25





人の温もりは
久しぶりだった

人の優しさに触れたのも
久しぶりだった

人の鼓動を耳元に感じたのも
久しぶりだった

優しい瞳で見つめられるのも
久しぶりだった

こんなにも心を許したのも
久しぶりだった



この人ならーーーー



そう思い私は目を閉じた
瞼の裏に、煌々と光る満月があった




クロロの顔がゆっくりと近づいてくる。ミズキはそれを受け入れるように瞼をそっと閉じた。瞳を閉じる前にクロロの肩越しに見た満月は、記憶の中の満月と同じように不気味に光り輝いていたが、ミズキはもう不思議と怖さを感じなかった。







クロロの唇がミズキの唇に優しく触れる。唇と唇が触れるだけの軽いキス。そんな啄ばむキスをクロロは何度となく繰り返す。柔らかい。まるでトロ火で温められたマシュマロのように温かく弾力性のあるそれに、クロロはひっそりと唇を上げた。


(なかなか…だな。)


唇を離す。まだ本格的な味見は出来ていないが確実に"良さそう"な気配がする。先ほどは、ただの涙を根拠もなく「美しい」と思い自分でも要領の得ない行動をしてしまったが、コレは違う。なかなかいい。

おそらく経験からくるものだろう、クロロは心の中でそう評し「さて続きを確かめようか」と言わんばかりにミズキの唇を食むんでいった。乾いたリップ音が次第に水音を孕んだものへと変わってゆく。想定外の行動をしてしまった自分への戒めもあるのだろうか、そこには先ほどミズキの頭を撫でていた時のようなたどたどしさはなく、明確な意思に基づいた確実な動作のみがあった。

まるで唇の感触を検分しているような執拗なクロロのキスに、固く閉じていたミズキの口が徐々に開いていく。


「………ン………はぁ…。」


半開きになったミズキの口から甘い吐息が漏れる。自分から出た予想外の声に驚きミズキは顔をパッと背け口を手で隠した。そんなミズキにクロロはゆっくりと顔を寄せ、手を優しく絡め取る。


「ミズキ…顔を逸らすな。」
「………」
「ほら…、こっちを、見ろ…。」
掠れた声でクロロが囁く。
「……っ…や……」
「ほら…こっちだ。」


優男風な外見に反して意外と骨ばっているクロロの手にくいと動かされ、ミズキはもう顔を背けることが出来なくなってしまった。二度三度迷うように目を動かした後、ミズキは頬を朱に染めながらおずおずと視線を上げた。


「……いい子だ。」


そう言うとクロロは、まだ戸惑いの残るミズキの唇をその戸惑いごと飲み込んだ。ミズキの髪がふわりと揺れる。

再開された口づけは徐々に深さを増していった。行き場を失ったミズキの声が甘い吐息となって鼻から何度となく抜けていった。まるでボタンを上から一つずつ外してゆくように丁寧に施されるクロロの口づけに、緊張を含んでいたミズキの唇が段々とほぐれてゆく。そうやって力の抜けたミズキの唇の僅かな隙間を見逃さず、クロロは自身の舌をにゅるりとねじ込んだ。


「ーーッん!」


ミズキの手にぎゅっと力が入る。おそらく初めて経験するであろう異性の舌に、ミズキは肩を強張らせた。瞳をぎゅっと固く閉じる。

そんなミズキの反応を服越しに感じているだろうにも関わらず、クロロはその深い口づけを止めることはしなかった。口内を縦横無尽に貪ってゆく。ぴちゃ…という二人の唾液が混じり合う水音が、満月の夜空の下で静かに響き渡る。


「……甘い、な。」


まるで熟れ始めた桃のように爽やかな青さと芳醇な甘さが同居するミズキの唇に、クロロが思わず言葉を漏らした。貧相で面白味の欠片もないと感じていた体も、今では華奢で可憐な体に思えてくる。「前言撤回だな。『珍味』という表現は正しくない。これはこれで味わい深いものがあるーーー。」とクロロは高まり始めた頭の片隅で思った。


「ミズキ……」



上気し始めたミズキの頬に手を当て名前を呼ぶ。その声に、ミズキは恥ずかしそうに視線を彷徨わせた後、頬を染めながらクロロを見上げた。ミズキの潤んだ瞳にクロロの欲望がさらに膨れ上がる。


(もっと、もっとだーーーー。)



