嘘つきなミルクチョコ





「今日って何の日か知ってるカイ?」


隣に座るペイント顏の男に唐突に問われ私は口に頬張ったままのオニギリを、塊のままゴクンと飲み込んでしまった。今日は2月14日。何か約束をした日だったかと脳内で予定を数え上げるもジョンに頼まれた重要な仕事の期限は二日先の16日だし、依頼人と会う日は17日、この間捕まえた賞金首の褒賞金受け取りは昨日既に済ませてあるから2月14日にとりたてて重要な予定は入れてなかった。首をかしげてヒソカに視線を戻すとヒソカが意味ありげに唇を吊り上げた。ああ何だそういうことか、とピンと来て「何だお前の誕生日だったのか」と言おうとした矢先ヒソカが口を開いた。


「バレンタインだよ◆」


思わせぶりな声で言う。2月14日というワードと共に一番最初に脳裏に浮かんだけれど自分の中の要らぬ知識だと叱咤して片隅に追いやったその言葉を、ヒソカがぬけぬけと口にする。しかも至極嬉しそうに。お前がその言葉を言うか?むしろ知っていたとしても煩わしいと無視しそうなのにな、と私はヒソカの隣で思いっきり脱力してしまった。


「あ…あぁ…バレンタイン…か、まぁ、そういえばそうだったな…」


投げやりにそう答え、残っていた魚をバリバリと掻き込むように食べ始めた私にヒソカはズイと顔を寄せてきた。何だよ相変わらず距離が近いぜこの変態が、と体を捻って距離を取る私にヒソカがさらに近づく。


「何をする日か知ってるかい?」


なんとまぁ常識的で5才の子供にでも答えられそうな質問。しかしこの国の常識に疎い私にそれは答えの詰まる質問で、「女の子が好きな男の子にチョコを上げる日」なんて答えたら「どこの国の常識だい?」って突っ込まれそうだったから私は暫く黙ってヒソカの反応を見ることにした。

反応を返さない私を見て、ヒソカは「ふーやれやれ」と息を吐きながら肩を竦め、私の頭をポンと軽く叩いて幼子に言い聞かせるようにして喋りだした。


「日頃お世話になった人にチョコを送る日だよ♣」


あれ!?バレンタインってそんな日だった!?説明違くね!?
確か結婚を許されない兵士と恋人を聖バレンタインさんがなんちゃらかんちゃらしたっていうキリスト教っぽいのが由来だったんじゃ…と考え始めた私だけど、本当にそうなのか?と聞かれたら自信を持って「そうだ」と言えないので、とりあえずヒソカの話を聞くことにした。


「ミズキの国ではどうか知らないケド、ボクの生まれた国では、普段お世話になっている人に感謝の意味を込めて『チョコレート』を贈る日なんだ♠なぜチョコレートを贈るかかは諸説があるケド、『不老長寿の薬』として古来から信じられているからだと言われているネ◆」


意外とこのピエロは博識である。スポーツ医学的な知識からそれこそ『ベッドの上で一番乱れる血液型』みたいな合コンで使えそうなネタまでその知識の幅は広い。ヒソカが独自に編み出した「オーラ系統別性格判断」も一理あって馬鹿にできない。


「へーーー、そうなんだ。」


とりあえず、適当に返事を返しておく。
生まれてからこの方、世俗的なイベントに関わりのなかった私は各国のバレンタイン事情なんてものに詳しくなかった。そもそも、バレンタインなんてイベントがこの世に成立していたかどうかも分からないのに、突然ヒソカの生まれ故郷の話を聞かされても嘘か本当か分かりようがない。


「お世話になった人か……。」


お世話になった人と聞いて脳裏に一番最初に浮かんだのは浮浪児仲間の面々で、ライスにカイザ爺さんにサラサにユージ……、他にも何人か浮かんだけれどこいつらにはチョコなんかを上げるより雑炊の炊き出しをした方が何万倍も喜ぶだろう、そういうわけで私は週末に教会で炊き出しをすることを勝手に決め、最後に、彼らの次に「お世話になった人物」として脳内に浮かんでしまった人物に嫌々ながらも視線を送った。


「どうしたんだい?ミズキ◆」、とニコリと笑うヒソカと目が合う。 


いやいやいやいや、ないないないない。こいつにお世話になっただなんてあるわけない。そりゃあ、ふらりとやってきた日に鍛錬に付き合ってくれるし、ヒソカの言う指摘も的を得ているし、独学で鍛錬をしている私にとって客観的な意見をくれる人物というのは有難いものには間違いないし、ヒソカのおかげで前より実力が付いてきていることは確かだけど。だけど、隙あらば人の股間や尻を触ろうとしてくるヒソカに『世話になってる』と言うのはどうにも癪だった。全力で『ソレ』を否定する私にヒソカが声を掛ける。

「…て…る?…ミズキ、聞いてるかい?」
「んん?あ、あぁ、聞いてるぜ…」
「嘘◆今、考え事してただろ?まぁ、百面相しているミズキを見るのはそれはそれで面白いケド、今日、ボクはミズキに渡したいモノがあってきたんだ♣」
「ん?何だよ」
「コ・レ♠」


そう言ってヒソカは相変わらず構造の分からない、私のセンスからは恐ろしいほどかけ離れているピエロ服から小さな小包を取り出した。お前どこからソレを出したんだよ、そう聞きたくなる衝動を抑えてヒソカを見る。だけど、やっぱり気になるものは気になる。私の片手より大きいその箱が収まるような空間はヒソカの服の中じゃ腰回り…いや股間周辺の布の重なりしかない。……いや、ダメだダメだ、それ以上は考えてはいけない、決してだ。指を組み、遠くを見つめたまま真面目な顔を作る私にヒソカが声を掛ける。

「それでね、ホラ、普段お世話になっているミズキに渡したくて、チョコを持ってきたんだヨ♥」


『テヘ★』なんて擬音語が聞こえてきそうなほどのしらじらしい笑顔で、ヒソカが言う。まるで乙女のような仕草で首を可愛らしくかしげ、ピンクのラッピングの箱を差し出すヒソカに、私の脳内で核弾頭レベルの爆発が起こった。


ちょっっ、なにそれぇぇぇぇ!!!!
なんなの!!何、この変態!!!
今度は何をたくらんでるのぉぉぉぉ!!!
ちょっ、誰か教えてぇぇぇぇ!!!!


あまりに驚きすぎると人間は言葉を失うと言われているが、この時の私は正にそれだった。ヒソカに対するツッコミが、頭の中で矢継ぎ早に生まれたが、この時の私に出来たことはその場にへにゃへにゃと倒れこみ、地面に手をついて衝動に耐えることだけだった。両手をつく私に、ヒソカは嬉々として喋りかける。


「このチョコはね、チョコレート老舗店『GODIYA』の限定生産品なんだ♣厳選されたカカオに口どけまろやかな生クリームを絶妙な配分で混ぜこまれた一流品で、際立つ甘い香りの中に秘められたスパイス香、舌の上でじわりと溶けるチョコ、甘さの後に残る飽きを寄せ付けないほろ苦さは、評論家達の舌も唸らせるほどだよ◆」



グルメレポーター並みの丁寧な説明に刺激され、極上のチョコレートが舌先でとろけるイメージが脳内に鮮明に浮かびあがる。口の奥から唾液が否応なく湧き出し、知らず知らずのうちに私は口のなかに溜まった唾をごくりと飲み込んでいた。


もしや、このチョコを私にタダでくれる…のか?…いや、まさかな。ヒソカのあの顔、絶対何か企んでる。羨む私の前で見せびらかすように食べる可能性もある。騙されるな自分。今まで何度あいつの嘘に騙されてきたのか。しかし、そう思う反面さっきヒソカが言った『普段お世話になっているミズキに渡したくて』という言葉が頭の中で鳴り響いて仕方がなかった。


「はい、プレゼント♥」


そう言ってヒソカは、高級感溢れる包装紙に包まれたチョコレートを私の目の前に掲げた。マジで!?本当にプレゼントだったのか!?超超超高級チョコレートを鼻先にぶら下げられ、私は人参をぶら下げられた馬のようにフガフガと鼻を鳴らしてしまった。


やっべ〜、何このイイ匂い…
…あれ、ココは天国だったかな…
蕩ける…匂いだけで蕩けちまう…


トロンと目を細めてチョコの匂いを嗅ぎ続ける私を見てヒソカがほくそ笑んだ気がしたけれど、チョコで頭いっぱいの私にはヒソカの表情の機微を気にしている余裕なんかなかった。やっべ、チョコなんて食べるのどれぐらいぶりだろ…。すっげ、楽しみ。シュルシュルとピンクのリボンを解いていくヒソカの指をじっと見ながら、あと数秒で対面できるであろう超高級チョコレートを思い浮かべては何度となく唾を飲み込む。早く開けてくれ。そう願いワクワクと待つ私の様子をヒソカはチラリと視線だけで確認すると、突然蓋を開ける手を止めてしまった。


は?開けねぇの?


怪訝な顔でヒソカを見ると、ニヤリと笑いかけられた。くそ、釣られた。食べ物に釣られて馬鹿面をする私をするのが目的だったかと、怒りを露わに立ち上がろうとしたその瞬間、ヒソカが穏やかな声で私に問いかけてきた。


「ねぇミズキ、何でバレンタインにチョコレートをプレゼントするか知ってるかい♠」


てっきり馬鹿にされる言葉を投げ掛けられると踏んでいたのに問いかけられたのは拍子抜けの質問で、私はその場にヘニャヘニャと座り込んでしまった。知るか、んなこと。「チョコレート会社の陰謀だろ!!」と叫びたくなったけど、ヒソカの問いに素直に答えるのが癪で、私は「ハッ、知らねぇよ、んなこと…」とぶっきらぼうに返事をすることにした。


「チョコレートはね、さっきも言った通り、かつて不老長寿の薬と言われていたんだ。紀元前2000年頃からカカオ豆は「神の食べ物」と呼ばれて重宝されていて、大変高価なため通貨としても使われる程だったんだ◆」
「……へ〜。」


何、コレ。このウンチクって聞かなきゃいけないの?クソッたるいんだけどこのやる気のない返事から察しろよ、と恨めしい顔でヒソカを見るけどヒソカは私の視線に気づいていないのかウンチク語りを止める様子はなかった。


「不老長寿、疲労回復だけでなく、 歯痛、喉の炎症、赤痢、胃潰瘍、食欲不振、解熱、毒消しなどなど、さまざまな病気の治療に効くチョコレートはね、中世の欧州貴族には大変な人気だったのさ。中にはチョコを買うために税金を釣り上げ民に圧政をしく酷い王様が居たくらいだったんだ♣」


そんなウンチクより早くチョコが見てェよ食べてェよ、という心の叫びはどうやらヒソカには届いていないらしい。ヒソカの手の中ですっかり人質となってしまった高級チョコレートに「ちょっと待っててね」と心で涙ながらに語りかけヒソカのウンチクを右から左へと流すけれども、時間が経つにつれてだんだん怒りが湧き上がってきた。チョコを目の前にしてこんな詰まらない話を聞き続けなきゃいけねェなんて、これなんて苦行だよ?それともチョコを我慢してる私を見て楽しもうとしているのかヒソカのヤツ。あーそっか、これが今回のヒソカの遊びか、また変わった苛め方しやがって、毎度毎度良く考え付くよな……。っておい、んな訳あってたまるか!!!例えあったとしてもそんなん許せねぇ。あのチョコレートは私のもンだ!!

