26







「クロロ……」


ミズキは呟いた。意識して言ったのか無意識のまま言ったのかそれさえももうミズキには分からなかった。ただ、胸を焦がすこの感覚ーーー狂おしいほどのこの感覚に喉の奥がずくずくと甘く痛み、身体の全てが蕩けそうだった。手を繋ぐだけじゃ物足りない。キスだけじゃ物足りない。抱き締めるだけじゃ物足りない。もっともっと深くまで、もっと彼を感じたい。


そう、身体の奥底までーーー


ミズキはクロロの頬に手を当て、その高ぶりをぶつけるようにそのままクロロにキスをした。唇を吸い、舌を絡め、クロロの息までもを飲み込む。それは理性を凌駕する何物かに突き動かされての行動だった。ミズキの頭に、胸に、腹部に、脚に、ーーー身体の全てに甘い痺れが走る。切なくてたまらない。息を荒げながら性急に唇を離したミズキは、クロロの頬に手を当てた。そして名前を呼ぶ。それはもう無意識の行動だった。


「ねえ、クロロ…クロロ…」
一声ごとにキスをする。切ない声で彼の名前を呼びながら。
「クロロ……クロロ……」
キスの雨を降らせる。
唇に、頬に、おでこに、まぶたに、耳たぶに。
彼の顔の至る所に。感情をぶつけるように。

「…ねぇ、クロロ…、私…クロロが、好……」
言いかけてハッとする。


ーーー好き?私、何を言おうとしてるの?


ミズキの唇の動きがピタリと止まった。衝動の支配から辛うじて逃れた脳みそが冷静に問いかける。「初めて会った人なのに、何も知らない相手なのに、このまま流されていいの?」と。


ピンクの霞がかかっていた脳がだんだんとクリアになる。とろんとしていた瞳に光が宿り始める。


「ひゃぁっ!?」


ミズキはドンとクロロを突き飛ばした。

それもそのはず。今、ミズキはクロロの上に馬乗りになっていた。ワンピースの肩紐はずり落ち、スカートはパンツが見えるほど巻くれ上がっている。小ぶりの胸を覆っていたブラジャーはいつのまにかクロロの手によって外され、その上、クロロにお尻と胸に愛撫を施されている最中だった。


「………」


許容量を超える状況に、脳の処理が追いついていないのだろうか。クロロをドンと突き飛ばしたミズキは、目を丸々とさせていた。半開きになった唇を突き出して固まるミズキのその顔は、まるで『ひょっとこ』のようだった。


「ぷっ……ククッ……」


さっきまでの色っぽい顔から一転して100人中100人が「あぁ、これは驚いている顔だな。」と納得するような「THE☆驚き顔」をするミズキに、クロロは思わず吹き出してしまった。


「アハッ、アハハハハ!!!」


笑い声を上げると、その声にミズキがハッと顔を上げた。次の瞬間、クロロに笑われてしまったという事実に、今度はミズキの顔がゆでダコのように真っ赤になった。今にも泣き出しそうな瞳で震えながらミズキはワンピースの裾を握った。そんなミズキの様子に、クロロの庇護欲がずくんと刺激される。


(感情が豊かな方だとは思っていたがまさかココまで……とはな。)


先ほどとは違った意味で抱きしめたくなる。ギュッと腕の中に閉じ込めたい。少し暴れるかもしれないが、その気持ちが落ち着くまで頭を撫でてやりたい。それは、まるで愛玩動物に向けるような感情だったが、ミズキに向ける感情がさらに厚みを増したことは紛れもなかった。久しぶりの大笑いで目尻に溜まった涙を拭いながら、クロロは羞恥に震えるミズキに手を伸ばす。


(え!?)


しかし、クロロの手がミズキを捕えることはなかった。ミズキが、クロロが手を伸ばすより早くパッと身を翻して、屋上の手すりを飛び越えたからだった。突然のミズキの行動にクロロの反応が遅れる。


(ここは5階だぞ!?恥ずかしさのあまりに身投げか!?)


慌てて駆け寄り、下を覗き込む。無残に落ちてゆくミズキの姿が目に入るかと思いきや、クロロの目に入ったのは、雨どいと出窓の小さな出っ張りを使って器用に駆け下りるミズキの姿だった。


「そうか、能力者だったな……。それにしても…ふっ、くっ…あんなに慌てて逃げなくても……。」


クロロは笑い声を上げた。そんな大笑いはどれくらいぶりだろうか、誰もいなくなった廃墟の屋上でクロロの笑い声だけが響き渡った。それは、クロロ自身も分からないくらい久しぶりの、裏も表も打算もない、心からの笑いだった。








「あぁあぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁあぁあああ」


数日後、ガラナス山で鶏を絞め殺したような叫び声が響き渡っていた。
声の主はもちろんミズキである。頭を抱えてうずくまり、そのまま拳で地面をバンバンっと力任せに叩く。その振動でモグラがひょっこりと顔を出すが、しかし、ミズキの怒っているような泣いているようななんとも形容し難い真っ赤な顔にビクリと身体を強張らせ、そのまま逃げるように地中深くへ潜っていった。


「あぁぁぁぁああぁぁあぁぁ、なんで……私、なんで私あんな事をっ。いくら弱ってたとは言え…いくら弱っていたとは言え!初めて会った人と!!…キ、キスだけならまだしも………ディ、ディープキスまでっ……」


叫びながらミズキは地面の雑草をブチブチと引っこ抜いていった。ミズキの周辺1mがあっという間に禿げてゆく。よく見るとそんな感じの茶色い穴が、地面のあちこちに出来ていた。さらに木々にはたぶんミズキが頭を打ち付けたのでろうえぐれが出来ていた。

ヨークシンからストックスに戻るまでは取り乱すまいと耐えていた反動だろうか、ミズキはこのガラナス山に戻ってきた瞬間からこうやって叫び出し、かれこれ一時間近く暴れまわっていたのだった。


「もう……もうっ、…馬鹿……馬鹿っ!!ああぁぁあぁあぁぁぁぁあ!!!!」



そう叫ぶとミズキは服を着たまま近くの小さな湖にバシャーンと飛び込んだ。

誰がどう見ても「おかしい」としか言えない行動の数々。でも、ミズキはそれをせずにはいられなかった。少しでも気を抜くと数日前に交わした口づけを、肌に感じた熱を、体を襲ったあの感覚を思い出してしまうのだった。「あぁあぁぁぁ」と叫びながらミズキは凄い勢いでクロールをしてゆく。

誰もいないと分かり切っているから出来る行動であったが、この森に住む動物たちは不審物を見るような冷ややかな視線をミズキに向けていた。

しかし、そんな視線とは異なる視線を送る二つの目があった。


「ククク◆ 面白い行動をするコだとは思ってたけど、今日は格別だね。」
その声の主はヒソカだった。手元のトランプを切りながら呟く。
「ヨークシンでいったい何があったのカナ?」
トランプをシュッと投げる。ストッと音を立てて少し離れた木に突き刺さる。
「ククク、全くミズキは。興味が尽きないねぇ……♣」



自然とヒソカの口が釣り上がる。まだ泳ぐには肌寒いにも関わらず、大きな音を立てて泳ぐミズキに視線を送りながら、ヒソカはトランプを投げた。これで何枚目になるのだろうか、的となっていた木の幹にはヒソカが投げたトランプがいくつも突き刺さっていた。







[ 5.『満月の口づけ』5/7 ]



[prevbacknext]



top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -