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 ヨークシン中心街から車で一時間ほど走ったところに、それまでの街の活気が嘘のように静まりかえった、ただひたすらゴツゴツとした岩肌ばかりが続く荒野がある。民家はおろか草木の一本すらないそこは、風化し砂漠となるだけを待つ不毛の大地として、皮肉交じりに「ゴルドー砂漠」と呼ばれている。その荒野の舗装のされていない道を、何台もの黒塗りの車が砂を巻き上げながら走っている。セメタリービルを襲った盗賊を追い掛けてきたコミュニティーの車の一群だった。

「わーあ、団体さんのお付きだ」

 気球から降りた金髪の男――シャルナークは岩壁の上で、黄砂を巻き上げて向かってくる十数台の車を見てひょうきんな声をあげた。

「あれは掃除しなくていいの?」
「別にいいね」

 シャルナークの隣にいた黒髪の女が声をあげ、吊り上がった鋭い細目が印象的な小柄な男が気怠げに答えを返す。背後にはフランケンシュタインを連想させる大柄な男もいる。黒服を脱ぎ私服へと着替えていたが、この二人は地下競売の会場に司会進行として蝶ネクタイを付けて壇上に上がった二人組に相違なかった。

 男五人に女二人、総勢七人の彼らは、クロロ=ルシルフルを頭とする盗賊集団『幻影旅団』の手足であり、団長であるクロロの命令によってセメタリービルを襲っていた。

「俺が全部片付けてくるわ。いいか、お前ら手ェ出すなよ」

 毛皮を腰に巻いた、まるで獣のような風貌の大男――ウボォーギンはそう言うと軽快な足取りで、拳銃片手に怒声をあげる集団へと駆け下りていく。

 彼の目的は適当に暴れること。彼らは地下競売の品物がオークション開始数時間前に、十老頭ご自慢の武闘派部隊「陰獣」の一人によって移されていたことを、尋問したオークショニアから聞き出していた。コミュニティー相手に適当に暴れれば陰獣の方から姿を現わす。それが報告を受けたクロロが導き出した答えであり、蜘蛛の手足へと命じた次なる指令である。

「客をさらったのはてめえらか?」

 憤怒に額に血管を浮かべる黒服の集団の真ん中へと降り立ったウボォーギンに男たちが幾十もの銃口が向ける。リーダー格と思われるひげ面の男が一歩前に進み、ウボォーギンの顔面に銃口を当て問いかけた。

「ああ、間違いないぜ。大ビンゴだ」

 拳銃を向けられているにも関わらず、ウボォーギンに怯える様子はない。むしろ、その口は笑っていた。男たちの拳銃を握る手にさらに力が入り、周囲の空気は男たちから放たれる怒りでピリピリと張り詰めていた。


「おい、先頭車両が停止した! どうやらこの先の開けたところに気球が降りたらしい」

 窓から身を乗り出して様子を確認していたミズキは、運転席に座る男へと声を掛ける。今、ミズキが乗っているこのセダンには六人の人間――ミズキとアルファとベータ、そしてホワイトの別の班三人――がいた。

「ああ、分かっている。各自、戦闘に備えて準備をしろ」

 ミズキの報告を受け車の運転をするもう一つの班のリーダーが、車両にいる全員に向かって言う。荷台には、オークション前日の打ち合わせ時に没収されていた各自の武器があった。ミズキは愛銃を手に取ると、不備がないか簡単なチェックを行いマガジンを装填し、腰にポシェットとナイフ、そしてペットボトルを括り付ける。

「お前、ライフルは使えるか?」

 その声に顔を上げると、隣に座るアルファがスコープ付きボルトアクション型スナイパーライフルVSR10、使用弾丸は7.62mm弾、有効射程距離は800m、を大事そうに撫でていた。

「まあ、人並みには……」
「今まで武器を取り上げられていたから披露することもなかったんだが……実はな、俺たち、長距離狙撃が得意分野なんだ」
「アルファは凄いんだぜ、この銃で2キロ先の標的の頭をぶち抜いたことがあるんだぜ!」

 今までのおどおどした態度とは一変して、ベータが目を輝かせて言う。よほどアルファの狙撃の腕に惚れ込んでいるのだろう。

「お前に予備のライフルを一丁渡す。俺らの班は遠方からの射撃で敵を仕留めるぞ」

 開けた平地からは見えにくい場所に車を停めたミズキたちは、怒声をあげる黒服の集団を物ともせずに堂々と歩み寄る大男を横目にしながら、狙撃のポイントなりそうな岩山へと急いで駆け上る。距離はおよそ四百メートル。有効射程距離八百メートルのスナイパーライフルなら確実に狙える距離であった。

「よし。俺らはあの後ろに座っている奴らを狙おう」

 岩べりに腹ばいになってスコープを覗くアルファに言われ、ミズキもその隣でライフルを構えた。岩のひんやりとした感触が服越しに伝わってくる。この辺りの岩山は風化の影響で所々割れているため隠れる場所が多い。たとえ狙撃されたことが分かっても、こちらの居場所は容易には見つけられないだろう。
 ミズキは深呼吸をすると、スコープへと右眼を付けた。

「……おい、何かおかしくないか?」
「何がだ」

 スコープの先にあったのは、男女六人の姿。黒服の集団に一人で向かった大男に心配顔を向けているだろうとの予想とは異なり、六人は涼しい顔で地面に座っていた。あろうことかその内四人は、この非常事態にトランプをしている。

「なんであいつらこんな状況で寛いでるんだ? あの大男が死んだら次に殺されるのは自分たちなのに……」
「知ったことか。逃げ場がないと知って最後のお祈りでもしてるんだろ」

 トランプでお祈りをするはずがないだろう。喉元まで出た言葉を飲み込んで、ミズキは目に"凝"をする。スコープ越しの姿、さらに戦闘状態ではない人間のオーラを見極めるのはかなり難しかったが、しかしミズキにはあそこに座る男女のオーラが研ぎ澄まされているように見えてならない。ミズキの背筋にぞくりと悪寒が走る。

「お……おい、止めとこうぜ。あ、あれは手を出しちゃいけねえ……」
「はあ!? 何言ってんだお前、馬鹿じゃねえの!?」
 アルファが怒りの声をあげる。
「いや……だめだ、あれは危険だ……」

 間違いなくあれは圧倒的強者の集団だ。念を覚えているミズキでさえ銃を手にした人間は五人がせいぜい、十人に囲まれたら一旦その場を引くにもかかわらず、崖上にいるあの六人には崖下の男を心配する素振り一つない。重火器を装備した五十人近い人間をあの大男が蹴散らすと当然のように思っているのだろうか。

 敵は念能力者であると理解した上でこの場に来ていたミズキであったが、もしかしたら自分はとんでもない場所に来てしまったのではないかと、今更ながらに背筋が震えだす。
 いつこちらに気付かれるかと思うとスコープで覗くことさえままならず、ミズキはライフルを抱えたまま青白い顔で岩影にうずくまった。

「チッ、臆病風に吹かれたか。おい、ベータ。ビビリは放っておいてさっさと仕事をしようぜ」

 そう言ってアルファが再びスコープに目を戻した瞬間、乾いた銃声が三人の耳をつんざいた。

「くそっ、出遅れた。おい、直ぐに大男の後ろの連中を――、なにぃ!? 死んでない!?」

 アルファの狼狽えた声を、絶え間なく鳴り響く銃声と唸り声と叫び声とが掻き消してゆく。

「……避けた、のか? まあいい。ベータ、先にあの男、仕留めるぞ」
「了解」
「ま、待て。お前ら、死にたいのか!?」
「耳を貸すな。カウント開始。スリー……」

 先ほど大男は鼻先に銃口を突きつけられていた。ゼロ距離だ。あの距離で外すわけがない。ミズキもオーラで銃弾を相殺することはできるが、それは遠方から撃たれた場合に限る。ゼロ距離で撃たれたら無傷ではいられない。もし、大男が無傷だとしたらそれはつまり――。

「ツー……ワン……」

 アルファのカウントは続く。7.62mmのライフル弾は一般的なハンドガンの十倍の威力を持っているが、それでも勝てるかどうか危うい。ミズキの心臓がズキズキと嫌な音を立てる。止めなくては――。

「おい、止めろ――」

 ミズキが制止の声をあげたのと、アルファが「ゼロ」とカウントするのと、引き鉄が引かれるのは同時だった。撃鉄が下り、銃口からライフル弾が射出される。

「よっし、着弾した!」

 双眼鏡を片手に様子を確認していたアルファが岩の上で嬉々とした声をあげる。

「止めろ、姿を見せるな! 隠れるんだ!」
 しかし、ミズキの声はアルファの耳には届かない。
「やったぜ! 褒賞は俺たちのものだ!! な……いや、まさか……」

 双眼鏡をもっているアルファの顔が、夜目でも分かるほどみるみる青ざめてゆく。

「ライフルの弾が効かねえだと!?」
「馬鹿な……走行車両用の鉄鋼弾だぞ!?」
「隠れろ! 一刻も早く!!」

 ミズキが叫んだ瞬間、物凄いスピードで飛んできた何かがアルファの腹部を貫いた。

「なっ――!」

 叫び声の途中で、今度はベータの顔が吹き飛んだ。飛んできた何かはこぶし大の岩だった。岩壁にぶつかり失速した小岩が、青ざめるミズキに向かってコロコロと転がってくる。

「おーし、大命中!!」

 獣のような雄叫びが風に乗って聞こえてきた。大地を震わすような恐ろしい声だった。アルファたちが放ったライフル弾は、車の中で誇っていた通り大男に命中したのだろう。しかしそれが原因で反撃に合い、アルファは上半身と下半身とが内蔵をぶち撒けながら捻れ切れ、ベータは頭蓋骨ごと粉砕され、顔のない体の側では脳味噌が飛び散っていた。

「あいつ、実力者なんてレベルじゃねえ……化け物だ……」

 こぶし大の岩でライフル弾を越す威力なのだ、砲丸ほどの大きさの岩ならミズキの背後にある一メートルほどの厚さの岩壁なんぞ、紙くず同然の脆さで崩れ落ちるだろう。死は怖くはない。しかし、アマンダの仇を討つ前に犬死するのだけは何としても避けたかった。

 ミズキは圧倒的な強さを誇る大男に恐れおののきながら、岩陰で必死になって息を潜めていた。
 



[18.9月1日 4/6]


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