「マチルダ!」
レオンが離れた場所でぼうっと立っていた私を見つけてしまった。私の名前を読んだ途端に、女性達が一斉に私を睨み付ける。
思わず後退りしそうになるのを何とか抑え、取り敢えず小さく手を振っておく。
それが間違いだった。
手を降った途端にパァッと嬉しそうに微笑むレオン。あぁ可愛い可愛い。
しかし、その可愛いレオンは何を思ったか、そのまま私の方へと歩んできたのだ。
勿論、後ろの女性たちも当然のようについてくる。
いやいや、勘弁してくれ。なんておっかないものを連れてくるんだ。
今度は耐えきれずに一歩後ろに下がるが、彼の長い足ではさして変わらない距離。私の硬直する体は、直ぐに彼の胸へと抱き込まれてしまった。
「おはよう。朝から会えるなんてな。今日はツいてる」
「そ、そう…」
お願いだから離してください。貴方の後ろの女性が怖いです。
この建物からパソコン等を介してサポートするだけで、現地に赴くことの無い私。その私が痛いくらいに殺気を感じているのに、なぜこの人は気がつかないのだろうか。
私はひきつる顔を抑え、そっと目の前の胸を押してレオンから少し離れた。
「じゃ、じゃあ今日は急いでるから…」
「よし、なら一緒に上にいくか。オフィスまで送る」
その方が長くマチルダと居られるからな。と言いながら軽くウインクを飛ばしてくる彼氏に、私は初めてイラッとした。
「や、い、いいよ!珍しく遅刻せずに来てるんだからゆっくり珈琲でも飲んでから上に上がりなよ。休憩も大切だよ、うん」
「マチルダ……!」
「ぐぇ」
吃りながらも、さり気なくお断りをすれば、レオンは嬉しそうに私の名を呼びきつく抱き締めてくる。そして頭にチュッチュッと唇を落とすと、少しだけ体を離し、前髪を避けて額にも唇を寄せた。
「そこまで俺を気遣ってくれるなんて……俺はなんていい彼女を持ったんだ」
私はなんて鈍感な彼氏を持ったんだ。
「珈琲はランチの時にでも飲むさ。今はマチルダと一緒にいたい気分だ」
私は一緒にいたくない気分です――とは言えず。
結局レオンに肩を抱かれ、背中に刺さる殺気に耐えながらオフィスに行くことになった。
レオンが女性たちに囲まれるようにして去っていったのを見届けて、私はデスクに突っ伏した。
どっと疲れがのし掛かってくる。