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『ミズキ=テイラー。ビターラッドファミリーの元組織員であるアマンダ=テイラーの私生児。父親は不明。八月二十六日生まれ。男性。カメリア公国マンミーア病院で誕生が確認されるもその後、母親共々消息不明に。小学校中学校その他教育機関に在籍した記録なし。現在生きているのならば十五才となる。また、アマンダ=テイラーはミズキ=テイラー誕生後より該当組織から「逃亡者」として追われており、組織員に告知された褒賞額は当時のレートで一千万ジェニー。五年前に捕縛命令は撤回されたがアマンダ=テイラーの生存は依然として不明。追跡者に殺害された可能性が濃厚だと言われている』


 ヨークシンシティ郊外にあるとリーンゴーン空港の待合室で、クロロは手にしていた一枚の紙から顔を上げた。あれほど知りたかったミズキの情報は、性別を「男」として再検索をかければ驚くほどあっさりと入手できた。資料をめくって次の情報に目を落とす。


『便利屋ミズキ。五年ほど前からミンボ共和国ニューステイ近郊を拠点として活動している何でも屋。猫探しやゴミ拾いから運搬・窃盗・暗殺まで幅広くこなすが、既存顧客からの依頼をメインとして活動しており、それ以外の顧客からの依頼受諾率は低い。一般的な相場でのランクはC。プロハンター換算のランクでは一番下のH、あるいはランク外』


 念を知り発まで身に付けている人間ならば、プロハンター換算のランクでもFかGの扱いとなるところなのに、ミズキのランクは相場より二つほど低かった。意図して低くなるよう操作しているのか、あるいは知名度が低いためにまだ情報として確立していないのだろうと、クロロは思った。

 いずれにせよ、点と点は線で繋がった。ヒソカとイルミと一緒に防犯カメラに映っていた少年は便利屋として活動していたミズキの姿に間違いなく、ククルーマウンテンと天空闘技場を擁するあの大陸で裏の仕事をしているのならば、イルミやヒソカといった裏の人間と知り合っていたとしても何らおかしくはなかった。クロロは開いていた資料を閉じてふーっと大きく息を吐いた。


「お待たせ。団長はブラックで良いよね?」


 飲み物を買いに行っていたシャルナークに声を掛けられ、クロロは隣の席に置いていた資料をカバンへと戻す。シャルナークはクロロにコーヒーを手渡すとそのままソファにぼすんと座り、取り出したノートパソコンのキーボードをカタカタと鳴らす。仕事の下調べは既に終えているので、個人的な案件を行っているのだろう。盗み見た画面から、おそらくどこぞの企業に嫌がらせでサイバーテロを仕掛けているのだろうとクロロは思い、そのまま受け取ったコーヒーに口をつけ読みかけの本を開いた。


「パクノダが来るのはN803便だっけ?」

 しばらくして待合室に響いた飛行船到着のアナウンスに、シャルナークが顔を上げる。

「そうだ。今到着したのがN802便だから、あと二十分もすればパクも来るだろう」


 現在時刻は午前十時をいくばくか過ぎた頃で蜘蛛の集合時間までまだ半日近くも時間があったが、それでも時間に厳しい面々の何人かは既にヨークシン入りをしている。

「フランクリンから、ノブナガと偶然同じ便になったから一緒に向かうって連絡来たよ。マチとフェイタンも昼過ぎの似たような時間に着くから、もしかしたら一緒に来るかもね」

 コウモリを模した黒い携帯電話を片手にシャルナークが言う。

「そうか、分かった」

 そう答えて手元の本に視線を戻すと、他の便が到着したのだろう、視界の隅で出口のゲートから大きなトランクを持った人々が続々と出てくるのが見えた。何ともなしに目を向ける。様々な人種、様々な年齢層の人間がまるで工場のベルトコンベヤーの排出口のように次から次へと出てくる中、クロロがそれに気づいたのは全くの偶然と言えた。

 クロロは彼らの到着時間を全く知らなかったし、彼らが共に行動していることも知らなかった。ただ、ニューステイ発ヨークシン着の飛行便なので、もしかしたら……と思っていただけだった。


「……ヒソカ」


 シャルナークに聞こえないほど小さな声で呟いたクロロの視界の先にあったのは、群衆から頭ひとつ分飛びでている赤髪の男の横顔だった。横顔のヒソカが、人混みに埋もれて見えない右下に向かって何かを話しかけ、悪戯が成功した子供のような顔でキュッと目を細める。じっと見ていると人混みの垣根が一瞬だけ開けて、ヒソカの隣にいる人物の姿がちらりと見えた。

 小柄な少年とも線の細い女性とも言える背丈の人間。ミズキだ。顔は見えなかったがショートカットの黒髪が歩行に合わせてふわりと揺れて耳元が露わになり、数日前に会った時にはなかった赤いピアスがクロロの目に入る。まるで所有の証であるかのように男の髪色と同じ色を放つそのピアスに、下水に捨てられていた腕輪とたっぷりのオーラが染み込んだトランプが思い出され、クロロの手に持つ本にピシリとしわが入る。クロロの本革の黒いブーツは今にも飛び出しそうだった。


 しかし隣には『旅団員』であるシャルナークがいる。シャルナークはストックスの街に共に赴いていた時はクロロのことを「クロロ」と呼んでいたが、このヨークシンで再会してからは一貫してクロロのことを「団長」と呼んでいる。それは幼馴染としての関係から幻影旅団の団長と団員としての関係に切り替わったことを意味し、大仕事の舞台であるヨークシンに既に到着した今、クロロは己に『団長』として振る舞うことしか許していなかった。


 長い時間視線を送っていたせいだろう、ヒソカは眉をピクリと動かしこちらに顔を向ける。ヒソカの目がクロロの姿を捉え、何十人もの人が行き交う中、ヒソカとクロロの視線が静かにぶつかった。

「うっげ、ヒソカじゃん……」

 いつの間にかヒソカの存在に気づいたシャルナークが、クロロの隣で苦虫を踏み潰したような声を上げる。

「ニューステイの街といいヨークシンといい、良く会うねぇー。……オレとしては会いたくないんだけど」


 こんな人目のあるところでヒソカが何か行動を起こすとは思えなかったが、クロロとの「ヤり合い」を年単位で画策している男が相手となると、いくら用心をしてもし過ぎということはないだろう。シャルナークはヒソカに対する愚痴を吐きながら、ヒソカがいつ人混みを薙ぎ倒して襲いかかってきても良いように、クロロの前にそっと立つ。


「ふぅー。やっと行った」

 ヒソカは何か行動を起こす事もせずに、そのまま人混みの流れに沿ってゲートからタクシーの待つエントランスへと歩いていく。シャルナークはヒソカが確実に攻撃できない距離へと遠ざかったのを確認してから、大げさな身振りで額の汗をぬぐうジェスチャーをした。

「ホント、ヒソカって何考えてるか分かんないよねー。いかにも企んでますって顔をしているくせに、変な動きをするわけじゃないし、指示には素直に従ってるし。……でも、いつかは爆発する時限爆弾のような感じがして、個人的には嫌なんだよねー」
「そう言うな。あれでいてヒソカはなかなか使える男だ。戦闘力としても申し分ない。手綱の扱いを間違えなければいい話だ」


 ヒソカは使える。それは間違いない事実である。『団長』として正しい答えを口にしながら、
クロロはそれと同じ言葉を『ただの男』であるクロロ=ルシルフルが言えるかどうか、自信がなかった。

 カツンカツンカツンと、甲高いヒールの音が近づいてくる。クロロは深呼吸をして団長の顔に戻ると、靴音を立てて歩いてくるパクノダを出迎えた。ヒソカが向かったタクシー乗り場には、もうヒソカの姿もミズキの姿もなかった。





[17.8月31日 2/3]


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