瞳の奥に映るモノ 4/4




「これで大丈夫?」


不安げに聞くアルメリアに、「大丈夫だ、問題ねぇ。」とミズキが力強く言葉を返す。レンガ造りの階段が延々と続く塔の中で、ミズキとアルメリアは声を潜めて打ち合わせをしていた。ミズキ達がいる場所の少し遥か上部で複雑に組み合う機械類が軋みをあげながら一刻一刻と時を刻み続け、ステンドグラスのはめられた時計盤からは、薄っすらと光が差し込んでいた。


「手順は……いいな?」
「分かってる。」


コクンとアルメリアが頷く。それを合図に二人は登った階段を静かに降り始めた。
そして、降り始めて50段が過ぎた頃、ソレはやって来た。階下から姿を現した人形がこちらをジロリと見る。


「アリー、走れ!!」


その声を合図に二人は今来た道を再度登り始めた。獲物を見つけた人形は、積まれたレンガの僅かな隙間に指をかけながらガシャガシャと音を立てて距離を縮める。ちっ、誤算だ。追ってきている人形の気配にミズキは気づいてはいたが、それがまさか先ほど弾丸をしこたま撃ち込んだ人形だとは思ってもいなかった。てっきりもう一方の道にいる方が追ってきているものだとミズキは考えていたのが、敵の人形は思った以上に頑丈らしい。動く度にワイヤーでかろうじて繋がっている腕が壁にぶつかり、レンガの欠片がポロポロと地面に落ちる。なりふり構わずこっちを仕留めようとしているのだろう。瀬戸際の戦い。だが、それはミズキにしても好都合だった。敵が力を一極化している事を意味するものだったから。


階段を登りながらミズキは後ろの敵に神経を集中する。近すぎても離れすぎてもいけない。ミズキは銃を構え、相手の関節を狙って打った。狭い塔内で発砲音が響く。二度三度と打つが、弾の動きを予測している人形に当たる気配はない。だが、ある程度の距離は取れた。そう、この距離だ。人形が距離を詰めその度にミズキが距離を取るように銃を放つ、それが何度となく繰り返される。しかし、何度目かの攻防のあと、ついに痺れを切らした人形が身体に隠した仕込み刀を取り出し、ミズキに切りかかった。くそ、まだ『早い』とミズキは小さく舌を打った。

ガキンと金属音が鳴る。グリップしか握るところのないナイフでは確実に力負けする、そう思い手に持った銃で咄嗟に受け止めたのだが、人形の力は想像以上に強くミズキは押され始めた。階段で足を踏ん張っている今の状況では、先ほどのように蹴りを繰り出すことも出来ない。保ってあと数秒。その上、横に倒した銃を構えるより人形が手に持った刀を振り下ろす方が遥かに早かった。それに、もし、次の一撃を"硬"で防いだとしても相手が刀を"周"したらそのアドバンテージもなくなる。"周"と"硬"での攻防ならば、スタミナのないミズキの方が確実に競り負ける。今はまさにチェックメイトまであと数手、という状況だった。だが、ミズキはそんな状況にもかかわらず笑った。唇をニヤリと意味ありげに上げながら。


「今よ!!!」


そうアルメリアが叫んだのと、ガキッと言う甲高い音と共にミズキの手から銃が離れたのは同時だった。力負けした証のように空中でゆっくりと弧を描くミズキの銃を見て、人形が瞳の奥で笑った。「小娘の小賢しい叫び声など二の次だ、刀を振り下ろせば勝つ」と人形を操っている人間はそう思ったに違いない。だが、それは大きな誤算だった。ミズキは銃を手放すと同時に太ももに括り付けた三連のナイフを指に挟み投げつけたのだ。

人形の右目にそれが命中する。それは痛恨の一撃だったが、人形は振り下ろす刀を止めはしなかった。当たり前だ、人形は痛みを感じない。それに、目は二つあり、一つが潰れたとしてももう一つの目が機能していれば人形遣いは視野を確保できるのだから。だがしかし、人形は一瞬動きを止めた。おそらく機能するもう一つの眼で見た光景に戸惑ったからだろう。そう、人形の目に映ったのは、『何か』の衝撃に備えるように頭を抱えるミズキと、空を飛ぶ金属製のピンだった。『何か』を留めておいたであろう銀色の長細いそれは、ミズキが投げた二本目のナイフで弾いたものだった。


