瞳の奥に映るモノ 3/4





アルメリアの透視能力で方向を決めてからしばらくが経った。アルメリアの念のおかげで二人は人形に遭遇せずに屋敷内を進むことが出来た。途中、人形にやられたと思われる死体にアルメリアは息を飲んでいたが、一瞬でも気を抜けば床に転がるのは自分たちになるのだ、唇をきゅっと噛み前を見据えてアルメリアはその死体の中を歩いていった。強い人だ。ミズキはそんなアルメリアを見て再度そう思った。感情に惑わされず、優先順位をつけ行動している。

守りたい。彼女を死なせたくない。契約で生じた関係だけれども、ミズキは強くそう思い、そして、戦力を増強すべく地面に転がる武器たちを拾っていった。


「あの人は、無事かしら……」
歩きながらアルメリアがぼそりと言う。あの人とは、この屋敷の主の事だろうか。
「さぁな、分からねぇ。ただ、あいつもかなり強い奴らを警備に使っていた。そう簡単に奴らがヤられるとは思えねぇ。」
「そう……。」
そう言ったアルメリアの瞳はかなり悲しげに見えたが、とにもかくにも周囲に注意を向けられるようになったのは良い兆候だった。こういう時ほど冷静さが重要になるのだ。
「確かに、気になるのも分かるぜ。」
「え?」
戸惑いの滲むアルメリアの言葉に被せてミズキが言う。
「静かすぎるもんな……。」
「え、ええ……」
「逃げ切ったのか殺られたのか、今の状況じゃ分かりようがねぇ。だけど、これだけは言える。」
「……何?」
「もう時間がないってことだ。これだけ屋敷が静かなんだ。奴ら、戦力をまとめて『アルメリア探し』をしてるってことだろ。この屋敷の規模だと、あと10分・15分ってところだ。」
アルメリアがゴクリと唾を飲む。
「……急ごう。」


その言葉を最後に、二人は口を噤んだ。自分の息遣いさえ聞こえてくる程の静けさの中、二人は音を立てずに歩みを進める。侵入者を惑わすためにこの屋敷の構造は複雑に出来ており、また、装飾も似通ったものになっているのだが、長年この屋敷に住むアルメリアと一ヶ月弱この屋敷で護衛をしているミズキには、それはさほど大きな問題ではなかった。2/3の行程が終わり、残りはあと1/3。予想より時間がかかっているが、それでも確実に前に進んでいた。このまま問題なく進めれば、何とかあいつらから逃げ切れる。ミズキは、小さく息を吐いた。

歩みを進める。そして何度目かになる曲がり角に辿り着いた二人は、そこでその足を止めた。T字路の曲がり角。これで四回目だった。


「ミズキ……『右』か『左』でいい?」
「あぁ……」


ミズキが頷くとアルメリアがその場でゆっくりと目を閉じた。未来を視ているのだろう。ミズキは屋敷の構造を頭に思い浮かべた。今が四回目だから未来透視が出来るのはあと一回しかない。しかし、順当に行けばその一回で駐車場まで辿り着けるはずだ。ギリギリだが問題ない。しかしその予想とは反して、瞳を開けたアルメリアが言った言葉はミズキを心底絶望させるものだった。


「ミズキ……ダメ……ダメなの……どうしよう!」
「どうしたアリー!?」
「『右』も『左』もダメなの!」
「落ち着け、落ち着けってアリー。オレにも分かるように説明してくれ。」
「『右』を選んだ時と、『左』を選んだ時の30分後の未来を視たんだけど……どっちもダメだったの……。」
「ダメ?」
「どっちも、ミズキが死ぬ未来しか視えなかったの……。」
「ーーーっ!」
「ねぇ、ミズキ、どうしよう!?」
「落ち着け、落ち着くんだ、アリー。」


そうは言ったものの状況が差し迫っていることに違いはなかった。『右』でも『左』でもダメということは、どちらの道にも人形がいるという事だろう。片方の人形と戦っているうちにもう片方に駆けつけられれば、前後を挟まれることになる。遮蔽物もなにもない狭い通路でアルメリアを守りながら戦うのは至難の技で、最初の襲撃の時のように針を一斉に射出されたら一溜まりもない。それに、無機物と有機物の戦いだ。毒を使われたら一巻の終わり。30分後にミズキが死ぬという未来も頷けるものだった。


「アリー、『後ろに戻る』か『否か』の選択だ。」
「でも、あと一回しかない……。」
「いいから、早く!」
「分かった。」


退却して、途中の大広間で迎え撃つ。狭い通路より大きな広間の方が戦いやすかった。そこでならミズキにも勝算があるかもしれない。


「ダメ……それもダメ!」
青ざめた顔でアルメリアが言う。
「『後ろに戻った』場合、30分後に既に広間で死んでいるミズキの姿が……。『ここに居続けた』場合、5分後に人形に襲われて殺されるミズキの姿が……。どうしよう、どうしよう、ミズキ!」
「五分後……。」


アルメリアの念は、二者択一の選択の時に対象者がそれをした場合の未来としなかった場合の未来を、きっかり5分後・30分後・1時間後・一日後・一週間後、と透視する念。そのアルメリアが5分後に殺されると言っているのだから、今から300秒以内に人形に見つかる計算になるのだった。ぐずぐずしている余裕はない。時間は刻一刻と迫っている。


「戦う……しかねぇか。」


ギリと奥歯を噛みしめる。泣き言は言っていられない。どれを選んでも死ぬ未来だと言うのなら、リミットがどうだとか、保身を考えている場合ではない。玉砕覚悟で挑むしか道はない。



「護身用だ。一つ持っておけ。」
そう言って道中で拾った銃をアルメリアに渡す。
「ミズキ……戦うの?」
「あぁ、それしか道はねぇ。……そんな顔をするな、アリー。」
「……」
「こんな状況でもな、オレたちに優位な点があるんだぜ?」
「……なに?」
「敵が襲撃するタイミングが分かってるって事だ。あと260秒後。少なくとも不意を突かれる心配はねぇ。お前のお陰だ、アリー。」
「ミズキ……。」
「ハッ、やれる事をやらねぇと安心して死ぬことも出来ねぇぜ!ってな。」


そう言ってミズキはにかっと笑った。愛銃に不備がないか確認をし、そのついでと拾った武器に問題がないか手に取る。イズラエル社のサブマシンガン『UZIーU』、古い型だが9mm弾を32発装填できるこれは、通路なんかの狭い戦闘では使い勝手がいい。銃身に歪みがないか確認し、残りの弾数も確認する。他にも使える武器として手榴弾や小型ナイフなどをポシェットや足に括り付け、他の使えそうもない小型拳銃を道の隅に捨てた。準備は出来た。後は迎え撃つだけだ。残りはあと200秒。


「待って……待ってミズキ。私もやれる事をやるわ。」
強い瞳でアルメリアがミズキを見る。
「まだ安定して視る事が出来ないし、視るのに凄い時間と体力がいるけど……。ミズキ、私、人を視る事が出来るの。」
「人を……視る?」
「サーモグラフィーみたいに人の熱源を感じ取って、視る事が出来るの。」
「……どれくらいの範囲をだ?」
「たぶん、この屋敷の敷地全部くらい。」
「本当か?」


目を見開く。それが本当だとしたら、自分の"円"より格段に広いことになる。自信なさ気のアルメリアからその念の成功率が低そうなことが伺えたが、情報は少しでも多い方がいい。残り180秒。ミズキはアルメリアに向かってこくんと頷いた。それを受けてアルメリアが目をつぶった。立ち上がるオーラが濃くなる。

20秒が経った頃、アルメリアは眉根を険し気に寄せ、瞼をさらに強く閉じた。そしてそこからさらに30秒が経った頃、アルメリアが「待って……もう少し待って。」息も途切れ途切れに言った。残り120秒。刻々と時間が迫っていた。


ーーー落ち着け、集中しろ。


『UZIーU』のグリップ左側面にある安全装置を外し、フルオート射撃に設定する。総重量3.8kgのそれがミズキの肩にズシリとのし掛かる。ミズキは細く長く息を吐いた。残り100秒。息を殺して前方を見据える。実際のところ、ミズキはアルメリアの念を当てにしてはいなかった。熱源を捉えて敵や味方の数や居場所を分かったところで、それがこの状況を好転させるようには思えなかったからだ。人形を撃破した後ならまた別かもしれないが、今は優先順位の低い情報に過ぎなかった。それにもかかわらずミズキがアルメリアにお願いをしたのは、アルメリアの気持ちが嬉しかったからだった。

「……ミズキ……、視えた、視えたわ。」
アルメリアが額に汗を滲ませて言う。
「どうだ?」
T字路の先に意識を集中させながらミズキが問う。
「屋敷の中、……たぶんキッチンの方で、今にも消えそうな熱源が二つ。……他には……えっと……。」
「アリー、消え入りそうな熱は怪我している連中だろ。それより、動き回っている濃い熱を探してくれ。」
残り80秒。誤差を考えたとしてもあと一分弱で人形が襲ってくるで計算になる。
「濃い熱……濃い熱……、え、何かしらこれ……。」
「どうした?」
「庭の、一番高い木の上………そこにとても強い熱源があるの。他が黄色とかオレンジなのに、そこだけ真っ赤に燃えるように赤いの。」
「……まさか!」


屋敷内で一際強い熱を放つモノ。しかも庭にある一番高い木にある。セレモニー時の光源確保として屋敷の庭にはいくつもの照明が設置されていたが、それにはまだスイッチが入っていないので熱源になりようがない。こんな襲撃時に木登りして熱を放つ奴なんて一人しか居なかった。


「そいつだ!!そいつが人形を操っている奴だ!!!でかしたぞ、アリー!!!」


しかし、状況が差し迫っていることに違いはなかった。残り60 秒。考えろ考えるんだ。この状況を打破する何かを。もう一度頭に屋敷の構造を思い浮かべる。食料保管用に仮設テントが張られている駐車場に、いくつもの照明と案内板が建てられている中庭、時計塔から放射線状に張られているコミュニティーのシンボルマークに、襲撃を受けたであろう広間とキッチン、そして、数多くの客間と侵入者を惑わすために曲がりくねっている廊下。


「考えろ……考えるんだ………。」


残り30秒。急襲に備えて"円"を張る。通路の先にいるであろう人形。自分の手にしているマシンガン。身につけている装備。右に進んでも左に進んでも退却しても死ぬ未来。自分の念能力と残存オーラ量。そして、中庭の一番大きな木ーーーー東門の側のハリギリの木に陣取る敵の存在。


「待て……待て……今、何かが……。」


何かが頭に引っ掛かる。何か大きな見落としがある気がする。残り20秒。もう一度屋敷の構造を頭に浮かべる。今まで駐車場までの最短ルートを進むべく屋敷の中を歩き回った。それしか道がないと思っていた。だけど、今この時期だけ可能なルートがあるのではないか。残り10秒。


「来た!」
張っていた"円"に人形がかかる。接触まで残り8秒。
「アリー、走れ!」
「で、でも、戻ったら……。」
後ろで人形が飛び上がる気配がした。
「いいから、走れ!!!」


アリーの背中をドンと押して振り返る。襲いかかる人形が目に入る。最初に遭遇した人形とはまた違った姿形をしていたが、人間の関節の動きを無視した無茶苦茶なその動きは明らかに何かを壊すのに特化していた。虚ろな瞳がミズキとアルメリアを捉える。焦点がどこにあるのか把握し辛いが、最初に遭遇した金髪人形はその動きが制限されるにも関わらず片手で頭を必死に支えていたのだ、この瞳の先にこちらを視ている人間がいるのは間違いがなかった。残り一秒。ミズキは懐から取り出したスモーク弾を投げつけ叫んだ。


「アリー、塔だ!!塔に向かう階段を登れ!!!」


右にも左にも後ろにも進めない状況、ならば道は脇にある時計塔への階段ーーー、駐車場とは真逆だがそれしかない。

スモーク弾が空中で弧を描きながら煙を吐き始める。殺傷力のないそれは人形を止めるには不十分だったが、しかし視界を奪うには十分だった。スモーク弾から勢い良く吐き出された煙で辺り一面が真っ白に染まり上がる。突然のスモークに空中にいる人形は直ぐには反応できない。ほんのわずかな間、しかし戦いにおいてはその一瞬が命運を分けるのだ。視界がゼロになる。もちろんミズキにも見えない。しかし、問題はなかった。既にサブマシンガンの銃口は人形に合わせてあった。


「これで終わりだ!」


ミズキは戸惑いなく引き金を引いた。ドガガガガと激しい音が絶え間無く鳴り響く。9mm弾の32連発。しかも、この至近距離。ミズキは煙の向こうで人形が崩れ落ちるのを感じた。飛び出した薬莢が地面で軽快に跳ね、火薬の匂いが廊下に充満する。終わりだ。空になったマシンガンを地面に投げ捨て、ミズキは背後でスプリンクラーが作動しているのにも気を止めずに、そそくさと塔へと続く階段に向かって駆けて行った。その後ろ姿を、煙の晴れ始めた向こう側で、人形使いが苛立ちながら見ているとも知らずにーーー。




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