愛しい人
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 シンク様の後に続き、廊下を歩いていく。普段ならこういう時は業務上の会話や、多少は雑談をしていたのに、今は沈黙が痛い。
 ちらりと前を歩くシンク様をみれば、私を振り返ることもなく黙々と歩いている。
 思わず漏れそうになった溜息を、これ以上彼を刺激しないようにと無理やり飲み込んだ。
 
 やはり、私も振られてしまうのだろう。今日見てしまったあの光景のように。迷惑だと。やめろと。むしろシンク様のそばに居るために副師団長にまでなったという話まで聞いているのだろうから、もっとこっぴどく振られるかもしれない。仕事を舐めているのかとか、バカにしているのか、とか。
 
 グルグルと最悪の考えばかりが頭をめぐり、私は目の前からシンク様の姿がなくなっていることに気が付かなかった。
 
 それに気がついたのは、グイ、と横から腕を引っ張られてから。不意に引かれた身体は抵抗することなくそちらに飛び、ついでバタンと扉が閉まる音が背後から聞こえた。
 
「え。えっ?」

 慌ててあたりを見渡せば、そこは誰かの私室のようで、少し高価そうなソファとテーブルが部屋の真ん中に鎮座している。誰の部屋なのだろうか、と考えていればすぐ後ろから僕の部屋だよ、と聞きなれた声が耳を擽った。
 
 思わず振り向くことも出来ずに固まっていれば、背後にいたシンク様が私の横を通り、中央のソファへと腰を下ろす。足を組んで背もたれに寄りかかっている姿が、様になりすぎてこの期に及んで胸が高なった。

 「で、何か僕に言うことがあるんじゃないの?」
 
 一つ息をこぼした後紡がれた言葉に、私の背筋が伸びる。これは、もう、怒られるというか、軽蔑される。いや、既にされているのかもしれない。
 目の奥が熱くなるのを感じながら、いつも以上に腰を折る。
 
「……も、申し訳ありませんでした」
「何が」
「シ、シンク様の、ことを、お慕い申し上げて、いた事が……」

 何でこんなことを改めて言わなければいけないのか。告白した恥ずかしさや、もう振られるであろう恐怖で心臓はバクバクと駆け足になっているし、手も足も震えている。

「別に謝ることじゃないでしょ」
「で、ですが、他の師団員とのお話の最中に"迷惑"だと仰っていらしたので……」
「こっちが何の感情も抱いてないのに、仕事放り出してまで言ってくるのはどう考えても迷惑でしょ」
 
 ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走る。確かに、彼の言う通りだ。好きでもない相手に告白されても、しかもそれが仕事を放って告げられたものであれば、個人としても師団長という立場からしても迷惑なものだろう。
 
 シンク様はきっと私のことを恋愛対象に見ているはずないし、さっきは書類を届けた後執務室に戻るでもなく話し込んでいた。今回の私にしっかりと当てはまっているではないか。
 視界がじわりと滲んできた。あぁ、もう堪えきれないかもしれない。
 
「そうじゃなくて……まぁいいや。それで、いつから?」
「え」
「だから、いつから僕のこと好きなわけ?」
 
 突然の質問に頭を上げようと思ったが、酷い顔をしているであろうことを思い出し、私は床を見つめ続けることにした。
 なぜそんなことを聞くのか。副師団長として少なからず貢献をしていたから、最後の情けで聞いてくれているのだろうか。
 そうだとしたら、なんと酷いことをしてくれるのだろう。
 私は震える唇を開き、小さな声で分かりません、と呟く。
 
「シンク様のことを見ているうちに、その、気がついたら」
「そう」

 ぎし、とソファが軋む音がした。足音がゆっくりとこちらに近づいてくる。シンク様の手袋をした手が私に伸び首元を撫でた。
 これは、殺される、かもしれない。

 これから来るであろう悲しい未来に、私はぎゅっと目を閉じ、そしてすぐに見開いた。
 目の前にあるのは、閉じられた目。サラリと流れたのは、いつも目で追っていた緑色。
 ピタリとくっついていた柔らかい何かがゆっくりと離れ、焦点が合わない距離で、今度は開かれた緑がこちらを覗いていた。
 
 今、私に一体何が起きたのだろうか。混乱する頭を何とか回転させ、導き出せた唯一の答えは。
 
「なん、で」
 
 キスをされた。あの、シンク様に。誰よりも好きな、シンク様に。

「好きだから」
「だ、誰を」
「マチルダのこと」

 予想外すぎる言葉を少し時間をかけて理解し、私の目から堪えていた涙がこぼれ落ちた。頬を伝うそれは、いつの間にか頬を包んでいたシンク様の手袋に吸い込まれ、シミを作る。
 
「マチルダ、アンタのことが好きだよ。好きなんて言葉じゃ足りない。愛してる」
「え、と」
「信じられないわけ?」
「え、いや、あの、そうではなく」
 
 信じられるわけがないというか、理解ができないというか。むしろ次々と訪れる思ってもいない展開に頭がついていかず、何も返せない。なぜ今こんなことになっているのか、それすらまだ理解出来ていないというのに。

「私なんかの、どこが、その、シンク様に好きになっていただく要素があったのか……」
「全部」
「は、はぁ…全部、ですか」
 
 間抜けな声しか出なくなった私の、未だ溢れる涙を拭いながら、シンク様はそう、と告げた。
 涙を拭った手が、私の髪を耳にかける。
 
「まずは、強いところ。心身ともにね。任務に行っても足を引っ張ることもないし、むしろうまく僕のサポートに回ってくれることもある。どんなに自分が追い詰められてても、折れることなく立ち向かって行く所とかね」
「え」
「それから、努力をするところ。駆け足気味で副師団長になったから他の師団員からはたまに何か言われてるみたいだけど、仕事に関してマチルダが人一倍努力してることは僕が知ってる」
 
 あれ、ちょっとまって。これ、さっき私が似たようなことを言っていたような。
 目を潤ませていた涙はすっかり引っ込んでいて、代わりにジワジワ体の熱が上がっていく。
 
「後はたまに見せる女らしい仕草も僕は好きだよ。髪の毛を纏める時の姿とか、たまに褒めると嬉しそうにするところとか」
「ちょ、ちょ、ま」
「僕を見てる時の目、本当にやばいよね。僕のことが大好きで仕方が無いって目。毎日あの目で見られてるんだ、どうにかなりそうで……いや、もうなってるか。ホント、アンタにこうやって触れたくて仕方なかった」

 スルリと頬を撫ぜられる。これは、これはやばい。顔はもう熱くてたまらないし、心臓は先程よりも早いし、むしろ早すぎて痛い。
 ようやく全ての状況をしっかりと理解した今、シンク様の言うことがダイレクトに胸にあたり、恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちで心がどんどん満たされていく。
 
「顔真っ赤」
「こ、これだけ、言われたら!恥ずかしくもなります!」
「僕、さっきこれを聞いてたんだけど」
 
 僕だって恥ずかしかった、と告げるその顔はほんのり赤くなっており、それを見た瞬間、押さえつけていた気持ちが爆発するように身体中を駆け巡り始めた。
 
「これは都合のいい夢とかでは……」
「現実だよ。頬でも抓る?」

 答える前に抓られた頬には、少しだけ、しかし確かに痛みがこれは現実なのだと告げてくる。
 ならば。
 
「シンク様」
「なに」
「好きです。誰よりも、あなたの事を」
「知ってた」
 
 ゆっくりと近づいてくる顔。
 
「やっと僕のものだ」
 
 目を閉じて合わさる唇に、私はもう一度涙をこぼした。
 
 私には愛しい人がいる。



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