想いを伝えられなくていい。そばにいるだけでいい。
そう思って血の滲むような努力をして、私は第五師団副師団長の座まで上り詰めた。
副師団長になれば、彼と共に過ごす時間が増える。彼の視界に入ることが増える。彼と言葉を交わすことが増える。そうなると必然的に彼に対する恋心はさらに大きくなる。
以前、仕事ができる副師団長で助かるなどとありがたいお言葉を頂いてからその気持ちに拍車がかかるばかりで。
「ほーんともう、どうしよー」
「マチルダ、苦しい、です」
「情けない声だな。ほら、アリエッタが死にそうだ。離してやれ」
リグレットの呆れたような声に、私はようやくアリエッタに巻き付けていた腕を解いた。書類を届けに来たはずの私は、部屋の主であるリグレットと、同じく書類を届けに来ていたアリエッタを捕まえ辛抱たまらんと言わんばかりにシンク様に対する気持ちを吐露していた。
彼女達はひょんな事から仲良くなり、今では胸を張って友達だと言える関係になった。上司なのだからと前は敬語で話していたが、他に人がいない時には堅苦しくするなというリグレットの言葉に甘え、最近ではこうして無礼極まりない話し方をしている。
「そんなに、シンク好き、ですか?」
「大好きだよー。むしろ大好きじゃ足りない、愛だよ、愛」
「本人に言えばいいじゃないか」
「ホンット無理。それだけは無理。振られたら仕事辞める。むしろタイミング悪かったら冗談抜きで死にかねない」
無理無理と頭を抱えれば、アリエッタがよしよしと頭を撫でてきた。
1度、夢で見たことがある。シンク様に告白をする夢を。そして、今日見たあの光景のように、こっぴどく振られ玉砕する夢を。その日は夢だとわかっていても起きてから涙が止まらなかったし、仕事をしていてもシンク様のことをろくに見ることが出来なかった。
あの絶望を現実で味わうのは、本当に耐えられない。
「そんなに心配せずとも……?……マチルダ」
「なぁにリグレットー」
「シンクのどこが好きなんだ?」
突然の質問に、キョトリとする。シンク様のどこが好きか、なんて何度も言っているし、ついこの間リグレット自身がもう耳タコだ!なんて言っていたのに。
しかし、聞かれれば答えない訳にはいかない。私は閉じたまぶたの裏にシンク様の姿を思い浮かべて口を開いた。
「えっとねー、まずお強いところ!あんなに細く見えるのに実はしっかり鍛えられてて、蹴りで魔物を薙ぎ払ったりしてるともう本当にやばい」
「やばい」
私の言葉を、アリエッタが復唱し、それをリグレットが咎める。確かに、アリエッタがやばいって言葉を常用し始めたら私は卒倒する自信がある。純粋なままでいてほしい。
「それから、すごい部下のことをちゃんと見てくれてるんだよね。周りにはあまり気づかれてなかったりもするけど、怪我人がいたら治癒師に手当しに行くように仰っているし、サボってるよう人がいたらちゃんと叱ってるし」
「そうかそうか」
「なんというかね、すごく頑張り屋さんでね、でもそれを人にはひけらかさないんだよね。だから影では鬼とか言われてるけどそんなことは無いし、むしろ優しいんだよね。そんなシンク様を支えたいなーって思って副師団長にまで上り詰めたんだけどさぁ……」
「そうかそうか」
「ちょっと、聞いてないでしょ」
いつの間にか書類の確認をし始めていたリグレットに、ムッとした表情を向ける。自分から聞いてきたのに、なんなんだ。そう言わんばかりにジト目で見れば、彼女はニンマリとした笑顔を浮かべ、いやと否定した。
「ちゃんと聞いているんじゃないか?」
向けられた視線の先には部屋の扉。何があるのだろうか、と首を傾げるよりも先に、それはカチャと音を立ててゆっくりと開いた。
「えっ」
扉の向こうからツカツカ入室してきたのは、綺麗な緑髪。顔には鳥の嘴のような仮面。
まさに、今私が口にしていた想い人その人だ。
「リグレット。この書類もよろしく」
「あぁ。シンク、ついでにこっちの報告書を持っていってくれ」
サァッと顔から、いや体全体から血の気が引いた。聞いていた?今の会話を?私の気持ちを?
ひた隠しにしてきた気持ちを丸々聞かれていたのかと思うと、ジワジワと手足から力が抜けていく。
「マチルダ、アンタもそろそろ戻るよ」
「は、い……」
新たな書類を手に持ったシンク様に促され、私はリグレットとアリエッタに挨拶をしてから部屋を出た。
先ほどの様子だと、リグレットは部屋の外にシンク様がいることに気がついていたらしい。私が思いを告げずに過ごしてきた理由だって彼女は知っているはずなのに。なぜ教えてくれなかったのか。
いくら考えても、その答えが私の頭に浮かぶことは無い。