紙袋には破かれた私服とスーツ。
レオンは中身を確認するとそばにあったゴミ箱に、紙袋ごと投げ入れた。
「え、ちょ、何してるの?」
「これからデートなんだ。嫌な思い出はいらないだろう?」
「で、でも紙袋はブランドものだよ!」
レオンの目が呆れたものになった。はぁ、とため息もついてくる。
「相変わらず良く言えば物を大切にするよなマチルダは」
「悪く言えば?」
「貧乏臭い」
「もう!」
プクッと頬を膨らまして見せれば、レオンが繋いでいない方の手で頬を突ついた。押されてプフッと口から空気を溢す私に笑いながら、レオンは手を引いて歩き出す。
「どこに行くの?」
「旨いイタリアンを見つけたんだ」
「イタリアン!」
イタリアン好きだろ、と投げられた問いに頷けば、やっぱりなとクスクス笑われる。
「でも何で?好きだっていった覚えないけど」
「好きなもの食ってるときは表情違うから分かるさ」
「うっそ」
「本当」
流石エージェントと言うべきか、洞察力が凄い。やはり鈍感なのは私の方のようだ。
クスクス笑っていたハニガンを思い出して、思わず苦笑いする。
「鈍感だとか思ったけど、鈍感は私だったね」
「鈍感?なんの話だ」
「女の人たちの前であんなにくっついてきたでしょ?」
「あぁ、彼女達が笑った奴だとは何となく分かったからな。俺が近くにいれば笑われることはないだろ?」
どうだと言わんばかりにウインクを決めて見せるレオン。キザったらしいが様になるその姿に笑いを漏らした。
そこまで考えてくれていたことに嬉しさを感じながらも、鈍感だとハニガンに愚痴ったことに申し訳なさを感じる。
「そうだ、彼女達のことはもう心配要らない」
「え……レオン、なにかしたの?」
「上に報告した。まぁ、ハニガンが、だがな。仕事に支障をきたしたんだ、何かしらの罰はあるだろ」
「ハニガンが……そう」
少し可哀想かな、とは思ったがパソコンを壊されたり書類を紛失させたりしたのだ。少し罰があったっておかしくはないだろう。
同じ人を好きになったせいか、少しだけ気持ちが分からなくもないが、今この人の隣にいられるのは私なのだ。
意地が悪いかもと思いながらも、ちょっとした優越感を繋いだ手に込めて握る。
そして私は気がついた。
「…あ、れ?」
カラフルな光が溢れていた大通りを歩いていたはずだが、気がつけば今いるのは外灯がポツポツと並ぶ道。しかも少し前には、ピンク色の光溢れる建物が立ち並んでいる。
「えーっと、レオン?前に広がってるのって、何かな」
嫌な予感しかしない。口の端をひきつらせながらレオンを見上げれば、彼は前を向いたまま口を開いた。
「ホテル街だな」
そう答えるキリッとした横顔に、思わずクラクラした。もちろん、悪い意味で。
「イ、イタリアンは?」
「今日は止めだ」
「はいっ?」
「誰が鈍感なのかゆっくり教えて貰おうかと思ってな」
ホテル街に足を踏み入れながらようやく私に向けられた顔は、ニヤリとしていた。
ヤバイ、食われる。
鈍感な私ですら察知した危機。
ひきつった顔をそのままに一歩下がろうとすれば、繋いだままの手を引かれ大きな胸に飛び込んでしまう。
「朝までかけて教えてくれよ?」
耳元で囁かれた言葉に、赤くなる顔。
もう逃げられないと悟るしかなかった。
-END-