その瞬間、人形の背後で爆発が起きた。壁に埋め込んだ手榴弾が作動したのだ。刀を振り上げたままだった人形は、対応することも出来ない。もちろんミズキが投げた『三本目のナイフ』がどこに向かったかも理解できていない。人形はそのまま爆発をその身で受けた。火薬とともにたんまりと詰め込まれた鉄片が、手榴弾の爆発で四方に飛び散る。一瞬の出来事。頭を丸め、"練"をして備えているミズキは無傷であったが、有効殺害距離5m・有効殺傷距離15mの『Mー61グレネード手榴弾』を50cmの距離で食らった人形はとても無事ではいられなかった。人形の焼け付く臭いが辺りに充満する。

成功だ。ミズキは炸裂時の爆発でまだ熱を持っている後ろの空間を見て、ハッと殊勝な息を吐いた。階段の上方を見やると、階段の踊り場で小窓から外を見ていたアルメリアがミズキの方に振り返って親指を立てる。どうやらあちらも成功らしい。ミズキはアルメリアの元に駆け寄って小窓から外を覗き見た。小窓から遠くで燃えている樹が目に入った。そう、それは東門の近くにそびえ立っていたこの屋敷一高いハリギリの樹ーーー敵の人形遣いが陣取っていた樹に違いなかった。その樹がメラメラと燃えている。


「やったな!!」


アルメリアの右手をパチンと叩く。勝利のハイタッチだ。塔に先に潜り込んだミズキとアルメリアは、塔上部のこの場所で三段構えの罠を張っていた。一つ目は目潰し、二つ目は壁に仕込んだ手榴弾の爆発、そして一番の本命である三つ目は、敵本陣への攻撃であった。この屋敷では、三日後のセレモニーに向けて様々な準備がされていた。パーティー用の料理の仕込み、何かが書き込まれるであろう立て看板の設置に、臨時照明の設置。そして、塔から八方に張られた鉄線のロープ。その内の四本には各大陸のマフィアンコミュニティーのシンボルマークが掲げられていたが、残り四本には何も付けられていなかった。暗闇の中では何も飾られていない鉄線は見えにくい。それに、もし人形遣いが塔から樹まで張られている鉄線に気づいていたとしても、緻密な操作を必要する戦いの最中では、そこに注意を向け続けることは難しかっただろう。ミズキとアルメリアはその隙を付いたのだった。


階下に視線を向けると、そこでは爆発を食らい身体のあちこちに穴の空いた人形にが、ぶすぶすと煙を立てている。四肢は辛うじてワイヤーで繋がっているとは言え、それは操作に耐えられるほどではなかった。人形は、「カハッ………」と口から煙を吐き出すと、音を立てて崩れていった。今度こそ動かない。ミズキとアルメリアの作戦勝ちだった。



「良かった……」
もうピクリとも動かない人形を見てアルメリアが安堵の息を吐く。
「これでもう、大丈夫かしら?」
「いや、まだだ。」
ミズキが渋い顔をして言う。
「え?」
「この人形は倒したが、下にもう一匹いる。敵があの爆発で致命傷を負ってれば問題ないが、もし軽傷だったらそのもう一匹を操って、襲ってくるはずだ。」
「じゃあ、このまま塔を下りていったら……」
「運が悪けりゃ、一発だ。」
「そんな………。」
アルメリアが言葉を失う。


この屋敷から脱出するためには、どうしても駐車場の方に行かなくてはならない。それなのに、塔から下りていったら敵に殺されてしまうとミズキが言う。アルメリアは困惑してしまった。


「どうしたら……。」
「こっちだ。」


ミズキに手を引かれ、階段をさらに登る。下に行かなくてはならないのに真逆に進むミズキに、アルメリアは不可解な顔をする。しかしミズキはそんなアルメリアの手を強引に引いてどんどんと進んでいく。そして、時計塔の最上部、時計の歯車が所狭しと絡み合う場所に来るとミズキは立ち止まり、その中の歯車の一つをバキッと取り外すと、アルメリアに声を掛けた。


「ほら、アリー、こっちだ!」
窓辺に立ちミズキが手をこまねく。
「え?」
「ほら、オレにしがみつけって。」
ミズキは背中をアルメリアに向けた。
「え?こ……こう?」
状況をよく理解していないながらも、アルメリアはミズキに言うとおりに首に手を回す。
「アリー、もっと強くだって。」
「こ、これでいい?」
「よっし!じゃ、行くぜ!!!振り落とされんなよ、アリー!!」


そう言うとミズキは突然、窓辺から飛び降りた。地上から塔の小窓まで20m近くはある。ビルで換算したら6階以上の高さだ。「ひゃ……ッ!!あ!!」とアルメリアが小さな悲鳴を上げるが、ミズキは気にするような素振りを見せなかった。落ちる、と目を瞑ったアルメリアの予想に反して身体が落ちる感覚は全くせず、代わりにシャーという何かが擦れる音と横を通り過ぎる風のみがあった。恐る恐る瞳を開くアルメリアの目に入ったのは、屋敷の窓から零れる幾つもの光と満天の星空、そして、先ほど手に入れた歯車の一部をロープに引っ掛けて持つミズキの手だった。


