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いきなり喧嘩を売ってくるだなんて、ヒソカ、ムカつくなぁ。しかも、攻撃をしながらオレの耳元で「アレはボクの。手出ししないでくれる?」って言うだなんてさらにムカつく。別にミズキをどうかしようとは思っていないけど、ヒソカの言われた通りに行動するのはなんか嫌。だからねーー


イルミは走りながらヒソカの着地予想地点に鋲を投げつけた。本来なら着地と同時に鋲が足を貫通する所だがヒソカ相手ではそうは簡単にいかないだろう。イルミは着地寸前にヒソカが体を捻って避けることを見越し、着地予想点から右に3m行った所に全力で走り込んだ。

ーー予想通り。

鋲の攻撃を避けたヒソカが、まるで自分から飛び込むようにして待ち受けているポイントに突っ込んでくる。タイミングを合わせて脇腹に肘鉄を喰らわせれば、ヒソカの骨がミシッと音を立てた。顔を歪めるヒソカの耳元にさっきのお返しとばかりにイルミは囁いた。


「ミズキはオレ専用なの。そっちこそ手を出さないでくれる?」


その言葉にヒソカの殺気がぐんと増す。イルミは睨みつけてくるヒソカに向かって勝ち誇った顔でふんと鼻を鳴らした。


それにしてもーー


今日のヒソカはどこかおかしい。ヒソカは戦闘狂な変態だけど、今まで出会い頭に戦闘を仕掛けてくることなんてなかったのに。


「ヒソカ。今の本気でしょ。」


幾つかのフェイントを交えて繰り出された蹴りを受け止めながらイルミは問いかける。

「ねぇ、何怒ってんの?」
「……怒ってなんかいないさ◆」
「嘘。そんなに殺気出しといて。喧嘩売られるオレの身になってくれない?」


せっかく聞いてあげてるのに、ちゃんと答えないだなんてヒソカむかつく。こっちはヒソカが大事な青い果実だって言うからアイツをーー大事な大事なキルに友情だのなんだの甘ったるいことを吹き込むゴンを殺さないでいてあげてるのに。それだけじゃ飽き足らず、ミズキにも手を出すな? どんだけワガママなんだろ、あいつ。


「いい加減にしてくれないと、怒るよ?」

語尾を強めるけれど、ヒソカに引く様子は見られない。

「誤解しているみたいだから言うけど。オレ、ミズキを殺すつもりなんかないよ?逆に強く鍛え直してあげようって思ってるのに、何がそんなに不満なの?ヒソカ好みの果実になったら戦わせてあげてもいいんだよ?」
「……」
「はぁ。ゴンの時とは違うって言ってるのにほんと意味分かんない。ミズキだってオレの外部サポートスタッフになるの、了承してるのにさ。」
「ミズキが?キミのスタッフに?」
やっとヒソカが言葉を返す。
「うん。弱いから仕事は手伝わせないけどね。」
「仕事を手伝わせないのに、キミのスタッフなのかい?」
「うん。ミズキは特別。オレが気が向いた時に"一緒に遊ぶ"だけの、オレ専用のスタッフなんだ。」


イルミが"気が向いた"時に"遊ぶ"相手ーー。その言葉を聞いたヒソカの脳裏に、ミズキの首筋にあったいくつものキスマークがよぎる。


「ミズキはボクの玩具だ。誰にも手出しはさせないーー」


ヒソカから流れ出るオーラがさらに濃くなる。この言葉を境に、二人の戦いは激化したのだった。





「うおっ……すげ……今、フェイント二つ?いや三ついれたよな……。喋りながらあんな攻撃が出来るなんて流石だぜ……」


二人から少し離れた木の側で、ミズキは感嘆の声を上げた。こんな戦い、天空闘技場のフロアマスター決定戦でも観れやしないだろう。世界トップレベルと言っても過言ではない二人の凄まじい戦いに、ミズキは自分の置かれた状況も忘れて魅入っていた。


「うおっ!」


鳩尾を蹴り上げられたイルミが、ミズキから三メートルと離れていない樹の幹に轟音を立てながら叩きつけられる。自分の髪が風圧で巻き上がってやっとミズキは自分が今危険な状況にいることを思い出した。初めは互いの出方を探る感じで戦っていた二人は、いつしか激しい肉弾戦をするようになっていた。


ーーや、やべぇよ、ヒソカ。アレ、本気じゃね!?


「よくもやってくれたね。許さない。」プッと血を吐き、さらに増したスピードでヒソカに向かっていくイルミを横目で見ながら、ミズキは二歩三歩と後ろに下がった。


ーーなんだよ、あいつら、何なんだよ!?


互いの攻撃特性を知っているような二人の戦いぶり。二人はきっと以前からの知り合いなのだろう。目の前で繰り広げられる人並外れた二人の戦い。このままいてはいつか危険が及んでくるだろう。逃げるべきか否か、ミズキは瞬時に頭を働かせた。

二人が二人だけの間で完結するような仲なら問題ない。しかし、先ほどから自分の名前が二人の会話の中で出ているような気がする。自分は既に何かに巻き込まれているのだろうか。もしそうなら状況が分からない現状で逃げ出すのは得策とは言えなかった。

今回、戦いを仕掛けたのはヒソカの方だ。最良なのはイルミがヒソカの「ヤリあいたい」相手の一人で、偶然見かけたので戦いを仕掛けたというパターン。これならば自分は全くの部外者で安全だろう。しかし最悪なのは、イルミがヒソカの積年の恨みの相手だった場合。その恨みの度合いではイルミの近くにいたという理由だけで殺される可能性もある。恨みを買う"暗殺者"のゾルディックと関わりを持つ以上、それは無視できない可能性の一つだった。ヒソカが恨みで動く人間だとは思えなかったが、さっきから自分の名前が出ているのでもしかしたら後者の方かもしれない。ヒソカに狙われたら命があるはずがない。ミズキの背筋に冷たいものが流れる。


「何か……何か、手掛かりはないのか……」


自分の命の危機だ。二人の関係を決定づける何かがないだろうかと、ミズキは必死になって記憶を辿った。とその時、いつか聞いたヒソカの言葉がミズキの頭をよぎった。


「そう。なら仕事を紹介しようか?……裏の仕事だけどね ♣」


あれは確か高級中華料理を食べている時のことだ。久々に味わう豪勢な料理に浮かれ普段なら喋らないことをヒソカと話した気がする。"裏の仕事"との言葉に「殺しか?」と改めて尋ねると、ヒソカは確かこう答えた。「うん、暗殺 ♠ パドキアにプロの殺し屋がいてね。知り合いなんだけど、前人手が欲しいって言ってたんだ♣」とーー



『パドキア』にいる『暗殺』を請け負う『プロの殺し屋』


もしかたらこれはイルミのことなのだろうか? ミズキはさらに自分の記憶を辿った。ミズキの脳裏にイルミと二回目に出会った時の光景が蘇る。イルミの暗殺対象であるガーネットを殺した後、ミズキとイルミは言葉を交わした。内容はたわいのない事だったが、唐突にイルミはミズキを執事にしたいと言い出した。その時、イルミはーー


「最近、オレの仕事のサポートする執事がやめちゃってね。ミズキならいいかな?って思って。」


確かにそう言った。暗殺を請け負う『人手不足』のパドキアの殺し屋。そして、『最近仕事をサポートする執事がいなくなった』と言ったパドキアの裏世界覇者のイルミ=ゾルディック。


「待て待て待て……そういやイルミ、さっき何か言ってなかったか?」


先ほどの『お仕置き』タイムの時にイルミが言っていた言葉が蘇る。ミズキを見て「持久力なさすぎ」と評したイルミはその後ーー


「瞬発力と攻撃力ばっかり上げて、どっかの殺人狂みたい。」


確かにそう言った。自分はヒソカに戦い方を教わっている。ヒソカの戦い方が知らず知らずに身についていてもおかしくない。この『殺人狂』はもしかしたらヒソカのことかもしれない。そこまで考えが至ったミズキは大きな溜息をついた。


「あーーぁ、あいつら絶対知り合いだよ、しかも互いの情報を往き来させる位の仲だよ。敵同士なんかじゃ絶対ねぇーよ」


そう思うと、目の前の戦闘さえ茶番に思えてきた。遥か昔、ミズキが小学生だった頃、こんな関係のクラスメイト達がいたことをミズキは思い出した。その二人の少年はテストの点数から始まり、50m走のタイム、バレンタインに貰ったチョコの数、はたまた給食の牛乳を飲み干すタイムまで競っていた。時折取っ組み合いの喧嘩をするほどだった二人の少年は、しかしその仲は険悪というわけではなく、むしろ互いに「大親友」だと豪語するほど仲が良かった。

ヒソカとイルミの関係はその少年たちのような関係ではないか?
もしかしたらアレは桁違いにレベルが高いだけで二人のじゃれ合いに過ぎないのではなないか?


そう考えればそう考えるほど全てに合点がいく。二人の仲が先にあって、自分はたまたま二人の視界に入っただけなのだ。自分はその辺に転がっている石や、給食で配膳された牛乳のような存在でしかなく、たまたま二人のじゃれ合いのきっかけにされただけではないだろうか。うん、そうだ。そうとしか考えられない。ミズキは腕を組みながらうんうんと頷いた。


ーーとくれば、もうここにいる必要はねぇな。ハッ、いつまでも仲良くじゃれ合ってろ。じゃあな、お二人さん!


二人は戦闘に夢中でこちらに気づいている様子はない。ミズキは心の中で二人に別れを告げるとミズキは、"絶"をして抜き足差し足で一歩二歩と歩き出した。しかし、三歩と歩かない内にミズキは何かが飛んでくる気配を感じ、ミズキは慌てて前に転がった。転がるミズキに追い打ちをかけるようにいくつもの鋲とトランプが飛んでくる。視界の隅に、こちらを見ている二人の姿があった。


ーーな、なんでだよ!?


体勢を立て直しすぐさま駆け出すミズキに先ほどの何倍ものトランプと鋲が迫り来る。に、逃げられねぇ。ストトト……と軽快な音を立ててミズキは木に縫い付けられてしまった。



「どこに行く気だい?」
「逃がさないよ。」


示し合わせたように投擲をした二人。そのタイミングも何もかも、今まで戦っていたとは思えないほどピッタリだった。同時に言葉を発した二人は一瞬驚いた顔をして互いに顔を見合わせた後、言葉もなく微かに笑いあった。


ーーやっぱ仲良いんじゃねーか、ちくしょう!!


ミズキの心の中で盛大に叫んだのだった。しかし、もう遅い。あれほど戦いに集中していた二人は今や平然とした顔をしてこちらに向かっている。戦闘は終わったというのに先ほどより危険が迫ってきている気がする。ミズキは必死になって括り付けられた木から逃げようともがいていた。

「ねぇイルミ。ここでボクら二人が戦っても不毛だと思わないかい?」「確かにね。どちらかが勝ったとしてもミズキが思い通りになるとは思えないし。現に今も逃げようとしてたし。」「そう、だからねーー」そんな風に交わされる会話も必死の形相のミズキには聞こえていないようだった。


「よ、よう。お二人さん。もう、戦わねぇのか?」
近くまで寄った二人にミズキは普段の調子で声を掛ける。
しかしその声は、心なしか上ずっていた。
「うん。もういいんだ◆それよりーー」
そこで言葉を区切ると、ヒソカはミズキの耳に唇を寄せて問いかけた。


『キミはボクとイルミ、どっちがイイんだい?』


熱っぽい囁き声がミズキの耳をくすぐる。いつもの道化じみた雰囲気とは一線を画す大人びた声色に、心臓がバクンと飛び上がる。「ねぇ。ボクの方がいいだろ?♣」耳に唇を寄せたままヒソカがその長い指でミズキの頬をゆっくりと撫で上げる。

「えっ……ちょっ!?」


何がどうしてこうなったのか全く意味が分からない。心臓が激しく鳴り顔に熱が集まり始めるのをミズキは感じた。色気に満ちた瞳で舐めるように視線を動かすヒソカに、ミズキは反発するのも忘れて固まってしまった。


「ミズキ。」

自分の名前を呼ぶ声が聞こえたと思ったら唯一動く首をぐきりと動かされ、今度は彫刻のように整ったイルミの美しい顔が視界いっぱいに広がった。


「こんな変態よりオレの方がずっといいよね?」


息が掛かるくらい顔を近づけながらイルミが問いかける。顔を手で挟んだまま近づくその動作はまるでキスをする動作のよう。考えるべき色んな事が一瞬で霧散する。黒曜石のようなイルミの瞳にポカンと固まるミズキの顔が映り込んでいた。


「ミズキはオレのモノだよね?」


女ならくらりとくるような殺し文句。しかもそんじょそこらの芸能人より美しい青年に至近距離で言われるのだからその破壊力たるや卒倒レベルだろう。ミズキも一瞬その言葉の意味を捉えかねて、顔を赤らめながら「え……あ……」と目を泳がせてしまったが、相手はあのイルミ=ゾルディックである。『オレのモノ』とは即ち『オレ専用の外部サポートスタッフ』または『オレ専用の執事』といったところだろう。何とか冷静さを取り戻したミズキは下腹部にぎゅっと力を込めて、強制的に色づく自分の頭を根性で正したのだった。


ーー落ち着け落ち着け落ち着け、自分!!!あの二人が本気で私を取り合うわけないだろ、冷静に考えろ、明らかにこれはさっきの遊びの続きだろ。単に戦い合いをやめて違う方法でオモチャの取り合いを始めただけだろ、冷静になれ!!


ミズキは大きく息を吐くとキッと二人を睨みつけ、「オレはお前らの遊びに付き合うほど暇じゃねーんだ、さっさとコレを外せ」と言い放った。ミズキは全身に力を込めた。ミシミシッという音とともに鋲とトランプの拘束が少しずつ弱くなっていく。あともう少し、そうミズキが思いさらに力を込めた瞬間ーー、ビリビリビリと盛大な音を立ててミズキの服が破れた。


「あっ……」
「あ。」
「おや◆」


ミズキがくくりつけられていた樹には、イルミの鋲とヒソカのトランプが衣服の切れ端を噛んだまま刺さっており、ミズキの衣服には五センチ程度の穴が至る所に出来ている。トンっと軽やかな音を立てて着地したミズキの顔は、しかし自由になったにも関わらず呆然としていた。や、やられた。


「くっそ、お前らのせいで服が破けちまったじゃねぇかぁ!!!!」


ミズキの叫び声がガラナス山にこだまする。替えの服をほとんど持っていないミズキにとって薄汚れたTシャツとズボンとはいえそれは貴重なものに違いなく、しかしも二人の悪ふざけの結果こうなったかと思うと言い知れぬ怒りがふつふつと湧いてくるのだった。


「お前らがオレで遊ぶから……。度の過ぎた悪ふざけをするか……、服が破れちまったじゃねぇか!さすがにこんなに穴だらけじゃもう着れねーよ!どうしてくれるんだ!弁償しろ、弁償!!」


ミズキは凄い剣幕で一気にまくし立てた。一息で言い放ったミズキは猫のように毛を逆立ててフーフーっと鼻息を荒くしている。その様子をヒソカとイルミは肩を竦めて顔を見合わせた。

「いいよ。」
「お安い御用さ、弁償くらいいくらでもするよ♣」


同時に聞こえた二人の声に、ミズキはキョトンとする。

「……え?マジで?……弁償、いいの?」
「本当さ。イルミよりいい服を買ってあげるよ♠」
「オレだって。ヒソカが選ぶのよりもずっといい服あげるよ。」

イルミとヒソカの視線がじとりと絡み合う。そんな二人をミズキは数歩離れた所から交互に見た。ククルーマウンテンを所有し数億ジェニーの報酬を楽々稼ぐゾルディック家の長男と、数十億ジェニーの賭け金が跋扈する天空闘技場の人気闘志の奇術師ヒソカ。裏金が多く流れ込むため二人の資産の全貌を知ることは出来なかったが、目の前の二人は間違いなく大金持ちの人間に違いなかった。この大金持ちの二人が弁償すると言っているのである。


「その言葉、忘れんなよ」


何かを思いついたミズキは、したり顔でにやりと笑ったのだった。





[ 12.水辺の争奪戦 4/5 ]


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