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満月の晩は酷く心が痛む

欠けることのない満月は貴方の笑みと重なるの
貴方の笑みは私の心を捕らえて離さない


貴方に 出会ってしまった
貴方を大切に想ってしまった
貴方を 助けたいと思ってしまった


会いたい
会いたい
もう一度会いたい



私は探す、貴方の残り香を求めて
私は探す、付きまとう絶望を振り払って
私は探す、貴方に会える日を信じて


私は探す
私は探す
私は探す…


この身が朽ちるその瞬間まで





3.望まぬ遭遇




ピピピピピ


目覚まし時計が突然けたたましく鳴り出して、私は驚いて起き上がった。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。時計の指す時刻は7:00、学校のある日のいつもの起床時間だった。


「なに……あの夢……」


バクバクバクと心臓が痛いくらい激しく鳴っている。身体中から嫌な汗が噴き出していて、買ったばかりのもこもこ生地のレモンイエローのパジャマがぐっしょりと濡れていた。


「気持ち悪い…」


首筋にぺとりとついた髪をそろそろと剥がして、枕元に置いてあったピンクのシュシュでくくる。心を落ち着けようと深呼吸をするけれど、身体に渦巻く気持ち悪さはなくならなくて、私は思わず口を覆った。吐き気があるわけではないのに、胃の中がムカムカしてしょうがなかった。


「なに……あれ……なにあれ、なにあれ!?」


さっきまで見ていた夢を思い返して布団をぐしゃっと掴むけれど、自問自答に答えはなかった。口の中がカラカラに渇いて唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。


ーーー私はさっきまで夢を見ていた。
いつも見るあの、幽霊みたいな存在になって南米風のプリプリボインの黒髪美女のベッドシーンを延々と上空から見続ける、例の夢。私はその夢をさっきまで見ていたのだ。


いつものように、ふと気づくと上空に浮かんでいて
いつものように、周りには全く干渉出来なくて
いつものように、下を見ると黒髪美女がSEXをしていて
いつものように、その美女からやっぱり数mしか動けなくて
いつものように、しょうがないからボーッと様子を眺めていて
いつものように、事後になるとどこからか風が吹いてきて
いつものように、その風に必死に耐えていると
いつものように、気づくとこうやって目が覚めて……


全て、いつもと変わらなかった。
ーーーーなのに、全てが違った。


「気持ち悪い……。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……」


何度も何度も繰り返すけれど、胸を占めるこの不快感を拭い去ることはできなくて、私は頭を抱えて小さく丸まった。


ーーー気持ち悪い。そう、気持ち悪かった。今回のお姉さんの相手は、小太りのカエルみたいな男で、お姉さんにかぶりついてベトベト舐める様は本当に気持ち悪くて、こんな人相手によくやるなって、やっぱりこのお姉さんはただのH好きじゃなくてお金のために体を売るそういう商売の人なんだって、そう思ってた。


『見ていて気持ち悪い』


そう、思っていた。最初は。
なのに、なのに…それなのに、途中から別の感情が芽生えてきて……


『触られて気持ち悪い。』
『舐められて気持ち悪い。』
『吸われて気持ち悪い。』


触られてもいないのに、舐められてもいないのに、相手をしているわけでもないのに、私はそう思った。いや、違う。正確にはそう『感じた』


ーーーお姉さんが感じている感情がダイレクトに私に伝わってきたんだ。


笑って「うふふ」と反応していたお姉さんだったけれど、心の中ではこの男への嫌悪感があって。でもそれと同時に『何が何でも耐えなくてはいけない』そういう強い意思もあって。


それは、『信念』と言っても差し支えないほど強固なもので、お金や快楽のためなんてちゃちな理由じゃない、もっと強く深い理由。ーーーそんなものを私は感じた。


「なに……これ……」


意味がわからない。他人の感情が手に取るように分かるなんて。他人の感情がダイレクトに伝わってくるなんて…こんな事が出来ちゃうのは、コレが夢だから?


抱かれてる相手に対する嫌悪感。
でも、それと同時に感じる責任感と使命感。
強く固く何物にも揺るがないその強い感情には、誇りすら含まれているようで、その感情に私の心臓が焼け焦げそうだった。

でも、それにも関わらず、私は胸のどこかで罪悪感をも感じた。誰かを裏切っているような心苦しさが胸の底にこびりついていて、その冷たく悲しい感情に喉の奥が凍っていくようだった。


「痛い……苦しい……なんなの!?なんなのこの感情……意味わかんない…」


夢から覚めた今も、その言葉に言い表せない感情が私の中で渦巻いていて、心臓がギュッと絞られるようだった。


「痛い……痛いよ……」


涙がじわりと浮かび上がる。朝から泣いたら目が腫れてメイクが出来なくなっちゃうってのに、今まで感じた事のない深く濃く激しい感情に全てが翻弄されて、頭と心がおかしくなりそうだった。


「ねぇ……なんなの?なんなのコレ………意味わかんない……おかしいよ。」


おかしい。
おかしい。
おかしい。
おかしい。


ーーーー何かが、どこかが、おかしい。
だって…夢って、私の経験した出来事から作り出されるはずでしょ?
私の平凡な経験から、こんな濃密な感情が生み出されるものなの?



嫌な予感が頭によぎる。頭に浮かんだその考えに、心臓がドクンと音を立てた。目に浮かんだ涙をゴシゴシと乱暴に拭うと、ベットからバタバタと飛び出て、本棚のある本を手に取った。



『夢占い大辞典』



この間由紀と一緒に行った本屋で買ったあの本だ。そう、確か、この本の冒頭に書いてあったはず。パラパラとページをめくって目当ての箇所を開く。

どくん。

そこに書いてあった内容に、心臓がさらに激しく鳴り出した。冷や汗がぶわっと噴き出して、目の前がチカチカした。




ーーーーーーーーーーーー

夢は、体は休息しているが脳は覚醒しているという「レム睡眠」時に出現するものである。記憶に関係する「大脳皮質及び大脳辺縁系」が覚醒時にほぼ近い水準で活動しているため、外的あるいは内的な刺激によって記憶が喚起されやすい状態となっている。脳の記憶貯蔵庫から過去の記憶映像が再生され、その時々の心理状況に合致したストーリーが再構築されたものが夢である。本書では、フロイトの著書『夢判断』『精神分析理論』とユングの著書『夢分析』『自我と無意識の関係』を元に、独自の解釈を加え、項目ごとに…………

ーーーーーーーーーーーー


バクバクバクと心臓が早鐘を打って、本を持つ手が震えた。


ーーー脳の記憶貯蔵庫から過去の記憶映像が再生され……って、つまり……過去に体験したものが、映像となって再構築されたものが………夢。


「……う、嘘だ……」


だって、今までこんな感情を感じたことなんかない。
こんな、深く熱く激しい感情を経験したことなんかない。
こんな経験、こんな感情、私の中には存在しない。


夢で未知の感情を味わうだなんて………



ねぇ……



これは…いったい





イッタイ、誰ノ夢ナノ?








[3.『望まぬ遭遇』1/4]


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