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「やめ、ろ……や、めろ、ヒソカ……」


自由になる首を必死に動かすミズキを嘲笑うように、ヒソカは強引に唇を重ねる。唇を合わせながら押し返そうと奮闘するミズキの細い腕を絡め取ってベッドに押し付け、仕上げとばかりに足と足の間に膝を割り入れる。これがプロレスなら10カウントの後に自由になるのだが現実にはそうはならない。ヒソカの唇が離れる頃、ミズキは完全に動けなくなってしまっていた。

この後にどんなことをされるのか。いくら性経験のないミズキとはいえ容易に想像出来た。ミズキの瞳を怯えが占め始め、その顔がくしゃりと歪み出す。堪えきれなくなったミズキから「やめて…ヒソカ、やめて……」と言葉が漏れ、その瞳からポロリと涙が零れ落ちた。しかし、ミズキの心の叫びはヒソカには届かない。


「いい…いいよ、ミズキ。その目…ゾクゾクする♠」と冷たく言い放つとヒソカはその悪戯を加速させた。ミズキの唇を舐め、首筋を吸い、ボタンを外して露わになった胸元に紅い跡を残してゆく。


(あぁ、ミズキ…キミは最高だ♣…この生意気そうな目、言葉遣いの悪い口、そして、人と距離を置くくせにその実、凄く寂しがり屋なトコロ……全てボク好み。ーーーーいたぶりがいがある◆)


それぞれの手で押さえ込んでいたミズキの手首を頭上で一つにまとめ、ヒソカは空いた手でミズキの残りのボタンを外していった。シャツの下に着ている厚手の黒いタンクトップをズボンから引き出して、ミズキの服の中に手を差し込んだ。とその時、


「ヒソカ!!!止めろ!!!」


とミズキがあらん限りの声で制止をした。栄養不足と発育不良のために外から見てもあるかないか分からないほど小さい胸だったが、それでもそこを男に触れられるのは女として嫌だったのだ。思いがけないミズキの大声に動きを一瞬止め視線を落とすと、そこには涙の浮かんだ瞳で睨みつけながらその身体を震わせているミズキがいた。噛み締めたミズキの唇から一筋の血がツーっと垂れる。しかしヒソカはそんな制止で行為を止めるような男ではなかった。


「止めないよ◆」


ニヤリと笑うと、ヒソカはミズキの鎖骨をベロリと舐め上げた。身体の下で唇を噛み締めるミズキの首筋に舌を這わせ、そのまま耳に噛み付く。


「ひぁっ!」

突然耳に感じた生暖かい感触に、ミズキは素っ頓狂な声を上げた。その声に目を細めたヒソカは、今度は耳にふう〜と息を吹きかけた。ゾクゾクした感覚がミズキの全身を駆け抜け、力が抜けてゆく。


「ゃ、……ん…、く……」


じっとして居られない。声が漏れそうになる。
ミズキは全身に力を入れて声が出そうになるのを必死に堪えた。
「……耳、弱いの◆?」
そんな様子のミズキを見てヒソカが殊勝な声で尋ねる。
「ふざ…け、るな。ンなわけねぇーよ。」
赤く上気した顔でそう否定するミズキに、ヒソカはククッと笑った。


「あいかわらず、キミは嘘が下手だね♠」


いつもの強気な姿を知っているせいだろうか。ミズキの反応の数々はヒソカを心底高揚させた。『もっと屈服させたい、その心根を粉々に砕きたい。』そういう欲求がヒソカの中でふつふつと込み上げる。ヒソカは指の動きと舌の動きを加速させたのだった。


ーーーあれ?

しかし、ヒソカは違和感を感じてその動きをピタリと止めた。さっきまで全身を強張らせて拒絶をしていたミズキが、今やその抵抗を止めていた。もしや白旗を上げたのだろうか。いや、しかし、ミズキの性格なら最後の最後まで屈服しそうにないのに。おかしい。そう思いヒソカは組み敷いたミズキに視線を落とした。

見るとミズキは真っ青な顔をして横を向いていた。
脂汗をたらりと垂らしながら頬を膨らませている。
何かを堪えているのは一目瞭然だった。


ーーーま、まさか……


拘束していた手を緩めると、ミズキはすぐに空いた手で口元を押さえた。


「……ヒ、ソカ……吐き…そう…」


必死な形相でミズキは途切れ途切れにそう言った。嫌な予想が当たってしまった。ミズキは力の入らない体に力を入れて起き上がろうとしているが、アルコールは依然としてミズキの身体の自由を奪っているらしく、その動きは心もとない。このままいけばベットにぶちまけられるのは目に見えていた。


「で…出る」


嘔吐物まみれのベッドで続きをするなんて真っ平御免だ。
ヒソカは、慌ててミズキを抱き上げトイレまで連れていったのだった。







10分後、水を流すジャーという音とともに、すっきりした顔のミズキがトイレから出てきた。よろめきながら洗面所に向かい口を濯ぎ、フラフラよろめきながらベットにダイブする。


「ヒソカ……タオル」
「はいはい♣」
バスルームからタオルを持ってきてミズキに手渡す。
「ヒソカ…水」
「はいはい◆」
備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してミズキに渡す。
その水を受け取ったミズキはゴクゴクと飲み干した後、力なく言う。
「ヒソカ…風呂」
まるで亭主関白な夫だ。単語しか言わないミズキに肩をすくめつつも
「……わかったよ、用意してくる♠」
とヒソカは素直に言い、風呂場に向かった。


「あぁーあ、せっかく盛り上がってきたのに……♣」


ヒソカは五つ星ホテルに相応しい大きな大理石の浴槽に向かってひとりごちた。蛇口を捻るとマーライオンのような大きなライオンの口からお湯がドボドボと吐き出される。トイレから出てきたミズキの顔には先ほどのような焦りも怯えもなく、青白く覇気がなかったとはいえいつもの『便利屋のミズキ』のすました顔をしていた。せっかく口八丁手八丁にミズキをここまで誘い込んだというのに全て台無しになってしまった。


「でも、まだ夜は長い。…時間はたっぷりあるさ◆」


ヒソカはクククと喉を鳴らして、"円"をした。"円"で感知した限り、ミズキはベットに力なく倒れこんでいて、周囲を探る様子も全身に力を入れる様子もない。さてこの状況をミズキはどう打破するかな?とヒソカは結論の決まっている問いを心の中で問いかけた。

結論が決まっている、それもそのはず。この部屋の出入り口は一つしかなく、扉に向かうには今ヒソカがいるバスルームを通過しなくてはいけなかった。体の不自由なミズキがベッドから扉に向かうよりも、ヒソカが飛び出して捕らえる方が断然早い。ミズキが"絶"をして扉に向かう可能性も"練"をして壁や窓をぶち抜く可能性もあったが、"円"で感知している状況ならばその些細な違いにヒソカはすぐに気づくことが出来た。その上この部屋は地上18階にあり、崖のように切り立ったこのビルの壁面には雨どいやベランダといった出っ張りはなく、窓を壊しても下に降りる手段が一切なかったのだ。結論は決まっていた。『逃げられない』この答えしかないのだ。

「ククク……」


花瓶に飾ってあった薔薇をむしり、その花弁をお湯の溜まった浴槽に散らしてゆく。さて、どんな舞台に仕上げようか。ミズキが逃げ出そうと何かアクションを起こせば『お仕置き』と称して先ほどの続きを再開することが出来る。お風呂の準備をするためにミズキの側を離れる、という一見隙だらけの行為であったがその実ヒソカの行為の裏には幾つもの罠があった。


ま、動かないならそれはそれでいいけどね。


抵抗する相手を力でやり込める方がヒソカの趣味であったが、逃げる気力を失った相手をそれこそ奈落に突き落とすように何時間も、それこそ一日中攻めて相手を再起不能にして壊すのもヒソカは好きであった。とその時ベッドに横たわっていたミズキが体を起こした。


動き出す……か。さて、ミズキはどれを選ぶカナ?


花弁のなくなった薔薇を握りつぶす。ミズキはその場に手をついて立ち上がろうとするが、すぐにもつれて尻餅をついてしまっている。膝が笑っているのだろう。吐き気がなくなったとしても摂取したアルコールはいい具合にミズキの身体から自由を奪っているようだった。


ーーこりゃ、ヤバいな。


クリアになり始めた頭でミズキは思った。不自由な身体、逃げ場のない密室、ヒソカの存在。どれも最悪だ。今は風呂場で静かにしているヒソカだったが、動いた瞬間にヒソカの警戒が強くなるのをミズキは感じた。逃げ出そうとすれば何かアクションを仕掛けてくるのは明白だった。手に持ったミネラルウォーターを強く握りしめ、ミズキは「これしかない」と静かに深呼吸をした。



【操られたマリオネット(ディレクションウォーター)】


ミズキは心の中でそう言うと、静かにオーラを練った。
ペットボトルの水がチャポンと音を立てる。


ーーん?ミズキのオーラが微かに変化した。


ヒソカはバスルームから顔を出してミズキの様子を確認した。しかし、ミズキは相変わらずベットに腰を掛けていて動く様子は見えない。"凝"をして見るがオーラに大きな変化はない。身体を動かす素振りもない。勘違いか?ともヒソカは思ったがオーラ操作の得意なミズキのこと、外から見えるオーラを変えずに体内で練ることなど朝飯前だろう。面白い。


「ミズキ、お風呂の用意ができたよ。一緒に入ろうか、体を洗ってあげる◆」


さてミズキはどう出るだろうか。そう楽しみにしながらヒソカは声を掛けた。ネクタイを緩め、シャツのボタンを外してゆく。とその時、ふいにヒソカの後ろでポチャンと水が跳ねる音がした。振り返ると浴槽に張られていた水がうねりをあげている。


(ミズキの念っ!!水弾か!?)


ヒソカは瞬時に戦闘体勢になり、水弾の攻撃に備え構えた。距離の離れたものほど操りにくい。いくら放出系寄りの操作系能力者といえど、この距離では例え浴槽内の全ての水を水弾にして発射したとしても"練"をしているヒソカを傷つけられはしない。だが、ヒソカはふと別の可能性を頭に浮かべ顔色を変えた。水は厄介だ。地上で生きている生物は皆呼吸をしている。人間とて例外ではない。攻撃力のない水とはいえ、鼻と口を押さえられたらどんなに力ある念能力者といえ致命的だった。

ヒソカはオーラを練った。念能力者は大抵その念の修行の過程で「水見式」をやる。水はとても扱い易いものなのでコツさえ掴めば念初心者でも簡単に操ることが出来るのだ。例えミズキに水で鼻と口を押さえられたとしてもオーラを逆注入して相殺すれば、それはただの水と化すだろう。遠方で水を操るミズキより直接オーラを込められるヒソカの方に今回の場合は勝敗が上がる。命の危険となるものではない。そうヒソカは瞬時に結論づけたが、今の状況が厄介な事に違いはなかった。


「面白い……♠」


顔を青くして絞り出すように「ヒソカ…風呂」と言ったくせに、これを予め予想してヒソカに風呂の用意をさせたとしたらミズキは相当な策略者に違いなかった。嘘つきと名高いヒソカでさえ、か弱いその姿にコロリと騙され、窒息死させられる可能性など考えずにミズキの武器である水を大量に用意してしまったのだから。空中でプカプカ浮かぶ巨大な水の塊から意識を離さずに、ヒソカは目の端でミズキを見た。しかし、好戦的な瞳でこちらを睨んでいるだろうというヒソカの予想に反して、ミズキはベットの上でのんびりと水を飲んでいた。


(攻撃じゃない?)


意外なミズキの姿にヒソカは一瞬反応が遅れてしまった。
その瞬間、空中に浮かんでいた水球が物凄い勢いで動き出す。


「ーーッ!」


ヒソカは素早く身体を左に動かして水球の攻撃を避け、そしてそのまま足に力を入れて次の攻撃に備えた。しかし水球は攻撃に備えるヒソカを再攻撃することなく、そのままヒソカの脇を通り過ぎて行ってしまったのだった。


(何をするつもりだ!?)


バスルームの扉を通り抜けてベッドルームに一目散に向かう水球をヒソカは目で追った。ベッドの側には大きな窓ガラスがある。攻撃じゃないとしたら逃走ルート確保か、そう思いヒソカは駆け出した。


【操られたマリオネット(ディレクションウォーター):発動】
【ターゲット:ミズキ】
【ディレクション:ストックスの教会まで走り抜ける】


ミズキから放たれるオーラが一瞬強くなる。ヒソカがベットに駆け寄るのと、水球がベット脇の大きなガラスをガシャンと突き破るのと、ミズキがペットボトルの水を飲み干すのは同時だった。音が消え去る。ミズキの指から離れたペットボトルが弧を描き、粉々になったガラスの破片が宙を舞う。手を伸ばすヒソカと、その先で無機質な顔で立ち上がるミズキ。縮まりゆく距離。全ての動きがビデオの駒送りのようにゆっくりと過ぎていった。時間にしてはほんの一瞬。だが、勝敗を決するには充分な時間だった。戸惑いなく窓に身を投げるミズキ。ヒソカの手は掴むまであと数センチといった所で届かず、ミズキは窓の先の暗闇へ落ちて行った。


