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「じゃじゃーーん!」


パナトニア共和国一の高級百貨店と言われるデパートの試着室から意気揚々と出てきたミズキは、両手を広げながら得意げな顔でイルミとヒソカを見上げていた。


「どうだ?ヒソカセレクトのこの服は?」
「似合ってるよ、ミズキ♠」
「そう?ちょっと派手過ぎ。ゴテゴテしててミズキには似合ってないね。」
「何を言っているんだい、イルミ。ミズキにとても良く似合っているじゃないか◆」
「こんなギラギラしたやつが?第二のヒソカっぽい感じがするんだけど。」
「そこがいいんじゃないか」
「ふーん。で、どうなの?ミズキ?」
主張を譲らないヒソカから顔をぷいと反らし、イルミはミズキに問いかける。
「うーーん。ヒソカセレクトはかっこいいっちゃかっこいいけど。センスが飛び抜け過ぎてて着こなせる気がしねぇんだよなぁ……。その点、イルミセレクトは、肩のぼわっとした部分が気にはなるけど色は落ち着いてるしシンプルだからこっちの方が着やすい気がすんぜ」
「でしょ?」
「三回目のセレクト勝負はイルミの勝ち!!つーわけで、支払いよろしくな、ヒソカ」


ヒソカをビシッと指差してニヤリと笑いながら高らかにそう言ったミズキは、くるりと踵を返して軽やかな足取りで試着室に戻っていった。シャッと試着室のカーテンが勢い良く閉められる。しかし、数秒と経たずにカーテンの隙間からミズキが顔を出した。


「あ。オレ、そういえば靴が欲しかったんだよ、靴。勝負は五回戦だからあと二回はあるだろ?つーわけで、次は靴屋でよろしく!」


一方的にそう告げるとミズキは二人の返事も聞かずに再びシャッとカーテンを閉めた。有り余る程のお金を持つ二人にとってこれくらいの出費は痛くもかゆくもない。そのことを理解しているミズキは「弁償」という名のもと、二人を遠慮の欠片も無く好き勝手に連れまわしていたのだった。


「全くミズキは……」


試着室の外で呆れた声で言うヒソカのその顔は、言葉とは裏腹にどこか笑っているように見えた。しかし、じっとこちらを見るイルミの視線に気づいたのだろうか、ヒソカの顔はすぐにいつもの道化師の顔に戻った。



「三回戦目はどうやらボクの負けのようだね」


ヒソカが指先をパッと動かすと何も無かった空間から数枚のトランプが現れ、次に手を動かした時にはトランプが消えて一枚のカードが現れた。クレジットカードだ。しかも大金持ちしか持つことが許されていないブラックカードだった。


「仕方ない。支払いをしてこよう」
イルミにそう言って店員のもとに足を向けたはずのヒソカだったが、二歩三歩と進んだ先でぴたりと足を止めた。
「イルミ、本当に腕輪のことは知らないんだね?」
振り返りもせずにヒソカが尋ねる。
「しつこいな。知らないって言ってるだろ。むしろ何、その腕輪って?」
「いや、知らないならいいんだ◆」


そう言うとヒソカは再び歩き出した。「……変なヒソカ。」ヒソカの背中を見送りながらイルミは小さく呟いた。








「おっしゃ、大漁大漁っと!!」

両手で持ちきれない程の紙袋を手にし、ミズキはホクホク顔でニュースティの街を歩いていた。あれから4回戦目5回戦目とファッション対決をしていた三人だったが、回を増すごとに二人の選ぶ衣服の単価はどんどんと上がっていき、5回戦勝負だった対決は気づけば7回目8回目と何度も延長戦を繰り広げることになっていたのだった。

「ハッ、あいつら単純だぜ。競争意識を刺激するだけで、競って高い服買いやがるんだもん」

堪え切れなくなったのか、ミズキはくくっと笑いをこぼした。どこぞのホステスのように二人に買わせるだけ買わせたミズキは、満面の笑みで「二人ともありがとさん。じゃあな、解散!!」とだけ告げるとくるりと身を翻し、買い物袋を両手に颯爽と歩き出したのだった。

あの時の二人の呆然とした顔は今思い出しても笑えてくる。ミズキは大通りを歩きながらくすくすと笑った。

ーー『好きなだけ買ってあげる』だなんて言うから悪いんだぜ? それにしても予想以上に色々と買ってくれたな。これだけあればいくらくらいになるんだろうな。ふひひ、未使用品だから高く売れるぞ。


「ハッ、これで8月の支払いは随分と楽になるぜ」


そう呟くとミズキはルンルンとした軽い足取りで、『質屋』と書かれた看板のある店に入っていったのだった。





「ククッ、全くミズキは予想を裏切らない◆」


『質屋』と書かれた店に入っていくミズキを数十メートル離れたビルの屋上から見ながら、ヒソカは喉を鳴らした。

普段、物欲の欠片もなさそうなミズキが「弁償」の名のもと二人の競争意識を刺激しながら「あれも欲しいこれも欲しい」と言うのでヒソカはそれにどこか違和感を感じていた。しかし、元から換金するつもりならば全てに納得がいく。おそらく、一回目で買った服以外は全てあの質屋で換金されているのだろう。


「ボクが買った服もイルミが買った服もあの店で全て売られるだなんて。ねぇ、ミズキ、それも全部『大切なあの人』のためなんだろ? アハハハ、全くキミは容赦がないネ♣」


ヒソカは遥か向こうにいるミズキに語りかけるようにそう言うと、高らかに笑った。太陽は既に沈み、薄紫色の西の空では一番星が煌々と輝いていた。


「イイよ、ミズキ、イイ。キミはボクのモノ。ボクの玩具。誰にも渡さない。今まで通り『大切なあの人』のために金を稼ぎながらボクの元でどんどん強くなってゆけばいい。そう、ボクがキミを壊すその瞬間までーーーー」


ヒソカの笑い声は薄紫の空が藍色になって色を失うまで、ずっと途切れることなく辺りに響き渡っていた。







そこから数キロと離れていないビルの屋上に、その男たちはいた。闇に溶け込むような黒い瞳で眼下に広がる街並みを鋭い目で見下ろしている男の傍で、暗闇の中でもはっきりと分かる明るい金髪の青年が静かに立っている。黒髪の男の手には、真鍮色の輪が幾重にも絡んで出来た地球儀のようなものがあった。

「どう、クロロ?」

金髪の青年ーーシャルナークの問いかけに、クロロと呼ばれた黒髪の男は手に持ったものから顔を上げた。


「……だめだな。やはり反応しない」
「ねぇ、それって暗黒大陸にいる人まで場所が分かっちゃう優れモノって話だよね?」
「そう言われている」
「それでもまだ分からないの?これで二日目だよ?」
「……昨日今日と指し示されたこの場所を歩き回って分かったことがある」
「なに?」
「ーーミズキはこの場所にいる」
「本当?どこに?」
「場所はまだ特定出来ていない」
「……なにそれ。無駄足だったってこと?」
「いや、そうではない。おそらくこの羅針盤は蓄積されたオーラ量に従って精度を高めていくものだと思われる。前回のオーラ放出でミズキのオーラを記憶したこの羅針盤は、それ以後、以前では検知できなかった微小な短時間のオーラにさえ反応している。この二日間でもそうだ。オーラ操作の乱れた瞬間に発せられる微弱のオーラを感知し、その都度その精度を加速度的に高めている」
「なるほど。じゃあ、今の精度はどのくらいなの?」
「対象物の半径約7km、直径14kmだ」
「まだ不十分だね、小さい街ならすっぽり入っちゃうし。ミズキちゃんを特定するまでにかかる日数は?」
「オーラ操作の乱れる回数・時間にもよるが、この二日のペースから推測するに、7日だ」
「あーー、そりゃヤバイね。今日が8月の24日だからーー」
「7日後は8月31日。蜘蛛の集合の日だ」
「ここからヨークシンまで二日半かかるし。オレ達は30日に前入りする話になってるから、リミットは27日の夜までになるね。オレとしてはこんな女探しなんか早々に切り上げてヨークシンオークションに集中するべきだと思うけど、クロロはどうするの?まだミズキちゃん探し続けるの?」
「当たり前だ」

そこで言葉を切ったクロロからゆらりとオーラが立ち上る。雲間から顔を出した青白い月が額の逆十字を照らす中、クロロは静かなーーそれでいてしっかりと聞き取れる声で言った。

