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「ボスの名前はナルシッソ=ロドリゲス。東館の最上階がそのボスの部屋みたい。アマンダ?って人がそこに居るかどうかまでは聞けなかったけど。」
「気配から察するに、残りの人数はあと十人って所だね。どうやらその中に念が使えそうな人間が何人か混じっているようだね◆」


男の一人から鋲を刺して聞き出した情報をイルミが教えてくれ、ヒソカが現在の状況を知らせてくれる。なんて頼もしいのだろう。本当なら私一人でやらなくてはいけないことなのに。

残弾がなくなったサブマシンガンの代わりに愛銃のベレットM84を片手に階段を駆け上がる。廊下に躍り出ると待ち構えていた男たちの銃口が一斉に火を吹いた。

花瓶が飾ってある台を横に倒して、その後ろに回り込む。ヒソカもイルミも各々に柱の影や扉の影に隠れ、この銃撃から身を守っている。イルミの鋲とヒソカのトランプが空を裂き、十数メートル先にいる男が断末魔と共に崩れ落ちる。流石だ。しかし、あの一団の中に念能力者がいる。恐らく二名。私より格段に強い。

物陰から様子を伺うと、男たちの足元に鋲とトランプが落ちているのが見えた。二人の攻撃をはたき落としたに違いない。男たちから濃密なオーラが立ち上る。戦闘が始まる。私はごくりと唾を飲み込んだ。


「ここはオレに任せて。」
「キミは彼女を助けに先に向かうべきだ」


前触れもなくそう言ったヒソカとイルミの目は真剣だった。二人をじっと見る。迷っている暇はない。私は二人の言葉にこくんと頷くと、ポシェットから手榴弾を取り出しそれを投げつけた。爆発。念能力者であれば手榴弾レベルの爆発は"堅"で防ぐことが出来る。体に傷一つつくことはない。しかし能力者同士の戦闘の場合、戦闘中にどれくらい"堅"を維持できるかどうかが勝負の分かれ目となる上、向こうもこちらが念能力者であることに気づいている。そう、ならばーー、奴らはやみくもにオーラを消費することを良しとせず、物理的に身を隠してこの爆炎をやり過ごすはずなのだ。


「おっと、キミの相手はボクだよ?」


咄嗟にドアをぶち破って部屋に飛び込んだ男の背後に、ヒソカが声を掛ける。イルミも同じように部屋に逃れた男に向き合っている。道は開けた。この先にこのマフィアのボス、ロドリゲスがーー、アマンダがいる。東館の屋上まであと少し。私はタンと床を蹴った。


「手持ちの武器、少ないんでしょ?これあげる。」


すれ違いざまに、イルミが数本の鋲を投げてよこす。イルミはぼーっとしているようでとても鋭い。どうやら残弾があまりないことが見抜かれていたようだ。投擲は得意でなかったが、ナイフもオーラも使えない今の私には有難い申し出だった。「ありがとな!」と言葉を返すと、私はロドリゲスの部屋に向かって一目散に走り出した。





「クソッ……一人じゃやっぱ厳しいぜ……」


私は左腕を押さえながら呟いた。今まで、不意打ちや闇討ちをメインに仕事をしていたため、私はこういった正面突破が苦手であった。ヒソカとイルミと別れてから倒した三人の男たちは念能力者ではなかったが、ナイフも使わず、オーラも使わず、水弾も使わない状況で、ヒソカとイルミのサポートもなしに苦手な銃だけで倒して行くのはなかなか大変だった。しかし、それもあと少し。私は負傷した左腕と右足に鞭打って、さらに足を進めた。

しばらく進むと目の前に一際大きな扉が目に入った。重厚な造りのそれは、明らかにこの屋敷の主の部屋といった感じであった。扉に耳を当てると、騒然とした物音が聞こえた。「状況を報告しろ!」「何をしている!」といった怒鳴り声はおそらくこの屋敷の主ーー、ナルシッソ=ロドリゲスの物だろう。

やっと、やっと、やっと、ここまで来た。私は残弾を確認し、扉脇の壁に立ち、大きく息を吐いた。期待と興奮と緊張とで指先が震えていた。しかし、ここで立ち止まっては意味がない。私はバンッと扉を蹴破った。その瞬間、扉の向こう側から雨あられのように銃弾が降ってくる。パラベラム弾のフル連射。絶え間ない銃撃音が鼓膜を震わせた。私が直ぐ側まで来ていることに敵も気づいていたのだろう。しかし、それはこちらも織り込み済みだ。私も扉の真ん前に立つなんて愚かな事はしていない。私は壁に背中を付けながらニヤリと笑った。

私は、敵が全弾撃ち終わったタイミングで、隠れていた壁から飛び出し砂埃を上げる木製の扉を飛び越えて部屋の中に雪崩れ込む。ビンゴだ。敵は硝煙を上げる機関銃を手に持ったまま、次の攻撃に移れていない。H&M社のMP5。各国の特殊部隊が持つような機関銃でも弾が入っていなければ脅威ではない。私は男に向かって銃弾を放った。一人。二人。黒光りのするソファで口を間抜けに開けている男ーーロドリゲスと思われる男以外の人間を無力化してゆく。三人目。これで終わりだ。空になった薬莢が排莢口から排出される。


