27




「はぁ…はぁ……はぁ……」



湖に飛び込んで一時間が経った頃に、ミズキはやっとその泳ぎをやめた。湖の浅瀬に立ち、肩で大きく息をしながら呼吸を整えているその顔は、いつもの「便利屋のミズキ」の顔だった。



「はぁ…はぁ……はぁ……ーーーッ、っておい!!」
突然声を荒げてズボンの中に手を突っ込む。
「くそっ!!なんで、魚が入り込んでんだよ!!」
その手には魚があった。魚がピチピチッと跳ねる。
「お前、昼飯にしてやろーか!あぁん?」
手に持った魚にじとりと視線を送る。
その動き、その口調、その仕草、その全てが『男の子』そのもので、数日前のヨークシンで見せた『女の子らしさ』は、すっかり消え去っていた。
「……って、はぁ……この湖の魚って美味くないんだよなぁ。……淡水魚だし。」
そう言うとミズキは、魚にデコピンを食らわせた。
「どうせなら、海水魚食べてぇーよ。マグロの刺身とかよ、ブリの煮付けとかよ、さんまの塩焼きとかよ、キスのフライとかーーー。」
ミズキの動きがピタリと止まる。顔が見る見る赤くなる。
「違っげぇーーよっっ!!!キスとか、そういう意味じゃねぇーーよっっ!!!魚だ!魚だよ!!魚の名前なんだよっっっ!!!!」
そう叫ぶとミズキは魚をぶん投げた。


オーラを一気に練り、そのオーラでいくつもの水球を作りあげる。そして、「あぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!」と叫びながら放物線を描く魚に向かって、水弾をバンッバンッと発射させたのだった。


数分後、そこには勝手な八つ当たりで無残な姿になった魚と、肩で息をするミズキの姿があった。



「はぁ……はぁ……、忘れるな、忘れるな、忘れるな。自分がどうしてここにいるのか思い出せ、思い出せ、思い出せ……。」



息を荒げながら、ミズキは自分に言い聞かせるように呟く。
「浮ついてんじゃねぇーよ。あの人を助けるために、ここにいるんだろうが……、忘れるな。」
水面をパシャンと叩く。
「誓ったじゃねぇーか、必ず助け出すって。そのためなら何を犠牲にしても構わねぇ……って。」
空を仰ぎ見る。さんさんと輝く太陽にミズキは目を細めた。


「毎日の鍛錬だって、手を汚す金稼ぎだって、こんなドブネズミみたいな生活だって…それにあの男の下にいるのだって……。全て全て自分が望んでやっていることだろ!?あの人に繋がることならどんな事だってやるって決めたのは自分だろ!?」


太陽に手を伸ばす。太陽は以前として遠く、どんなに手を伸ばしても届かない。伸ばした手をギュッと握る。
「だったら、泣き言は言うな。弱音も吐くな。ふらふらするな。」
唇を噛みしめる。
「この念だって、こんなチンケな魚をぐちゃぐちゃにするために身につけたんじゃねぇ。あいつらを……あの方を捕らえている奴らをぶっ飛ばすために覚えたんじゃねぇか。」



そう言うと、ミズキは大きく息を吸い改めてオーラを練り始めた。周辺の水と練り合わせて巨大な水球を作る。車一台分くらいの大きさになったそれを、今度は二分割・四分割・八分割とどんどん細かくしてゆく。



「オーラを使うたびに、気持ち悪ぃだなんていってぶっ倒れるなんて情けねぇ。そんなんでこれからやっていけると思ってんのか、お前はよぉっ!!!」



大量に作った水弾を一斉に発射させる。着弾。湖の向こう側にある樹にいくつもの穴が空き、幹が段々と削れてゆく。



ミズキは自覚していた、自分の中に凶暴なオーラが眠っている事を。
制御内であれば多大な力を与えるソレは、許容値以上に使おうとすると一転してミズキに牙を向くのだった。視界がぐるぐると歪みだし、堪え難いほどの嘔吐感に襲われ、立っているのが困難になる程のソレは、ミズキにとって足枷でしかなかった。

