瞳の奥に映るモノ 1/4




この短編はミズキのとある仕事の様子を描いた短編です。戦闘描写の練習を兼ねて書いたので、戦闘メインです。また、原作キャラは名前程度しか出てこず、代わりにオリジナルキャラ・他サイト夢主(名前固定)が終始出てきます。上記のことが苦手な方はご注意ください。















人は皆、人生において二者択一の選択を迫られる時が来る。それは究極の選択。どちらが正解でどちらが間違いか分からない。しかし無情にも決断の時は刻一刻と迫ってくるーーーーそういう時が必ず来る。


「どちらの決断が正しいのか、教えてくれる存在がいたらどんなにか良いだろうか。」


誰しも一度は考えたことはあるソレ。しかし、現実にはそのような都合のいい存在はおらず、人は皆、自分で選択を選ばなくてはいけない。だが、一部の権力を持つ人間たちは知っていた。絶対透視の能力を持ち、その選択に答えを出す存在のことをーーーー。

その者の名前は、アルメリア。
権力者たちの間でまことしやかに伝えられる存在であった。








「ほら、アリー様のお茶だ、受け取れ。」


黒い服に身を包んだ眼光の鋭い男に言われ、ミズキは銀のトレーを受け取った。トレーの上には細かい装飾が施されたティーポットと1組のティーセット、それにちょっとしたお菓子が乗っていた。しかしながら、豪邸に相応しい華やかなそのカップの隣には、美しさとは無縁のコップと不恰好な菓子が一つ乱暴に置かれていた。それはミズキ用の物だった。

「アリーはもう戻ってくんのか?」
そうミズキが問うと男が片眉を上げた。
「アリー『様』だ。何度言ったら分かるんだ。」
「チッ、アリーが敬語は嫌だって言うんだからしょうがねェじゃねーか……。」
とぶつくさと呟くが、男の苦々しい顔を見てミズキは言い直した。
「アリー『様』はもう戻ってくるんですか?」
「当たり前だ、だからコレを持って来た。いちいち当たり前な質問をするな。」


ピシャリと言い放つ男にミズキは舌打ちを一つする。しかしミズキは何も言い返さずに踵を返すと、猫足のテーブルの上で紅茶を注ぎ始めた。


「アリーも夜遅くまで引っ張り出されて大変だなぁ……。」
自分用のコップに注いだ紅茶を少しだけ口に含み、異常がないか確かめてから飲み込む。
「ん、毒は入ってねェな。」
そう言うとミズキは、いつでも部屋の主が帰ってきてもいいようにテーブルを綺麗にセッティングし始めた。


今回、ミズキはとある男の屋敷に住む少女の世話をしていた。少女の名前はアルメリア。本来の仕事は少女の護衛で、有事の際には身を敷いて盾になる契約になっているのだが、厳重な警備が敷かれている現状でミズキの出来ることと言えば彼女に出される食事の毒味役と彼女の話し相手になるくらいだった。しかし、単に少女の世話と言っても仕事を始めてから3週間の間で既に二回もミズキは毒を発見しているし、服に仕込まれた毒針にも事前に気づくことが出来ているので、契約通り彼女の身を守っていると言えた。


「ただいま、ミズキ。」


可憐な声が耳に入り振り返ると、この部屋の主がちょうど帰って来たところだった。屈強な男に挟まれ肩身狭そうにしながら、彼女が儚げな笑顔をミズキに向ける。


「おかえり、アリー。」
敬語を使わないミズキを護衛の人間たちがジロリと睨んだが、そんな視線を右から左に流してミズキはテーブルの椅子を引いた。
「疲れてるだろ、美味い紅茶が入ってるぜ。」
椅子にちょこんと座ったアルメリアに紅茶を手渡し、ミズキも反対の椅子に座る。
「今日も大変だったか?」
「う……ん、そうね。お客さんが多くて、ちょっと疲れちゃったかな。」
「そっか、毎晩毎晩、お前も大変だなぁ。」
「ううん、いいの。これが私の存在理由だから……。」