「くそっ!」


しかし、敵もそう馬鹿ではなかった。ふぅ、と息を吐いた瞬間後ろに気配を感じた。やばい。"絶"で気配を絶っていたのだ。咄嗟に身体を捻って男の拳を避けるが、それでも避けきれず、ぶしゅりと脇腹に痛みが走った。手に圧縮されたオーラを纏っている。恐らく強化系。一瞬の攻防が勝敗を決する。私はその場にダンと踏みとどまり、腰からナイフを抜いて斬りつけた。狙うは首。大きく振りかぶっている男は避けられない。一瞬で詰まる距離。そして一拍後、首から血が噴水のように噴き出した。


「あ……あ……」


やってしまった。噴き出した真っ赤な血を見てから、私は自分の愚かさに気がついた。体が硬直する。べちゃべちゃと容赦なく降ってくる真っ赤なそれ。私の顔と髪と服と構わず汚すそれ。まるで咲き誇る薔薇のように真っ赤なそれ。それは、鉄臭い匂いを撒き散らしながら私を引きずり込んだ。深い深い闇へとーー。力なく倒れる男から漂う甘い匂いが、私の意識を掴み取る。

あんなに気をつけていたのに。あんなにも血を浴びないように気をつけていたのに。イルミから貰った鋲を使うだなんて考えはあの咄嗟の瞬間出てこなかった。やってしまった。嗅いでしまった。あの匂い。辛うじて保っていた均衡が壊れ、綻びから次から次へとオーラが溢れ出る。止められない。理性の糸がギリギリと限界まで張りつめられ、目の前がチカチカする。どす黒い感情が身体を這い上り、私を包みこむ。憎悪。殺しても殺したりない。この世で最も醜い感情が私を支配する。突き刺すような鋭い痛みが私を襲い、天地が逆さまになるようだった。


イルミーー、ヒソカーー。


私を正気に保たせてくれた存在は、今ここにはいない。私一人だけ。今立っている場所がぐずりと溶けて奈落の底に落ちていくようだった。崩れ落ちた男の身体が、ごとり、とカーペットの上で鈍い音を立てた。


『捕まえた』


声が聞こえた。頭の中で。そいつが囁く。ニヤニヤと笑いながら。『我慢するなよ、お前は知っているはずだろ?逃げ惑い怯える人間を力で捩じ伏せ跪かせるは楽しさを……』と。それは悪魔の囁き。あの死で満ちた空間で聞こえ続けた、あいつのーー、もう一人の私のーー囁きだった。


やめろ、やめろ、やめてくれ。もう嫌だ、嫌なんだ。もう人なんか殺したくない。プチっと虫けらを殺すように。笑いながら、楽しみながら、嬉しそうに人を殺す、そんな快楽殺人者になんてなりたくない。誰か、誰か、誰か……助けて。アマンダ。あなたの声を聞かせて、アマンダ。そうでないと、私、おかしくなってしまう。もう、意識が擦り切れそうなのにーー。アマンダ、早く私を助けに来て。お願いだから。


『何を言っている。お前の目の前にいるのはそのアマンダの敵じゃないか』


ハッとして顔を上げると、目の前にあったのは永遠と続くあの死満ちた空間ではなく丸々と太った中年の男だった。醜く肥え太った身体に、欲深そうな目。私とアマンダを引き裂き、そして、アマンダを監禁しているクソ野郎。憎くて憎くて堪らない。全ての元凶。


ハッ、そうだな。何を躊躇してたんだ。こんなゴミクズどうなってもいいじゃねぇか。ぐじゃぐじゃのミンチにしてやる。


私は抑え込んでいた怒りと憎しみに体を委ねた。体が焼けるように熱かった。まるで血液が沸騰するようだった。全てが黒に染まってゆく。アハハハハ。この痛みさえ心地良かった。


「アハ。次はオ前の番ダ」


私は最後に残った男ーーこの組織のボス、ナルシッソ=ロドリゲスに向き合った。ロドリゲスは上ずった声ながらも「そう簡単にやられるか!」と言い放って、私に機関銃を向ける。念が使える能力者に銃だなんてお粗末過ぎる。男が照準を合わせるより早く私は足にオーラを込めて横に飛び、そのままロドリゲスとの距離をぎゅんと詰める。


「無駄ダぜ?」


ロドリゲスの銃を蹴り上げ、手を掴み取る。そしてそのまま腰のポシェットから取り出したイルミの鋲を、ロドリゲスの掌ごとソファの肘掛け部分に刺し込む。悲鳴を上げるロドリゲスを無視して反対の手も肘掛けに固定する。艶光りする木で出来ているソファの肘掛け部分は、ロドリゲスごときが暴れた所でビクともしない。仕上げにと私はソファに強制的に座らされてしまったロドリゲスの足の甲を、革靴ごとイルミの鋲で刺した。