鍛錬を積むようになってからは使えるオーラ量が少しずつ増えてはいたが、それでもミズキにはそれがもどかしくて堪らなかった。ーーーもしこのオーラが全て使えれば憎い奴らを一掃できるのに。その考えが常に頭によぎった。しかし、オーラを使えば使うほどに強まる肉体への負荷と、そして自分が自分で無くなるような脳味噌がピリピリと焼き付く感覚に、ミズキは言葉に言い表せない恐怖を感じていた。あの先に行ってはいけない。何があってもーーー。それは、ミズキが生まれながらにして感じている恐怖であった。



「ハッ、ぐちぐち言っても仕方がねぇ。習うより慣れろ、だ。……あの感覚に耐えるんだ。飲み込まれるな。それしか道はねぇんだから……。」



大量の水弾を作りながら、自分に言い聞かせる。
何の能力も付加していないただの水の操作に過ぎないミズキの念は、オーラの消費経路が単純明快だった。操る水の量が増えれば増えるほど、そして、操る時間と難易が上がれば上がるほどオーラの消費が増えるのだった。


「もっと…もっとだ…。」


いつもならこれくらいで止めようと怖気づいてしまうラインを超えて水を操る。二等分、四等分、八等分、十六等分、と細かくしてゆく。順調に水弾ができてゆくが、ミズキの姿が埋まるほど無数の水弾ができた辺りで、ミズキの動きが止まった。


ーーーやばっ、意識が遠退く…


貧血のような立ちくらみに襲われ、体のバランスがぐらりと揺れる。しかし、ミズキは遠ざかる意識を強引に押さえ付け、足に力を込めた。


ーーーくっ…この感覚に慣れなくちゃ…飲み込まれるな…耐えろ…、耐えるんだ……。


大きく深呼吸をする。目の前がチカチカと光り出し頭が割れそうに痛かったが、
ミズキは血が出るほど両手をグッと握ると、『華麗なる水鉄砲(バーニングライフル)』と叫んで、大量の水の玉を散弾銃のようにして湖の向こうに飛ばした。


パシュパシュパシュ、と絶え間無音がく鳴り、向こう岸にある木の幹がどんどん削れてゆく。どんどん幹が細くなる。そして、しまいには自重に耐えきれなくなった樹がドーンと大きな音を立てて倒れた。



「ぐっ……まだまだだ……、もっと強く、もっと正確に………。」
隣の木に狙いを定める。
「そう、木をあいつらだと思うんだ……」
水弾に込めるオーラ量を増やす。
パシュパシュという音がドンッドンッという大きな音に変わる。
「…もっと、威力を上げて……、一発であいつらを吹き飛ばせるくらいに……」
ミズキの目の焦点が歪み出し、キュッと結ばれた口元がどんどん釣りあがっていった。
「一発で壊せるように……そう、もっと…バキバキに……、もっとぐちゃぐちゃに……、

ふふふ…嗚呼ーーー」





『壊すのは気持ち良いだろ?』





後ろから声が聞こえた気がした。
驚いて後ろを振り向く。
しかし、後ろには誰も居ない。


「くそっ…違う、そんなこと思っていない……」


否定の言葉を口にする。
「自分はそんなこと思っていない」「後ろには誰もいない」「全て気のせいだ」
そう強く思っているにも関わらず、瞳孔を開いて口を三日月に歪めた自分がそこにいる気がした。そう、全身を赤く染めた自分がそこにいる、そんな気がーーー。


「ーーーっ!」


ミズキのオーラが揺らぐ。ピンと張ったロープの上を歩くようなギリギリのオーラ操作の最中に意識が離れてしまったのだ、たとえ一瞬だったとはいえミズキにとってそれは致命的だった。