「まだ3日ある。手を伸ばせば届く距離にいるのに諦める道理はない。蜘蛛は狙った獲物は逃がさない。そして、オレもーー狙った獲物は逃さない。必ず、手に入れる」


クロロは力強い瞳でそう断言した。シャルナークはそんなクロロにふっと口元を綻ばしてどかっと地面に座り込んだ。


「あーそうですねー、それでこそ我ら幻影旅団のリーダーです。ご立派ご立派、盗賊の鏡です―」
「ははっ、そうふて腐れるな、シャル。付き合わせて悪かった」


周囲を凍てつくすような鋭い瞳をしていたとは思えないほど朗らかな笑顔で言うクロロに、シャルナークは言葉を詰まらせる。反則だよなぁ、そのギャップ。そう思いながらシャルナークは眉を寄せふっと息を吐いた。人を惹き付けて止まない不思議な魅力を放つクロロ=ルシルフル。カリスマ性溢れる彼の指揮があるからこそ個性豊かな蜘蛛のメンバーが一つの組織として纏まっているのであり、もちろんシャルナークもその妖しげな魅力に心酔する一人であった。


「しょうがないな、我らがリーダーは。ったく、我が儘なトップを持つとホント大変だよ」
口では文句を言いつつも、そう言うシャルナークはどこか嬉しそうであった。
「オレはあと3日この場所にいる。28日の朝に立ち30日の昼にはヨークシン入りするつもりだ。お前はどうする?」
「うーーん。クロロが執心するミズキちゃんってのを一目見たくはあるけど、そろそろ最後の警備配置図が出る頃だと思うし。まだちょっと調べたいことがあるからオレは先に帰るね」
「そうか、わかった。ホームにいる奴等に時間厳守だと伝えておけ」
「オーケー。あ、報告し忘れてたけど、ヒソカにはマチがちゃんと伝えたから」
「そうか。嫌がってなかったか?」
「すっげー嫌がってたよ、『何であたしが…』って愚痴こぼしてたもん。だから治療費を……」


突然口を閉じ、シャルナークは険しい顔をした。それまで笑っていたクロロも表情を消し、ある一点を睨み付けていた。ピリピリと肌を刺すような張りつめた空気が流れる。クロロの手にしていた羅針盤がカタンと小さな音を立てた。


「ねぇ、クロロ、これってオレのせいだと思う?」
「そうだな。『噂をすれば影』なんて言葉もあるくらいだからな。あながち外れてはいないかもしれない」

改めて会話を始めた二人の背後の死角となっている物陰から、カツンと靴音が鳴る。

「でもさぁ、不可抗力だと思わない?こんなところにいるだなんて神様にだって分かりっこないよ」
「ふ、本当にな」

大げさな素振りでシャルナークはやれやれと首を左右に振った。その背後で自分の存在を知らしめるようにカツンとまた靴音が響き、そして、物陰から男が現れた。


「美味しそうなオーラを感じて来てみれば、キミだったのかい◆」


物陰から現れたのはヒソカだった。クロロとシャルナークがいるこの場所は、実はヒソカが質屋に入るミズキを見ていたビルから一キロと離れていなかった。イルミと戦ってから数時間以上経っているとはいえヒソカの身体は戦闘の余韻を残しており、その身体は一キロ先にいる強者のオーラ、すなわちクロロのオーラを鋭敏に感じ取ったのであった。

「ねぇ、クロロ。こんなところで出逢うなんてボク達は運命で繋がっていると思わないかい?」
腰を前に突き出して上唇を舐めるヒソカを、二人は言葉を返すことなくじっと見ている。
「発展途上の果実もいいけれど、やっぱり熟れて色づいた果実もイイ◆ どうだい、クロロ?ボクとヤり合わないかい♠」

恍惚の表情をしたままヒソカは一歩二歩とクロロに近づく。その唇は三日月に吊り上がり、その瞳には好戦的な色が爛々と灯っていた。ピリピリとした重苦しい空気が辺りを包む。


「ちょっとヒソカ、団員同士のマジぎ……本気の戦闘は禁止。ヒソカも蜘蛛ならルールを守りなよ」


ヒソカとクロロの間に立ち塞がるように立ってシャルナークが言った。その言葉で初めてシャルナークの存在に気づいたのか、ヒソカは「……相変わらずガードが固いね」とクロロに向かって吐き捨てるように言うと、立ち上らせていたオーラをしまった。

シャルナークがいる以上、ヒソカはクロロと戦うことができない。シャルナークを排除してクロロと戦うという選択肢もあったが、一週間後に控えたヨークシンオークションのことを考えるとそれは得策とは言えなかった。ヒソカは戦闘状態を完全に解除し、闘いを求める男から一団員となることを選んだ。そんなヒソカにそれまで一言も発しなかったクロロが言葉を掛ける。

