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ねぇクロロ……

唇に毒を塗って私のところに来たのでしょう?
そうでなければ、服に麻薬を焚き染めて来ているのでしょう?

ねぇ、教えてーー。あなたのキスと香りで、もう体も脳も溶けてしまいそうだった。制御不能。私を見下ろす細月が、私のことを愚か者だと嘲笑っている気がした。





「……ん……ふっ……」


鼻から止めどなく甘い声が漏れてゆく。私の手首を楽々掴んでしまう男らしい手も、ドレス越しに感じるクロロの引き締まった肉体も、力強く吸い上げる舌も、何もかもが私をかき乱していく。嫌なのに。こんな風に鎧も虚勢もない心に踏み入られるのは嫌なのにーー。押しのけることが出来ないのはなぜ?

身体の奥底から感情のうねりが込み上げ、鼻の奥がツンとする。クロロ、クロロ、クロロ……。彼の与える熱が狂おしくて、私は掴まれていない左手を気づけばクロロの腰に回していた。


「嫌、だったか?」


しばらくして唇を離したクロロが、不敵な笑みを浮かべながら問い掛ける。酷い人、分かっているくせに。耳まで熱い顔を上げてじろりと見上げると、クロロがふっと笑った。人好きのする笑顔。優しい初夏の風が吹き抜け、クロロの前髪をふわりと揺らした。


「クロロの意地悪……」
解放された右手でクロロの胸元をドンと叩くと、クロロが「ははっ」と笑い声を上げた。
「意地悪なのはそっちだろ? 途中でオレを突き飛ばして逃げていくなんて」
この間の出来事の事を言っているのだろう。
「だって……アレは……」
自分でも何であんな行動をしてしまったのか説明出来なくて、ミズキは口籠ってしまった。


ーー相変わらず感情が豊かな女だな


あの時の出来事を思い浮かべているのだろうか。真っ赤な顔がさらに真っ赤になってゆくのを見て、クロロは思わず笑ってしまった。


「悪かった。そんな困らせるつもりで言ったわけじゃない」


そう言って頭を撫でると、ミズキは視線を左右に動かしながら顔をそっと上げた。その顔は耳まで真っ赤だった。そんなミズキを見て、まるで小動物だなとクロロは思った。感情が丸出しで、何を感じ何を思っているか手に取るように分かる。まるで愛玩動物のような、幼稚で、単純で、愚かな女。それなのにーー


本心がどこにあるかは依然として不明。


クロロはミズキを胸の中に抱きながら思考を巡らす。ヨークシンでの反応や今の様子を見るに、この女は男に慣れていない。「純情」や「無垢」といった言葉が似合う程だ。それなのにミズキは厚化粧をし過剰に露出した服を着て夜の街で働いていた。そこに違和感はなく、目が合うまで存在に気づけなかった程にミズキは夜の街に溶け込んでいた。


ーーどれが本性なのだ?


感情丸出しで男に慣れていない「純真」で「無垢」な女。少し優しくしてやれば簡単に手に落ちる女。そう思っていたのにこの女はするりとそれを抜け出して、行方を眩ました、オレやシャルナークの包囲網を突破してーー。


「ミズキ……ミズキ……」


名前を呼ぶと女が赤く染まった顔を上げた。瞳が潤んでいる。シャルナークは、ミズキのことを「蜘蛛に接触するために送られてきた人間」とも言っていたが、やはりそれはない。この女の発している感情は間違いなく本物で、演技や偽装ではない。クロロは数々の経験と洞察力の鋭さからそう結論に至る。なのになぜだろう、この腑に落ちない感じは。


「今度会うことがあったら渡したいと思って、ずっと持っていた物があるんだ……」
クロロは口から出まかせを言って、ポケットに入っていた物を取り出す。
「私に……?」
その言葉にミズキは驚いた顔をした後、顔をパッと煌めかせた。
「コレだ」
「……腕、輪?」
「古代ヘブライカ族の腕輪だ」
「精巧な紋様……綺麗……」


うっとりとした顔でそれを見つめるミズキの手を取って、クロロはその腕輪をミズキの左腕にはめる。手と手が絡み合い、唇を離した後しばし空いていた二人の距離が再び詰まる。どちらからと言わずに視線が重なる。


ーーもっと曝け出せ。お前の全てを見せろ……


クロロは視線を絡ませながら右手でミズキの首元をつーっと撫でた。少し動揺を見せるミズキに流し目を送りながら、肩、腕、腰へと指先を滑らすように動かす。足と足の間に滑り込ませた膝をさらに押し込むと、ミズキの噛み締めた唇から小さな吐息が漏れた。


「ミズキ……」


耳元で名前を囁きながら、唇を首筋から鎖骨へと滑らしてゆく。服越しに感じるミズキの身体は熱く、スリットの深く入ったドレスから顔を出した太ももが、建物の間から降り注ぐ月の光を浴びて、暗闇の中で薄ピンクにぼんやりと浮かび上がっていた。


「ん……クロロ……」


細腰を抱きながら、クロロは露わになったミズキの太ももに指先を這わしてゆく。引き締まった筋肉の上に適度についた脂肪は指に馴染みよく、グラマラスと言える体型では決してなかったがまるで吸い付くような弾力のあるそれは、クロロの別の欲望を刺激した。熱が集まる。


「……ん、く……」


有無を言わせずミズキの唇を塞ぎ、舌を絡ませて吸い上げる。熟れ始めの桃を連想させる青さと甘さを兼ね備えたその唇は、クロロの官能を刺激した。もっと深く、もっと強くーー。ミズキの背中と頭に手を回してさらに深く口づけをする。ミズキが時おり酸素を求めるように小さく声をあげていたがそれすらも飲み込んで、クロロはミズキの唇を貪ってゆく。顔の位置を変え角度を変え、何度も何度も執拗に。子猫がミルクを飲むような、ぴちゃ……くちゅ……という水音と、二人の荒い息遣いだけが人気のない薄暗い路地裏に響き渡っていた。


「はぁ…、ミズキ……」


背中のリボンをしゅるりと解き、ブラジャーのホックを外してゆく。途中で「あ、クロロ……」と制止の声を上げたミズキの唇を声ごと塞いで、指を絡ませて壁に押し付ける。逃がさない。ドレスの肩紐をずらし、手を滑り込ませてミズキの小振りな胸をまさぐる。小さいながらもピンと上を向いた頂きを指で摘まむと、ミズキが「んっ……!」と、さらに色めいた声を上げた。


欲望が高まる。クロロは服越しに腰を押し付けながらミズキの首筋に吸い付いた。張りのある皮膚の感触までもが味わい深い。クロロはまるで噛み付くようにしてミズキの白い首にいくつもの紅いキスマークを付けていった。


「ク、ロロ……」


ミズキが真っ赤に染まった顔を上げる。潤んだ瞳。戸惑いの残るまつ毛に縁取られながらもその瞳は真っ直ぐクロロを見つめていた。上気した頬も、荒くなった息も、少し乱れた髪も、何もかもがクロロを刺激した。ずくんと身体の奥が痺れ、情動が込み上げる。女の全てを暴くはずだったのにいつの間にか歯止めが効かなくなっているのはこちらではないか。もっと冷静にならなくては。そう警告する自分がいる一方で、全ての欲望を吐き出すまで止まらないだろうと思う自分もそこにいた。


「ミズキ……そう、オレを煽るな」


そう言ってミズキの唇を問答無用に塞ぎ、力いっぱい抱き締める。ミズキの香りがクロロの胸いっぱいに広がった。布越しに感じる体温がもどかしい。もっと、もっとだーー。クロロはミズキにキスをしながらシャツのボタンを性急に外しゆき、剥き出しとなった肌で再度ミズキを抱き締めた。ミズキの柔らかい肌の感触とやけに早い心臓の鼓動が伝わってくる。直接感じたミズキの体温は心地良く、まるで肌の境界が溶けてゆくようだった。


ーーなんなんだ、これは


女なんて数え切れないほど抱いてきた。それこそモデルのような造形美しい女から肉感的なグラマラスな女まで。なのに、なんなんだこれは。こんな貧相なガキ臭い女を相手にしているというのに、掻き立てられて仕方が無い。素性の知れなさが、不確定な要素が、全てを暴きたいというオレの欲求が、興奮を助長させているのだろうか。分からない。ただ、ミズキの声に、ミズキの匂いに、ミズキの肌の感触に、ミズキの全てにクロロは掻き立てられていた。


「ミズキ……ミズキ、オレのものになれ……」


気づけばクロロはそう言っていた。特に執着していたわけじゃない。手に入れようと画策してわけではない。適当に手を出しただけの、ただの暇つぶしの女。その程度の認識だったはずだった。それなのにクロロはそう言っていた。

風が吹き抜ける。雲間から顔を出した三日月が、そっと二人を見下ろしていた。




[9.路地裏のキス 2/4]


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