49




「ん……うん……」


ミズキは違和感を感じて目を覚ました。なんだか気持ちのいい睡眠が取れた気がするけれど今自分はどこにいるのだろうか、とまだ覚醒し切ってない頭でミズキはぼんやりと考える。


「あ……そっか……」


薄目を開けた先にハンモックが映りミズキは「そうだった、鍛錬の途中に休息を取っていたんだっけ」と自分の状況を思い出す。本当ならば直ぐにでも鍛錬を再開すべきなのだろうがミズキはこのままもう少しまどろんでいたいと珍しく自分に甘いことを思い、夢うつつの心地よさのまままた瞳を閉じようとした。


「……ん……うん?」


しかしミズキは首元に普段とは違う違和感を感じてはたと自分に問いかけた、自分は枕を用意していただろうかーーと。首元にある程よい硬さのそれはドクンドクンと脈を打っており、思えば背中も温かい気がする……。そして、極めつけは後ろから聞こえる「スースー」というリズミカルな寝息。


ーーま、まさか……


グギギギと首を捻って後ろを見ると、そこには瞳を閉じて気持ち良さそうに寝ている端正な顔をした男の横顔があった。


「ヒソカぁ!?」


ハンモックの中、ヒソカが至近距離にいるにもかかわらずミズキは盛大な叫び声を上げる。その声にうっすらと目を開けたヒソカは、驚いた顔で口をパクパクとしているミズキを見ながらも、のんびりと伸びを一つする。


「ん?ミズキ、起きたのかい?」


少し釣り上がった目元に、軽く突き出したような尖った唇、スッと通った鼻筋に、低く掠れた声。奇抜な服装やメイクに気を取られがちだが元々ヒソカという男はそんじょそこらの芸能人に引けを取らないほど美形なのだ、欠伸をしながら気だるげに返事をするというただそれだけの行動でさえ、映画のワンシーンのように完成されていた。


「な……な、なな、なんでこんなところに居んだよ!?」


声をうわずらせて目を白黒させるミズキに腕を被せながらヒソカは「ミズキが気持ちよさそうに寝てるからね、ボクも眠たくなっちゃったのさ◆」となんでもないことのように言う。寝る前にちらりと見たヒソカはいつものように奇抜なメイクをしていたはずなのに、今のヒソカはなぜかそのメイクを全て落としていた。寝る前の彼の習慣だと言われたらそれまでなのだが、ミズキは今「常に眼鏡を掛けている人物が眼鏡を外した時にその人が誰だか認識できなくなる現象」と同じ現象に陥っていた。

あのメイクがヒソカの本体とまでは言わないが、メイクをしたヒソカとしていないヒソカ、それらが同一人物だと分かっているはずなのにミズキの中でそれが一本の線として繋がらなかったのだった。



「ん、どうしたんだい?」



ヒソカがミズキを抱き寄せて耳元で問いかける。ヒソカに接近を許してはならない、早く逃げなくちゃーー。そう思うのにヒソカの熱い息が耳をくすぐって考えが纏まらない、体が動かない。そもそもこの男は本当にヒソカなのだろうか。ヒソカの顔をした全くの別人じゃないか? その証拠にいつものような纏わり付くようなオーラを発していないじゃないか?

どうやら脳の許容量を超える出来事にミズキの思考は全く追いついていなかったようだった。ただ、この男の横でこの男の腕に頭を預けて無防備にずっと眠りこけていたという事実に、ミズキの頭は驚きと怒りと羞恥とで混乱していたのだった。


「おいっ!う、う、う……腕を上げろ、オレはもう起きる!!」


ヒソカの方を見ずに一息で言い放つが、ヒソカは抱き締めたミズキを離さない。むしろヒソカは拘束するその手に力を込めた。


「んっく、離せよ」
「ダメダメ◆」
「いいから離せよ!」
「ダメだって、ミズキ。まだ傷が癒えてないだろう?"纏"をしながらあと一時間は休んだ方がいいよ?」


その言葉にミズキはピタリと動きを止めた。確かにこの男の言うとおりミズキの体はまだ癒えていなかった。目が覚めた時にもう一眠りしようと目を閉じたのは、もう少し惰眠を貪りたかったからであったが、確かに男の言う通りあと一時間くらい休んだ方がいいと思ったからでもあった。


ーーこの男、やっぱりヒソカなのかな?


先日ミズキが休息を取る取らないで喧嘩を仕掛けたヒソカならば、こんな風に休息に関して言及してもおかしくないだろう。ミズキは今更なことを自分に問いかける。混乱が収束をし落ち着きを取り戻し始めたミズキがそっと後ろを向くと、男がキュッと目を細めた。間違いない、ヒソカの笑い方だ。


「ヒ、ソカ……?」


抵抗を止めてそう問いかけると、ヒソカは拘束を解いて「そうだよ」と言わんばかりにミズキの頭をぽんぽんと触った。そして、先にハンモックに横になると、ヒソカはミズキのお腹をまるで幼子を寝かしつけるようにゆっくりとしたリズムで撫で始めたのだった。

人を値踏みするような胡散臭い笑みも好戦的なオーラも発していないヒソカはまるで甥っ子を慈しむ親戚のお兄さんのようで、ミズキは緊張していた全身の筋肉が段々と解れてゆくの感じた。


ーー気持ちいい……


優しいその手つきは親子川の字になって寝ていた頃をミズキに思い出させた。もう取り戻せない穏やかな日々ーー。その想い出がミズキの最後の警戒心を霧散させ、気づけばミズキはヒソカの隣で大人しく目を閉じて横になっていた。


どくんどくんというヒソカの心臓の音が背中を通してミズキに伝わる。ヒソカの鼓動は心地良かった。ヒソカの優しい眼差しも、ゆっくりとお腹を撫でる手の動きも、背中越しのヒソカの体温も、何もかもが心地よかった。鳥達がピーチュチュチュとさえずりのコーラスを奏でる中、ミズキは身体の力を抜き切ってヒソカに身を委ねていたのだった。








温かいなぁ。

夢と現を行き来するようなまどろみの中、ミズキはその心地よさを身体中で味わっていた。手の温もりも、背中に伝わる体温も、太ももに当たる熱も全てが心地いい……。取り止めもなくぼんやりと考える。しかし頭に浮かんだ最後のフレーズに、ミズキははてと首を捻った。


ーー太ももに当たる……熱?


私の太ももに熱?これはヒソカの腰の辺り?……って、腰!?腰ってまさか!!!分散していた意識が少しずつ集まり始める。


ーーんぎゃぁぁぁぁぁ!!!


完全に意識が覚醒したミズキは声にならない声を上げた。ミズキの太ももにはヒソカの局部が当たっていたのだ。しかも熱を持ちビクンビクンと脈動している。服の上からでもどういう状態になっているか手に取るようにわかるソレに、ミズキは怒りで体を震わせた。


「おい、ヒソカ……どういうつもりだ」
「ん、なにがだい?」
「てめぇの一物が……さっ、きから、当たって、るん、だよ」


怒りのあまり声を途切れさせるミズキに向かって、ヒソカは日常会話をしているような平然とした声色で「あぁ、これかい?どうやら可愛いミズキに反応したようだね」と言葉を返す。


「でも立派だろ?ボクの息子ぐはぁっ!!!」


ヒソカが言い終わらない内にミズキはオーラを込めた肘でエルボーを食らわせる。言葉途切れのヒソカを気にするそぶりを微塵も見せずに、ミズキはそのまま今の攻撃で出来た空間に右足を抱き寄せ、そこから真後ろに足を蹴り上げる。鈍い打撃音。馬が後ろ足で蹴り上げるようなミズキのその蹴りに、ヒソカの体が飛ぶ。

地面に叩きつけられたヒソカは丸まりながら「……ふっ……くっ……う……」と声にならない声を上げている。地面への衝突が問題だったのではない、攻撃を受けた箇所が問題なのだ。ミズキの真後ろに寝転んでいたヒソカがその蹴りを食らった場所は、たぶん、おそらくは……。つまりはそういうことであろう、顔を歪めて痛みにこらえているヒソカの目には間違いなく涙が滲んでいた。

そんなヒソカの背後に黒い人影が近寄る。それは般若のような顔をしたミズキだった。なおも痛みに堪えているヒソカを虫けらを見るような目で見下すと、ミズキは右足を静かに後ろに引いた。まるでサッカー選手がキックオフをするようなその動作。


「ちょ、まっ…」
「ーー待たねェよ」



ヒソカの言葉を遮ってミズキは思いっきり足を振り下ろす。炸裂。ドガっという鈍い音とともにヒソカがまるでサッカーボールのように宙を飛んでいった。


「星になれ、ゲスが」


そう言って地面にペッとツバを吐くミズキの後ろで、湖に落ちたヒソカがボチャンと水音を立てたのだった。その後、街の泌尿器科に駆け込むピエロの姿を見たとか見なかったとかそんな奇妙なうわさがストックスに流れるのだったが、ミズキは「いくら顔が良くなってもヒソカはやっぱりヒソカだな。ハッ、足が腐るわ」と捨て台詞を吐いて誰も居なくなったハンモックに肩を怒らせながら潜り込むと、プンプン怒りながら残りの休息を消化し始めたのだった。




[ 10.背中越しの体温 4/5 ]


[prevbacknext]



top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -