23





スラリとした長身
均整のとれた肉体
無駄のない身のこなし
動きに合わせて揺れる黒髪
印象的な漆黒の瞳
そして、耳に心地よい声を紡ぐ唇






ーーーー引き込まれる



口づけられた手が熱かった。心臓が喉から出そうなくらいにうるさく鳴っていて、彼に差し出した右手が微かに震えている気がしたーーーー


「君の、名前は?」


指先をキュッと握って尋ねるクロロに、顔がさらに熱くなる。彼の真剣な眼差しに、胸が貫かれるようだった。


「あ、あの……ミズキ…、私の名前はミズキ、です…。」
「そう、ミズキ。可愛い名前だね。」


クロロがにっこりと笑う。

キザなセリフにキザな行動、普段のミズキなら「ハッ、何臭い事言ってやがる。恥ずかしくねーのか?」くらい言っていたかもしれないが、今のミズキはそれをして貰える身であることがこの上なく嬉しかった。


「良かったらそこのベンチに座らないか?」


クロロの視線を辿った先には打ち捨てられたベンチがあった。クロロは今にも崩れそうなボロボロなベンチに事もなげに近づくと、どこからか本を取り出してそのベンチを軽く撫でた。すると、古く汚かったベンチが一瞬で新品同様の綺麗なベンチに様変わりした。その様子にミズキが目を見開く。


ーーー念?特質系か?時間を戻す…とか?………ってなに考えてんだ、自分。今の私は女の子なんだ……。『普通』の『女の子』はそんなことを考えたりしない……


いつもの癖で相手の念を解析し始めた自分を、ミズキは心の中で諌めた。『戦いに身を置く自分』ではなく、血とは無縁の『普通の女の子』でありたい。例え、それが今宵限りのことだとしてもーーー

それが今のミズキの一番の願いであった。


「ミズキ、こっちへどうぞ。」


クロロがミズキに声を掛ける。頭の片隅で「『便利屋』のミズキ」が『この男は危険だ』と叫んでいたが、ミズキは誘われるままにクロロに近づき、そして静かにベンチに腰を掛けた。ぎこちない様子でベンチに腰掛けたミズキにクロロがふっと笑みを零す。


「あれ?なんかいい匂いするね、ミズキからかな?」


そう言うとクロロは、ミズキの頭に手を伸ばした。突然のクロロの行動にミズキは身構えるが、クロロはお構いなしにミズキの髪を一房手に取るとそれに鼻を寄せた。


「あぁ、この匂いだ。これはジャスミン?」
「あ…う、うん…」


戸惑いもせずにさらりと髪に触れてくる男のそれは、明らかに女慣れしている男のものだった。


「シャンプーの匂いかな?いい匂いだね。オレ…この匂い、好きだよ。」


クロロは『好きだよ』の部分をわざとゆっくりと、ミズキを覗き込むようにして言う。力強い黒目に射抜かれ、ミズキの心臓がドクンと跳ねる。



「え……あ…、はい…あの、ありがとう…ございます。」
「ハハッ、そんなに緊張しないでよ。オレ、そんなに怖い?」


先ほどの色香溢れる顔からは想像できないほど爽やかな顔で、クロロはハハッと笑った。水弾を避けた時の鋭い顔、跪いて手にキスをした時の真摯な顔、髪を触った時の色香溢れる顔、ハハッと笑う時の爽やかな顔、光の当たる角度によって7色の色を放つガラス細工のようだとミズキは思った。本質はどれなのだろうか。もっともっと知りたくなる。


「そんなこと…ない。ちょっと、緊張してただけなの。でも、もう、大丈夫。」
「良かった。ミズキがあまりにも緊張するから、オレまで緊張するところだったよ。」
「クロロさんが、緊張?」
「クロロ。」
「クロロ…が、緊張……するんですか?」
「ハハッ、なんでそこで敬語になっちゃうの?敬語も禁止ね。分かった?」
覗き込むようにして尋ねられ、ミズキはコクンと頷いた。
「緊張、してるよ?ほら…」


そこで言葉を切ると、クロロはミズキの手を取り左胸に当てた。男の人特有の大きな手にしっかりと掴まれて、ミズキは手を引っ込めることが出来なかった。ドクンドクンとクロロの鼓動が掌を介して伝わってくる。


「は、早いね…」


言われてみれば鼓動が速いような気もしたが、それよりもミズキは掴まれた手首や掌から伝わるクロロの温もりの方に意識が向いてしまって仕方がなかった。どんどん速くなる鼓動を誤魔化すように慌ててそう答え、ミズキはすぐに手を引っ込めた。



