痺れる嫉妬
 フワフワと綿菓子みたいに踊る太陽みたいな赤毛。宝石をそのまま埋め込んだような、アーモンドを形どったエメラルドグリーンの瞳。陶器で作ったみたいに白くて細い指先。辛辣な言葉をズバズバ吐いてくる桜色の唇。


「あぁん……好き」
「気持ち悪い」


 例のごとく呟かれた言葉に、クロユリはムッとして隣にいるセブルスを睨んだ。

 スリザリンと合同で行う魔法薬学はどうしても一人余ってしまうため、クロユリは常にリリーと、そしてスリザリンでも浮いた存在となっているセブルスと3人で組んでいた。
 しかし、今彼女の隣にいるのは黙々とイモリの尻尾とカエルの卵をすり潰すセブルスだけ。

 彼の見つめるすりこぎの中ではグチャグチャと気持ちの悪い音が鳴り、それはこの教室の至る所から発され、さながら小さなオーケストラのようだった。
 クロユリはそんなすりこぎの中身見ないようにしながら、大鍋の中の紫を時計回しに回している。

 そして、いつもならセブルスとは反対隣に座りテキパキと指示をしてくれるリリーはといえば、珍しくグリフィンドールから欠席者が出た為に余ってしまった女子学生と組み、楽しいそうに笑い声をあげていた。


「キィィ!あの女、私のリリーを!」
「お前のじゃないし、早く回す方向を変えろ。失敗するだろう」
「だってスネイプ、見てよあのリリーの顔。私以外と組んでるのに超楽しそう!」


 言われるままに鍋の中身を逆回しにすれば、先ほどまでのおどろおどろしい紫色が驚くほど澄んだ水色へと姿を変える。セブルスの持っていたすりこぎの中には既に何も残っておらず、いつのまに鍋の中に入れたのかとクロユリはマジマジと少年を見た。


「……なんだ、不躾にジロジロと」
「いや、リリーもそうだけどスネイプも相変わらず魔法薬学の手際いいよねーと思って」


 すごーい、と続けられた言葉に、セブルスの頬に少しだけ赤みがさす。それをごまかすように何度か咳払いをすると、セブルスは薬の提出用の小瓶を二つ机の上に並べた。


「ま、まぁ得意科目だからな」
「根暗っちだもんねー」
「呪うぞ」
「マジ勘弁」


 クロユリが乾いた笑いを漏らせば、セブルスが満足そうに鼻を鳴らす。彼の"呪うぞ"は口だけではないのだ。
 以前挑発してかけられた容赦のない呪いを思い出し、クロユリは空笑を零した。


「もういいぞ。鍋を火から降ろすからどけ」
「えぇ……いいよ、私がやるよ」
「聞こえなかったか?どけ」


 眉の間にシワを刻みながらクロユリを押しのけるようにして鍋に手を掛けるセブルスを、彼女はハラハラしながら見つめる。

 普段ろくな運動をしないセブルスにこんな重たい鍋を持たせるなんて、どうしても心配になる。勿論、それは提出物がおじゃんになってしまうのではないか、という意味で。

 人としてどうかとも思うが、麗しのリリーを狙うライバルの体を心配するような考えは、クロユリには微塵もない。

 やがて細いセブルスの腕が折れることも震えることもなく無事にテーブルに置かれた大鍋から、クロユリは提出する分の液体を掬う。そしてもうひとつ、セブルスが用意したのとは違う小瓶をローブから取り出すと、そこにも綺麗な水色を詰めた。


「おい、グレース。何してるんだ」
「んー秘密」


 セブルスの疑問も勿論のことだった。
 今回作っているのは、簡単なしかしそれでも数十分は効果の持続するしびれ薬。そんな危険な薬をクロユリなんかに持たせたらどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。


「一つ尋ねるが……それは僕に使う気か」
「まさか!私もそこまでアホじゃないですー」


 薬なんか混ぜたらすぐに気づくじゃん、と不満げに呟きながらクロユリは再び新たな小瓶を4つローブから取り出し、さらにしびれ薬を詰め始める。

 やがて提出用以外に5つに増えたしびれ薬の小瓶を満足そうに見つめたクロユリは、4つをポケットにしまい込み、余った一つを力強く手にした。彼女の視線の先には楽しそうに笑うリリー……の奥で同じく楽しそうに笑うグリフィンドール生。


「ふふふふ……さぁ泥棒猫に制裁を!」
「うわぁあさすがにやめろ!」


 ブン、と振りかぶった薬は蓋なんてもちろんついておらず、セブルスの制止も虚しく小瓶は中身を撒き散らしながら宙を舞う。
 しかも中途半端に制止した為に起動の逸れた小瓶が向かうのは、もとより狙っていたグリフィンドール生ではなく、こちらに背を向けているリリーの頭上だった。
 これには思わずクロユリとセブルスの顔が青ざめる。


「リ、リリー!」
「ごめんリリー避けてぇ!」
「やぁエバンズ、楽しそーーうわっ!?」


 突如現れた黒の癖毛。その頭にはクロユリが投げた小瓶が乗り、中の液体は容赦なくその頭を濡らす。頭からビショビショに濡れたその男、ジェームズ・ポッターの体はすぐ様小刻みに揺れ、そして崩れ落ちた。


「ジェームズ!!」
「あら、ポッター。何遊んでるの?」


 グリフィンドール生の叫ぶような声でようやく振り向いたリリーは、床に倒れたジェームズを呆れたような顔で見下ろした。

 リリーとジェームズを囲むようにグリフィンドール生の達の叫び声が上がる中、クロユリは思わぬ事態にその顔を歪ませた。ーー口の端をニンマリと釣り上げる形で。


「……スネイプ、これは褒めて」
「よくやったグレース」


 リリーに想いを寄せているのは何もクロユリとセブルスだけではない。リリーの分け隔てなく接する性格や、麗しい見目に惚れ込むものはホグワーツ中にいるのだ。
 中でも今さっきしびれ薬を被ったジェームズ・ポッターは、クロユリにとってもセブルスにとっても心底目障りな存在だった。

 そんなお互いの宿敵とも言えるジェームズ・ポッターに、偶然とは言えどそれなりの仕打ちを与えられた二人の顔にはニンマリとした悪い笑みが浮かぶ。


「たまにはやるじゃないか」
「ふふん、凄いでしょ」
「あぁ、あぁ。凄いな、素晴らしいコントロールだなぁミスグレース」
「でっしょー……は?」


 背後から聞こえて来たファミリーネーム。クロユリとセブルスの背筋が、勢い良く伸びた。
 これは振り向いては行けない気がする。聞かなかったことにするんだ。

 そう目配せをしあっていたクロユリとセブルスの肩に、ポンと肉厚の手がのる。サッと血の気の引いた音を立てたのはどちらか。


「グリフィンドール、スリザリン。5点減点」


 優しそうなしかし確実に怒りを含んだ声に、クロユリとセブルスは揃って肩を落とした。
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