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 既存の警備網が敷かれている中での、素人集団による二重警備。ミズキが抱いていたこの疑問は、九月一日が始まってすぐにあっさりと解決した。

「あー、クソ! あのフローディアファミリーのハゲ野郎、むかつくぜ!!」

 人気のない路地裏の一角で、プロレスラーを彷彿とさせる緑色のネクタイを付けた黒服の男が、うずくまるミズキの腹部に強烈な蹴りを入れる。

「こっちにガン飛ばしやがって何様のつもりんだよ……ったく!」

 隣に立つ男もイライラした様子で、ミズキの顔を目掛けて革靴を履いた足を降り下ろす。ドガっと鈍い音がして、ミズキが呻き声を上げる。ミズキに抵抗の意思は見受けられない。ミズキの右腕にも、同じように暴行を受けて力なく壁に寄りかかるベータの右腕にも、白いゴム製のバンドがはめられていた。

「あー、くそ……思いっきり殴りやがって……。おい、大丈夫か?」

 黒服の集団が去ってから、ミズキはのそりと体を起こして、壁に寄りかかるベータへと手を差し出す。

「大丈夫じゃねえよ……。口の中切れたし、たぶん奥歯も欠けてる……」

 力ない様子でベータが言う。そこに物陰から様子を見ていたアルファがトランシーバー片手に姿を現し、物憂げな顔で口を開く。

「……また連絡が来た。次はDの4だ。……行けるか?」
「……行けるかって、行くしかねえだろ。そういう仕事なんだから……」

 ミズキは大きくため息をつくと、よろめくベータに肩を貸して歩き出した。

 九月一日の午前九時、セメタリービル前に集合したミズキたちは、まずはじめにヴォルゲンから白いバンドを渡された。セメタリービルを警備する人間は黒色を、四方を警備する各組織の人間はそれぞれ赤、青、黄、緑をシンボルマークとして身につけているので、それらと明確な区別をつけるためにそれらは必要であるようだった。白色であるのは、どの組織の色にも染まっていないという理由かららしい。この時点でミズキは嫌な予感を感じていたのだったが、その後に受けた説明でそれは決定的となった。

 各組織間の摩擦を解消するための存在になること。それが今回集められた人間に与えられた仕事であった。

 地下競売の会場となるセメタリービルには、各国のマフィアンコミュニティーが集合する。地上のいざこざは全て忘れて、互いに競売を楽しむ。これは、マフィアンコミュニティーに属する全ての人間が承知している暗黙の了解であったが、地上のいざこざがそう簡単に忘れ去られるわけはなく、実際のところ地下競売の会場の外では毎年、様々ないざこざが勃発していた。

 それは敵対組織にガンを飛ばされただとか、ムカつく野郎が視界に入っただとか、肩が触れ合っただとかそんな些細な事が発端になる場合が多く、年々過熱するその問題に看過できなくなった上層部は、今年から組織員がストレス発散できる下位の存在『オブジェクトホワイト』を発足するに至ったのだった。

 オブジェクトホワイトの面々はその名の通り白い物体として組織員のストレス発散に付き合わなくてはならず、それはパシリなどの軽いものから殴る蹴るなどの暴行に耐えることまで含まれる。逆らうことも抵抗することも許されない、ていのいいサンドバックであった。

「こんな役割、組織員にさせられねえよな……くそったれ」

 春先にヨークシンでテストを受けさせられた時も、昨日初めて顔合わせさせられた時も、なぜ組織外の人間を使うのか疑問に思っていたミズキであったが、その答えはもう明確な形で地面に転がっていた。