ーーーいやだ、やめてくれ……


確かにミズキはそう思った。まるで何かにすがるように宙を掴む。しかし、溢れ出た粘りつくような黒いオーラがミズキを包む頃、ミズキは全く別の言葉を口にしていた。




「ハッ、何がやめテくれ…だ、ホラ、こんナにも楽しイじゃねェーか。」




短く息を吐き、水弾にさらにオーラを込める。みるみるうちに大砲の玉くらいの大きさになった水弾をドンッと発射させる。命中。ミキミキミキ……と音を立てて、水弾を食らった大樹が倒れていった。



「あハははハハ!!当タった!!倒れタ!!壊レた!!バらバラのグチゃグチャ!!!」



甲高い声で笑い声を上げる。ミズキは倒れた樹に向かって大きな水球をドンッドンッと重ねて打ち込んだ。その度に、木片が内臓のように周囲に飛び散る。


「アハハハハハハハハハ、死ね死ネ死ねシネ!!」


ミズキを囲むオーラがさらに濃くなる。笑い声を上げるミズキの目には狂気が映っていた。その目の下には隈が出来、その唇は醜く歪んでいた。


(ミズキの様子がおかしい◆)


まるでネジの狂った機械人形のように、倒れた大木に執拗に念弾を打ち込むミズキを見てヒソカは眉をひそめた。水弾を打てば打つほど禍々しくなっていくオーラと、それに比例して様子がおかしくなっていくミズキ。ぶつぶつと良く分からない事を呟くその姿は明らかにいつものミズキと異なっていた。


「…あのままじゃ壊れちゃう…かな♣?」


そう呟くとヒソカは今まで身を隠していた木陰からフッと姿を消した。








「アハハハハハハハハ!!殺せ殺せ殺セ殺セコロセコロセ…」


笑いながらミズキが水弾を打ちこむ。
湖の周辺に立つ樹木を何かに見立てているのだろうか、ミズキは樹の真ん中に大きな水弾を打ち込むと、まるで手足をもぐように次から次へと枝を削いでいった。木の葉が無残に宙を舞う。


「もっト……モッとダ……ーーっ、グハッ!!」


ドゴッと鈍い音がしてミズキが吹き飛ぶ。ミズキの横顔にヒソカの強烈な蹴りがヒットしたのだ。パシャンと大きな水音が立ち、そのままミズキは5m近く右に飛ばされた。



「クソッ、誰ダ!?」
口から垂れた血を拭いながらミズキが起き上がる。
「ハッ、誰カト思いキや変態奇術師じゃネーカ。てめーもブッ殺されてーのカ?ぁあん?」
禍々しいオーラを纏いながらミズキはヒソカを睨みつける。その瞳には、間違いなく狂気が宿っていた。
「…これでも戻らない…か◇」
そんなミズキを見て、ヒソカは冷静に構えを取る。




「内蔵ブチ撒けて死ニやがれ!!」


ミズキが水面を掻いて水飛沫を飛ばす。禍々しいオーラが練りこまれたそれは、槍のような形になってヒソカを襲った。しかしヒソカは、右に左にと避けてミズキに向かって駆けてゆく。指に挟んだトランプを投げつけると、ピシュパシュっと空気が裂かれる音がした。


「アハハハハ!」


しかしミズキは動じない。笑い声を上げるとミズキの足元の水がぐにゃりと盛り上がった。壁のように立ち上がったその波にトランプが飲み込まれる。ミズキが口角を上げる。


「グッ…!」


しかし、視界の隅を狙って横から飛んできた何かに、ミズキはうめき声を上げた。見るとそれは岩だった。ヒソカがバンジーガムを使って飛ばしてきたのだ。


「くそピエロッ!!」


目を血走らせてミズキが叫ぶと、その怒りに応えるようにオーラがぶわりと広がった。ミズキの周辺の水が渦を巻いて立ち上がる。その姿はまるで龍のよう。


「殺シてヤル!!!」
そう叫ぶとミズキはその水龍をヒソカに向けた。龍がヒソカを襲う。
「ウグッ……!」
しかし、突如背中に受けた痛みにミズキの水龍の動きがブレた。
「クソッ!!」
後ろから、右から、左から、絶え間無く岩が飛んでくる。ヒソカがバンジーガムで貼り付けたトラップが発動したのだ。莫大なオーラで"練"をしているミズキには致命傷にならないとはいえ、注意を反らすには効果は抜群だった。