唇を奪うだけじゃ飽き足らない。意識を向けさせるだけじゃ飽き足らない。見せかけだけの好意なんていらない。もっと強い感情を手に入れたい、もっと深い感情を向けさせたい。そう、あの極彩色の光のようなーーー。

クロロは力のばかりにミズキをかき抱いた。ミズキの髪がふわりと揺れて、ジャスミンの香りがクロロの鼻腔をくすぐる。


「ミズキ…、名前を呼べ…オレの、名前…。」
ミズキの耳元でクロロが掠れた声で言う。
「…ク、クロロ?」
少し不安の混じった声で尋ねるミズキに、クロロは
「そうだ。」と、力強い声で返す。
「クロロ。」とミズキが熱っぽい声色で言う。


クロロはミズキのその声ごと飲み込んだ。熱い口づけ。それはまるでこれから発する言葉は「オレの名前」と「嬌声」だけで十分だとでも言いたげな口づけだった。唇を貪り、舌を吸い上げ、咥内を掻き回し、ミズキの髪を乱してゆく。ミズキの呼吸が段々と早くなり、目がとろりと潤み、その肌が桜色に染まってゆく。


「ハァ……ん…クロロ……、ん……ぁ…」



甘い吐息が何度となくミズキの鼻から抜けてゆく。

始めはぎこちなかったミズキの舌も、クロロと口づけを交わすうちに段々と滑らかなものへと変わっていった。何度も何度も熱を与え合う。声が漏れるのも気にせずに、乱れ行く衣服にも構わずに、二人は、自分の存在をぶつけ合うようにただひたすらに互いの唇を貪った。


「ふ…、扇情的な姿だな…。」


クロロが呟く。夢中になってキスをしていたせいかミズキはいつの間にかクロロの膝の上に馬乗りになっていた。



乱れて額にかかる髪
熱っぽい視線を送る瞳
ピンク色に上気した頬
甘い声を漏らす唇
玉の汗が浮かぶ首筋
肩紐がずれて露わになった肩
捲れ上がったスカートの下の太もも
満月に浮かび上がる白い肌




全てが扇情的だった。クロロはこの少女が欲しいと、心から思った。



「ミズキ…お前が欲しい…。」
「ちょっ…待っ…て。」
「オレじゃ、不服か?」
「違っ…。」



「違うの……。」と消え入りそうな声で言うミズキの右手を、クロロは迷いのない動きで手に取った。それに口を近づける。ミズキに真剣な眼差しを送りながら問いかけるように「ミズキ……」と掠れた声で名前を呼ぶと、クロロはミズキの右手の甲にチュッと唇をつけた。



まるで儀式のように




そのまま動かずに目だけをゆっくりと上げる。息を飲むミズキとクロロの視線が交わる。まるで自分の唇の感覚をミズキに意識させるような緩慢な動きでクロロは唇をそろそろと動かし、そして、再びミズキに真剣な眼差しを送った後、今度はミズキの指の甲に口づけを落とした。



まるで忠誠の証のように




赤みを帯びた月光が、二人のシルエットを屋上のアスファルトに浮かび上がらせている。まるでこの世界に二人しかいない錯覚さえしてしまいそうな静けさに、ミズキは時間が止まったかのように感じた。二人の視線が熱っぽく絡み合う。そして、クロロはミズキの指の桜色した爪先に、そっと、唇が触れるか触れないかの優しいキスをした。


まるで誓いのように




そしてそのまま自分の指とミズキの指を絡ませた。ぎゅっと握ると、クロロの温もりが手のひらを通してミズキに伝わった。


「ミズキ…お前が、欲しい」


力強い言葉にミズキの心臓がどくんと鳴った。ピンクに上気しているミズキの頬がさらに赤くなる。絡めた指先から狂おしい感触がミズキの体にじわりと広がっていく。「クロロ…」と名前を呼ぼうとしたが、脳さえもが痺れていくようなその感覚に、喉が詰まって声が出なかった。



この胸を焦がす感覚はなに?
この頭を溶かす甘い感情はなに?

わからない

でも、手を繋ぐだけじゃ物足りない
キスだけじゃ物足りない
抱き締めるだけじゃ物足りない


もっともっと深くまで
もっと彼を感じたい



そう、身体の奥底までーーー




ミズキの体の奥底にきゅんと甘い痺れが走る。胎奥から湧き上がるその痺れは、甘い疼きとなってミズキの脳髄を溶かしてゆく。抗い難い衝動に、考えるより先に言葉が口をついたのだった。





[ 5.『満月の口づけ』4/7 ]


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