39





キラキラとネオンが光るとある繁華街の一角にある高級クラブでのこと。


「んもぉ〜、お兄さんったら、お上手なんだからぁ〜」


短い髪を巻いて盛り上げ、サテン生地の水色のロングドレスに身を包み、顔に分厚く化粧を施したミズキが、鼻にかかった甲高い声を上げる。


「うふふ、そんなこと言っても騙されませんよ?ギルバートさん、奥様いらっしゃるでしょう?」


男を上目遣いに見ながら頬っぺたをぷくっと膨らます。シリコンパットを何重にも入れた胸元をキュッと寄せて、身体をしな垂れかけると、男がデレデレと鼻を伸ばした。

「よっし、リナちゃん可愛いから、おじさんボトル入れちゃうぞぉ〜!」


その声を聞いたミズキがホールの壁面に立つ黒服に視線を投げかけると、黒服がコクリと頷き返す。どうやら合格らしい。リナと呼ばれたミズキは男に向き直ると、内心「くそ面倒臭ぇ……」と思いながらも、身体をくねらせて「きゃ〜、嬉しいぃ〜」と笑顔で鼻にかかった声を返したのだった。


ここはザナンザシティーにある高級クラブ。高級クラブといっても接客する女たちの年齢層が低いために店内は全体的にキャピキャピしており、クラブというよりキャバクラと表現する方が適切だった。流行りの音楽が鳴り響き照明の落ちた暗い店内の中で、夜の蝶たちがキラキラと煌びやかに舞い飛んでいる。その中にミズキはいた。他の蝶たちと同じく、10cm以上はある高いピンヒールを履き、スパンコール刺繍の施されたロングドレスを着て、バサバサとした付けまつ毛をつけ、髪をゴージャスに盛っている。男として偽るにはやや低い身長もここでは問題にならず、貧相な身体つきもモデル体型に憧れて拒食症になっている人間もいるこの中では「超絶スレンダー」として誤魔化せた。


「リナちゃん、『例のお客さん』入店したよ」


ついている客がトイレに席を外した隙に一人の黒服がミズキに近づき、耳元で囁く。リナはミズキの源氏名だ。7番テーブルの方に目を向けると確かに『ラクロス重工業株式会社』の役員の「アンドリュー・ラドウィック」がいた。ラクロス重工業株式会社はどうやらマフィアと協定を結び敵対企業を陥れようとしているらしく、『ラクロスの幹部とマフィアの接触現場・会話内容等の動かぬ証拠を掴むこと』が今回のミズキの仕事内容で、そのためにミズキはこの店に潜入しているのだった。


「どうする?」と冷めた瞳で問いかける黒服の懐に万札を三枚ねじ込むと、黒服はにっこり笑って無線に向かって「7番テーブルにはリナちゃんを付けます」と言った。無線の向こうから「新入りだけど大丈夫か?」と問いかける声が聞こえたが、黒服は「さっきもボトルをちゃんと入れてたので大丈夫でしょう。彼女、なかなか慣れてますよ」とキッパリ言って無線を切ったのだった。


ーーーよし、上々だ。


トイレから戻ってきたギルバートに「ごめんなさぁ〜い、ギルバートさん。リナちょっと呼ばれちゃったぁ〜」と告げてそそくさと席を立つ。目標は「アンドリュー・ラドウィック」。7番テーブルの用意が出来て黒服に呼ばれるまであと数分。ミズキはハンドバックに盗聴器を仕込み、鏡に向かって「戦闘服」である化粧を直す。「こうやって『女』の格好をするとますます似てくるな……」とふとミズキは鏡に映る自分の姿を見て思ったが今は感傷に浸る暇はない。唇にルージュを引いてキッと立ち上がった。


「こんばんはぁ〜、リナでぇ〜す!」


リナと書かれた名刺を手に挨拶をする。白髪の入り混じった髪を斜めになでつけた男がジロリとミズキを見る。そんな視線をさらりと流して、ミズキは「お隣失礼しまぁ〜す」と言って隣に座る。情報によると、アンドリュー自体はこのような夜の店は好きではないらしいが、アンドリューの隣にいる男がこのクラブに勤める女の一人に酷く執心しているため、この男に関わる大抵の会合はこのクラブでされるらしかった。


「お飲物は何になさいます?」


メニューを開いて尋ねると、男がブランデーを指差す。「男らしくあろう」と常に気を張っているミズキにとって「女」の格好をして「男」に媚を売ることは「負け」に値する重大な出来事だった。出来ることなら情報屋を使ったり店のスタッフを買収したりして仕事に望みたいとミズキは思っていたのだが、情報屋を雇うには今回の依頼金は安すぎた上に、買収しようと画策していたら黒服に「ガキが何言ってやがる、探偵ごっこがしたけりゃ余所でやんな!」と追い払われてしまったのだ。途方に暮れたミズキは結局自分で潜入することにしたのだが、それは存外悪い方法ではなかった。


ーーー楽勝だな。金が相当浮いたぜ。


ミズキは黒服が持ってきたドリンクを片手にほくそ笑む。「アンドリューさん、飲み方はストレート?ロック?水割り?」そう問えば、アンドリューがぶっきらぼうに「ロック」と答える。指示されたままに氷を入れグラスに琥珀色のブランデーを注ぐと、ミズキは両手でオーラを練る。



【操られたマリオネット(ディレクションウォーター)】
【ターゲット:アンドリュー・ラドウィック】
【ディレクション:私が絶世の美女に思えてきて、その私に嘘偽りない姿を曝け出したくなる】