ヒソカの手が空を切り、飛び散った破片が床の上でガシャガシャと無機質な音を立てた。ミズキは視界からあっという間に消え落ち、ミズキの飲み干したミネラルウォーターが床の上でカランと乾いた音を立てた。


(ここは18階だぞ?さっきまで歩くこともままならなかったのに……)


ヒソカの魔の手から逃げるために身投げという可能性もなくはなかったが、『大切な何か』に縛られているミズキがそう簡単に自ら命を断つわけがなかった。ヒソカは疑問に思いながら割れた窓から顔を出して下の様子を覗き見た。

下を覗くと虚ろな瞳をしたまな落下してゆくミズキが見えた。おかしい。いくら子供の体重とはいえ40m以上の高さから人間が落ちるのだ、純粋に重力加速度を計算しただけでも衝突のエネルギーは凄まじいはずだった。なのに、ミズキは着地の体勢を取らずに虚ろな瞳をしたままでいた。


「蛙のように醜く潰れたミズキなんて見たくないんだけどなぁ…◆」


小首を傾げて可愛らしくそう言うヒソカであったが、その声からミズキを心底心配している様子は見受けられなかった。おそらく死んだら死んだでそこまでのオモチャだったと切り捨てるのであろう。奇術師ヒソカはそういう冷酷な男であった。

しかし、ヒソカの心配をよそにミズキはそうはならなかった。ミズキより先に落下した大量の水が地面に落ちるなりスーッと一箇所に集まる。そこはミズキの落下予想地点。次の瞬間、大量の水は一斉に逆噴射を始めた。それはまるで、クジラの潮吹きのようだった。噴水のように絶え間無く射出される水に勢いを相殺され、ミズキの落下速度が遅くなる。


「なるほどね、あの水はスピードを相殺させるために使ったのか♣」
勢いを相殺されたミズキは、猫のように身体を反転させるとタンと着地をした。
「でも、どうするんだい?まともに歩けないままじゃボクにすぐ捕まっちゃうよ?」


ニヤリと唇を上げてヒソカが呟く。ヒソカが部屋から飛び出しエレベーターで地上に行くまで約一分。エレベーターの出口から落下地点まで行くのに10秒といった所だろう。ふらふらの身体で逃げれる範囲なんて高が知れている。


「次は鬼ごっこかい?」


唇を吊り上げて窓に背を向けた時だった。目の端にその場で立ち上がり足踏みをするミズキが映ったのだ。驚いて窓から身を乗り出して見ると、ミズキは虚ろの瞳のままその場でガシャガシャと足踏みをしていた。その動きはさながらロボットのようだった。
「あの動き…イルミの針人形のようじゃないか……。操作系能力者……なるほど、さてはミズキ、自分を操ったな。」
室内に目を向けると、ガラスの散らばったの床の上でミズキの飲み干したペットボトルが風に煽られてコロリと転がった。


「ククク、クックックッ…ア―ハッハッハ!!!面白い、面白いよ、ミズキ◆」


無表情な瞳のままバビューーンと走り出したミズキを見て、ヒソカは笑い声をあげた。


「ミズキ…キミは最高だ…もっともっとボクを楽しませてくれ♠」


ヒソカは愛しい人でも見つめるような目つきで、ミズキの去っていった方角を見つめていた。
いつまでもいつまでも飽きることなく。





必ず捕まえてみせる
ボクのモノにしてみせる
誰にも渡しはしない

ミズキ

キミは、ボクの……


最高の『宝物<オモチャ>』






[ 6.中華料理の罠 4/4 ]



第6章終わりです。新たな念の登場。ミズキの念は単純な水操作とこの「ディレクションウォーター」の二つのみでそれ以外は登場しません、なんて堅苦しいあとがきを書いちゃいますが、脳内では「ふひひwアルコールネタ美味し!!襲われる展開楽しす!!!」とか思ってますw ヒソカのやり取りを書くのは楽しい、書いていて言葉がポンポン浮かびます。



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