「グッ……ハッ……!」


注意が反れたその隙に、ヒソカの強烈な蹴りがヒットする。ゴッガッと音を立てながらミズキが飛ばされる。


「ガッ……!」


湖の浅瀬を超えてそのまま地面に蹴り飛ばされたミズキは、地面に二度三度ぶつかった後、大きな樹の幹にめり込んだ。ミズキの操作を離れた水龍がパシャリと水に戻る。視界が揺れているのだろう、額に手を当て衝撃に耐えているその隙に、ヒソカはミズキをバンジーガムでぐるぐる巻きにした。



「くそっ、ほどケ!!殺してヤル!」
すぐに気を取り戻して暴れるも、何重にも縛り付けられているせいで、ミズキは動くことが出来なかった。
「フザけるナ!?離セ離セ離セ」
しかしながらミズキは手足をバタつかせる。
「離セつってルだロ!?テメーの汚ねーチンコ噛みきっッテヤル!!」


すぐ近くに武器となる水が大量にあるにも関わらず、ミズキはただ汚い言葉でヒソカを罵って足をジダバダさせるだけだった。大量の水に、制限なく使える大量のオーラ。無尽蔵に攻撃が出来るはずなのに、それをしないということはおそらく今のミズキには細かく策を練る思考能力がないという事だった。



「ううーん、キミにアソコをしゃぶってもらえるなんて、想像しただけでもゾクゾクしちゃう♣……けど、今は眠ってて♠」



ミズキの「チンコ噛みきる」発言を自分の都合の良いように受け止めたヒソカは、見当違いな返事をした後、ミズキの首もとに手刀を入れた。ミズキが小さく呻き、その場にガクリと倒れこんだ。









気を失いもう動かなくなったことを確認すると、ヒソカはミズキを縛り付けていたバンジーガムを解除した。ミズキをそっと抱えて木陰に連れてゆく。


「全く……無茶をする……♣」


「…う…ん…」と唸るミズキの隣に腰を掛けて、ヒソカはミズキの額に張り付いている髪をゆっくりとかき上げる。


「さっきのキミは挑発的で…それはそれで美味しそうだったけど……」
そう言いながらヒソカはミズキの頬を撫でた。
「ボクは、自我のトんだイカれた玩具には興味がないんだ♠」
爪先で、頬から首筋にかけてのラインをつつーと撫でる。



「そう、『このままのキミ』とヤり合いたいのさ◆」



鎖骨まで伝った指を再度頬に戻し、仕上げとばかりにヒソカはミズキの唇に指を持っていく。
「ボクの前でオーラを使いたがらないのは、単にボクを警戒しているからだと思ってたケド。恐らくは、あのオーラが原因か♣」
指の腹でミズキの唇をなぞる。何度も何度も、執拗に。
「この体のドコに、あんな禍々しいオーラを蓄えてるんだろうねぇ……ククク♠」
先程の焦点の定まっていなかったミズキを思い出し、ヒソカは舌なめずりをした。



「う…ぅ…ん…」


ミズキが呻き声を上げる。その声にヒソカが慌ててミズキに視線を向けるが、ミズキのまぶたは固く閉じていた。開く気配はない全くない。そのままヒソカはミズキをなぶるように見た。半開きの唇、雫の垂れる髪、体に貼り付いたロンT、ぐっちょりと濡れたジーンズ、水をたっぷり吸った靴へと視線を動かす。そして、風向きを確かめるように人差し指を上に向けると、ヒソカはクククと喉を鳴らした。