「やっぱりろくな仕事じゃなかったぜ……」

 ミズキは口元についた血をぬぐいながら言った。しかし、新たな収穫もあった。

 サンドバックになるという性質上、この組織は六大陸十地区のマフィアンコミュニティーのどこにも所属しないことになる。どこかの組織に所属しているとなれば、それが今後の禍根となるからだ。つまりは、この組織を作るよう指示した人間は、今年のホストコミュニティーとなっているヨルビアン地区の上層部、あるいはその先にいる十老頭近辺にいることになる。ジョンやヴォルゲンに指示をする人間は予想以上に大物かもしれない。

 ミズキはもう一度口元を拭うと、次の場所に向かう足へと力を込めた。



「正体不明の組織がいる?」

 ヨークシンの中心街からさほど離れていない高級ホテルの一室で、イルミは背後に立つ執事服の男に問い掛けた。

「はい、イルミ様。事前調査では拾い上げられなかった事柄ですが、今回のオークションでは例年と異なり正体不明の組織がコミュニティー内の諍いの火消しに回っているようです」

 執事服に身を包んだ長身の男――ゴトーが、紅茶を注ぎながら強面の眼鏡の奥から恭順な瞳をイルミへと向ける。

「それで? それがあると何か問題でもあるの?」
「いえ……問題というほどではないのですが。毎年オークションが始まれば、どこかからの組織から些細な諍いが原因で暗殺の依頼が一件や二件入っていたのですけど、今年は夕方になってもそのような依頼がなかったので……。念のためのご報告です」

 オークション開始前日にヨークシン入りしたイルミは、緊急の依頼に備えて執事たちと一緒にこのホテルに泊まっていたのだったが、どうやら今年は例年と異なっているらしい。

「ふーん。じゃ、今年は暇になりそうだね」
 イルミは感慨もなしに呟く。
「いえ、それが……」
 口ごもるゴトーにイルミは口を付けれていたティーカップをテーブルに戻し、ゴトーへと顔を向ける。
「何?」
「あの……例年にない新しい組織が発足されたということは、マフィアンコミュニティー内で、勢力図に何かしらの変化があったと考えられます。何もなければ良いのですが……もし勢力図に何かしらの変化があったとしたら、闘争などが起こる可能性が考えられます……」
「ふーん。マフィアンコミュニティーってそういうものなの?」
「ええ……地下競売は自分の力を示す絶好の機会ですので、何かあるならこの時かと……」
「ん。分かった。注意しとく。また、何かあったら報告して。」
「はい。かしこまりました」

 ゴトーは恭しく頭を下げそのまま扉へと向かったが、イルミが何かを思い出したように「あっ」と声を上げたので、ゴトーは「イルミ様、いかがされました?」と言って振り返った。

「そう言えば。ゴトー、まだオレに報告してないこと、あるよね?」
 イルミの無機質な瞳がゴトーをじっと見据える。
「あの……その件は……」
「父さんたちがオレに情報が来ないように裏で手を回していることは知ってる。でも、オレ、今ここに父さんたちの代理として来てるよね? ゴトーが普段父さんたちにしている報告をオレにもするのが筋じゃないの?」

 無言の圧力がゴトーを襲い、ゴトーの額から汗がたらりと流れる。イルミの気迫に負け、ゴトーは重々しく口を開いた。

「……はい、分かりました。後ほどキルア様のここ最近の動向をご報告に伺わせて頂きます……」
「あと、ミルの分も。別に知りたくないけど。あいつ、ヨークシンに来ているんでしょ? 何かあった時のために、動向くらい知っておかなくちゃ。代理だしね、オレ。」
「はい、かしこまりました」

 今度こそゴトーはイルミの側から姿を消し、イルミは残っていた紅茶を喉の奥に流し込んだ。「全く。キルったらほんとワガママなんだから……」と誰に言うでもなくイルミは呟く。

 任された仕事。ゾルディック。そして、家出中の後継である弟のキルア。イルミの頭の中にあったのはそれだけであったので、まさかゴトーに言いつけた用件がきっかけでミズキとこの地で再び会うことになるとは、この時のイルミは夢にも思っていなかった。






[18.9月1日 1/6 ]


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