「……あ、ロープ!」
「今頃気づいたのか?」
殊勝な声でミズキが言う。
「ハッ、落ちんなよ、アリー!!」


そう言うとミズキはにかっと笑った。塔から放射線状にのびたこの鉄製のロープこそが、ミズキが導き出した第三のルートだった。セレモニーの準備の進捗を随時確認しているこの屋敷の人間にしか分からない、この数日にしか存在しない隠されたルート、これこそが右にも左にも後ろにも進めない四面楚歌の状況の突破口に違いなく、敵からの逃走と駐車場までのルートの短縮が出来る唯一で絶対の道だった。冷たい夜風がアルメリアの頬をくすぐる。その風とミズキから伝わるほのかな体温は、先ほどの緊迫した戦いとは打って変わってとても心地よく、アルメリアはそっとその瞳を閉じたのだった。







「こっちだ……。」


前を見据えたまま、指先をちょいちょいと動かすミズキの後ろを、アルメリアが神妙な顔付きでついてゆく。ミズキとアルメリアは今、駐車場まであと少しの距離にある中庭にいた。屋敷の壁に身を隠し、周囲を伺いながら歩みを進める。ミズキ達がいるところから50mほど先に、食料を搬入したと思われる4WBのトラックがあった。かなり年季が入っているが、あれなら鍵の差し込み口を強引に壊して配線を繋げば、動かすことが出来るだろう。物陰に潜んでいるような敵も周囲にはおらず、ミズキは「よし、逃げおおせる。」と確信した。


「行くぞ。……ってアリー、どうしたんだ?大丈夫か?」
ところが、最後のひとっ走りと構えたミズキの隣で、アルメリアが急に歩みを止めた。身体をぎゅっと抱きしめている。
「ううん、ちょっと……でも、大丈夫。」
真っ青な顔で答えるアルメリアに、ミズキが向き合う。
「もしや、さっきの透視の反動が……」
熱源透視の念はとても体力を使うとアルメリアが言っていたのをミズキは思い出した。
「違うの、そうじゃなく……。」


その時アルメリアの言葉に被せるようにして、背後の壁で爆音がする。しまった、とミズキは咄嗟にアルメリアを抱いて後ろに飛び退くが、時すでに遅しだった。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる壁の向こうで、人影が見える。地面に這いつくばるような形でたたずむ異様な影に否が応でも緊張感が増す。ミズキは、アルメリアを背後に隠して銃を構えた。

張り詰めた空気が流れる。土煙がだんだんと薄くなり、敵が全貌を現した。その姿にアルメリアが息を飲む。地面に這いつくばっていた影は、トカゲのような姿をしており、腕が三対あり、半分機械で出来た尾がついていた。間違いなく人形遣いの操る人形だ。いつこの場所がバレたのだろうか。自分の失態に舌を打つが、状況が好転するわけではない。ミズキは背後にいるアルメリアに意識を向けた。車まではあと45m。一目散に走り抜けばたどり着けない距離ではなかったが、車の鍵を壊してエンジンをかけるまで少なくとも30秒はかかる。その間、敵が悠長に待ってくれるとは思えない。かと言って、敵をここで抑えアルメリアを一人で走らせたとしても、彼女一人では車の鍵を壊すことすら出来ないだろう。車での逃走を諦めて、アルメリアを一人走って逃がすことも出来るが、たった一発の弾丸で絶命してしまう普通の人間である彼女を、まだ敵がうろついているこの場所を一人で行かせたくはなかった。


ーーーやはり、こいつを再起不能なまでに叩き潰すしかねぇか。


オーラを練り、戦いに備える。今までの戦いを見るに人形の強さは、ヒソカにやや劣るくらいだ。この人形の戦闘スタイルは未知だったが、なりふり構わず戦えば勝つことが出来るだろう。オーラ残量も少ないが、やるしかない。ミズキは息を細く長く吐いた。

とその時、携帯のバイブ音が鳴る。緊迫した空気の中では、携帯の震えるバイブ音も酷く大きく聞こえた。人形が携帯を持つはずがない、もしやすぐ側に人形遣いがいるのか!?とすかさず"円"を張るミズキの目に入ったのは、崩れ掛けた壁の向こう側から姿を現す小柄な人影だった。意外にも姿を現した人間は女で、ウェーブのかかった長い髪と鋭い目が特徴的だった。服にすすがついている。この女がハリギリの木で人形達を操っていた人形遣いに違いがなかった。


