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ミズキは、ヒソカがこの場に現れた理由を即座に複数弾き出した。近寄ってくる奴は全員疑ってかかり常に最悪を想定する、それが裏の仕事に関わる人間の鉄則であり、ミズキの体に染み込んだ習慣だった。


ーー嬉しくない事態だが、その中でも最良は「個人的好奇心」。最悪は「何らかの組織からの命令」……だな。


もしこの遭遇が、男の個人的好奇心からくるものであれば、例えそれが殺し・加虐・暴行に繋がるとしても、ミズキは多少の無茶ができた。しかし、これが誰かしらの命令で仕組まれたものだとしたら、それはミズキの擬態や裏で行っているアレコレがジョンにばれていることを意味した。


ーー返答いかんによっては街と人を捨てて、一からやり直さなくちゃならねぇ……


目の前の男をキッと睨みつける。しかしミズキのその鋭い目を物ともせず、ヒソカは自身のその薄い唇をペロリと嬉しそうに舐めた。


「そんな目で見るなよ……興奮しちゃうじゃないか♠」
「ハッ、なに気持ち悪ぃこと言ってんだお前。……って、まさか。ホントに興奮してんのか?こんな、ガキの…オレに?」
「興奮?…あぁ、してるねぇ。キミみたいなコを見てると壊したくなっちゃうよ。ククッ」
「壊す?…オレを殺したいってか?」
「殺したい…とはちょっと違うねぇ。正しくは、ヤりたい…ヤり合いたい。」
「………」
「ま、ヤり合った末に相手がどうなろうが、知ったことじゃないけど…ネ」


『ヤり合い』ーーそれが意味するものが殺るなのか犯るなのか闘るなのかミズキには検討がつかなかったがーーいずれにせよ男が個人的好奇心で近づいてきた可能性は強かった。


「ハッ、買い被りすぎだ。オレはお前の期待に応えられるモンは何一つ持っちゃいねぇーよ、残念だったな。……さっさと帰れ。」
「ククッ、キミはやっぱり面白いネ◆」


きっぱりと拒絶するミズキに、ヒソカはさも愉快と言わんばかりに喉を鳴らした。ヒソカから放たれたオーラで、周囲の空気がひときわ濃くなる。


ーーチッ、厄介な野郎に目を付けられたな。


前回の戦いを思い出す。身体能力の高さ、打たれ強さ、トランプさばきの正確さ、オーラ移動の早さ、どれをとっても男は強かった。今まで会った中で、1、2を争う強さ。それがミズキのヒソカに対する評価だった。


「そんな顔をするなよ。別に今すぐとって食おうってワケじゃない◆」
「ハッ、信用ならないね!」
「キミはいいモノを持っているケド、まだ時期じゃない♠」
「……時期?」
「そう、時期。青い果実が美味しく熟れるまで……さ♣ 」
「………」


会話の内容から推察するに、ヒソカはどうやら今すぐに行動に出るつもりはないようだった。しかし、それが分かってもミズキは警戒を緩めることはせず、常にヒソカに注意を向けていつでも動けるように身体中の神経を尖らしていた。


「クク、可愛いねぇ◆ 今はヤる気ないって言ってるのに…そんな、拾ってきた山猫のように警戒心を剥き出しにして見つめられたら……味見をしたくなっちゃうじゃないか♣」

そう言いながらヒソカは、右手の指先だけをパッと動かした。


ーーッ!


その瞬間、ミズキの体は縄で縛られたように身動きがとれなくなってしまった。


ーー念!?くそっ、隠か!!


目に"凝"をして体を見ると、粘着性のあるオーラがミズキの体に巻きついていた。体にグッと力を入れるが、それはまるでゴム製の囚人拘束服のように強力で、とても腕力だけでは逃げ出せそうになかった。


ミズキは視線だけで周囲を見渡した。


今、ミズキとライスとヒソカは、教会通りを一本入った裏道にいた。
この道は人通りは少ないが、教会の庇護を受ける浮浪児やホームレスが点々と住んでいる場所であり、また教会の隣には民家がずらりと並んでいる。


ーーー人が多すぎる…



腕力で断ち切れない以上、断ち切るにはもう念を使うしか道が残されていなかったが、この場所で念を使うにはあまりにも分が悪かった。


民家から聞こえる生活音に浮浪者たちの視線、ヒソカとミズキの実力差、ジョンからの監視の可能性に、そして、最悪の想定として考えておかねばならないヒソカと組織との関与の可能性。目の前の男が、どこかのマフィアンコミュニティーに属して命令を聞くようには見えなかったが、それでも目的のために誰かと手を組んでいるという可能性をミズキは捨て切ることはできなかった。

全てを疑ってかかり、考え得る全ての条件を弾き出し、戦闘した場合のメリットデメリットを即座に計算する。そして至った結論に、ミズキは肩から力を抜きよろりと体をなよらせた。


「さっきから言ってるだろ……オレはお前の期待に応えられるモノは何一つ持っちゃいねぇーって。完全な人違いだ。」


それは、まるでガタイの良い男に怯えて白旗を上げるような様子だったが、しかし、その瞳からは闘いの炎は消えておらず、爛々と光っていた。



「だけど。もし……これが人違いじゃなくて、本当にオレに用があるのだとしたら……」
そこで一度言葉を切ると、ミズキはヒソカの目を見据えた。
「別に…こんなトコロじゃなくてもいいんじゃねぇーか?」
「…………」
「お前の言う『ヤり合い』ってのも、人のいない場所の方が都合がいいんじゃねぇーの?」


ミズキは物陰で怯えるライスに視線を向けた後、再度ヒソカに向き合った。それは、人のいない所でなら『ヤり合い』に応じることを暗に伝えていた。


「子供を見逃して場所を変えることを条件に戦う……と?」
とヒソカが問うと、ミズキはにやりと笑いながら言った。
「別にそうは言っていねぇ…」
否定の言葉を口にしながら、まるで『是』と言わんばかりの顔でミズキは目の炎を一層たぎらせた。


傍目にはミズキはヒソカに降参しているように見えただろうが、実際は当事者間にしか分からないやり取りで、交換条件を引き合いに戦いを挑んでいたのだった。


だが、ヒソカはその簡単な誘いに乗るほど、浅薄ではなかった。


「ククク、『よっぽどその子が大事なんだね。』」


そう言ってヒソカが物陰に隠れているライスにゆっくりと視線を向けると、ミズキはクッと言いながら眉を悔しげに歪めたが、ヒソカの目の届かないところで唇を僅かに上げた。


「『自分を犠牲にするだなんて美しいねぇ。いいよ、その誘い乗ってアゲル』」
「じゃぁ!」
「……って言葉を期待しているんだろ?」
「なっ……」
「実力差を知りながら交渉を仕掛けてくるキミへのご褒美で、受けてあげてもイイけど…」
ミズキはごくりと唾を飲み込んだ。
「ボクはキミが隠している物がちょっと気になるんだ◆」


ミズキが隠しているモノ。ヒソカの意味するソレに、ミズキは慌てて体に力を入れたが、拘束は依然と強くミズキはヒソカの念から抜け出せそうになかった。チッと舌を打つ。


「別に……何も隠してねぇよ。」
「ククク、嘘はいけないネェ♣ キミはあの子を気にしているように振舞っていたけれど、時折別のナニカを気にしていたね。何を気にしていたんだい?」
「何も気にしていねぇ。」
「相変わらず嘘が下手だねぇ。それに、キミの条件を飲んだところで、二人っきりの場所までキミが大人しくついてきてくれる保証はないからね♣ ボクはココで十分さ◇」



バレてやがるとミズキはいまいましげに舌を鳴らした。実際、ミズキはヒソカが条件を飲んだところで、二人っきりの場所について行く気はさらさらなかった。共謀者の監視の可能性とジョンの関係者が近場に潜んでいる可能性が失せた時点で、一目散に逃げる予定だったのだ。


ーーーくそっ。もう、こうするしか…


ミズキの周辺の空気が僅かに揺らめいた。非念能力者の振りをしているミズキのオーラは念の使えない一般人と同様に垂れ流しとなっていたが、ミズキが深呼吸を始めると同時に、漏れ出るオーラの"密度"がぐんと上がり始めた。


(空気が変わった…普通の念使いなら見逃してしまうくらいの微かな変化…◇)


ヒソカの念でで縛られているミズキが今できる事は、これから来るであろう攻撃に備えて体の強度を上げることだった。普通なら"練"や"堅"で防御をするところだが、ミズキは、体から漏れ出るオーラ量を一切変えずに、オーラを垂れ流したまま体内でオーラを練っていたのだった。

オーラの操作に並々ならぬ執着をし、オーラ操作の鍛錬を繰り返し繰り返し積んでいるミズキだからこそできる芸当であった。



(念を使えることを隠そうとしている…?くくっ、一般人を装うつもりか◆)


自分以外のナニカを気にしている目の前の子供は、能力がありながらも念を使う気が全く無いらしい。つまりは無抵抗。それならばーーと、ヒソカはククと喉を鳴らしながら、ずいとミズキに近寄った。











ずいと密着するほどに体を寄せたヒソカに、ミズキは首をすくめた。ヒソカの攻撃力なら、密度の上がった今のオーラ状態でも骨の一本や二本はいくだろう。

しかし、覚悟を決めたミズキを襲ったのは予想外の出来事で、ミズキは思わず上ずった声をあげてしまった。


「ヒッ!!」
「ククク…ミズキ君、キミ、本当に男の子?細いね◇」


ヒソカは攻撃せずに、体を強張らせているミズキの太ももを服の上からつつつーとなぞっていたのだった。


「ーーッ……なにを!?」


バンジーガムで動けない体を必死によじるが、ヒソカの指先は離れない。


「くっ……お前!!なにしやがっ……戦り合いの味見をするんじゃなかったのか!?」
「ククク、『今』してるじゃないか、その味見を…ネ♣」


ミズキの嫌がる反応に気を良くしたヒソカは、ミズキの腰をさわさわと触った後、鎖骨から首にかけての肌の露出している部分をまるで愛撫のような動きで何度も何度も撫でた。

ミズキの全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。


ーーーこんの変態が!!!


思わず握る拳に力が入る。が、ミズキは何とかその衝動を堪えた。



ーー…っ…と、我慢だ…我慢…こんなところで念使って尻尾を出してたまるかつーの。5年間の苦労がパァーになったらどうすんだ。これが味見だって言うなら、コレを我慢した方が、殴られて骨折って仕事やり辛くなるよりずっとましじゃねぇーか……


と、理性では思うのだが、ふつふつと湧き上がる怒りが止まることなく、ミズキは怒りと我慢とで顔を真っ赤にした。



「おや、顔が赤いねぇ。照れているのかい?」
「はぁ!!??ふっざけ……ッ!…るんじゃねぇよ。よ、用があるなら…て…手短に…」
「どうしたんだい?やけに大人しいねぇ。クク、この間みたいに戦いを仕掛けてきてもいいんだヨ♣」


「戦いを仕掛けてきたのはてめぇじゃねぇーか!」と喉元まででかかった言葉を唾と一緒に飲み込む。念を使いたくても使えないミズキの状況を知ってか知らずか、何も言い返さないミズキを見てヒソカは、味見と称したこの悪戯をますます悪化させた。


「男の子にしては少し線が細いけど、別に性別なんて構わないヨ♣ボクはどっちでもイケるからね♠」


栄養不足の体に無理に筋肉をつけた体では、いくら第二次成長の年に差し掛かる時期と言えども、ミズキの性別は傍目には分かりづらかった。ショートカットのスレンダーな女性と言われればそう見えなくもないが、ボサボサの髪に男物の汚れた服を着ている今の状況では、どう見ても13、4才の少年ーーーしかも極めて生意気な少年ーーにしか見えなかった。


「それにこういう成長途中の体って、ボク好み♥ 」


そう言ってミズキのお尻をさわさわ撫であげるヒソカに、ミズキの怒りのボルテージがぐんぐん上がる。


ーーーうわ……コイツ今すぐにでもぶち殺してぇ〜!!!


拳を固く握り体をブルブル震わせながら怒りに耐えるミズキに、にんまりと口を上げたヒソカは、ミズキの左耳にそっと唇を寄せると耳元でボソッと囁いた。


「ボク、『ヤり合い』以外の方法でもキミを食べたくなっちゃった♥」


ーーーふっっっざけるな!!!!



怒りが沸点に達したミズキは、阿修羅のような顔でヒソカを睨み付けた。
しかし、先程まで居た場所にヒソカの姿はなく、頭上から「また遊びに来るよ、ミズキ◆」と言葉だけが聞こえたかと思ったら、次の瞬間にはそれこそマジックの様にヒソカの気配はなくなてしまったのだった。


「…消えた!?」


左右をきょろきょろと見渡す。しかし、どこにもいない。気配も探ってみても、大通りの方を探してみても、ゴミ箱の蓋を開けてみても、ヒソカが見つかることはなかった。


「ハッ……ハハハ………」


ずっと張り詰めていた緊張から解放されて、ミズキはそのばにへにゃへにゃと座り込んだ。ヒソカは去り、危惧していた災難も起こることなく終わった。しかし、最初から最後まで予想外の出来事すぎて、座り込んだミズキの口から思わず乾いた笑いが漏れる。


「ハハ……ハハハ……ハハ……ってもう来んな!!!!!変態クソヤローがッッッ!!!!!!」



拳を握り声の限りに叫んだミズキのその全身全霊の叫びは、ストックスの裏街に『クソヤローが…………クソヤローが…………クソヤローが…………』と木霊していったのだった。








[3.『望まぬ遭遇』3/4]



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