「ヒソカ、マチから伝言は聞いているか?」
「暇な奴改め、全員ヨークシンに集合…だろ?」
「そうだ、必ず来い。時間厳守だ」

ヒソカがマチから伝言を聞いていることを確認すると、クロロは話はそれで終わりだと言わんばかりにヒソカに背を向けた。

「話はそれだけかい?久しぶりに会ったというのに冷たいじゃないか。せめて、こんな辺境な街にいる理由ぐらい教えてくれてもいいじゃないか」
ヒソカはクロロが手にしている羅針盤を見ながら言う。
「ココに何かお宝でもあるのかい? それ、確か幻のお宝を探すための道具ーーじゃなかったかい?」
「ほう。ろくに参加してないくせによく知っているな」
「この間ウボォーギンが嬉しそうに話してるのを聞いてね。半分聞き流していたんだけど。確か『星間のレガリア』だったかな?この近くにあるのかい?」
「『星光のレガリア』だ。今は目下調査中。当分はこれ関連で仕事があることはない」
「ふぅん、目下調査中……ねぇ◆」


羅針盤を手に明らかに何かを探しにこの街に来ているようにしか見えない二人に、ヒソカはじっとりと舐めるような視線を送った。


「ヒソカこそ、こんな辺境な国に何しに来てるの?」
舐めるような目つきに不快感を感じたのか、シャルナークが刺々しい声を上げる。
「ボク?…ボクはただの気まぐれさ♣」
「あーー、そうですか」
シャルナークはクロロの隣で苛立たしげに頭を掻いた。
「それ、少しボクに見せてくれないかい?」
ヒソカは羅針盤を指差した。
「……構わない」

ヒソカが近づくにつれてシャルナークの警戒心が高まる中、クロロは眉一つ動かさずに平然とした顔をしていた。しかし、彼から放たれるオーラは研ぎ澄まされた刃物のように鋭かった。やはり、キミはボクがヤるーー。そうヒソカは心の中で改めて思いながら、身を屈めてクロロの持つ羅針盤に視線を落とした。


「やけに熱心に見て、どうした?」
クロロがヒソカに問いかける。
「いや、この紋様綺麗だなと思って♣」
「そうか。これは古代ヘブライ語の一つサメフェリア語だ。失われた言語の一つと言われている」
「そう。ありがと◆」

ヒソカが羅針盤から体を離すと、二人は今度こそもう用件は終わりだとヒソカに背を向けた。「じゃね、ヒソカ、今度はサボっちゃダメだよ―」爽やかな笑顔でそう言うシャルナークを最後に、二人はビルの屋上からトンっと軽やかに飛び降り姿を消した。


「……残念◆ 次のチャンスはヨークシン、かな?」


屋上に一人残されたヒソカは、ぼそりと呟いた。それにしてもイルミといいクロロといい今日は珍しい人とよく会うと、ヒソカは今日一日を思い返してしみじみ思った。遊びに行ったガラナス山ではイルミに出会い、美味しそうなオーラを辿って来てみればそこにはクロロがいた。イルミはともかく、クロロは仕事が終わるとふらりと姿を消し今までヒソカがどんな伝手を辿っても見つけることができない男だった。偶然にしてはできすぎている。イルミやクロロといった強者を惹きつける何かがこの地にはあるのだろうか。

ヒソカはクロロが手にしていた羅針盤を今一度思い返し、ドッキリテクスチャーで記憶できた範囲内の文字をその場に再現し、それを食い入るように見つめた。


「この紋様、どこかで見た気が……」


腕を組んで考えていたヒソカの脳裏に、ミズキの姿が浮かぶ。


「まさか……ね◆」


そう呟くとヒソカはタンッと地面を強く蹴った。誰もいなくなった屋上のフェンスを、パナトニアの乾いた風がキシキシと揺らしていた。

いくつもの糸が絡み合う。九月一日まであと一週間。時は刻一刻と迫っていた。




[ 12.水辺の争奪戦 5/5 ]


第十二章終わりです。夢主と個別に関係を持っていたキャラ達が顔を合わせ始めました。嫉妬するヒソカに終始胸がキュンキュンしてました。ヒソカ可愛いよヒソカ////



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