好きと好き
「リリー!」
「エバンズ!」
「こら、廊下を走るんじゃありません!」


 かけられる注意の声にも聞く耳を持たず、胸元で真紅のネクタイを揺らす二人は広い廊下でバタバタと大きな足音を立てていた。

 我先にとお互いを腕で牽制しあいながら一目散にかけて行く先には、ふわふわと踊る赤毛。太陽のようなそれに飛びつくようにして二人は強く地面を蹴った。


「リリィィィイイイ!!」
「エバァァァァアンズッ!!」


 くるりと振り向いた太陽は少しも驚きを見せることなく、むしろ呆れたような目で二人を見る。確実に自分に落ちてくる二つの体に、彼女はグッと握りこぶしを作り、そして容赦無く突き出した。


「触らないで」
「ごふっ」


 飛びついた二つの影の片方が大きく後方に反り返り、その勢いを殺すことなく床にその体が落ちる。苦しそうな声が漏れた。


「リリー!」
「はいはい、クロユリったら。廊下は走らないの」


 もう一方の影であったクロユリの体は、もう1人とは嘘のように優しい腕に抱きとめられ、ようやくその足を止めた。
 はぁはぁと走って上がった息をそのままに抱きつけば、仕方ないわねとの声と共にリリーの手がクロユリの背を摩る。


「相変わらず気持ち悪いな」
「なんか最近スネイプにそれしか言われてない気がする」
「あぁ、僕もそれしか言ってない気がする」


 はふはふとリリーの胸元に顔を埋めてみれば、すぐそこで聞こえて来たのは嫌なくらい毎日聞いているセブルスの声。クロユリが少し、本当に少しだけ、目がちらりと見えるくらい顔をあげれば、相変わらず渓谷を眉間に生産しているセブルスの黒い瞳と視線が絡まった。


「スネイプ、私のリリーとなに話してたの? 返答次第じゃその鼻噛みちぎるよ」
「どこの獣だ。魔法薬学の話だ、バカなお前には関係ない」
「うんそれは付いていけない奴だ」


 小馬鹿にしたようなセブルスの言葉に異論を唱えることなく、クロユリは素直に頷き再びリリーの胸に顔を埋める。

 苦手科目といったものがないクロユリだが、その成績はどれも人並み。秀でているわけでもなく、落ちぶれているわけでもない。それに比べてセブルスとリリーの授業に関する会話のレベルの高いこと。それを自覚しているからこそ、クロユリはセブルスの言葉に異論を唱えないのだ。


「ほんっと、リリーは頭いいよねぇ。魔法薬学からなにやら」
「あら、魔法薬学はセブの方が上よ」
「だってさ、やったねスネイプ、リリーに褒められて超殴りたい」


 当たり前のようにリリーに頭を撫でられながらクロユリが睨みつけるようにして再び顔をあげれば、血色の悪い顔を赤く染め上げているセブルスがいた。所在無さげな右手は口元を隠すように上がり、そして少し下がり、そしてまた上がって、ようやく腕を組むと言う形で落ち着く。


「ふ、ふん。当然だろう」
「ねえ何その照れ隠し本当殴っていい?いい?」
「呪うぞ」
「ごめん私が悪かった」


 まだ赤らめている顔に少しシワを寄せて杖を構えたセブルスに、クロユリは慌てて謝罪の言葉を唱えた。
 そんな様子を呆れたように、しかしどこか幸せそうに見つめながら、リリーは腕の中の自分より頭一つ小さな少女を撫でる。そしてクロユリも腕の中からそんなリリーの顔を見て、頬を緩めた。

 リリーの幸せが私の幸せ。


「エバンズ!!」

 
 ぼそり、と本人にだけ聞こえる位の大きさで呟いた言葉は、唐突に響いた煩わしい声とかぶり、自分の耳にすら届かなかった。

 セブルスさながらの渓谷を眉間に刻み、クロユリがゆっくりと振り返った先には、先ほどリリーの拳でノックアウトされていたジェームズ・ポッターの姿。トレードマークの一つとも言える丸メガネにはヒビが入り、少し高めの鼻からは真っ赤な鮮血が一筋流れている。


「なに、ポッター。今私セブとクロユリを愛でるのに忙しいのよ」
「リリーなんでスネイプが先なの」
「なに、ポッター。今私クロユリとセブを愛でるのに忙しいのよ」


 わざわざ言い直したリリーは、会えてポッターに見せつけるようにして右腕にクロユリ、左腕にセブルスを抱えて小首を傾げた。

「あぁ、エバンズ。そんな仕草も素敵だよ。キミはまさしく僕の心を捉えて離さない小悪魔だ」
「リリー、スネイプ、あれ気持ち悪い」
「そうね気持ち悪いわ」
「確かに気持ち悪いな」


 おえっ、と軽く吐く真似をしながらそう言えば、二人が真顔で同意する。リリーに巻きつくクロユリの腕は、袖の中でぶわりと鳥肌を立てており、彼女がどれだけポッターの台詞に気分を害したのかそれを見れば一目瞭然だった。


「あぁ、君のそんな辛辣な言葉すら愛おしいよエバンズ。……だがな、スニベルス!お前には言われたくない、僕のエバンズに近づくな」


 ぴっと立てた人差し指を一直線に向けられたセブルスの眉間に、盛大にシワが寄った。それは指を向けられていないリリーの眉間にも、うっすらと浮かんでいる。


「クロユリは良くてセブは悪いわけ?」
「何を言っているんだい、エバンズ。クロユリはまた違うじゃないか」


 君もそこまで鈍くないはずだろう?
 続いた言葉には、誰の返事もない。
 あまり人通りのない廊下、ざわりと音を立てるのは柔らかな木漏れ日を作る窓際の木々だけだった。
 低く飛んでいた鳥が、四人の立つ廊下に大きな影を落とす。


「帰る」


 突如訪れた静寂を破ったのはクロユリだった。
 パッとリリーから離れたクロユリは、少し眺めの前髪で顔を隠しながら早足でジェームズの横を通り抜ける。擦れ違いざま、ジェームズの男らしく広い左肩と、クロユリの人より少しだけ撫で気味の左肩が勢い良くあたった。

 よろけたジェームズも、眉をハの字に寄せたリリーのことも、声をかけようとした口をゆったり閉じて行くセブルスのこともはチラリとも見ることなく、クロユリは一番近くにあった角を曲がり姿を消した。
[ 4 / 18 ]
prev-next
△PAGE-TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -