尊敬の消失
 村への近道のために悪いかな、なんて思いながら入ったのは村長の家。子供の頃はいくらでも許されていたが、果たして今でも許されるのだろうか。
 昔からある仕掛けの扉の前に駆け寄り、昔と同じ順番で仕掛けを解く。しかし、聞こえるはずの開錠音が聞こえてこない。
 間違えただろうかと再びやり直してみるが、結果は同じだった。
 仕掛けを変えたのだろうか。
 首をかしげながら扉を見て、私は思わず眉をひそめた。
 
 小さなガラスの向こうに嵌め込まれていたはずのモチーフ。この仕掛けの仕組み自体は変わっていないようだが、如何せん、中のモチーフがあの憎きロス・イルミナドスの紋章へと変わっていたのだ。
 村長は昔からロス・イルミナドスに肩入れはしていたが、ここまででは無かったはず。村長も、何かされてしまったのだろうか。
 子供の頃からお世話になっていた優しい村長の姿を思い出し、手に力が篭る。
 本当にあの教団は私がいない間に、何もかもを変えてしまったのだ。
 
「許さないんだから……」

 怒りを口にしながら、私は再び扉のボタンへと指を伸ばす。きっと仕掛けの法則が変わっていないのなら、この教団の紋章を正位置に直せば開くだろう。

 ガチャン、と開錠音がした。どうやら、法則までは変わっていなかったようだ。
 重たい音を立てて自動的にスライドする扉。その奥に広がっていた光景に思わず私は進めようとした足を止めた。
 大きな背中に古びたロングコート。そして、その巨体が踏んでいるのは――

「レオンさん!!」

 私が声を上げれば、やっと気がついたとでも言うように大きな背中の主がこちらに視線を送ってきた。

「あぁ……帰ってきたんだったな。お帰り、サチエ」

 相変わらず怖い顔を、昔のようにクシャリと寄せて笑うのは、紛れもなく村長だ。しかし、その目は他の村人と同じように赤く怪しい光を帯びている。

「村、長……」
「あんなに止めたのに村を出て行ってしまって、寂しかったよサチエ」
「村長」
「またお前と過ごせるのかと思うと、私は楽しみで仕方がない」
「村長!」
「その為には、先に余計なゴミを片付けねば――」
「村長!!!!」

 声を荒げて、私は村長の言葉を遮った。
 まるで、村を出て行く前のように話しかけてくる村長。本当に、昔のままの笑顔で、昔のままの声で、昔のように。しかし、その間もレオンの体は彼によって踏まれており、苦しそうなレオンの声が耳についた。

「貴方まで、変わってしまったのですね」

 返事は、返ってこない。レオンの苦しそうな声も消えない。
 私はグッと唇を噛んだ。ジワリと鉄の味が口の中に広がる。

「昔の貴方は、そんなことをなさる方じゃなかった!尊敬、していたのに……!」

 村を自ら見回り、村人が元気かどうかを確認し。村に危険があろうものなら、自ら立ち向かっていく、そんな人だった。
 だが今はそんな姿は面影もなく、赤く光る目を携えたその顔は、他人を足蹴にしてにこやかに笑っているのだ。
 思わず、俯いてその風景を視界から消した。少し震えている手が目に入る。これは恐怖なのか、それとも怒りだろうか。

「全ては、ロス・イルミナドス……アイツの、サドラーのせいなのですね」

 再び帰ってこない返事に、私は顔を挙げ、銃口を村長へと向けた。
 私の行動に、初めて村長は笑顔を消してこちらを見つめる。その顔は怒りや恐怖を覚えている顔ではない。ただ、無、だった。
 その表情にゾッとするが、それでも銃口は村長へと向けたままにした。
 村長はといえば、呆れたようにため息を吐きレオンを踏んだまま片手を私のほうに差し出してくる。

「サチエ、馬鹿な真似はよしなさい。さあ、その物騒なものを私に渡しなさい」
「渡しません!」

 カタカタと震える手で、私は村長の額に標準を合わせる。
 落ち着けるように吐いた息が、熱く感じた。

「ごめんなさい」

 タァンッと乾いた音が響くと同時に、私の足が地を離れた。そして次に私を襲ってきたのは喉への異常な圧迫感。

「ふん……馬鹿な娘だな。大人しくしていれば、すぐに楽になれたというのに」
「ぐっ……あ、かっ!はっ」
「サチエ……くっ!」

 ギリギリと締め上げられる喉。どんなに口をパクパクと開閉させても空気を取り込むことが出来ない。
 足を退かされたレオンの声が、耳に微かに届いた。
 声にならない声を出しながら足をバタバタと動かすが、ひたすら空を蹴るだけで何の意味もなさない。

「お前だけだった、どんなに説得しても、どんなに優しくしてやっても信仰しないのは。挙句の果てには村を出て行く、だと?サドラー様の計画を妨害するのもいい加減にしておけ、小娘」

 今まで聞いたことの無いような恐ろしく低い声に、まるで騙し続けていたんだとでも言うような言葉に、目の端から熱いものが流れる。

 やがて、酸素不足で意識が朦朧とし始めたときだった。
 2回鳴り響いたのは、いつかに聞いた銃声。そして、何かにヒビが入るような音。
 霞んでいく意識で村長越しに見たのは、やはりいつか見た赤だった。


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しまった、彼女の銃はサイレンサー付きでしたね。
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