サクラ舞い散る中で




この話は、3/26〜4/5にサイト開設5周年を記念して行われた、リクエストアンケートの結果に従って書かれた小説です。沢山の投票ありがとうございました。結果は以下の通りとなりました。


全投票:46票

第1位:14票 長編番外編(お相手:イルミ)
第2位:13票 長編番外編(お相手:クロロ)
第3位:10票 長編番外編(お相手:ヒソカ)
第4位:5票 短編クロロ夢
第5位:2票 短編ヒソカ夢
第5位:2票 短編イルミ夢


また、イルミ相手長編番外編に9件、クロロ相手長編番外編に3件、ヒソカ相手長編番外編に一件のコメントを頂きました。イルミとの甘々なほのぼの夢のリクエストが多かったので、そちらの意向に沿う形で小説を書かせて頂きました。

皆様、いつも温かい応援ありがとうございます。やる気の源となっております。


以下より、イルミとのほのぼの夢が始まります。









冬の厳しさが終わり森の木々が緑を芽吹き始めた頃のある昼の事、ミズキはトレーニングの最中に予想だにしない言葉を聞いた。


「花見に行こう。」


それは、春の陽気に呼ばれてありとあらゆる自然の植物が身体を伸ばし始めたこの時期であればそこかしこで言われる言葉であった。しかし、花を愛でる情緒がその身の中に存在するかどうか疑わしい猫目の男から発せられたかと思うと脳がその言葉自体を拒絶する。

ミズキは木の幹から吊るした小ぶりの丸太を避けつつ描かれた的に拳を叩き込むというトレーニングの最中にも関わらず、手を止めてその言葉を言った男を見ながら固まってしまった。


「危ない。」


男の声に慌てて顔を戻すと、そこには迫り来る丸太があった。反応が一歩遅れてしまった。避けきれない。"硬"をするしかないと身構えた瞬間、ミズキは視界いっぱいに流れる黒髪と、力強い大きな手を肩に感じた。丸太が背後を通り抜ける。


「イ、ルミ……」
「よそ見しない。そんな注意力散漫だと良い暗殺者になれないよ?」
「だからオレは暗殺者には――」
「ん? 何?」
「いや、何でもない」


無機質な印象の顔とは裏腹に暖かい温もりと、予想以上に男らしい鍛え抜かれた筋肉を服越しに感じ、ミズキは顔を赤らめてしまった。安全な場所に下ろされた後もしばらくの間ミズキの頬から赤味が引く事はなかった。


「どうしたの?」
「いや、その……あ、ありがとな」
「ん。」


イルミは返事の代わりにミズキの頭にポンと手を置いた。恩着せがましさとは無縁のまるでそれが当たり前と言わんばかりのイルミの様子に、ミズキはさらに頬を赤らめて、顔を伏せたまま視線だけを右に左へと動かした。


「あの……、そう言えば、お前さっき『花見』って言わなかったか?」
しばらく経って、ミズキは口を開いた。
「うん、言ったよ。」
「花見……って、あの花見だよな? ハナミって名前のお前ん家のペットに追いかけられるだとか、ハナミって地名の秘境に連れて行かれるとかじゃねえよな?」
「当たり前じゃん。ミズキ、何言ってるの?」
イルミは、きょとんとした顔でミズキを覗き込む。
「いや、そうだけどよ……。ゾルディック流の花見がどんなモノか分からねえし、もしかしたら人の内臓を辺りに散らしたものを花見って言うかもしれねえ……と思ってよ」
「そんな訳ないじゃん。どっかの快楽殺人者と一緒にしないで。オレたちは仕事じゃなきゃ人は殺さないよ?」
「悪い悪い。でも、お前の口から花見って言葉が出るとは思えなくてな」
「そう? でもミズキだってさっき言ってたじゃん」


「さっき」と言われ、ミズキは午前中の出来事を振り返った。
確かに二時間くらい前、風に乗って飛んできピンク色の花びらが腹筋をしているミズキの隣で鋲を磨いているイルミの髪にふわりと付いたので、それを指でつまみながら「そろそろ花見の季節だな……」と言った気がする。

しかしそれは、ただ単に季節の移ろいについて言っただけで、花見に行こうという類の話ではなかったはずだ。


「あー、それはな……」
「ほら、見て。さっき執事に作らせたから出来立てなんだ。」


申し訳なそうに言い出すミズキを遮って、イルミは背後から大きなバスケットを取り出した。ガラナス山に身一つで遊びに来ているイルミは荷物なんて持ってきていないはずなのに、これは何なのだろうか。爆発物とかじゃないだろうな……と、ミズキは訝しげな顔で身を近づけさせたが、鼻をくんと鳴らした瞬間その態度を一変させた。


「お、お前、これ弁当じゃねーか! しかも、むっちゃ美味そうなヤツ!」
「うん、だからそう言ったじゃん。」


ミズキが「花見の時期」発言をしてしばらく経った頃にイルミは一時姿を消していた。事前の通知もなくイルミがふらりとやってくる事も、なんの言葉もなくふらりと帰る事も良くある事だったので、ミズキはてっきりイルミはもう帰ったのだとばかり思っていたが、どうやら執事に連絡して弁当を作らせ、それを受け取りに行っていたらしい。

主人のいかなる要求にも応えようと、停泊させた飛行船内で今も待機しているであろうゾルディックの執事たちを思うと、頭が下がるような振り回されて可哀相というような思いが湧いてくる。
しかし、今は兎にも角にも、お腹が空いた。


「よっし、もう昼時だし、さっそく食うか!」


ミズキはじゅるりと涎を鳴らして、バスケットに手を伸ばした。しかし、その手は空を切った。


「ダメ。これは花見用。」
「えっ……なんでだよ、花見をしながらじゃないと食べちゃダメって事か?」
「うん。もちろん。」


金銭的に逼迫しているミズキは、基本的に食事に金を掛けない。
昼食は山で簡単に取れる魚や果実か街で安く買える残飯が多く、今日の昼食は日干しして日持ちするようになったパンの耳に道中で見つけたサルナシの実が二つだけだった。

味気のない食事と名家の執事が作ったランチ、どちらを選ぶべきか、それはもう明白だった。


「よっし、花見に行くか! 今すぐに!! なあなあ、どっちの方に行く? あっちの森を抜けた方にはシロツメグサが一面に咲いてたし、湖の向こう側には黄色いほわっとした花がいっぱい咲いてたし、崖の上には大きなヤマザクラがあったぞ!? どうする? やっぱ、一番近くて手間が掛からない場所がいいかな!?」


元気良く声を上げ、イルミの周りをぐるぐると目を輝かせて回り始めたミズキに、イルミは「やっぱり犬みたいだな」と黒目がちの瞳をふっと細め、服の袖を掴んではしゃぐミズキの頭に手を置いた。


「うーん、花見って言ったらサクラだよね。崖の方に向かおうか。」
切り立った崖の上に辛うじて見えるピンク色の木を見ながらそう言うと、ミズキは不服な顔をした。
「……え、あそこ一番遠いぞ? な、もっと近くの方がもっといいんじゃねーか?」


早く食事にありつきたいミズキは、一番近い場所にしたかったようだがイルミは頑としてそれを受け入れなかった。全ての決定権は弁当を持ったイルミにある。
ミズキは不承不承イルミの案に賛成をして、ヤマザクラの方に向かって歩き出した。ちなみに、イルミの独自のこだわりによりオーラを使って走ってゆくミズキの案も却下されたので、二人はヤマザクラのある崖の上まで時間をかけて山道を登って行く事となっていた。


「あー、やっと着いたぜ!」


一時間後、険しい山道を抜けた二人の目に映ったのは、開けた空間の中央にこの森の主のように鎮座する大きなサクラの木だった。
樹齢三百年は超えていると思われるその木の枝では、薄紅色のサクラの花が零れ落ちそうに咲いており、その木の後ろにはどこまでも続く澄み切った青空があった。
遠くにストックスのレンガ屋根の街並みもあった。地平線を囲む雲さえなければ、ニューステイにある高層ビル群やもしかしたら隣国のククルーマウンテンまで見えるかもしれない。


「綺麗だ……」


ミズキはしばらくの間その場に立って、サクラとその花の向こうにある絶景を眺めていた。初春の穏やかな風がサクラの枝をさわさわと揺らし、まるで歓迎しているようだとミズキは思った。


「ほら、ミズキ、準備できたよ」


その声にハッとして視線を戻すと、既に花見の準備が出来上がっていた。
サクラの木の下に広がる青いレジャーシートと、ドリンクやサンドイッチ、デザートなどの色とりどりの料理たち。どれも涎が出るほど美味しそうで、まるで三日前からこの花見のために準備してきたと言わんばかりの完成度であった。

これらのグッズは飛行船の倉庫にあらかじめ用意されていたのか、それともイルミから連絡があった時点執事たちが急いで買いに行ったのだろうか、並べられたご馳走を見ていたらそんな考えがふとミズキの頭をよぎったが、ご馳走を前にそんな考えはヒソカの服の構造を考えるくらい無意味なものである。
ミズキはイルミの隣に座ると、花見もそこそこにして満面の笑みで料理を頬張り始めた。


「急だったからね、大したものは用意できなかったよ。」


頬っぺたの落ちそうな料理の数々を全て胃に収め、仕舞いにとイルミに注がれたお茶を飲んでいる最中に、イルミが肩を落として言う。


「いやいや、何言ってんだよ、むちゃくちゃ美味かったぜ? エビの入ったサンドウィッチなんてプリップリしてて食べるの止まんなかったし、唐揚げのジューシーさと言ったら口の中が肉汁でいっぱいで溺れ死ぬかと思るレベルだったぜ!!」


頬っぺたに食べカスをつけたまま、ミズキはイルミの持ってきた料理の美味しさを力説する。しかし、イルミはミズキのどんな力説にも頭を振りかぶった。


「あー、違う違う。味の話じゃなくて、薬の話。」
「薬?」
「うん、薬って言うか毒なんだけど。うちの料理って基本的に毒が入っているんだよね、薬物訓練のために。普通は一回の食事で四、五種類の毒を摂取できるようにシェフが作ってくれるんだけど、今回は急だったからね。」
「ま、まさか……今食ったやつにも?」
「うん、エドフェリン系のヤツを少しだけ。」


その言葉にミズキはガタンと立ち上がり、蒼白な顔で口を手で覆った。


「お、お前……」
「ああ、そんな顔しないで。ミズキは食べてないから。」
「え?」
「実はね、食べたらどんな反応するんだろうって思ってわざと言わないでおいたんだけど。ミズキは毒の入っているやつには全く手を付けなかったし、例え手に取ったとしても口をつける前に箱に戻してたからね。」
「あ。あの卵サンドイッチか……。確かあれを食べる寸前、急にハムカツサンドの方が美味しそうに思えたんだよな。危なかったぜ……じゃねーよ、なんて物を勝手に入れてんだよ! 人を殺す気か!」
「エドフェリン系じゃ死なないよ。それに、ミズキはたぶん鼻が良いから毒の有る無しを嗅ぎ分けられるみたいだからね。暗殺者に必要な素質だよ。……何その顔。もっと喜べば? せっかく褒めてるのに。」
「お前……褒めてたのか……」


その言葉に、ミズキはがっくりと肩を落とした。

イルミの顔に変化はない。どうやらイルミには食事に毒を盛ることが悪だという考えがないらしく、本心からミズキの事を褒めているようだった。もしかしたらゾルディックでは来客を多種多様な毒でもてなすことがマナーなのかもしれないし、事前に毒に気づくことはゾルディック基準で考えたら大変誉れな事かもしれない可能性もあった。


「だいたいお前はなあ――」


言い掛けたミズキの脳裏に、ふと豪華な食事が並んだ白いテーブルとその傍に頭を撫でられる幼いイルミの姿が浮かんだ。脳内に浮かんだ幼いイルミは、事前に毒に気づいた事を両親に褒められれいるようだった。猫目の瞳を嬉しそうに細めている。

もしかしてイルミはかつて自身が経験した喜ばしい出来事を自分にしてくれているのかと考えたら毒を盛られた怒りが嘘のようにすっと消え、気づけばミズキの口からは不平不満ではなく笑いが溢れていた。

「ふふ、そっか……、お前、イルミ=ゾルディックだもんな。ふふっ」


ミズキは綻んだ顔のままごろんとブルーシートにごろんと寝転がった。
視界いっぱいに満開のサクラの花とスカイブルーの空、そして無表情の顔のまま小首を傾げるイルミの姿があった。

「いいんだ、気にするな。――ったく、本当お前は不器用な奴だよ」

右手をイルミの方に伸ばして、美しい黒髪を一房手に取る。イルミは髪先を勝手にいじるミズキの手を払いのけることはしなかった。

「不器用? オレはどちらかと言うと卒なく何でもこなす方だよ?」と言って唇をわずかに尖らせるイルミがどこか拗ねている子供のように思えて、ミズキは顔をほころばせた。

そして、ミズキは身体を芋虫のように動かしてイルミに近づき、あぐらをかいているイルミの膝の上に顎をトンと乗せ、「暗殺術の話じゃねえよ」と言って、イルミの脇腹を突いた。

ゾルディックの人間にゼロ距離で近づいて身体に触れる。それは首を切られてもおかしくない程の危険な行為に違いなかった。しかし、イルミは膝の上にあるミズキの頭を優しく撫でながら脇腹を突き続けるミズキの顔を慈愛に満ちた瞳で覗き込むだけで、手を跳ね除けることも突き飛ばすことも心臓を貫くことも一切しなかった。


「……ミズキ」


説明を欲しているのだろう。イルミの顔の筋肉はさほど動いてはいなかったが、ミズキはイルミの感情が手に取るように分かるようになっていた。


「ふふっ、全くお前は面白い奴だな、お前はよぉ」
「……ねえ。さっきから何笑ってんの。納得いかないんだけど。」
「いいんだ、いいんだ。それよりお前の話を聞かせてくれよ、ゾルディックの毒耐性の特訓ってどんなんなんだ? お前でも死にかけた事があるのか?」
「うん、あるよ。」
「へー、いつぐらいの話なんだ?」
「あれはね、オレが八つの時の事で――」

イルミは始めは不可解な顔をしていたが、ミズキの打てば響く反応を見ている内に、次第に冗舌に話を語り出した。イルミが語り、ミズキが感嘆の声を上げる。

穏やかな春の風が言葉を交わし合う二人の頬を優しく撫で、サクラの薄紅色の木漏れ日が二人を優しく包んでいた。




終わり


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