夜の街。そこは日常から隔離された非日常の空間。暗い照明の下でアルコールを口にしながら男女が密着して会話をするとなれば、その非日常な空気に口が軽くなるのも致し方ないことだろう。それにプラスして隣の女が「絶世の美女」に思え、その女に「嘘偽りない姿」を曝け出したくて堪らなくなるとしたら、あとはミズキの質問の仕方次第。


「はい、どうぞぉ」


小首を傾げながらグラスを手渡す。あとはこれを飲ませれば良い。ミズキは極上の笑顔で微笑んだ。







「今回の提携に噛んでいる人物は誰?」


お酒が回り始めたタイミングでミズキが問いかけると男は唇を噛んで首を振る。理性と念の間で揺れているのだろう。「ダメよ、私に隠し事なんか。ほらもっと飲んで素直になりなさい」そう言って飲み物を勧めるとアンドリューがそれを一気に飲み干す。アンドリューと一緒に来た男はお気に入りの女の子の肩を抱いたまま向かいのテーブルで飲んだくれている。こちらに気づく様子はない。アンドリューがミズキの言いなりになるまで時間の問題だった。


ーーー上々だ。


男からの情報を聞きながらミズキは思った。どうやらラクロス重工業株式会社は、敵対する同業者を潰すために、リッツファミリー系列の「ドラグーンファミリー」と提携するようだった。金銭と引き換えに、ドラグーンファミリーの人間が敵対企業の悪評流しと圧力かけるようで、アンドリューから聞き出せた限り現在決まっている内容は、ドラグーンファミリーのフロント企業が敵対企業の株を一定数取得し、株主総会で総会屋として入り込んで、総会の議事進行に関して難癖を付けて会社を攻撃することだった。居合わせた筆頭株主らに悪印象を与え、引いては株価を下げさせることが目的で、これを敵対企業の関連会社全てでやるらしい。地味な攻撃ながら防ぎようもない嫌らしい攻撃だとミズキは短く息を吐く。


ーーーハッ、悪どいな、経済界も。


社会的影響力の大きい巨大企業となればなるほど、その経営には政治的な要素が含まれるようになる。そして、大きな金が動くようになればなるほどそこに群がるハイエナどもも増えてくるのだ。


ーーージョンはどのハイエナだ?


あの男はどういう意図を持って今回の仕事を依頼してきたのだろうか、ミズキはアンドリューから引き出した情報を元に頭を働かせる。この提携で利益が生じる側なのかそれともこの提携で不利益が生じる側なのか、それすらも現時点では分からない。しかしジョンが単独ではなくどこかの組織・人物と繋がりながらこの仕事をしているのは今までの依頼内容から明白だった。『どこ』の組織の『誰』と繋がっているのかーーー。それがジョンにディレクションウォーターが効かないと分かった四年前のあの日から、屈辱の日々を過ごしながらもミズキが探し求めている答えであった。


ーーーくそっ


「ラクロス重工業株式会社」と「ドラグーンファミリー」の敵対企業・組織を脳内でリストアップしながら考えるも、候補が多過ぎて絞りきれない。数日前にホテルで会った時のジョンの勝ち誇った顔が脳裏に浮かび、ミズキはギリと歯ぎしりをした。

ミズキを撹乱するためなのだろうか、ジョンがミズキに依頼する内容は一貫性がなかった。マフィアに関する内容だけだったり企業に関する内容だけだったりすれば、その依頼内容から「利益を得る人物」までたどり着くのは簡単だった。しかしジョンが依頼する内容は、あるマフィアの要人の暗殺依頼をしたかと思えば、企業の内部情報を盗む依頼をしてきたり、はたまた芸能人の護衛やプロハンターの補佐といった裏の世界と関係なさそうな依頼内容までと多岐に渡った。


ーーーわっかんねぇ。ジョンを動かしてるのは誰だ!?ジョンの裏にいるのは誰だ!?!?


全てをミズキに曝け出し、今度は奥さんと娘に相手にされない淋しさをとつとつと語り出し始めたアンドリューの話を右から左へと聞き流しながら、ミズキは考える。しかし、いくら考えたところで答えにたどり着くことは出来なかった。



ーーーくそっ、金さえあればジョンの後ろにいる人物を調べることが出来るのに。金さえあれば……金さえあれば………。いや、その前にジョンに『ディレクションウォーター』が効けばこんな面倒なことにならねぇのに………。


考えれば考えるほど、否が応でもジョンに念を掛けようとした四年前の出来事が頭をよぎる。そう、ミズキの念「ディレクションウォーター」は元々ジョンから「あの人」のことを聞き出すために創り出した念であった。それにも関わらず、ミズキは念能力者でもないただの悪どいだけの一般人のジョンに、未だに念をかけることができないでいた。初めてジョンに念を掛けようとした日のあの男の虫けらを見るような見下した目は、四年経った今でも忘れることが出来ない。ミズキは酒を飲むアンドリューに笑顔で向き合いながら、その手を固く固く握ったのだった。





四年前のその時、ミズキは10歳だった。普通なら元気に楽しく学校にでも通っている年頃にも関わらず、ミズキはその年頃にはもう裏の仕事に手を染めていた。とは言ってもその仕事を始めてからまだ一年足らずしか経っておらず、当時は今のような手を血に染めるような危険な仕事ではなく、人から人へ伝令を伝えたりある場所からある場所へ物を運んだりする、お使い程度の仕事内容だった。

その頃はまだ、ジョンは今ほどミズキを毛嫌いしておらず、会えばジュースを奢ってくれる程度には優しかった。しかしその関係はある時を境に一変する。これから語られるのは、その「ある時」の出来事であるーーー。




[ 8.クラブへの潜入 2/4 ]


[prevbacknext]



top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -