旧友と親友と
 空には雲ひとつなかった。青く澄み渡った空と真っ白な教会のコントラストが目に眩しい。

 愛しい人の結婚式に相応しい、晴天だった。

 白い鳩が青空を飛び交い、魔法で出された様々な花々が飽きることなく降り注ぎ幸せを祝っている。

 バチンと弾ける音に続いて、カツと硬い音がその場に現れた。
 姿現しを使いその場に到着したのは、昨晩リリーに頬を叩かれたクロユリ。彼女の装いはシンプルな薄緑色のワンピースドレスに、パールをあしらった宝飾品。うっすらと化粧をした彼女の方頬は、隠しきれていない赤み。どれもこれも、普段の彼女からは想像できない姿だ。


「……もしかして、クロユリ?」


 かなり久しぶりに聞く声だった。振り返ればそこに立っていたのは予想通りの三人組。懐かしい面々に、クロユリは久方ぶりに頬を緩めた。


「リーマス。それにブラック、ベティグリューも」
「久しぶり」
「ひ、久しぶりクロユリ」
「久しぶりだな」


 各々が昔と変わらない笑顔を浮かべており、相変わらずだと思う。それと同時に、少し見ない間に随分と大人びた"悪戯仕掛け人"に時の流れを感じさせられた。


「そうだねー、かなり久しぶりかも。元気してた?」
「勿論。クロユリも元気そうで何より……って言いたいところだけど、どうしたんだい?」


 つんつんとリーマスが軽く突いたのは、彼自身の頬。
 これは痛いところを突かれてしまった、と苦笑いを零せばリーマスの顔が少しだけ険しくなった。彼は相変わらず兄のような父のような性格をしているようだ。


「アー……昨日ぶん殴られた」
「殴られた!?誰に?」
「リリー」


 あれは効いたなーとヘラヘラ笑いを浮かべるクロユリとは逆に、リーマス達の顔が少しだけ歪む。
 少しだけ、強い風が吹いた。落ちていた花が舞い上がり再びクルクルと落下していく。


「その、聞きにくいんだけど、エバンズとは……」
「親友だよ」


 口にすると、やはりストンとその言葉はクロユリの胸に落ちた。

 教会の入り口から男が出てきた。どうやらそろそろ式が始まるらしい。
 ペティグリューが先に行ってるね、とパタパタ掛けていくのを見送りながら、クロユリは適当に席を取っておくように声を上げた。


「なぁ」
「んー?」


 ぐい、と腕を引かれ慌てて顔をあげれば、そこには真剣な顔つきのシリウス。学生時代とは変わりヒゲがしっかりと生えてきているようで、剃り残したヒゲがちらりちらりと見えている。
 あぁ、こんな顔、見たことあるな。


「もう一度だけ、いいか?」


 なんとなく、想像はついていた。そして、それに対する答えも、やはり決まっていた。

 側に立つリーマスが気を利かせたように先に行ってるね、とその場を離れる。
 相変わらず降り続ける花の雨だけが、その場にクロユリとシリウスを残していた。


「……何年前の続きなの、それ」
「何年たっても変わんねえよ。その、エバンズがジェームズと結婚するってんのにこんな事言うのはどうかと思うが」


 一度、そこでシリウスの喉が上下した。緊張しているか腕を掴む手は汗ばんでいて、顔も若干赤らんでいる。


「俺は、お前が好きだ」
「うん」
「……その顔は、駄目、なんだな」
「……うん」


 ごめん。
 風の止んだ屋外では言葉が消えることなく、確かに謝罪の言葉がシリウスの耳へと届いた。
 はぁ、と重たい溜息がその場に響く。


「だぁぁーーっ」
「えっえっ、何急に。壊れた!?」


 掴んでいた腕を離し、ガシガシと頭を掻き毟るシリウス。
 これから結婚式だというのにフられて壊れてしまったのだろうか。
 クロユリは内心気が気でなかったが、バッと勢いよく上げられた顔に、それが杞憂であることを知った。


「いいかクロユリ!」
「ひゃい!?」
「親友だ」
「は?」
「だから、親友だ!」


 ポカンとした表情で、クロユリはシリウスを見上げる。一体、誰と誰が親友なのだろうか。思わずそう尋ねてしまえば、バシンと小気味のいい音と共にクロユリの頭に衝撃が走った。

 なんだか昨日から殴られてばかりではないだろうか。
 ズキズキと痛む頭を抑えながら、シリウスを睨めば、彼はこれでもかと言わんばかりの笑顔でクロユリを見下ろしていた。


「俺と、お前が、だ」
「え」
「勿論、リーマスもピーターも、ジェームズも。お前の親友だ。いいな!」
「え、えとあのあの」
「だから」


 耳元で続けられた言葉。先程引っ叩いてきた手で今度は頭を優しく撫でると、シリウスは足早に教会へと向かっていった。


「なんだって?」
「……要約すると、悪戯仕掛け人と私は親友だ、ってさ」


 いつの間にやら戻ってきていたリーマスが、叩かれたり撫でられたりしたせいで崩れたクロユリの髪を整えながら尋ねた。
 嬉しそうだね。
 後ろに立っているから顔は見えないはずなのに、リーマスは確定するようにそう呟いた。彼の声もどことなく嬉しそうに聞こえる。


「……ポッターと親友は、やだなぁ」
「相変わらず嫌われてるね、ジェームズは」


 ほら出来た、と軽く肩を叩かれて振り返ったクロユリの頬は随分と緩んでいた。その表情にリーマスの頬もさらに緩んでいく。


「さぁ、そろそろ行くよ。エバンズとジェームズの晴れ舞台が始まっちゃう」
「あぁ!ポッターの晴れ舞台はともかくリリーの花嫁姿はみたい!」


 笑みをこぼしながら教会へと向かい始めたリーマスの後を、カツカツとヒールの音を立てて追う。隣に並んで中に入れば、そこにはすでに神父と最後の打ち合わせをしているジェームズの姿があった。

 げっ、と声を出してみるが彼は神父との話に夢中らしく此方に気づく様子はない。

 キョロキョロと辺りを見渡してみるが、当然ながらまだリリーの姿はなかった。


「ほら、クロユリはあっち」
「え、リーマスたちは?」
「僕らはあっち」


 クロユリが行くように言われた席は、リーマス達から随分と離れた一番後ろの席だった。
 ペティグリューの野郎、席とっておくって言ったのに。そう呟けばリーマスが笑いながらクロユリの肩を軽く叩いて座るように促した。


「また後で話せるでしょ」
「だーってさぁー」
「ほらほら、いいから座る」


 グイグイと押されれば渋々と言わんばかりに指示された席へと腰を下ろすしかない。せめてもの反抗と言わんばかりに乱暴に座ったクロユリに、リーマスは苦笑いを一つこぼした。


「僕も、シリウスと同じことを君に願うよ」
「え?」
「じゃあ、あとは頑張って」
「は?」


 慌てて振り返るが既にリーマスはシリウス達の席へと向かっており。さすがに教会で大声を出すわけにもいかず、クロユリは訝しげに首を傾げたまま、じきに始まるであろう式の開始を待った。

 ただ一人、無意識に探していた姿がない事に気がつかないフリをしながら。
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