コトリと音を立てて、白いマグカップが視界に入ってきた。鼻を擽るのは珈琲の薫り。
「朝からお疲れね、マチルダ」
「ハ、ハニガァン……!」
なさけない声を出す私に微笑みながら、ハニガンは自分用のマグカップを片手に隣のデスクについた。それに習うようにして私も突っ伏していた体を起こし、湯気のたつマグカップを手にする。
「なにかあった?」
んー、とやる気の無い返事をしながらミルクたっぷりの珈琲を口に含む。暖かいそれが喉を通ると、出社してから初めてほうっと息をつけた。
「……女って、怖いね」
「…OK、何となく理解はしたわ」
レオン関連ねお疲れ様、と苦笑いを向けてくるハニガンにお礼を告げて、もう一度珈琲を口に含む。
「レオンに言って、何とかしてもらったらどうかしら?」
「無理無理無理無理!だってあの人女の人たちが殺気垂れ流してる中、何を思ったかいつも以上にくっついてくるんだよ!?」
鈍感すぎ!と頭を抱えれば、ハニガンが苦笑いを溢した。
「きっと言ったってキョトーンって可愛い顔するだけだよ」
「ノロケはいらないわ」
「それに……」
はぁとため息をひとつ吐けば、珈琲がゆらりと揺れる。これがブラックだったら情けない自分の顔が写っていただろう。
「迷惑、かけたくないもん」
***
あれから1ヶ月。嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。
気に入っていたマグカップを割られたり、デスクの引き出しに虫の死骸が入っていたり、ジュースをかけられたりだなんて可愛い方だ。
大切な書類をシュレッダーにかけられていたり、ノートパソコンを壊されていたりした時はかなり困った。上司にペコペコ頭を下げて怒られて。
ハニガンにしか愚痴ってはいなかったが、仕事にも慣れてきて失敗も少ない私がこうまで仕事的な失敗が続くと、周りの人も少し気がついてきている。
それでも大丈夫だと言い張って、仕事をしたし、勿論レオンには何一つ言っていない。
「その結果が、これってわけ……?」
ズタズタにされたワンピースとスーツを手に取り私は呟いた。服を握る手は小さく震えている。
この後はレオンとデートだからと、更衣室でシャワーを浴びてる間にこれだ。
私服も少し気合いを入れてきたのだが、もう使い物にはならないだろう。スーツも新しく買わなくては。