暗い空き教室で、クロユリは1人頭を抱えていた。小さな溜息が1人しかいない教室に溶ける。
『よく知りもしないでセブルスのこと悪く言わないで頂戴!』
リリーに言われた言葉。それに対してクロユリの中に生まれたのは、悲しみでも怒りでもなく。
ーー私の方がリリーのこと。スネイプのこと。
紛れもない、嫉妬心だ。
はぁ、と再び盛大な溜息が漏れた。
我ながら酷い状況だ、とクロユリは自嘲する。
リリーのことを考えれば締め付けられているのではと錯覚するほどに、焦がれてゆく胸。しかし、今ではその感覚をセブルスに対しても感じている。
この感覚がなんなのか。そんなことは考えずともクロユリには痛いほど分かっていた。
「リリーが、好き」
けれども、スネイプも好き。リリーと同じくらいに。
二人に抱く愛は勿論友愛ではなく、親愛でもない。恋愛。なんて優柔不断な恋で、そしてなんて悲しい恋なのだろうか。
この想いはどちらに告げても叶うことはない。
リリーは男性が恋愛対象で、セブルスはリリーが好き。
現実が切っ先の鋭い刃となって自分の身をザクザクと刺しているような感覚にクロユリは下唇を噛んだ。
◆
ーー翌朝。
例の如く空き教室で太陽の光を迎え、時計を見れば既に針は昼過ぎを示していた。これは完全に寝坊だ。きっと今は大広間で昼食が目一杯机に並べられている頃だろう。
しかし、どうにも食事を取る気分にはなれない。
クロユリは鳴らない腹に苦笑いを浮かべると、グイと軽く伸びをしながら数時間ぶりに椅子から腰を上げた。ポキポキと関節を鳴らし、ホグワーツの地図を頭の中で広げる。
今日は授業にも出る気にはなれないようだ。
どこかで時間を潰そうと、昨夜の悩み事を追い払った頭でうんうんと考えながら扉を開ける。
「リリー」
少し遠くから聞こえてきた声。
「……セブルス」
そのどちらにも胸が震え、クロユリは開けた扉を慌てて閉じて、再び開けた。今度はほんの少しだけ。
高鳴る胸を押さえながら、その隙間からそっと声のした方向を覗いた。
昼食の時間で、人のいない静かな廊下。クロユリが恋い焦がれている2人は、そこに向かい合って立っていた。彼らの間は人2人分ほどだろうか。何時もより距離があるように見える。
「リリー、この間は本当にすまなかった。あんなの、ただの八つ当たりだった」
「セブ……。私のほうこそごめんなさい。幼なじみの貴方に突き放されて、ショックのあまり酷いことを言ったわ」
「いや、リリーは気にしないでいい。全部、僕が……」
そこでクロユリはそっと扉を閉じた。壁に背を預け、ズルズルとその場に座り込む。
リリーが、言葉を遮ってセブルスを抱きしめたのが最後に見えた。
握り締めた服の下で、クロユリの胸が悲鳴を上げている。ボロボロと頬を伝う大粒の涙は止まることなく、クロユリのスカートを濡らしていく。
リリーとセブルスが仲直りをした。それでいいじゃないか、それを望んでいたではないか。
「リ、リー……、スネ、イプ……」
けれど先程の光景は本当に"仲直り"だけだったのだろうか。ついにセブルスの想いが叶った瞬間だったのではないだろうか。
昨夜気がついてしまった恋心。だからこそ、余計にクロユリの胸が痛んだ。
立てた膝に顔を埋めれば、教室にクロユリの嗚咽だけが静かに響く。
失恋を2つ。それを同時に味わうこととなったクロユリの涙は、堰を切ったように流れ出し止まることを知らない。
寄りかかった扉の向こうから、少しだけ聞こえる楽しそうな嬉しそうな声が、痛む胸を更に突き刺す。
そのまま一日中涙を流し続けたクロユリは勿論寮に戻ることなく、育て続けた恋心と、とうとう気がついてしまったばかりの恋心に、静かに蓋をした。
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