17




パチリ、とまぶたを開ける。

今日もまた朝日が昇る前に目を覚ましたミズキは、「ふぁ〜ぁ…」と伸びを一つすると、本日の寝床であった工事現場の物置から体を起こし「さて、行くか」と勢いよく飛び出していった。



走る
走る
走る




ミズキの目的地は、ストックスの街から南西に15km程行った所にあるガラナス山の中腹にある森だった。その森は切り立った岩山のさらに上にあり、地元の人間でも滅多に寄り付かないため念の鍛錬にはうってつけの場所だった。

ミズキは、ここストックスを本拠地にして仕事を始めた5年前から、この森に通っていた。10kmの走り込みと5kmの山道・崖道の登り下りを行きと帰りで一往復、それにプラスして短い日は1時間、長い日はそれこそ一日中念の鍛錬をしていた。


ーーまだまだ…もっと強く…もっと正確に…


腹筋・背筋・腕立て・スクワットと基礎体力トレーニングを終えたミズキは、念の基礎である四大行を一心不乱にやっていた。念の使えない一般人と同じオーラ状態、俗に言う「オーラの垂れ流し状態」を意図的に作り出すのは、なかなか高度な技術を要するのだった。

それを会得・維持・向上させるためのに訓練を毎日欠かさずやっており、ミズキは今、"練"で練った体内のオーラを体の各部位で「13%、21%、37%……」と増やしたりまたはその逆で減らしたりとまるで針に糸を通すような精密さで、何度も何度も何度も繰り返していた。


ーー無意識レベルでも操作できるようにならなくっちゃ……


ミズキは自覚していた。自分の中に黒く禍々しいオーラが眠っていることを、そしてそのオーラが人を狂わす力を持っていることを。

体から漏れれば、先日のマルコフ捕獲時のように周囲に莫大な被害を与え、必要以上に自分の身を浸せば、この間のイルミ戦の時みたいに肉体と精神に多大なダメージを与えるのだった。それはまるで、薄皮一枚で包んだ劇薬を体内に飲み込んでいるようだった。


しかし、そんなオーラを体内に持つミズキであったからこそ、オーラ操作に並々ならぬ執着をし、そして、オーラ操作に関しては他の追随を許さないほどの技術を習得したのだった。


「ふぅ〜…」


念の鍛練を一通り終え、「さて水でも飲むか」と木陰に移動すると、
不意に頭上から声が降ってきた。


「やぁ◆ミズキ」


その声にミズキは肩を大きくガクリと落とした。心底嫌そうな顔をしながら木を見上る。すると、そこには予想通りというかいつもの通りというか、件の変態ピエロがいた。


「くそピエロ、またお前か…」
「何度も言ってるじゃないか、ボクはピエロじゃない奇術師だって。いい加減覚えてくれよ♣」
「ハッ、お前のために空ける脳の容量なんざねぇーよ。
それよりこっちも何度も言ってんだろ!?『さっさと帰れ』って。てめぇーはいつになったら帰るんだよ。」
「ククク、ボクの気が済むまで…さ◇」


胡散臭い笑顔で手をヒラヒラと振るヒソカに、ミズキは盛大なため息をついた。


(もう、面倒くせぇよ、こいつ。突っ込む気にもなれねぇよ、誰かなんとかしてくれ……………って。はぁ〜……。もう無視だ無視。)


ストックスでヒソカと望まぬ遭遇をしてから実に20日近く経っていたが、その間にミズキとヒソカは片手では数え切れないほど会っていた。いや、会っていたというのは正確には語弊がある。正しくは、ヒソカがミズキをつけ回していたのだ。



「酷いじゃないか、ミズキ◆」


存在を無視して黙々と正拳突きを始めたミズキに向かってそう言うと、ヒソカは木からシュタっと下り、ミズキに向かって歩いていった。


「ボクを無視するなんてイケない子だ♥」


後ろから近づき耳元でボソリと言ったヒソカに、ミズキは振り向き様に渾身の力をこめて殴りかかった。風を切る音とゴッと何かにぶつかる音が響く。しかし、ヒソカの顔面を狙ったミズキの突きは、まるで、ミズキが殴りかかってくるのは計算尽くだと言わんばかりにヒソカに容易く受け止められてしまった。


相当量のオーラを込めたにも関わらず傷ひとつないヒソカの手に、ミズキは悔しげに眉を歪める。しかしそれでも、悪態をつくのを止めはしなかった。


「帰りたくねぇーってんなら、オレが天空闘技場まで送り返してやんぜ……ボッコボコにしてな!」
「キミにそれが出来るのかい?」
「ハッ、やってみねぇーとわからねぇだろ?」
「ククク、そんなにボクと戦いたいのかい?ボクが天空闘技場の闘士だって知ってたし…もしかして、ミズキ……」
「ンなんだよ。」
「……ボクのファンかい?」


「ンなわけねぇーだろッッッ!!」と言いながら、ミズキはそのまま体をぎゅるりと捻って上段回し蹴りを繰り出した。ドカッと鈍い音が響く。しかしその攻撃も易々と受け止められてしまった。


「ククク、冗談だよ◆」
「言っていい冗談と悪ぃ冗談があんだろ!?……調べたんだよ、金払ってな。直前の試合……カストロ戦だったか?そのビデオも入手したがな、言っとくが情報収集の必要性があってやっただけでお前になんかこれっぽっちも興味はねぇーんだからな!!」


20日前にヒソカと遭遇した後、ミズキはなけなしの金を払ってヒソカの情報を買ったのだった。その情報で分かったことは、ヒソカは『第287期合格のプロハンター』であり『天空闘技場の200階闘士』であること。そして、『快楽殺人癖のある戦闘狂』であり、興味が湧いた対象には情熱的に追い求めるが、どうでもいいものには一切の興味を向けない人物だということだった。

『組織の命令で動くような人間じゃない』『この男は組織とは無関係だ』
それが、ミズキの出した結論だった。


「わざわざ、ボクのこと調べたのかい?そんまどろっこいことしなくても、聞けばいつでも答えてあげたのに♣……あんなコトからそんなコトまで…ね♥」
「興味ねぇーって言ってんだろ!!!」


と殴りかかるが、ひらりと避けられてしまった。猪のように飛びかかってきたミズキに、ヒソカはさも愉快と言わんばかりに喉を鳴らす。


「ミズキ、体力余ってるんじゃないか。ボクが攻防力組手の相手になってあげる◇」
「ハッ、上等だ。こいよ、変態。」


明らかにミズキをからかって遊んでいるヒソカに、ミズキは好戦的な瞳を向けた。口元を歪ませながらチョイチョイと指先で挑発のポーズを取るとそれを受けてヒソカが口角をにっと上げた。

そして一拍の静寂の後、二人の電光石火の攻防が始まったのだった。









それから二時間、ミズキとヒソカは実践にほぼ近い攻防力組手をやっていた。二人が戦うのを止めたのは、昼時になってからだった。


「ハァ…ハァ……あぁー、クソッ、疲れたー!!」
ミズキは、もう限界と草むらに倒れこんだ。
「もうお終いかい?」

肩で大きく息をするミズキに、ヒソカが問いかける。少し額に汗をかいてはいたがヒソカは余裕綽々といった顔をしていた。


ーーくそっ、どんな化けもンだよ、コイツ…。意識飛ぶギリギリまでオーラを出したってのに…


それに対してミズキは、汗でどろどろぐちゃぐちゃになっていて、骨や内臓に損傷はないものの体にいくつもの打撲痕を作っていた。


「ハァ……ハァ……別に、まだまだ、ヤレんぜ?オレは……ハァハァ」
「その根性は買うけど、休息も修行の内だよ◇」
「うるっせぇよ!!誰もてめぇと修行なんざしてねぇよ!!」
「ハイハイ◆」


成長の可能性に悦んでいるのだろうか、ヒソカは地面に寝転ぶミズキを嬉しげに見つめていた。


「ンなに見てんだよ。」
「別に♠」
「……暇だってんなら、そこの残り火に火をつけとけよ。」
「火?……あぁ、あそこの。」
「中に芋と魚が入ってるから、焼けば昼飯になる。」
「そう。……ミズキ、コレ、一人分かい?量が多くないかい?」
「バッ……それは……ッ!!」
「もしかして、ボクの分かい?」
「ちっ、違ぇーよッ!!今回は、いつもよりストックが多いから余分に焼くだけだ!!それに最近よく腹がすくからな!!!別にお前のために用意したワケじゃねぇーからな!!勘違いすんなよッ!!!」


ヒソカを指差しながら息継ぎせずに一呼吸で言い放つミズキに「なんて分かり易い子だ」とヒソカは内心思ったが、それは口にはせずに肩をすくめるだけで素直に火おこしの作業に移った。


「ほら、焼けたよ◆」


しばらくして差し出された魚を、満面の笑みで「センキュ!」と言って受け取ると、ミズキはそのままがぶりとソレにかぶりついた。


「……んぐむぐ………ン………うっま!やっぱ動いた後の飯は最高だな!!!」


勢い良く食べてゆくミズキをヒソカは目を細めて見つめていたが、食べ物に夢中になっているミズキはその視線に気づきもしない。


「ミズキ、良かったらこれどうだい?」


その声に食べるのを中断してヒソカの方を見ると、ヒソカが大事そうに何かを持っているではないか。不審に思いながらヒソカの手の中を覗くと、そこには真っ赤に熟れた苺があった。


「い、いちごじゃねぇーか!!!お前、これどこで見つけたんだ!?」
「ここに来る途中の崖の近くで♠」
「マジでか!?オレ、そんな所に苺があるだなんて知らなかったぞ!?」
「それは、ミズキの見つけ方が悪いんだヨ♣」
「そうなのか……?………ってコレ食べていいのか……?」
「もちろんだよ◆」
「いよっしゃーーー!!!いっただっきまぁーーーーすッ!!!」


そう言うとミズキは、ヒソカの手の中にあった大粒の苺を摘まんで、口の中に放り入れた。


「んーーーーーーーー、うンめぇぇぇぇーーーーーッッ!!!なんだこれ、ホントにその辺で生えてた野生の苺なのか!?まるで店で売ってるヤツみてぇに甘いじゃねぇーか!!!」


久々に口にした果実にミズキは歓喜の声を上げた。目尻を下げて苺を頬張るミズキを、ヒソカはまるで「計画通り」と言わんばかりの顔で見ていた。「手懐けるには餌付けが一番◆」とヒソカが思ったかどうかは知れないが、街で買ってきた苺がこんなに威力を発揮するとはヒソカも予想外の事だっただろう。



「あーーー、美味かった。…………ふぅー、お腹いっぱい〜……。」


そう満足げな顔で呟くと、ミズキはごろんと地面の上に横になった。春の爽やかな風がミズキの頬を撫でてゆく。突き抜けるように青い空の上空で、トンビがピーヒョロロロと鳴いている。

穏やかな空気と、身を包み込む心地よい疲労感のせいだろうか、ミズキは普段なら絶対に言わないようなことをヒソカにポロリと言ってしまった。



「………なぁ、ヒソカ。腕のいい情報屋に人探しを依頼するとしたら……いくらくらいするもんなんだ……?」



「おや、何かを尋ねてくるなんて珍しい」とヒソカがミズキを見やると、そこには自分の零した言葉に「しまった!」という顔をしているミズキがいた。その質問が何か重大なーーミズキの本質に関わるナニカに繋がると瞬時に気づいたヒソカは、いつものようなからかう返しはせずに、付かず離れずな冷静な返事をすることにした。