「そんなビショビショな格好で寝てたら……♠」



ヒソカはミズキの足元に回り、靴を脱がし始めた。履き古されてくたくたになったスニーカーをすぽんと取り、軽く絞ってから枝にぶら下げる。靴下とパーカーも同様に絞って枝に掛ける。衣服を脱がしてゆくヒソカのそれは、傍目にはまだ肌寒い季節の中でびしょ濡れの服を着ているミズキを心配しているようにも見えたが、ヒソカの口元に浮かぶ噛み殺したような笑みがそうではないことを言外に伝えていた。



腰のポーチも取り、ロンTとジーパンだけになったミズキを、ヒソカは「どこから行こうかな……♥」と言わんばかりに、人差し指でミズキの体を順々に指差した。ピタリと指が止まる。一拍後、ヒソカがミズキのベルトにおもむろに手をかけた。カチャカチャという金属音が立つ。金具が外れ、ミズキのおへそ部分の肌と、下着と思われる布地がチラリと顔を出した。



「クックック◆」


一気にずり下ろせば、すぐにでもその全体像を見ることが出来るのに、ヒソカはそれをしなかった。顎に手を当て、「さて、次は……」と言いたげな瞳でミズキを見る。ついと体を寄せ、ミズキのお腹部分の服を、人差し指と中指の二本の指で、食い込む皮膚の柔らかさを確かめるようにゆっくりと交互に滑らせながら、まくってゆく。


ミズキの腹部が露わになる。

細いながらも筋肉がきちんと付いたその腹部は、男性的であったがそれでも腰の部分に僅かに残る滑らかなカーブが、ミズキの性別が男性ではないと主張していた。まさに「男と女の狭間」、そう表現するに値するミズキの腹部にヒソカは喉を鳴らした。


「クックック、…女の子みたいな細腰◆ 『ミズキ君』、キミには本当に『ついて』いるのカイ?」


ジーパンの上部に手をかける。水を含んだジーパンは思いのほか肌に密着していて、少しずつ下げるにはいささかタイトだった。しかし、そこは「青い果実が熟れるまでじっと待つ」ヒソカのこと、一気にずり下げるなんて事はせずに、ミズキの腰の下に左手を差し入れ、右手で右側左側右側……と、少しずつ少しずつじりじりとジーパンを下げていった。


ミズキのパンツが顔を出す。


「ククク……『ミズキ君』、キミはトランクス派なんだね♠ 口では一人前のような事を言っといて、赤いチェックのトランクスだなんてまだまだお子ちゃまなパンツを履いているんだね……♣」


チェックの赤いトランクスをじっと見ながら、ヒソカが言う。口でトランクスのゴムの部分を咥え少し引っ張ってからゴムを離す。パチンという乾いた音が静かな山の中で鳴り響く。その音が何度か山に響いた後、ヒソカはその唇を満足気に釣り上げて、待ちきれないと言った感じでミズキのジーパンを両手で掴んだのだった。ヒソカの腕の筋肉に、グッと力が込められる。しかしその瞬間、


「おい、何してやがる、この変態。」


ミズキの怒りに震えた声が降ってきた。









ジーパンに手をかけているヒソカと、意識を取り戻したミズキの視線が交差する。


「…………」
「…………」
チュンチュンという鳥のさえずる音が二人の間を抜けてゆく。
「……………………ミズキ、気づいたのかい◆?」
ジーパンに手を掛けたままだというのに、ヒソカは日常会話をするような声色で声を掛けた。その何でもないという態度にミズキの怒りがさらに増す。
「な・に・し・て・やがる、ってオレは聞いてんだぁ!!」
どすを効かせた声で言い放つ。
「ん、見ての通り脱がしてたのさ♣」
「ふざけんな!」
右手を勢い良く振り上げる。
しかし、その拳が振り下ろされることはなかった。


「……う…、ぐ……」
急な立ち眩みに襲われ、ミズキがよろめく。
「ダメじゃないか、ミズキ。もう少し寝ていないと…♠」
バランスを崩すミズキを受け止め、ヒソカが言う。



ヒソカの腕の中で、ミズキは何かを思い出すように自分の手をじっと見た。胸をつく気持ち悪さと、依然として頭に残る、チリチリと脳味噌が焼け焦げてゆくような感覚が全てを物語っていた。
「そっか…オレは…喰われたのか…アレに……」
独り言のようにぼそりと言う。

まつ毛を悲しげに伏せ、ミズキは腫れ上がった頬と青あざの出来た腹部をそっと触った。



「あぁ…それで、…ヒソカ、お前が……止めてくれたのか…」



朧げだったが、ヒソカと闘った記憶があった。顔を上げるとヒソカの肩越しに木に掛けられているスニーカーとパーカーがミズキの目に入る。「お前…もしかして…オレを心配して……」と言いよどみ、ミズキが『やっちまった』といった感じの苦い顔をした。


「ヒソカ!!!助けてくれたのに怒ったりしてすまなかった!!!」


ミズキはガバリと地面に手を付き、勢い良く頭を下げた。
突然土下座を始めたミズキにヒソカは一瞬目を丸くしたが、直ぐにいつもの顔に戻って言葉を返す。


「いいよ、…なんだか訳アリのようだし◇」


ヒソカの悪戯をただの心配だと思い違いしているミズキは、ヒソカの快いその返事に心底居心地の悪そうな顔をした。それもそのはず、ミズキにとってヒソカは「飲まれそうな意識を取り戻してくれた人」であり、「ミズキを心配してあれこれしてくれた人」に当たるのだったから。



「…本当に、すまなかった……。でも助かった……、あのままイッていたら、オレ……。」
ブルと身震いをし、そのままそっぽを向いたミズキにヒソカが尋ねる。
「何が、あったんだい?」
「……あ…オレ、…オーラを一定値以上使うと…意識が飛んじゃうんだ…。」
間違いではないが、全てを明かしているわけでもないその返事に、ヒソカの眉がピクリと動く。
「それ、だけかい?」
笑っているのに笑っていない目元にミズキが一瞬ひるむ。迷うように視線を動かした後、ミズキは重そうに口を開いた。
「え……と、ま……それだけじゃなくて……酷い破壊衝動と殺戮衝動に襲われて…訳がわからなくなっちまうんだ…」



「……制約かな?」、とそれを聞いてヒソカは思った。
念の『誓約と制約』は、人によってその形態は全く異なり、他人から見たら「おかしい」と思えるものでも本人は至極真面目に考えている場合だってあるのだ。ある条件を満たすと、自分の意思とは関わらずに破壊衝動と殺戮衝動が襲ってくるという制約があってもなんらおかしくもない。



「…ヒソカ…すまなかった!」


考え込むヒソカに向かって、ミズキは再度頭を下げた。「油断しなければ……」「もっと意識を強く持っていれば……」「体力を変に消耗していなければ……」と後悔が次から次へとミズキの胸をつく。自分を抑える事ができなかったことへの罪の意識でミズキは胸がいっぱいだった。



「いいって言ってるのに…でも、そうだな。そんなに謝るなら、一つボクのお願い聞いてくれないかな◆?」


意気消沈するミズキにヒソカがそう声をかけると、ミズキは弾けるように顔を上げた。
「オ、オレに出来ることなら何でもいいぜ!」
罪滅ぼしなのだろうか、真剣な目をしてミズキが言う。
「本当に、何でもいいのかい?」
その言葉にヒソカが目を細める。
「当たり前だ!オレに出来る事なら何でもいいぜ!」
「そう……じゃあ、」
そこで言葉を区切ると、ヒソカはミズキに意味ありげな視線を送った。



「じゃあ、ボクにキスをして♣」



突然のその言葉に、ミズキはピシッと固まってしまった。








[ 5.『満月の口づけ』6/7 ]


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