て、レオンは村人だらけの渓谷を越えた。村のときよりも多い人数が襲ってきたが、後にきっと建物から出てくるであろうサチエの為に1人残らず殲滅をしたのだ。
 その甲斐あってか、今しがた再会したサチエの身にはあの時以上の怪我は見られない。
 レオンは未だ眠り続ける彼女の頬を撫でた。ピクリとも反応がないのが、やけに心をざわめかせる。
 彼女は、父と、そして尊敬していたという村長に対して発砲した。慣れ親しんだ人物を手にかける、というのはツライなどという言葉では表せないだろう。ましてや片方は親である。彼女の心の負担は計り知れない。

 あの場所で遠まわしについて来いと言ってしまったが、果たしてそれは正しかったのだろうか。
 告げてはいないが、付いて来るのならレオンはなるべく彼女に発砲をさせないつもりだ。しかし彼女が付いてくるのであれば、レオンはアシュリーとサチエの二人を守りながらこの村を脱出しなければいけないことになる。
 数人ずつ襲ってくるならまだしも、チェーンソーで大歓迎してくるような連中だ。そんな優しいことをしてくれるようには思えない。
 手が回らなければ最悪、サチエ自身に知り合いの命を奪ってもらうしかないのだ。それが出来なくても、足を撃つ、など傷つけてもらわなくてはいけない。
 果たして、彼女はそれに耐えられるのだろうか。
 
 ハァと重たい溜息を出すと同時に、嫌な音が階下から聞こえてきた。

「チェーンソー、か」

 流石にサチエが眠っているこの部屋であんな危ないものを振り回されたらたまらない。
 レオンは大きく溜息を吐くと、しっかりとリロードし、音のする階下へと向かっていった。


*******


 目が覚めると、懐かしい天井が広がっていた。
 ――村長の、家だ。
 懐かしいな、と頬緩め、そして飛び起きた。バフンと音がして体が上下に跳ねる。
 一体なんで私はこんなところで寝ているのだろうか。
 少しパニックになった頭で私は辺りをキョロキョロと見回した。
 最初に目に入ったのは割れた窓。次に打ち抜かれたサドラーの肖像画と、銃弾のめり込んだ壁。
 そうだ、確か、村長に首を絞められて意識を失ったのだ。

「……騙されてたん、だっけ」

 ジワジワと思い出される記憶に、パニックになっていた頭も冷静になっていく。ソレと入れ替わるように、悲しみにも怒りにもなる良く分からない感情が心を満たした。
 あの撫でてくれた手も、褒めてくれた声も、心配も、全てが嘘だったのだ。
 無意識に吐き出された溜息。ドッと疲れが襲ってきたような気がした。

「そういえば……レオンさん、何処だろう」

 と、同時にガチャリと音を立てて村へと続く扉が開く。
 ビクッとして振り返れば、今口にした名前の人物が大きく息を吐きながら入ってくるところだった。

「レオンさん!」
「サチエ……!目が覚めたのか!」

 レオンは私のことを確認すると、一度驚いてみせ、次に嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。
 ベッドに座ったままの私の元に付くと、すぐさまペタペタと頬やら肩やらを触ってきた。くすぐったくなり身をよじれば、すまないと苦笑いしながら暖かな手が離れていく。

「目が覚めてよかった。どこか悪いところは?」
「大丈夫です、平気」
「そうか、よかった」

 心から安堵したように息を吐くレオンを見て、思わず私の頬が緩むのを感じた。しかし、そんな私に気がつく様子もなく、レオンは持っていた銃のリロードを始める。
 そういえば、私が持っている銃には後何発残っているのだろうか。
 不思議に思い、そしてはっとした。
 ――銃が、ない。

「れ、レオンさん!私の銃知りませんか!?」
「銃?……あぁ、そこの机においてある。弾は装填しておいた」

 指差された机には確かに私が使っていたであろうハンドガンが置いてあり、私は慌てて駆けよる。
 大切な借り物に傷の付いていないことに少し安堵しながら、銃を確認すればレオンの言っていたように弾がしっかり詰めなおされていた。

「あ、ありがとうございます」
「かまわないさ」

 礼を告げて振り返ると、真剣な顔をしたレオンと、目が合う。どきり、と体を停止させれば、彼は数歩こちらに詰めてきた。
 何を言われるかは、なんとなくだが予想が付く。

「君は、これからどうする?此処に残るか、それとも――」
「ついて行きます」

 予想通りともいえる質問を、私は笑顔で遮った。少しだけレオンの顔が驚いたものに変わる。

「自分の身も、自分で守ります。ちゃんと、戦います。足引っ張るかもしれないけど、頑張ります」

 私は胸にかかっているペンダントを強く握った。金属の冷たさと、こびり付いた父の血の感触が、生きている暖かさを持った手のひらを撫でる。

「たとえ、知り合いでも――撃ちます。皆、もう、眠らなきゃいけないんです」

 父さんのように、と続ければレオンがピクリと反応した。
 これだけ村を走り回って村の人の現状を見れば、なにがあったかなんて分からないが、それでももうダメなのだと。村の人たちは眠らなければいけないのだと。それだけは私にもしっかりと分かった。
 ならばせめて大好きな皆を眠らせるのは、自分の手で。

「おやすみを、言いたいです。――それに、妹を探さなくちゃ。まだ無事かもしれない」

 だから連れて行ってください。そう、レオンの目を見つめて告げる。
 彼は私のことを真剣な目で見た後、静かに頷いた。

「分かった。一緒に行こう」

 頼むよ、そういって差し出された手。それを私はしっかりと握った。
 
 嘆いて何とかなるのなら、私はいくらだって嘆こう。考えるだけでいいのなら、いくらでもこの頭を働かせよう。
 でも、嘆いたって考えたって、現状は変わらないのだ。それが現実だ。考えるよりも、動かなくては。嫌でも、何でも。
 ――覚悟は決めた。終わらせよう、皆の、そして私の悪夢を。


I'm home End
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ようやく1章であるI'm homeが終わりです。がんばろうね、夢主ちゃん。
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