30




蒸し器の中でホクホクと湯気を立てる肉まん、とろっとした赤味のソースが食欲をそそるエビチリ、パリッとした照りと焦げ目が目に付く北京ダック、麻婆豆腐に青椒肉絲に天津飯にワンタンスープに春巻きに唐揚げ、そして季節のフルーツの盛り合わせにぷるぷる揺れる杏仁豆腐。

目の前にあるご馳走の数々にミズキはゴクリと喉を鳴らした。


「ホ、ホントに…これ全部食っていいのか!?」


隣の席に座る白いスーツの男に、目を輝かせながらミズキが問いかける。白いスーツをパリッと着こなし、赤い髪を後ろに撫でつけたその男は、目をキュッと細めてコクンと頷く。


「もちろんさ、ミズキ。好きなだけお食べよ ♠」
「マジでか!?……あ、先に言っとくが、オレ、金持ってないからな?」
さながら餌の前でお預けを食らった犬のような顔で料理を見つめながらミズキが言う。
「分かってるよ、ミズキ。ボクが奢るから好きなだけお食べよ♣」
「おっし!さすが天空闘技場の人気闘士!!んじゃ、いっただっきまぁーーす!!!!」


そう言うとミズキは目の前にある餃子を箸でひょいとつまみ、勢い良く口に運んだ。噛むと同時に口いっぱいに広がる肉汁がこの上なく美味である。箸が止まらない。パクパクと餃子をいくつも味わった後、ミズキは休むことをせずに麻婆豆腐を口に運んだ。ピリリと刺す唐辛子の辛さと豆腐のまろやかさが絶妙なハーモニーを生み出している。唾液が止まらない。

「うめぇ、これマジでうめぇよ、ヒソカ!!」
「そう、気に入ってもらえてなによりだよ、ミズキ ♣」

毎月の700万円の支払いと捜索資金捻出のために万年金欠であるミズキにとってテーブルに並べられた料理の数々はこの上ないご馳走で、山で取れる山菜や湖で取れる魚では決して味わうことの出来ない料理の数々にミズキは舌を唸らせていた。


「やべぇよ、ヒソカ、コレ、やばい美味ェよ!!」


ガツガツと一心不乱に食べてゆくミズキを、ヒソカは目を細めながら黙って見ていた。その様子はまるで年若い父親とその子供の和やかな食事風景にように見えたが、しかしヒソカのその顔は策士の顔そのものだった。







ことの始まりは朝の鍛錬を終えた半日前に遡る。


「 ほらよ、焼けたぜ」

目の前でパチパチと元気良く爆ぜる焚き火から、こんがりと焼けた魚串を二本取り出して、ミズキが言う。それをヒソカが当たり前のように受け取り、口に運ぶ。ヒソカと出会って三ヶ月経った今となっては、朝の鍛錬の後のこのような食事風景も珍しくなくなっていた。

( んん〜ん、いい感じ ♠)


ガツガツと魚を頬張るミズキを見て、ヒソカは目をキュッと細めた。出会った当初手負いの獣のように警戒心を丸出しにしていたミズキは、今では隣で昼食を取るほどまでにヒソカに気を許すようになっていた。まるで野生の山猫を手懐けたような達成感に、ヒソカは自身の舌をペロリと舐めた。


(こっちも順調に熟れてきている…◇)


魚に夢中になっているミズキをヒソカは舐めるような目で見た。すなりと伸びた手足に、キュッと引き締まった腰、そして程よくついた筋肉。余計な筋トレで不必要についていた体肢筋が無くなり、その代わりに身体の幹となる体幹筋がミズキの体についていた。この体幹筋のおかげでミズキのバランス感覚は格段に上昇し、軸が安定した重い攻撃が出せるようになっていた。弱点であった低い攻撃力が改善し、さらに長所であった瞬発力がさらに強化された。それらは全てヒソカの的確なアドバイスによる賜物だった。

時折、焚き火がパチッ パチッと音を立てて爆ぜている。


青い果実が熟していくその過程、まるでトランプタワーを積み上げるようなその過程に、得も言われぬ興奮がヒソカの背筋を駆け上る。時間をかけ苦労した分だけ、完成した時の快感は凄まじい。ーーーーそして、それを壊す時も。


「 てめ、ンなに見てんだよ」
「ん、何でもない ♠」


笑いを噛み殺しているヒソカにミズキが冷ややかな視線を送る。こんなヒソカを見るのも、突っ込みを入れるのも、ミズキにとってはもう日常茶飯事となっていた。


「ククク。ゴンもキミも順調に熟れてきて、最近ホントいい事ずくめ◆」
「んあ?ゴン?誰だよーーって、アレか、天空闘技場のヤツか。」
「そうそう、ボクと戦うために、必死で念を覚えている可愛い可愛いボクの青い果実のことさ♣」