ガタンと音を立てて私は立ち上がった。しかし、立ち上がった私の目に映ったのはパカッと開かれた箱で、それを見た瞬間マグマのように沸き上がっていた私の怒りがしわしわと萎んでいった。アレ?話もう終わったのか?てか箱開けてるよね…食べさせないつもりじゃなかったの…か?


「ハイ、これボクの気持ち◆」


箱の中の煌めくようなトリュフチョコレートを一粒摘まんで、ヒソカは私の口元にソレを差しだした。かぶりつこうとする私と、ヒソカの気持ちっていったいなんだろうと考える私とが心の中でいがみ合う。


「何だい、ミズキ。ボクの話聞いてなかったのカイ?」
「いやぁ…まぁ…」
「聞いてなかったんだね…まぁいいケド。…チョコレートの為に圧政を強いた王から民を守るため命を賭けて戦ったバレンタイン牧師を讃えて、2月14日には末長い健康と繁栄を祈って身近な人に感謝を込めたチョコレートを送るようになった…って話さ◆」
「あ…あぁ…そうだったな。」
聞いてなかったとは流石に言えず、私は適当な相打ちをした。
「で、コレがボクの気持ちって訳さ。分かってくれたカイ?」
「あぁ…つまり、オレを労ってるってワケだろ?まぁ…その…アリガト、な。」
「ククク、イエイエ、どーいたしまして◆ほら、ミズキ、あ〜んして?」
「はぁ!?なんでだよ!?」
「そこも聞いてなかったのかい?親愛の証として手ずからチョコを食べさせ合うのが、バレンタインの通例だってさっき話したじゃないか♣」
「あ……そうだっけ?」


正直な話、ヒソカのウンチク話なんて興味がなかった。だから話を全く聞いていなかったのだけど、とりあえずヒソカの国には親愛の証としてチョコを食べさせ合う習慣があるらしい。ヤクザ映画とかで酒の入った杯を酌み交わすシーンがあるけど、もしかしたらそれに近いものなのかもしれない。それならしょうがないか、と私は口のやや上に差し出されたチョコレートをパン食い競争のように首を伸ばしてかぶり付いた。


「ん、んまい!!!!」


少し固いチョココーティングを噛むと中から出てくるのはトロリと甘いミルクチョコレート。舌の上で転がしてただけで溶けていく濃厚なソレはすぐに口全体に広がり、私の脳をジーンと痺れさせた。美味しい。何て美味しいんだ。芳醇なカカオの香りが鼻をくすぐる。まろやかで酷があるにも関わらず、表面にまぶされたほろ苦いココアパウダー混ざり合うことで、その甘さは口に残ることなく絶妙な調和を醸し出しながら喉を通ってゆく。こんな美味しいチョコレートは生まれて初めて食べた。もっと食べたい。


「…ヒソカ、なぁ…もう一個」


服を掴んでねだれば、ヒソカは「ハイハイ♠」と言ってチョコを口に運んでくれた。また口よりやや高い位置に持ってこられたのに少しムッとしたけど、そんな事は気にせず舌を使ってペロンとチョコレートに食らいついた。また、極上の味が舌の上に広がる。あぁ…幸せ…。


味わって時間をかけて食べたのにも関わらず、飲み混むとすぐに次のチョコレートが食べたくなる。何て言う魔力。ああこの美味しさには逆らえない…。すっかりこのチョコレートの魅力にハマってしまった私は、ヒソカの服を掴んでまたおねだりをした。







「ヒソカぁ…もぉ一個くれよぉ。」



まるでベットで恋人にねだる時のような甘えた声で、ミズキが言う。普段のミズキならこんな無防備な姿をボクに見せることなんてしないのに、今はボクの隣にべったりとくっつきその可愛らしい口を広げてボクがチョコレートを与えるのを待っている。

ボクの服の裾を掴んだまま身体をすり寄せているミズキから、じんわりと体温が伝わってくる。チョコの魔力に魅入られたミズキは体が密着していることにさえ気づいていない。ククク、ココまで計画通りに予定が進むと、笑いを堪えるのも一苦労だよ。


「ほら、あぁ〜ん◆」


ボクの言葉に従って口を大きく開けたミズキの口から、赤い舌がチラリと見える。あぁ、吸い付きたい。でもダメダメ。せっかくココまで手懐けたのに、ソレをやってはお終いだ。出会ってから今日までの間にボクが掛けた手間と時間を思えば、このくらいの衝動は我慢しなくては。それに今回だって100万はするチョコを裏ルートを使って取り寄せ、見せびらかし、ミズキを焦らし、言いくるめ、それでやっとたどり着いた今なのだ。一時の衝動で壊してはもったいない。

しかしそう思うも、触れ合った肌で感じたミズキは想像以上に柔らかく、男臭さを感じない成長前の子供の危うげな魅力に思わず股間が熱くなった。


「ホラ、まだ指にココアパウダー付いてるよ♠」
行き場のなくした欲求がボクをそそのかす。
「あ、ホントだぁ―。」


しかしミズキは無邪気にそう言うと、躊躇いもなくボクの指ごとぱくんと口に含んだ。生暖かい口内の温度と、指先を舐める舌先の感覚にゾクゾクした快感が背筋を駆け登った。下腹部に熱が溜まる。堪らない。


「ん…このチョコ、ココアパウダーも美味いよな。ほろ苦いのがまた何とも言えねェ。」


明るい声でチョコを賞賛するミズキの隣で、ボクはミズキに舐められた指を自身の口に持っていきペロリと舐めた。


「ん…甘い…◆」
「だろ〜、マジ美味いよな、このチョコ!」
「あ、そういう意味じゃ……。」
「思い出したら…また食べたくなっちまったぜ。…でもなぁ、残り一粒なんだよなぁ…。」
恨めしそうな瞳で残り一粒となったチョコをミズキは見る。
「あのさ、ヒソカ!このチョコっていくらくらいで売ってんだ?」
「買うつもりなのかい?」
「ま、たまには自分へのご褒美として買ってもいいかなぁ〜なんて……ね。」
「あれ?そういう浪費は極力しないんじゃなかったかい?」
「べ、別にいいだろ!?チョコぐらい、買っても!!」
「ま、別にいいけど。コレ、結構高いよ?」
「オレも結構稼ぐんだぜ?別にそんなん高くないぜ。」
「42万……。」
「ん?」
「正規品は、42万ジェニーさ◆」
「はぁ!?」
「今回は、裏ルートで手に入れたから、100万ジェニーは超えていたね♠」
「100万ッ!?!?こんな小さな箱がか!?」
「もちろんさ◆」
「信じらんね。つーことは、一粒………」


そう言ってミズキじゃ指を折って数えだした。一粒あたりの金額を計算し終えたミズキは少しバツの悪そうな顔をした。


「あ…ヒソカ…チョコほとんど食ってねぇじゃん…。その…最後の一粒になっちまったが、ソレ食べていい、ぜ……。」


未練たっぷりな顔でミズキが言う。そんなミズキが可愛くて思わず頬がにやけてしまう。このままペットにして持ち帰ってしまいたいくらいだ。しかし、愛玩動物のようなくせに戦闘中のミズキは虎を思わせるオーラで立ち向かってくる。そのギャップがまた堪らない。あぁ、何て素敵なんだ。今すぐ壊したいような握り潰したいような抱き締めたいような感情を抑えて、ボクは最後の一粒をつまみ上げた。


ボクの口に運ばれるチョコを、ミズキはゴクリと喉を鳴らしながら目で追っている。そんなミズキを目の端で捉えたボクは、唇にチョコを挟んだ状態でクルリとミズキに向かい合った。