悲しげにそう言う彼女からミズキはそっと目を反らした。アルメリアはこの屋敷の主に長い事囚われていた。どれくらいの間屋敷に閉じ込められているのかここ3週間ほどしかいないミズキに知る由もなかったが、白く細い手足から長い事外に出れていないことが伺えた。もしかしたら屋外に出ることもあるのかもしれないが、屈強な男達に囲まれての外出じゃ逃げ出すことも出来なかっただろう。


「お前も、大変だな……。」


ぼそりと言うとアルメリアが目を伏せて指先をきゅっと握った。言ってはいけないことを言ってしまった。そう思いミズキは彼女に聞こえないように小さく舌打ちをするが、彼女が囚われているという事実が無くなるわけではなかった。事の発端はおそらく彼女の念が発現した時だろう。彼女の念はとても有益で、彼女は、二者択一の選択の時に対象者がそれをした場合としなかった場合の未来を、きっかり5分後・30分後・1時間後・一日後・一週間後、一ヶ月後、と透視することができたのだった。自分の行動の結果を事前に知ることが出来る。そんな彼女の念は、大きな決断を下す権力者には涎が出るほど魅力的に違いなく、権力者たちの間で『絶対透視のアルメリア』としてまことしやかに知られているのも納得のいく話だった。実際のところ、『四行詩のノストラード』にその月の未来を占って貰い、その中で不穏な結果が出た週を『絶対透視のアルメリア』に視て貰う、これが力ある人間たちの間では常識となりつつあった。


「あ、あのさ、ほら……ほら、外!!」
「外?」
「そうそう、外の準備が段々出来てきたなァーーーって思ってさ。」


話題転換としては相当苦しかったが、それでもその声かけでアルメリアは悲しげに伏せていた目を上げた。良かった。そう思いながらミズキも窓を見る。屋敷の一番高い塔から放射線状に張られたロープに、そこに掲げられたこの大陸の主要コミュニティーのシンボルマークの旗たち、そして、イルミネーションが施された庭の木々に、何かが書き込まれるであろう大きな立て看板。その上、駐車場近く建てられた仮設テントには運び込まれた食料が山高く積み上がっており、おそらく階下のキッチンでは数日後に迫ったセレモニーの下準備に追われているのだろう。確かに着々と準備が整いつつあった。


「セレモニーは木曜だったか?」
「そうね、今日が月曜だから、三日後…ね。」
「あと3日かぁ……。早いもンだな。」
そう言うとアルメリアが儚げに笑った。
「あと3日でミズキとお別れだと思うと寂しいわ。」
「しょうがないだろ?セレモニーまでお前の身を守る、そういう契約になっているんだからな……。」


そう言いつつも、ミズキもアルメリアと別れることに一抹の寂しさを感じていた。3週間以上共に過ごしているのだ、そういう感情が生まれるのも自然な事だった。しかし、それ以上にこれから起こるであろうことを考えると、ミズキは身が引き締まる思いがした。


「あと三日……」


噛みしめるようにして言う。今、この大陸の裏社会は大きな問題に直面していた。長年この大陸のコミュニティーを束ね十老頭の一人として名を連ねていたゴーギャン・スティグニーが来月に引退をするのだ。代替わりの時期に組織内が荒れることは良くある話だが、大陸の裏社会を纏める大老頭の代替わりとなるとそれの荒れ具合は小さな組織のそれとは比べものにならなかった。候補者は現時点で5人いたが、誰に付くのが一番良いのか、どのくらい関わりを持つべきか、それぞれの組織がそれぞれの目論みをもって、水面下で争いをしていた。

目の前で紅茶をすするアルメリアを見る。小道でそっと咲くスミレのように可憐で儚げな彼女。マフィア間の争いに無縁に見える彼女が、今回の争いで一番被害を受けている人間に違いなかった。未来を透視出来る彼女の念と、それに付随して発生する莫大な金は、誰もが喉から手が出るほど欲しいものであり、各組織が我先にとこの屋敷の主に交渉を持ちかけていたのだった。計算高そうな人間。それがミズキが感じた屋敷の主の第一印象で、実際、各組織からの打診が始まったのは引退話が浮上し始めた一年前なのにも関わらず、この屋敷の主は、スティグニーの引退が目前に迫った現時点でも誰サイドにつくか発表していなかった。おそらく、より良い条件を引き出すために答えを長引かせているのだろう。しかし、そのせいで痺れを切らした組織から「手に入らないなら殺してしまえ」との事で、アルメリアはこの一ヶ月でミズキが把握しているだけで5回も殺されかけていた。