ハンター試験で出逢った才気溢れる少年、ゴン。彼はヒソカが目を付けている青い果実の1人であった。「ヒソカに借りを返す」それを目標に彼は天空闘技場で念を覚え、能力者と戦い、ヒソカとの約束である「200階闘士相手に一勝を上げる」ことを達成したのだった。ミズキもゴンも順調に熟れているーーーー、それは間違いのない事実であった。


「あぁ、楽しみだ♥」
自身の肩をひしと抱きしめ、ヒソカは喉を鳴らした。
「相変わらず気持ち悪ィな、お前はよぉ。」
「ゴンとの試合ーーーいや、彼との逢瀬が二週間後に迫ってるんだ、これが楽しみでなくて何と言うんだい◆」
「別にお前の趣味だから口出すつもりはねェーけどよ、そのゴンって子が可哀想で仕方がないぜ。」
「なんだいミズキ、嫉妬かい?」
「はぁ!?何言ってんだよ馬鹿じゃねェーの!?……つーか、そんなにゴンって子を気に入ってるんだったら、天空闘技場に入り浸っていりゃいいじゃねぇーか。わざわざ時間をかけてココまで来る必要ないんじゃねぇーの?」


天空闘技場からこのストックスまで飛行船で一日半はかかった。普段、ヒソカがどこで何をしているかミズキは全く知らなかったが、それでもこの街に来るのがヒソカの手間になっていることだけは分かっていた。


「ボクの事を気にしてくれているのかい?」
「違ぇーよ!……でも、ま、色々アドバイスくれてる事には……か、感謝しているぜ。」
ボソリと言う。しかし、すぐにそれを誤魔化すようにミズキは声を荒げてまくし立てた。
「 さ、先に言っておくがな!オレはお前に修行を見てくれだなんて、一言も言った覚えはないからな!」
「 知ってるよ◆」
「 闘技場に専用部屋持ってんだからわざわざ手間暇かけてこっちにくる必要もねぇだろ、って言ったのも覚えてるよな。」
「うん、覚えてる♣」
「オレは、お前に来て欲しいなんて言ったことは一度もないからな!」
「ハイハイ、分かってるよ。これは全てボクがしたくてやっていることだヨ。」
「 ハッ、分かってんならいいんだよ、分かってんならよォ……。」


ミズキはヒソカが隙あらばお尻や股間を触ってこようする変態だということを身を持って体験していたし、そのような時は容赦なく蹴り飛ばしそのまま命がけのバトルになることもあった。しかしその実、ミズキはヒソカがこうして時間と手間を自分に掛けてくれる事が嬉しかった。それにミズキは、自分の身体能力の飛躍がヒソカの的確なアドバイス抜きにはあり得なかったことを理解していた。少し赤くなった顔をヒソカに見せないよう反らしてそっぽを向くミズキに、ヒソカの唇がますます弧を描く。


「あーー、はいはい!この話はもう終わり!!」
そう言うとミズキは手に持った焼き魚をガツガツと食べていった。
「ぷはぁーー!食った食った!!!やっぱ、動いた後の飯は美味いな!!……でも、ずっと焼き魚ってのも味気ないなぁ。」
腰にくくりつけたボトルの中の水をゴクゴクと飲みながら、ミズキは遠くを見た。どうやら腹は膨れたようだが、舌が満足したわけではなかったようだ。
「もっと、味付けの濃い飯食いてェな……中華料理とかさ。」


毎月の支払いと捜索資金を貯めているミズキにそんな物を食べる余裕はなかった。しかし、一度頭に思い浮かべると食べたいという欲求が止めどなく湧き上がってくる。


「餃子食べたいな…あと青椒肉絲も…んで、北京ダックの足にかぶり付くんだ…肉汁の滴るヤツ。んでもって、エビチリと麻婆豆腐食べて……。最後の締めはやっぱマンゴープリンかな…。」
ミズキは知らず知らずのうちにゴクリと喉を鳴らしていた。
「そんなに食べたいのかい?じゃあ、ボクが連れてってあげるよ♣」
ジュルリと口に溜まったヨダレを飲み込んだところで、ヒソカに声をかけられる。
「マジでか!?」
ヒソカを食い入るように見る。
「もちろんさ◆」
「…でも、オレ金ねぇぞ!?」
「もちろん、ボクの奢りさ ♠」
「本当か?嘘じゃねぇよなっ!?オレを喜ばせといて後で貶めるとか、そういうのじゃねぇよな!?」
「全く疑り深いね、キミは…。イイよ、キミの望むものを食べさせてあげよう。」
「ーーっいよっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!…お前…ほんっっっとうにイイ奴だな!!!!」
「たかだかご飯くらいで喜びすぎだよ、ミズキ。」
「いやいやいや、最近まともなもん食べてねぇし、嬉しいもんは嬉しいんだよ!!」
「クク…じゃあとっておきのお店に連れてってあげる◆中華料理でいいのかい?」
「中華料理で頼む!!今、中華料理を食べたい気分だったんだよぉぉーーー。はぁぁぁ〜、ヒソカぁ、お前本っ当に良い奴だな。今まで変態とか危ないヤツとか頭がイッてるだなんて思ってて悪かった!」
「心外だな◆ミズキは今までボクの事をそんな風に思ってたのかい?」
「いや…今さら何言ってんだよ、お前。誰が見たってお前は変態の中の変態だぜ?」
やれやれと言うようにミズキは肩をすくめるが、はたと思い立ちミズキは顔を横に振る。
「いやいやいや、違ェよ?さっきの嘘な、嘘。ヒソカは優しい奴だぜ?飯を奢ってくれる優しいやつだぜ!?」
とってつけたように言い直すミズキをヒソカは呆れた顔で見る。
「全く、ミズキは……。まぁいいけど。そのお店ディナーしかやってないから夕食で構わないかい◆」
「あぁ、いつだって構わないさ!!」
「じゃぁ、夕方6時にストックスの駅前で♣」


そう言い残してヒソカは去っていった。平穏な日常のワンシーン。しかし、今夜食べるであろう中華料理を頭に思い浮かべてにやにやしているミズキには、ヒソカが去り際に零した一言は聞こえなかったようだった。「そろそろ食べ頃かな?♥」その言葉を呟いた時のヒソカの顔はまさに策士といった顔であった。







「はぁ!?なんだよそれ!!!つーか、お前誰だよ、本当にヒソカか!?」


それが、ストックスの駅前でヒソカを見るや否や、ミズキが発した言葉だった。約束の時間の10分前、ヒソカが指定した飛行船ポートで待っているミズキの目に入ったのは、幾何学模様の特徴的な飛行船。どことなくヒソカを連想させるその模様に、ミズキはすぐにピンときた。


「あれがヒソカの船か……。すっげー…金かかってそうな造りだな。やっぱ、天空闘技場の闘士って儲かるのかな。」


こんな街で便利屋の仕事をするより闘技場で稼いだ方が遥かに割りが良かった。天空闘技場で荒稼ぎをしたいという欲求がミズキの中で頭をもたげる。しかし、依頼を断った時にジョンがどんな行動を起こすかと思うと、ミズキは怖くてそれをすることが出来なかった。


「早く捜索費用の3000万ジェニー貯めたいなぁ……。」


噛みしめるように呟く。その時、前方から「やぁ、ミズキ◆」と声を掛けられてミズキは慌てて顔を上げた。やばい、思考に入り込んでいた。飛行船の扉から出てくる人物に注意を払っていなかったミズキは、取り繕うように目の前の人物をじろりと見た。

「ん?…………んん?」


首を傾げる。目の前には白いスーツをパリッと着こなし赤い髪を後ろに撫でつけた男がいた。まるでパリコレに出てくるモデルのように男は整っていて、一般人では着こなせそうもない幾何学模様な派手なシャツが、とても良く似合っていた。

さらに首を傾げる。知り合いにこんな美形はいない。仕事で関わった人間かと思い必死に記憶を遡るが、やはりこんな美形に出会った記憶はなかった。しかし、名前を知っているということは、少なくても過去に一度は関わりがあったことになる。


「誰だ?お前……。」


警戒心の混じった声で尋ねる。そんなミズキの反応に、目の前の男は目をキュッと細める。その笑い方にミズキは覚えがあった。


「ま……まさか……っ!」
「ククク、ミズキはいい反応するね。ボクだよ、ボ・ク♠」
「はぁ!?なんだよそれ!!!つーか、お前誰だよ、本当にヒソカか!?」
「当たり前だろ?」
「いや、それはそうだけどよ…それは反則だろ…。」


今のヒソカは、いつものピエロのようなペイントを落としスーツを着ていた。体格の良いヒソカには白いスーツがこの上なく似合い、さらに幾何学模様の派手なシャツが色男に一層磨きをかけていた。


「何でお前みたいな変態がそんな美形なんだよ!!!」
「ククク◆ボクの素顔が美しすぎて見惚れてるのかい?」
「ンなわけあるかっ!!!なんで超絶美形のお前がそんな変なメイクして変な格好してるんだよ!!!つーか、素材の無駄遣いにも程があるだろ!!!!残念にも程があるだろ!!!!」
「素材の無駄使いって…酷いな♣これはボクの良さを最大限に引き出すスタイルなのに、ミズキにはわからないのカイ??」
「わかりたくもねぇよ、ンなセンス!!!」
怒鳴りすぎて酸欠になっているのだろうか、肩で大きく息を吸うミズキの背中にヒソカが手を当てる。
「まぁまぁ、落ち着いてミズキ◆とりあえず、飛行船に乗ろうか。」
「んあ?……ああ、分かったよ。」
飛行船への階段をヒソカにエスコートされる。
「つーか、ヒソカ。そんな格好してオレ達これからどこ行くんだ?」
「ん?『帝国ロイヤルホテル』だよ。」
「『帝国ロイヤルホテル』!?それって、五ツ星ホテルの中でも1、2を争うホテルじゃねーの!?」
「ん、そうだよ。この中に美味しい中華料理店があるんだ♠」
「いやいやいやいや、そこめっっっっっちゃ高いんだぜ!?安くて一品5000ジェニーとかすんだぜ!?腹いっぱい食べたらン十万ジェニーするんだぜ!?」
「知ってるよ。でも、今夜はボクが奢るって言っただろ?何か問題でもあるのかい?」
「いや、ねーけどよォ……。」


尻込みするミズキを半ば強引に飛行船に乗せ、ヒソカは運転手に「『帝国ロイヤルホテル』まで」と行き先を告げる。飛行船ポートに停まっていた飛行船がふわりと浮かび、地面がみるみるうちに遠ざかってゆく。


「ま、ヒソカの奢りって言うなら問題ねぇーか……。」


納得のいかない顔で外を見ていたミズキであったが、ぼそりとそう言うとふかふかの革張りのソファにどかっと腰を落としたのだった。空腹の胃がキュウっと音を立てる。ゴウンゴウンゴウンという飛行船の飛行音が、静かに二人の間を抜けていった。









そんなこんなで、ミズキとヒソカは高級中華レストランで夕食を食べていた。

一皿6000ジェニーの餃子に、一皿8500ジェニーのエビチリ、7000ジェニーの青椒肉絲と、普通のレストランとは桁が一つ違うメニューを見てミズキは初め目を白黒させていたが、しかし目の前に料理が並べられ芳ばしい香りが鼻をくすぐる頃には、「全てヒソカの奢り」ということもあって値段の事はミズキの頭からすっかり抜け落ちていた。もぐもぐパクパクと欲望の赴くままにひたすらに箸を進める。


「どうだい?美味しいだろう?」
「あぁ、マジで美味ェ!!こんな美味ェもん、初めて食ったぜ!!」
「喜んで貰えて嬉しいよ♣そうそう、ミズキ、ココは食べ物も美味しいけど、飲み物も美味しいんだよ?もう一杯どうだい?」
そう言ってヒソカはミズキのグラスにとぽとぽとお酒を注ぐ。
「お、センキューな、ヒソカ!」
「どういたしまして♠ 今飲んでいるのは紹興酒だけど、ほら、ミズキが今食べている麻婆豆腐にはもう少し辛口のモノが合うと思うんだよね?それも飲んでみるかい?間違いなく美味しいよ◆」
「それもヒソカの奢り…か?」
「もちろんさ♣」
「じゃ、飲むに決まってんだろ!!」


ミズキはご機嫌な様子で注がれた紹興酒をくいと飲み干すと、ヒソカにグラスを差し出した。そのグラスにヒソカは先程よりさらに度数の高い老酒を注いでゆく。口当たりの柔らかいそれは辛口のお酒であるにも関わらずとても飲みやすく、知らず知らずのうちに飲み過ぎてしまうと酒好きの間では知られているお酒だった。そのお酒をミズキは水のようにゴクゴクと飲んでゆく。


「ぷっはーーー!!!お、コレ、美味いな?確かにスッキリとしてて麻婆豆腐のピリ辛さにピッタリと合うぜ!!」


ヒソカに勧められるままにお酒を飲んでいるミズキの頬は、既にピンク色に染まり始めていた。しかし鏡のないこのお店では、ミズキはその事実に気づきようがない。そう、ミズキは既にヒソカの術中にハマっていた。ヒソカの口元が意味ありげに弧を描いていることにも気づかずに、ミズキは「へへへ、もう一杯!!!」とへらりと気の抜けた顔で再びグラスを掲げたのだった。




[ 6.中華料理の罠 2/4 ]


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