あれからクロユリは酷く機嫌が悪かった。大広間での食事の最中にも誰とも口をきくとも無く、授業が終われば1人で颯爽と教室を出て行く。しまいには授業を唐突にボイコットする始末だ。
そんな日が4日も続いき、そして今日も変身術の授業が終わるとほぼ同時に早足で教室を出て行くクロユリ。
リリーは困っていた。
『大好きな大好きなリリーに八つ当たりして傷つけることだけはしたくないの』
そう彼女が泣きそうな顔で告げてきたのは、あの翌日のこと。
話しかければ返事は返ってくるが、それもどこか余所余所しく。そろそろホグズミートの季節だというのに、どうにかならないのだろうか。
出来ることならばクロユリと、そしてセブルスと三人で出かけて一日楽しみたいと思っていたリリーは、今日もセブルスの前でウンウンと悩み出した。
「ーーねぇ、セブ。ちゃんと考えてる?」
じとり、そうエメラルドグリーンの双眼が睨んだ先にいるのは、薬草学の本のページをまたペラリと捲ったばかりのセブルス。彼は小さく肩を揺らすと、少しだけ息を吐いてその本を閉じた。
「あ、あぁ、考えてる。あー…そう、だな。話を聞いてやるとか」
「話を聞こうとすると八つ当たりで私を傷つけたくないって言うのよあの子……そうだわ! セブ、あなたが聞けばいいのよ」
「はっ?」
名案だわ、と鼻息荒く取られたセブルスの右手の血色が一気に良くなる。キラキラと輝くような笑顔をグイと近づけられ、
「ね、セブいいでしょう? お願いよ!」
ーーだなんて言われてしまえば、惚れた弱みか、セブルスは赤い顔でコクコクと頷くしかできなかった。
◇
ようやく見つけたクロユリは1人、フクロウ小屋の前で膝を抱えていた。その頭上では彼女のミミズクが不思議そうに首を傾げては、クロユリの髪を啄ばんでいる。
「……なに、慰めてんの?愛い奴め」
そう言って彼女が顔を綻ばせてミミズクの口元に指先を持って行けば、ガリッと嫌な音がした。そこそこの距離があるセブルスにも聞こえるほど、それは大きな音だ。
「いったぁああああああ!?!?なっにすっ、いたいいたい噛むなっつーの!」
「何をしてるんだお前は……」
呆れたような声をもらせば、クロユリの頭上で暴れていたはずのミミズクがバサバサと羽ばたく。腕を差し出して止まらせたミミズク越しに、驚いたように顔を上げたクロユリの姿が見えた。
「スネイプ……」
「こいつはいつでも腹が減ってるから指を出さない方がいい、そう言ったのはお前だろう。自分でなにしてるんだ」
心底呆れたように告げたセブルスの手には珍しく本類は無く、代わりにフクロウやミミズク用のクッキーの袋がある。フクロウ小屋の前にいるクロユリを見かけたリリーに握らされたものだ。
寄越せ寄越せと騒ぐミミズクに、太るぞと声をかけながらもセブルスはその袋の中身の半分くらいを地面に置いた。クッキーの山に突っ込んで行ったミミズクは、それはもう幸せそうな顔で嘴をカツカツと合わせている。
「それで?」
当たり前のように隣に腰を下ろしてそう尋ねれば、クロユリは何がと少しだけつっけんどんに返した。
「ここ最近、機嫌が悪いだろう」
「リリーに言われて来たんでしょ」
「あー……」
「大方、手を取られて目キラキラさせながら、お願い!……って感じ?」
軽く首を傾げながら尋ねられたそれは、まさしく図星だった。特に返事が無いことを肯定だととったのだろう、クロユリがクスクスと声を漏らして笑い出す。数日ぶりに見るクロユリの笑顔に、セブルスの顔も、心なしか少し柔らかい雰囲気を纏う。
「スネイプったら純情ー」
「うるさい」
「スネイプは本当にリリー好きだよねぇ」
「それはお前もだろう」
ぴたり、と笑い声が止んだ。クロユリの顔には苦笑いが一つ浮かんでいる。
「うん、好きだよリリー」
「あぁ」
「すごく、すごく好き」
いつも元気な言葉を奏でる声が、小さく震えていた。膝を抱え直し、そこに額を押し付ける様にして視界から景色を消せば、もう彼女の涙を止めるものはなかった。顔が隠された膝の間から、嗚咽が漏れ始める。
「女の子同士の、ふざけたやつじゃ、なっ、いの。ちゃ、んと……!」
「あぁ、知ってる」
同じ人間を好きだからこそ分かる、クロユリの気持ち。いつもふざけたようなことを言っても、彼女がリリーを見つめる目はいつだって焦がれていて、いつだって本気なのだ。
クロユリが本気で気持ちを伝えたことが無いのは、きっと何よりもリリーのためを思ってのことだろう。そうセブルスは考えていた。
「分かってる」
ようやく主人の心配をし始めたミミズクがクロユリの頭に乗った。震える悪い足場になっている飼い主の髪を、一房啄ばんでは首を傾げ、また一房啄ばんでは首を傾げる。
「ホー」
セブルスは未だ震えるクロユリの肩に腕を回そうとして、やめた。
自分が恋い焦がれてやまないリリー。同じ相手を思うクロユリ。彼女がライバルなのは分かり切っているのに、クロユリが泣くとどうしようも無く落ち着かなくなるこの気持ちは。
セブルスは一つ頭を小さく振ると、クロユリが泣き止む夕方まで、ミミズクが彼女の髪を啄ばむ様子をぼんやりと眺めていた。
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