ーーー手首が、熱い……



手を離した後も、クロロに触られたところが軽い火傷の痕のように疼いて仕方がなかった。そんなミズキの様子を横目でちらりと確認してから、クロロは快活な声で問いかける。


「ミズキは、踊るのが好きなのかい?」
「う、うん。あまり、踊る機会はないけれど……ダンス自体は好き、だよ。」
「そうなんだ。あの踊り、あまり見かけないけど、どこかの国の民族舞踊かなにかかな?」
「あ、あれはねーーーーー。」


ミズキはクロロに問われるままに、ダンスのこと、新体操のこと、歌のことなどに答えていった。個人を特定することは辛うじて話してないとはいえ、普段なら話すはずもない内容を躊躇いもなく話せてしまうのは、相手がクロロだからだろうか。もし、聞き上手というものがあるならそれはまさしくクロロのことだとミズキは思った。

話し込む二人の上では、大きな満月が赤い光を発しながら不気味に垂れ下がっていた。


普段のミズキならクロロのこの一連の行動をもっと客観的に捉え、クロロが女慣れしていることも、自分の魅せ方に熟知していることも、自分がいいように翻弄されていることにも気づくことが出来たかもしれなかった。

しかし、『普通』の『女の子』に固執しているせいだろうか、今のミズキにはそれを見抜く冷静さも余裕もなく、まるで蜘蛛の巣に囚われた蝶のようにクロロの魅力という罠に絡め取られていった。


(なんだ、意外と普通の女だな。)


そんな風に少し照れながら話をするミズキを横目に、クロロは人知れず溜め息をついた。


(全くもって拍子抜けだ。)


屋上に辿り着いた時に見た女は、まるで月の女神セレナのように幻想的でとても魅惑的だった。もっと話をしたいと感じたのは嘘ではない。しかし、今、自分の隣にいる女はどうだろうか。自分の行動に逐一に頬を染め、嬉々として自分の問うた質問に答えているではないか。唯一、念能力者のくせにオーラを垂れ流しにしている点が腑に落ちなかったが、それ以外はそこらにいる女と大差なかった。


ーーーーつまらない、とクロロは思った。


しかし、だからと言って、ミズキを直ぐにどうこうしようとはクロロは思っていなかった。この廃墟街を根城にしているのなら話は別だが、どうやら他の国から来たというのは話しぶりからして事実らしい。仮宿を血で汚さずに済みそうだ。

それに、見た目も悪くない。貧相な身体つきが少し気になったが、たまに食す珍味としてなら摘まんでもいいだろう。今晩限りの遊び相手としてなら問題ないーーーとクロロはミズキを判断した。


実際ミズキの頬は赤く染まっていて、クロロに好意を感じているであろうことは誰が見ても明白だった。後もう一押しすれば落ちるだろう。なんだ呆れるほど簡単だったなと思いながら、クロロは最後の押しとして有効そうな手をいくつも頭に描いた。



しかしその算段が実行される事は永遠になく、30分と経たない内にクロロはミズキがその辺の女たちとは一味も二味も違うことを思い知らされるのだった。







そのきっかけは、どこにでもあるようなありふれた言葉だった。

「月が…綺麗だね。」と、クロロはひと段落した会話の繋ぎとしてその言葉を口にした。その言葉に促されミズキが顔を上げる。

クロロは、月や星空と言った女が好みそうなものをだしにしてロマンチックな言葉を一つ二つ言い、それで女をその気にさせて終わりにしようと思っていた。実際のところ、誰もいない静かな屋上で二人っきりで満月を見上げるというシチュエーションは、女性がときめくシチュエーションの一つと言えただろう。なのでクロロは、ミズキも大多数の女と同様にとろんとした眼差しで空を見上げると思っていた。


しかし、ミズキの見せた反応は全く異なっていた。


満月を目にしたミズキは、何かを思い出したように目を見開くとギリっと唇を噛んだ。
そしてその瞬間ーーーー、ミズキの身体から閃光が放たれ、その身を包んだのだった。
クロロの前髪がぶわりと揺れる。


(なんだ今のは?)


クロロは、反射的に目に"凝"をしたが、ミズキのオーラには一切の変化がなかった。ミズキから放たれたソレは、オーラの"練"ではなかった。そもそも実際に青白い閃光が放たれたわけではない、実際に前髪が揺れたわけではない。クロロが、"そう"感じただけだった。

ミズキから放たれたソレが、凄まじいほどの感情の爆発だったのだとクロロが理解したのは、放出からしばらく経ってからだった。



「ねぇ、クロロ。貴方、満月は好き?」


そう聞いたミズキの顔からはさっきまであったはずのピンク色の空気は消え去っていて、代わりに悲しみとも苦しみとも言えない複雑な色が浮かんでいた。


(ーーーー面白い。)


まるで「貴方に対する恋慕の気持ちは仮の感情だったのよ。」と言わんばかりのその変化に、クロロは人知れず口の端を上げた。






[ 5.『満月の口づけ』2/7 ]


[prevbacknext]



top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -