とんだお茶会
 立ち上る湯気。カチャカチャと高い音を立てる茶器は、白地に黄土色でラインの入っているシンプルなものだった。
 着々と用意の進むお茶会。既に置いてあるケーキスタンドには、大量のチョコレートが積み上がっている。


「どうぞ」
「……どーも」


 思わずこぼれそうになった溜息を、クロユリは差し出されたアールグレイで飲み込んだ。

 今朝方、唐突に魔法で縛り上げてきたリーマス。もがくクロユリに対し、彼が笑顔で告げたのは"お茶会のお誘い"だった。

 彼に抵抗することは実は、水の中でそれも魔法なしで息をしなければいけないことと同じ位、無理なことなのだ。
 有無を言わせない笑顔は恐ろしいもので、悪戯仕掛け人の裏のボスだと皆が口をそろえて言っている。

 もちろん、そんな彼にクロユリが逆らえるわけもなく。友人、という関係を築き上げていることもあるから、逆らう気もなく。
 クロユリは縛り上げてきたことに対して二、三文句を告げるだけで、喜んで彼の言う"お茶会"に参加していた。


「それ、で。どうしたの?」
「なにがー?」
「1人で行動してるでしょ。最近」


 クロユリの手が止まった。頭はゆっくりと下へ向いてゆく。


「エバンズと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩って言うか……私が一方的に困らせたって言うか」
「キスついでに告白でもした?」
「……っ、リーマス!!」


 弾かれたように勢い良く挙げられた顔は、いつの間にやら涙でぐしょぐしょに濡れてた。数年ぶりに見るその泣き顔に、思わずチョコレートに伸びていたリーマスの手が止まる。





 リーマスはチョコレートを掴むことなく、その手を額にあてた。

 いや、まさか図星だとは。冗談のつもりだったのに。

 そう考えるリーマスの脳裏には、先日の談話室での光景が蘇っていた。彼が立っていた位置からはちゃんと見えなかったが、クロユリに行為を抱いているシリウスの様子からして彼女がリリーの唇へキスを落としたのは簡単に予想が出来ていた。

 しかし、だ。常日頃頬やら目尻やらにキスをしあっている2人だ。そんな光景を見慣れている人物からすれば、スキンシップのレベルがあがったのだろう、くらいにしか思わないだろう。
 現に、ピーターも普段と同じような反応しかしていなかった。ーージェームズとシリウスだけは、別だったが。

 はぁ、と大きな溜息を吐き出すのをなんとか堪え、リーマスは今度こそ伸ばした手でチョコレートを摘まんだ。


「クロユリ、焦りすぎだよ」


 何事も。
 そう続けながら、摘まんだチョコレートを口に放り込んだ。ゆっくりと溶けて行く甘さが、リーマスに余裕を取り戻させる。


「あんなに大喧嘩していたセブルスとエバンズも仲直りしたんだ、きっと大丈夫だよ」


 小さく、クロユリの肩が跳ねたのをリーマスは見逃さなかった。再び俯き髪で顔を隠す彼女。泣くたびに震える髪の隙間から見えた唇は、強く噛み締められている。


「どうしたの、クロユリ。そんなにあの2人が仲直りしたのが嫌なのかい?」


 クロユリが頷かないことを分かっていながら、リーマスは意地悪にそう訪ねた。案の定、彼女の頭はすぐさま大きく横に振られる。

 当たり前だ。毎日の様に下らない言い合いをしている割には、彼女はリリーを大切にするセブルスのことをなんだかんだ気に入っているのだ。少なくとも、リーマスにはそう見えた。勿論、1番はリリーなのだろうけれど。
 だからこそ、次の問いも純粋で小さなイタズラだった。


「なら、セブルスがエバンズに取られるのが嫌なのかい?」


 イタズラの"つもり"だった。


「え、」


 バッと勢いよく上げられた顔は相変わらず涙に濡れていて、しかし、かつて見たことのないほどに赤く染まっていた。
 涙の溜まった瞳を大きく見開いて、パクパクと開閉する口。クロユリを染める赤色は、顔だけでなく耳へ、しまいには首にまで広がっていた。

 どうみてもドンピシャなその反応に、今度はリーマスが目を見開く番だった。

 いやいやいやいや、これは何かの冗談なのだろうか。あれほどリリーを何よりも一番に考えているこのレズ女の熱視線が、日頃自分達がちょっかいをかけているあのセブルスに向けられているなんて。

 目の錯覚かもしれない。昨日は夜遅くまで次のイタズラの為の道具を考えていたから、それで、だ。

 目を閉じ大きく深呼吸して、そしてゆっくりと瞼を持ち上げる。
 しかし、そこには変わらずクロユリの赤ら顔があるだけ。

 リーマスは驚きに震える手を持ち上げ、ゆっくりとクロユリを指差した。


「エバンズ、は……?もう好きじゃないのかい?」
「そんなわけない!!」


 震えた声を荒げて伝えられた言葉に、リーマスは心底ホッとしたような表情を浮かべる。
 驚きに少しだけ浮かしていた腰をソファどっかりと下ろせば、今度こそ盛大な溜息が漏れた。
 なるほど、ここ最近一人で行動しているのはそういうことか。なんというかーー


「変なとこ、可愛いよねクロユリ」
「は!?」
「エバンズのことが大好きで仕方ないけど、最近になってセブルスのことも気になってきた。二人が仲良くしてるのは嬉しいけど、いつかどっちかがどっちかに取られてしまうのではないか……そんなところかい?」


 返事はなかった。目の前にあるクロユリの顔は、眉が寄せられどことなく複雑そうに見えた。何が複雑なのかまでは、読み取ることはできなかったが。

 また、リーマスの手がチョコレートへと伸びる。適当に掴んだそれは偶然にもハート形。彼は苦笑いを浮かべながら、それをクロユリの前の皿に乗せた。


「やっぱり、慌てすぎだよ。クロユリ」


 ソファに体を戻すついでにもう一つ摘み、ポイと口に放り込む。
 やっぱりチョコレートは至高だ。そんなことを頭の隅で考えながら、リーマスはチラリとクロユリを見た。伏せられようとしていた目と、一瞬だけ視線が交わる。


「まだ卒業までは時間があるんだ。その間にエバンズとも関係を戻せるだろうし、エバンズ……か、セブルスと通じ合うこともできるさ。クロユリ次第だろうけど、でも」


 焦らず少し落ち着いたほうがいい。
 そう続けた頃にはもうクロユリの頭は項垂れており、よく愛鳥に突かれているつむじだけがこちらを見ていた。

 目の前に置かれたココアは既に冷めきっており、クロユリの前に置かれたマグからも湯気はたちのぼらなくなっている。
 杖を一振りして温かいものに変えてから、自分の分を口に含む。どろりとした甘みを口に広げ、リーマスは目の前で動かなくなってしまった友人を見つめていた。
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