「へ?」


驚くミズキの顔を両腕でガシリと固定するとボクはミズキに唇を寄せた。口移しだ。


「ーーっ!」


目を見開き、唇を閉ざしていたミズキだったが、体温で溶け唇を伝って口に落ちたチョコの味覚に負けたのか、わずかに唇を開いた。その隙間を見逃さずボクは唇に挟んでおいたチョコをミズキの口の中に捩じ込んだ。舌と一緒に。


「ん…ふ…ン…んぐっ……」


ミズキの舌に溶けたチョコを塗りたくり、チョコと一緒にミズキの舌をも味わう。どうだい、ミズキ、美味しいかい?
存分に味を堪能した後、ボクはミズキの顔を固定していた手をゆっくりと離した。ミズキがワナワナと震えている。ん、ボクとの口移しがそんなに嬉しかったのかい?


「何しやがんだ!!!ヒソカ…てめ……こんなっ!!」
顔を真っ赤にしてミズキが声を荒げる。
「何を怒ってるんだい?バレンタインでは特に親しい間柄では口移しでチョコを食べ合うのが通例なんだ◆」
「ハッ…んなワケ…あるっ…あるわけ…ねぇ…だろ!!」
「イヤイヤ、ボクの生まれ故郷ではコレが普通だからね♣」


嘘だけど。


「んなの聞いたことねぇ…よ!」
「バレンタインの事を知らないミズキだからその話も聞いたこと無かったんだね。でもね、ミズキ、そういう習慣は実際にあるんだよ♠」


嘘だけどね。


「っ…でも…」
「知らないミズキにコンナコトして済まなかった…でも悪気は無かったんだ◆」
「…なっ…く……」
「今回の事は文化の違いって事で、許してくれヨ」
「ゆ、許すわけねェだろ……そんなこと……。」
「それよりいいのかい?」
「はぁ?なにがだよ。」
「それ、最後の一粒だよ?一粒十数万ジェニーするのに味わなくていいのかい?」


ボクのその言葉に、ミズキは慌てて口に手を当てた。残りわずかなチョコレートを味わおうと、そこに意識を向け始めたのが、ここからでも手に取るように分かった。ホント、ミズキって扱いやすい。


ああ楽しい。ミズキといる時間は何て楽しいのだろう。キミはボクの最高の玩具。どんなに時を重ねても飽きが来ることはない。

ボクは、音も立てずミズキの側から姿を消した。口に残るチョコレートを味わっているミズキはボクがいなくなったことに気づいいていない。街へと続く山道を下りながら、ボクの策に嵌まり無防備な姿をさらしたミズキを再度頭に思い浮かた。甘い。ボクはさっきのミズキの感触がまだ残っている唇に指を当て呟いた。「甘い……。」と。確かに、意気がる癖にボクの嘘を見抜けないミズキはまだまだ甘く、幼く、未熟である。そう、甘いんだ、ミズキは。




唇に痺れが残るほどに甘いーーーーー。




ボクは痺れの残る唇をもうひと撫でした。




FIN



おまけ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


あくる日のストックスの路地裏にて。
「なぁ、ライス、聞きたいんだけどバレンタインって何する日だっけ?」
「ん?バレンタイン?確か恋人同士の日だって、サラサお姉ちゃんが言ってたよ。」
「恋人…同士の…日!?」
「恋人同士がね、花束とか、お手紙とか、プレゼントとかを送り合う日だって!あとねあとね、どっか遠くの国ではね、女の子が好きな男の子にチョコを渡して『好きだ』って言う日なんだって。」
「………それ、マジ?」
「う、うん……。サラサお姉ちゃんはそう言ってたよ?」
「…っ、クソッ!!あの変態ぶっ殺す!!」
「あれ?…ミズキ?…ミズキ―!」


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