「アハ。もう逃げラれねェ」
「お、お前、どこの組のもんだ!何が目的だ!」


殊勝なことにこの男はこの後に及んでも高圧的な態度を崩さないらしい。ご立派なことだ。このクソ野郎。私は男の喉をぐっと掴んだ。


「オレ……が、分からネェか? あぁ!?……あんナにも……あんなニも、あんナニも!!人を苔にしヤがったクセに!!この五年間オレを良いよウにこき使っタくセに!!」


ロドリゲスの顔が紫色となり口から泡を吹き出した所で私は手を離した。ゴホッゲホッとロドリゲスが咳き込んでいる。


「オレの事は知らナくても構わねェ。でも、アマンダって女は知っテるヨなァー?」
「ゴホッ……あ、アマンダ?」
「そうダ、知らねェとは言わセねェ…」
ギシリとソファに体重を掛けて右手を喉元に伸ばすと、ロドリゲスが「ヒッ……」と怯えた声を上げる。
「知ってルだろう?お前の組織に所属してイた女だ」
狼狽して右に左に視線を動かすロドリゲスの顔を殴りつける。
「知ってルだろ?」
何度か殴りつけた後で、ロドリゲスがやっと口を開いた。
「し、知っている……十五年ほど前、うちの組織員だった女だ……」
「組織員?それダケじゃネェーだろ?」


もう一度殴りつける。本当ならすぐにでもミンチにしてしまいたかったが、情報を聞き出すことが先だと、今にも襲いかかりそうなオーラに「待て」をする。立ち登る黒いオーラが右に左にと揺れながらロドリゲスに触手を伸ばす。


「うぐっ……一時期、俺の女だった」
「お前ノじゃねェーだろ、権力を傘に相手させテいタだけダろ!」


アマンダを自分の物のように言う男にカッと血が登る。髪を掴み上げて上に引き上げると、鋲で固定された場所からブチブチと肉の千切れる音がした。


「まぁ、それはイイとして、アマンダに色んナ男と寝るよう命令していタのもお前ダナ?」
「ああ、確かに命令したのは俺だが、それは先代から……いギャァ!」
「うルせぇ。お前はオレの質問にだけ馬鹿みたいに答えてればイイんダよ。他は何も喋ルな」
刺し込んだ鋲をぐりぐりと押しつぶしながら言う。
「次ノ質問だ。逃亡したアマンダを執拗に追っタのもお前だナ?」
「そう……だ。だが、逃亡者を追うのは組織の……ぐガッ!」
「二度ハない。次、余計な事喋っタら顔面窪まセルぞ?」


引き込めた拳から、ロドリゲスの折れた歯がポロリと落ちて地面でカラカラと小さな音を立てた。ロドリゲスの鼻は潰れ、顔にはいくつもの痣が出来、その首には締めた指の跡がはっきりとついていた。鼓動に合わせて固定された手足からどくっ……どくっ……と流れ出る血の匂いが堪らなく不快で、挽肉になるまでぐりぐりと踏み潰したかった。


「最後の質問だ。……アマンダはどこにイる?」


一番聞きたかった質問。しかしロドリゲスはその質問をした時に眉をピクリと動かしただけでそのまま口を開こうとしなかった。時計の秒針が刻む規則的な音と共に、苛立たしさが加速度的に増してゆく。


「さっさと答エろッ!!」
「……し、知らない」
「知らナイわケないだろッ!!」
「し、知らないんだ、本当だ、部下からの報こ……グッ!」
スポビッチの首をぎりぎりと締め上げる。
「……くっ、カッ……ハッ……」
「答エるンだ!!」


左手で首を絞め上げながら、空いた右手でソファの前にある書斎机を怒り任せに殴りつけた。ドゴッと音を立てて書斎机が粉々に砕ける。右手に纏わり付いた黒いオーラが、ロドリゲスに向かってゆらゆらと手を伸ばしていた。


「バラバラになりタくなかったラ、正直に答エロ……」


咳き込むロドリゲスの胸ぐらを掴み、問いかける。アマンダを苦しめている人間が目の前にいるのに手を出せないだなんて、怒りで血が沸騰しそうだった。


「し、知らない……知らないんだ!!俺はアマンダがどこに居るかなんて知らない!!そもそもあの女がどこかにいること自体あり得ないんだ!!」
「……はぁ?意味が分かラねェ……嘘ツクと……」
「嘘じゃねぇ!あの女はこの世のどこにもいねぇ!!……死んでるんだ……あの女は五年も前に死んでいるんだ!!」


許容量を超える男の返答に、頭の中でパキンと何かが壊れる音がした。抑えていたオーラがぶわっと噴き出し、部屋の照明がパリンパリンと割れていく。私を正気に保たせてくれていた二人は今ここに居ない。奈落の底へと落ちてゆく。私の後ろでもう一人の私が笑っている気がした。



[ 14.襲撃 2/4 ]


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