日常と紐パン
「リッリー!おはよ、今日も今日とて可愛いね、好き」
「はいはい、おはようクロユリ。私も好きよ」
「きゃーんっ!嬉しいっこれって相思相愛?結婚秒読み?式はどこであげる?」


 ホグワーツの大広間。がやがやと賑わうその部屋で、ひときわ騒いでいたのはグリフィンドール生のクロユリ、そしてリリー・エバンズだった。ーーいや正確には騒いでいるのはクロユリ一人だが。

 まだ寝ぼけているのか、少しだけぼんやりとした顔をしながら、朝食で出されたベーコンを近くにあったアスパラに巻きつけて口に運ぶリリー。そしてそのリリーの頬を、口元に運ぼうとするクロユリ。

 んーっ、と唇を少し突き出しながら近づけば、リリーは少し呆れたように彼女を見やると軽く頬を差し出した。
 ちゅ、と軽いリップ音を立てて頬にキスを一つ落とせば、クロユリの顔が満足そうにゆがむ。


「はぁ、嬉しそうね」
「もっちろーん!好きな子にチューできるほど嬉しいことはないと思うの!もちろんそのさ、き、も」
「相変わらず気持ち悪いな、グレース」


 にやけた顔をそのままにつんつん、とリリーの胸を横から突ついていたクロユリは、唐突に投げられた暴言に眉を寄せて顔を上げた。


「べーっ。これは女の子の特権なんですぅー!羨ましいでしょスネイプ」


 これ見よがしにリリーに抱きつけば、暴言の主であったセブルス・スネイプが眉を寄せる。ただでさえ常に眉間にシワを刻んでいる彼が眉を寄せれば、それはまさに渓谷と形容するにふさわしいものとなっていた。


「リリー、なんでこんなやつに好き勝手させてるんだ。断ればいい、寧ろこんな変態とはすぐに友達をやめた方がいいぞ」
「んー、可愛いからいいのよ」


 カゴの中にあったパンを2つ掴みながらリリーがそう返せば、クロユリは驚くほど飛び上がり、そしてさらに力を込めて赤毛の彼女に抱きつく。

 苦しい苦しいと声が聞こえたが、取ったパンにイチゴジャムとマーガリン、さらに蜂蜜と粉砂糖をたっぷりとかけながらの棒読みの言葉なぞ、クロユリは気にする素振りも見せない。


「ほらー!リリー嫌がってないよ」
「僕が見てて気持ち悪いんだ。お前も、あとそれからリリーが今から食べようとしているパンも……結構」
「あら、美味しいわよ?」


 食べる?と差し出されたパンの上で、山盛りに乗せられたジャムがブルンと揺れる。その光景と離れていてもわかる甘ったるい匂いに、セブルスはうっと顔をしかめて遠慮する、と小さく呟いた。


「あら、そう?」


 小首を傾げ、当たり前のように激甘ロールパンを口にするリリー。ぬちゃ、と少し気持ち悪い音が聞こえた。

 抱きついていたクロユリも思わずよく食べれるな、と言わんばかりの顔で少し体を放し甘い匂いから逃れようとする。
 が、ちょうど目があったリリーは何を思ったのか齧ったそのパンをズイ、とクロユリの目前に差し出したのだ。


「クロユリ、食べる?」


 ぷぅん、と鼻につく甘ったるい匂い。もとよりあまり甘いものを好まないクロユリとセブルスに取っては、凶器そのものといってもいい。
 しかし、その狂気じみたパンも、リリーの齧り跡がつけばクロユリには何よりも豪華な食べ物に見えた。


「食べる!食べる!」
「お、おい、やめておけよグレース」
「何いってるの、これを食べればリリーと関節キッスできるんだよ?」


 これを食べずにどうする!と高々と拳を掲げると、クロユリはリリーの齧り後の残った激甘ロールパンを一気に頬張った。
 もきゅ、もきゅ、と数回口が動き、そしてやがてゆっくりとクロユリの頭が下に垂れて行く。

「おい、グレース…?」

 俯いたままピクリとも動かなくなったクロユリに、流石に心配になったセブルスが声をかけた。しかし、返事が返って来ることはない。

「リ、リリー…」

 セブルスが助けを求めるようにリリーに話しかければ、彼女はもう一つのパンに同じようにトッピングをし、最後にドライストロベリーを乗せながら、動かなくなったクロユリを細い指で突ついた。
 ぐらり、とクロユリ体が傾き、そして派手な音ともに見えなかった顔を表に晒す。

「あら」

 美味しすぎたのかしら。
 漸く目覚めたらしくしっかりした顔で、そう呟いたリリー。その視線の先には、白目を剥きスカートの中を倒れた衝撃で惜しげなく晒すクロユリの姿があった。

 薄く開かれた口からは真っ赤なイチゴジャムと、咀嚼しきれなかったゲテモノパンが食み出しており、さながらそこだけ地獄絵図のようだ。

 人を気絶させるほどの食べ物を平喘と食べ続けるリリーと、女とは思えないクロユリの気絶顔、それから全開になったスカートから見えている予想外の黒の紐パンにセブルスは顔色を紫にしながら、結局朝食も取らずに自寮へと戻ったのだった。
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