ミズキは、女を睨みつけた。女もイラついた様子でミズキを睨み返す。遠方での操作を得意とする人形遣いが直々に姿を現したという事は、この状況が相当切羽詰まった状況であることに違いなかった。おそらく、今目の前にあるトカゲ型の人形を破壊すれば敵は武器を全て失うことになるだろう。しかし、切羽詰まった状況であるのはミズキも同じだった。人形一体ならいざ知らず、人形遣いを相手に戦うとなると話は違ってくる。

全身の毛を逆立てて警戒するミズキを他所に、女は携帯電話を手に取った。「もしもし?何?終わったの?」と女が刺々しい声で言う。喋りながらもトカゲ型の人形はこちらから視線を離さない。女の操作一つで直ぐにでも襲いかかれるのだろう。女は耳に当てた携帯電話を離さない。相手が何かを言ったのだろうか、女は少し声を和らげて「ふぅん、この屋敷の主様ってどうよ?結構良い感じ?」と電話の相手に言った。このタイミングで電話して来る人間で『屋敷の主』の様子を知っている人間とくれば、十中八九相手はこの屋敷を襲撃している仲間だろう。「じゃあ念は?」と女が畳み掛けるようにして言う。『屋敷の主』の『様子』と『念』を知っていて、『生きて』仲間に連絡を入れているということは、屋敷の主は既に………。



「ちょっと!殺す前に念ぐらい……!?」


言葉途中で女が勢い良くこちらを振り返り、アルメリアを食い入るように見つめる。その不可解な行動にミズキも敵から注意を反らさずに、アルメリアを見る。見ると、元々色の白いアルメリアの顔がさらに白くなっている。目には怒りとも悲しみとも言えない涙が浮かび、その唇はぷるぷると震えていた。


「……ろ…したわね…」
アルメリアが声を絞り出す。その声は地を這うように低く、アルメリアの押し殺しても押し殺しきれぬ感情が色濃く反映されていた。
「念が消えたからもしかしたらって思ったけど……あなた、あの人を…あの人を殺したわねっ!!」
血が出るほど手を固く握り、アルメリアは叫んだ。悲痛な叫び。しかし女は、
「いや、私あの人とか知らないし。まぁ、もう一人が殺したとは思うけど。」と、あっけらかんと言い返した。
「そんな……酷い!!」
その言葉に、アルメリアが崩れ落ちる。


遠方にいるはずの男の生死の感知、念の消失、そして、崩れ落ちるアルメリア。ミズキはアルメリアのことを屋敷の主に一方的に囚われた可哀想な人だと思っていたが、どうやらそれは違っていたようだった。アルメリアと屋敷の主の間には、他人が入り込めない強い絆がーーーーそれこそ念の消失に関わるような強い絆があったのだ。そう考えれば、屋敷の主が直前になるまで誰サイドに付くか発表しなかったのも説明がつく。透視の能力を得てしまった彼女は、永遠にーーーそれこそ死ぬまで誰かにその能力を利用されてしまう運命にある。それならば、力のある組織をーーー彼女を守り続けることの出来る組織を選ばなくてはならなかったのだろう。屋敷の主が組織選びに慎重になるのも仕方が無いことだった。だが、それも全て後の祭りだった。


「それより、あんたから念が消えたように見えたけど、なんで?」
威嚇をしながら女が言う。状況を把握していないのだろう女に指先の動きに合わせて、トカゲ型の人形がカタカタと口を開ける。奥から仕込まれた砲弾が顔を覗かした。
「それは…私の誓約で……」
言い掛けたアルメリアを制止する。敵に懇切丁寧に教える必要はない。ミズキは一歩前に進んでオーラを練った。
「誓約?」
ミズキの行動にイラついたのかアルメリアの言葉にイラついたのか分からなかったが、女は酷く不機嫌な様子で言った。
「残念ね。」
気丈な声でそう言ったのはアルメリアだった。涙の溜まった瞳で女を睨みながら、アルメリアはゆっくりと立ち上がった。


「あなたが彼を殺したから、私の念が消えたのよ。」


それはアルメリアの最大限の挑発だったのかもしれない。アルメリアの能力を狙っている相手に、この言葉を言えば怒り出すことは目に見えていた。それにも関わらず、アルメリアは怯むことなくその言葉を言った。背筋を伸ばし、顔を上げて相手を真っ正面から見据えるその姿は、とても美しかった。運命を受け入れた姿とも言えた。


「はっ?何それ?」


予想通り女は怒りを露わにし、殺気を隠すことなく飛ばし始めた。女の怒りを受けて、トカゲ型の人形もカタカタと音を立てる。ミズキはアルメリアを庇うようにして彼女の前に立ち、負けじとオーラを放った。両者の間の空気がビリビリと震え出す。


「ちょっとハルシャ?聞いてる?」


張り詰めた空気の中、まだ繋がっていた女の携帯から相手の声が聞こえた。「なに?今取り込み中なんだけど。」と女が苛つきながら返すと、何かを言われたのか女は「どれがどれだかわかんないんだけど」と言いながら、ミズキとアルメリアをじろりと見た。どんな会話をしているのだろうか。ミズキとアルメリアには知るよしがなかったが、女はしばらく電話先の相手と会話をしていた。その間、ミズキは何度か逃げ出す画策したが、人形を通してこちらを視ているのだろうか少しでも動くと人形が威嚇を始めるため、ミズキとアルメリアは逃げ出す隙を見つけることは出来なかった。


しばらくして、女が携帯を懐にしまった。「ハッ、話はついたかよ。」とミズキが小馬鹿にしたように言うと、女は「あんたには関係ないでしょ。」と気だるげに言い返した。


「そうかよ、こっちには関係あるんだがなぁ。……お前、この人を殺すつもりか?」
殺気を滲ませて言う。返答次第では、この女と戦わなくてはいけなかった。
「まぁ殺して人形にするつもりではあったわね。」
先ほどとは打って変わって、日常会話をするような平坦な口調で女が言う。
「それよりあんた、さっきの話聞いてたでしょ?あんたの雇い主死んだわよ。」
「……お前が…いや、お前の仲間がやったのか…。」
「仲間っていうか……うんまぁどっちかっていうとあれも傀儡に……いや仲間でいいわ。」
「………やったんだな。」
戦闘態勢を崩さないミズキに、女が呆れた声で言う。
「雇い主が死んだってのに律儀ねー。このあとどうすんの?」
まるで今日のご飯はどうするの?と聞くような気軽さで尋ねる女に、ミズキはギリと歯を噛み締めた。この女にとってアルメリアを殺す殺さないの選択は、夕飯を何にするか選ぶような気軽なものなのだろう。今もアルメリアはミズキの後ろで、決死の覚悟で立っているというのに。


「ハッ、てめぇみてぇな頭のイかれた奴にむざむざ殺されるのを見過ごせるほど、オレは冷酷な人間じゃないんでね。」
「ふーーん。」
「てめぇがやるってんなら、やってやんぜ。」
「そんならいいや。面倒」
拍子抜けな言葉を言うと、女はくるりと背を向けた。
「待て!どこに行く気だ!?」


ミズキが声を荒げると、女はほんの一瞬足を止めて振り返り、意味あり気な表情で「死体の回収」と言い放つと、そのままそ手をひらひらさせながら去っていった。仲間の元に向かったのだろうか、呆気ない終わりであった。数拍後、女が消えた後もこちらを向いていた人形がのそのそとその後を追って姿を消すと、この場は完全な静寂となった。


「……ん、……っく。」


ドサリと背後で音がした。見るとアルメリアが地面に手をついて身体を震わせていた。男を愛していたのだろう。いや、愛なんて簡単な言葉では言えないほど、男を大切に想っていたのだろう。声を殺して泣き出したアルメリアの瞳からは、途切れることなく次から次へと大粒の涙が零れていった。

慰めの言葉が見つからない。ミズキはアルメリアの肩に置こうとした手をおずおずと引き込めた。

人は皆、何かを選ばなくては生きてはいけない。『何が正しくて何が間違いか分からない』そのような状況でも、『この先の未来も希望もなにもかもがない』そのような状況でも、人は何かを選ばなくてはいけない。

未来を視ることの出来なくなった彼女は一体何を選ぶのだろうか。願わくば彼女の選ぶ選択が、彼女の幸せに繋がるものでありますようにーーー。そう願う以外、ミズキに出来ることはなかった。時間の狂った時計塔がボーンと一つ悲しげな音を響かせる。上空では、先ほどまでの喧騒が嘘のように、満天の星空がミズキとアルメリアを静かに見下ろしていた。




FIN

ーーーーー
ハルシャが電話で話していた相手はイルミです。


この短編を執筆するにあたり、E.mayaさんが運営する夢サイト『詠み人知らず』の『浅き夢見じ酔いもせず、ん!』の夢主ハルシャちゃんをお借りしました。襲撃者側の視点の短編『瞳の奥に映る者』はe.maya様のサイトで読むことが出来ます。(詳細はこちら)


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