しかし、それもあと三日で終わる。三日後のセレモニーで誰サイドにつくか発表されれば、今後はその組織からの庇護が堂々と受けられるようになるのだ。護衛する期間はあとたったの三日。しかし、敵対組織がアルメリアを殺す機会もあと三日しか残されていなかった。短いようで長い72時間、ミズキは「あと三日ーーー。」と噛みしめるように再度呟いた。


ガシャンと小さな音と共にアルメリアの「キャ!」という声が耳に入る。その音にミズキは瞬時に戦闘態勢に入り、アルメリアを庇うように構えを取ったが、一拍おいてアルメリアを見れば、紅茶のカップをただ倒しただけだった。「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝るアルメリアを、同じく瞬時に戦闘態勢に入った護衛の人間たちが煩わしそうな目で見ている。中には舌打ちしている人間もいた。

今、部屋の中にはミズキを含めて5人の護衛がいた。入り口に一人、窓際に二人、部屋の真ん中に一人、そしてアルメリアの側にミズキ。「怖そうな人が近くにいると身がすくんじゃうの……」というアルメリアの要望に従って、一番近くには子供のミズキが、他の護衛も女で揃えられていたのだが、それでもピリピリした空気がなくなることはなかった。他の護衛の人間たちもこの三日が一番の山場だと考えているに違いなく、少しの物音に過剰反応してしまうのも止むを得ない事だった。


「あぁ、いいって。気にすんな。そんくらいオレが片付けるから。」


そう言って割れたカップに手を伸ばした瞬間、ミズキは言いようのない不快感を感じた。背筋が凍り、毛穴が一気に開く感覚。ヤバい。ミズキはティーポットの乗った机をひっくり返すと同時にアルメリアの頭を抱えて地面に伏せた。


「おい、ガキども、何をーーー」


入り口に立つ護衛が不満げに口を開いたその時だった。窓ガラスが派手に割れる音が響いたかと思うと、ピシュパシュという何かが発射される音が部屋を満たしていった。音に途切れはなく、盾にしたテーブルから何かが突き刺さる音が止めどなく聞こえてくる。しかし、テーブルが破壊される様子は見えない。ならばこれは威力の低い何かを一斉に射出した攻撃であろう。後ろの壁を見て射出された何かが針だと理解したミズキは、毒針の可能性を案じてテーブルからはみ出たアルメリアの足をすぐに引き入れた。肌越しにアルメリアが震えているのを感じる。怯えるのも仕方が無い。この一月の間にあった襲撃は全てアルメリアに辿り着く前に排除されていたのだ、彼女にとってこれが初めて遭遇する襲撃に違いなかった。


「アリー、おい、アリー。大丈夫か?」
「あ……ぁ、ミズキ。ミズキ……これ……。」
「襲撃、窓からの襲撃だ。人数は分からない。でも、間違いなくお前を狙っている。」
「そんな……。」
「いいか、気をしっかり持て。とにかく逃げるぞ。」
「あ……はい…。」


周囲を見渡す。いく百もの針の攻撃で護衛の半数が地面に倒れていたが、残り半分は"練"をして襲撃をやり過ごしていた。一度に広範囲の攻撃が出来る敵もなかなかのものだがこちらも負けてはいない。外の護衛達も間違いなく襲撃に気づいている。襲撃が止むと同時に扉から飛び込んでくるだろう。


「アリー、襲撃が止むと同時に走るぞ。」
「わ、分かった。」
震えるアルメリアの手を握る。
「行くぞ……。1……、2の………3!!!」


襲撃が止み扉が蹴破られると同時に、ミズキはアルメリアの手を引いて走り出した。すれ違い様に飛び込んだ護衛が、敵に体当たりするのが目に入る。襲撃者の金髪男からゴキッと音が聞こえた。おそらく関節が外れた音だろう。よし戦力半減だ。ミズキは、男が動きを止めた一瞬を見逃さずに銃弾を何発か叩き込み、そのまま先に扉から逃がしたアルメリアの後を追って部屋から出て行った。ミズキとアルメリアの長く波乱に道満ちた逃走劇はこのようにして幕を上げたのだった。




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