「うーん、探している人によるケド。例えば、ボクの求めているある男は、仕事で会ったとしてもすぐ姿を消しちゃうんだ。次の仕事で会うまでボクがどんな手を使っても見つからない彼だったら、目撃情報だけで軽く3億は行くだろうね◇」
「………」
「あと、ハンター試験で出会ったある男の子は、自分の父親を探しているみたいだけど、彼の父親は最重要機密人物でね、何億積まれても情報屋は断るだろうね♣」
「……そこまでじゃねー。」
「普通の人間で、自分の痕跡を消してない人間なら、300万もあれば。自分の痕跡をことごとく消した探しにくい人間なら………3000万くらいカナ♣」
「……だよな」



ヒソカの様子を伺っているのか、ミズキはボソリと言葉を返すとそのまま口を噤んでしまった。沈黙が流れる。しかし、ミズキがその先の言葉を言うことも、ヒソカがその先を尋ねることもなかった。裏の人間が敏感に感じ取る、相手との境界線ーーそれは他者が容易に踏み込んではいい部分ではなかった。


(なるほど、これが今のミズキとの距離か♠)



ミズキを『ヤリ合い』の舞台に引きずり上げるために、自分に怒りや憎しみを向けさせる方法で行くか、それとも全く別の方法で攻めるか、ヒソカはミズキとの死合いの道筋をまだ立ててはいなかったが、いつかはこの部分に踏み込まなくてはいけないと感じていた。


(今はまだ時期じゃない。だけどいつかは……♥)


そう心の中で呟くとヒソカはすっくと立ち上がった。
「ミズキ、ボクはもう行くね♠」
「あぁ、さっさと行け行け。もう戻ってこなくていいぜ。」
「酷いじゃないか、ミズキ。また、明日も来るよ♣」
「いや、ホント来なくていいから!!!それにどうせ来てもオレいないし!!」
「仕事かい?」
「あぁ、ヨークシンでな。一週間ほどここにはいねぇ。」
「ヨークシン?それはまた随分と遠くに…」
「全くだぜ!そんな遠くに行くなんて面倒くさくてたまらねぇーが、ま、悪くない金額が貰えるし。しょうがねーよ。」
「そう、いってらっしゃい。じゃあ、また、ミズキ♠」


そういうとヒソカはすぐにその場から姿を消した。後ろを振り返らずに手をひらひらとさせて見送ったミズキは、一呼吸おいてヒソカの気配がなくなったのを確認した後、おもむろにどさりと倒れこんだ。


「3000万、か………分かっちゃいたけど………」


力なく呟く。少ない月で20万、多い月だと100万くらいは捜索費用として貯蓄に回せてはいたが、それでも3000万貯めるまで少なくてもあと二年はこの生活をしなくてはならない計算だった。


突き抜けるように青い空の上空では、トンビがピーヒョロロとのどかに鳴いている。春を感じて芽吹き出した木々からは、なんとも言えない生命力が滲み出ていた。周りが暖かであればあるほど、ミズキは凍えるほどに冷えている自分自身を、強く意識せずにはいられなかった。


太陽に手を伸ばす。


太陽に近づきすぎた勇者イカロスは、ロウで作ったその羽を太陽に溶かされて地面に落ちていったと言うが、ミズキは飛ぶ機会さえ奪われていたのだった。


「ヨークシンか……。何を企んでやがるか知らねぇが。いいぜ、やってやる。後悔すんじゃねぇーぞ!」


そう言うと、ミズキは伸ばした手をぐしゃりと握った。






人々の欲望が渦巻く都市『ヨークシン』

誰の思惑か
何の因果か
はたまた運命か

彼女はこの欲望渦巻く街で
最後の男クロロ=ルシルフルと
出会うことになる

そして、その出会いが
運命を変える全ての始まりで
全ての元凶になることを

彼女はまだ知らない






[3.『望まぬ遭遇』4/4]



第三章終わりです。ヒソカと再会、嫌々ながらもなんだか親密度が上がっておりますね。ヒソカには、こんな感じの青い果実が世界中の至る所にいそうですね。



[prevbacknext]



top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -