「全く。社員に全ての仕事を押し付けて自分は優雅にコーヒータイムとは…噂通りのクズだな」


数メートル離れた背後の席に座っている標的を横目で監視しながら、クラピカは嫌悪感たっぷりに呟いた。


「実質は側近達が会社を動かしているらしいぜ。あいつはただの能無しだろうよ」


「裕福な家庭に生まれてせいぜい持て囃されて育ったのだろう。財によって地位と肩書き、有能な部下を手に入れたにも関わらず賄賂や詐欺にまで手を回すとは、金に対する執着は凄まじいな。中身は何も詰まってないが悪知恵だけは働くだなんて…まるでお前みたいだな」


「うるせえよ」


こいつはいちいち癪なことを口に出す。
コンビを組み始めた当初はいろいろと衝突したが

良きか悪きか、今ではすっかり慣れてしまった。


「逃げ足だけは早いと言われる厄介者だ。他の探偵たちも追っているらしい。
やっと見つけたんだ、手柄は私たちが頂くぞ。目を離さないようにな」


「ああ、分かってるよ。」


あいにく自分のパートナーは優秀なのだ。

捜査の対象が厄介であれば厄介であるほどやる気が出るタイプらしく、ボスからの信用も厚い。



そして。



「お前、なんでカツラまで被ってんだよ」


「変装する際は細部にまでこだわるのが常識だろう。お前が女装できないから仕方なく私がしてやってるんだ。ありがたく思え」


女性やカップル、一人客が圧倒的に多いこのカフェで
自分たち二人がティータイムだなんて、場違いな光景にも程がある。

そんなボスの判断によってクラピカに女装が命じられたわけなのだが


「見てみろレオリオ、写真の中のあいつ、よく見れば女顔だぞ」


………。
お前が言うな。


「お前、違和感がなさすぎなんだよ!それに何でハイヒールまで履いてんだ。少しは抵抗感を見せろよな」

「抵抗だと!?そんなものを持っていて探偵が務まるとでも思っているのか!?」


男か女かわからないこいつは
変な所で頑固なのだ。


「それよりお前」


ここ最近、レオリオには気になることがあった。


「なんだ?」


「お前、好きな奴でもできたか?」


「……。なんだいきなり」


「自分では気づいてないかもしれねぇが、最近のお前はボーッとしていて心ここにあらずって時が多々あって確実に変なんだよ。一体何があったんだ、好きな奴でもできたのか?」


「な、なにを言うんだいきなり!す、す、すすすすすす好きな者なんて……いっ、いる訳がないだろう!!私は仕事一筋人間だ、み、見ず知らずの人間にひひひ一目惚れするわけがないじゃないか!!!」


「………」


分かり易すぎて何も言えない。
しかも見ず知らずの人間に一目ぼれしただなんてパーソナルな恋愛データまで晒してしまっている。

真面目すぎるその性格が、なんだか可哀想になってきた。



「意外じゃねーか。お前は惚れられることはあっても惚れることはないと思っていたんだがな」

「だから違うと言っているだろう!私は惚れてもいないし惚れられてもいないぞ」


「まぁそう言うなよ。相談だったら乗ってやるぜ。お前と違ってそれなりの経験は…」


レオリオの言葉が途中で止まる。

その様子を見たクラピカが眉間に皺を寄せ、
少し顎を引いて背後の席を確認した。


「ターゲット、動きそうだな」

「ああ」


張り詰めた緊張感が漂いはじめる。


至福のひと時を終えたらしく
標的はレジカウンターで一杯のコーヒー代をさらりと置くと、店内を後にする。

気づかれないように
見つからないように


一定の距離を保ったまま、二人もその後を追う。
徒歩で移動している標的を捕らえてしまうのは簡単なことだ。


問題は「いつ」捕らえるか。


人で溢れ返ってる大通りでの捕獲劇は
影で活動している探偵にとっては好ましくない。

多くの人目に触れてしまってはいろいろと厄介なのだ。


「標的が裏路地に入った瞬間を狙うしかないな」

「鎖、放てるか?」

「当たり前だ」

すぐに訪れるであろうその時に備えて
クラピカは右腕に常備している捕獲用の鎖の先端を握りしめる。


その時だった。


標的が一瞬だけ後ろを向いたと思ったら、凄まじいスピードで駆け出した。

「なっ」

気づかれていたのか。

「レオリオ!追うぞ!!」


逃げ足だけは速い男だと聞いていた。
確かに速い。

人ごみの中を縫うようにすり抜け、あえて人が多い道を選んで逃げて行く。


(人ごみに紛れようという魂胆か)

苛立ってぎりりと歯ぎしりをした。
今すぐに鎖を放ってやりたい衝動に駆られる。

標的との距離はなかなか縮まらない。
相手より運動神経が鈍いとか、足が遅いとか、そんなことは絶対にないと思う。



しかしながら



「くそっ、走りにくい!」

あいにく自分はハイヒールを履いているのだ。


「ちょ、おま、走り方…がに股…ぶふぉぉっ」

「うるさい黙れ!笑ってないで早く追いかけろ」

「なら俺の前を走るんじゃねぇ!!わ、笑っちまうだろうが…ち、力が…はいらねぇんだよ」

「お前もハイヒールを履いてみろ!この苦しみは…うがっ」


ズットーン。
そんな効果音が似合いそうなほど、クラピカは派手に転んでしまった。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫だ。お前は早く追え」


目の前に滑稽な走り方の自分がいなくなった効果は絶大らしい。
調子を取り戻したレオリオは標的との距離を縮めていく。

「………」

なんか悔しい。いろいろな意味で。



「くそ…」

よろよろと立ち上がりながら
クラピカは悔しそうに呟いた。

レオリオとコンビを組んで以来、標的を捕まえるのは自分の役目だった。

今のこの状況を考えると、今回ばかりはそれが覆ってしまうだろう。
仕方ない。今回ばかりはレオリオに譲ってやるか。


「……」

「……」

手柄をレオリオに。

「……」

手柄を

「……」

レオリオに。



「…やっぱり嫌だ」


クラピカは右手を構え、標的と自分とのおおよその距離を推測する。

(おおよそ100m…駄目だ、届かない)

どうしたものか。

頭を素早く回転させ、
やがて一つの作戦にたどり着く。

それはなんとも爽快感溢れるもので

クラピカは楽しそうに凛とした表情を浮かべると
そのまま前方に全力疾走する。






(もうすぐだ)

こんな仕事をしていれば、素早い相手を追いかける脚力は自然と身につく。

元々足の速いレオリオは
この程度の標的に追いつくのは簡単なことで


(今回の手柄は、報酬は…俺のもんだ!!)

まさかあのクラピカが派手にずっこけるとは思っていなかった。

クラピカには悪いが笑ってしまった。
かなり笑ってしまった。

報酬は口止め料として全部もらってやろう。

そんな大人げないことを考えて、レオリオの口元がにんまりと歪んだその瞬間




「レーーーーーオーーーーリーーーオーーーーーーーー!!!!」




びくりとして反射的に後ろを振り返ると、
カツラとハイヒールを脱ぎ散らかしながら、クラピカが猛スピードで駆けてきた。

速い。速すぎて怖い。
ここが砂だらけのグランドだったなら、背後に砂埃が立ちそうな勢いである。


「レオリオッ!!馬になれ!!!」


「は?」


「馬だ馬!跳び箱だ!」


クラピカは速度を緩めずに駆け寄ってくる。
向かい風を正面から受け、無防備に額を晒しながら


裸足のクラピカが迫ってくる。



「うおぉぉぉぉぉぉぉ」


「こ、こえーよお前!!」


その剣幕は恐怖に値するものがあり、レオリオはほぼ反射的に身をかがめる。







ダンッ。
一瞬だけ、背中に力強い重さを感じた。



裸足のクラピカがレオリオの背中を踏み台にして、空高く舞い上がる。







道ゆく人々が何事かと空を見上げ
空飛ぶブルーワンピースの少女に度肝を抜かれ、目を丸くする。



瞳を閉じていたレオリオが瞼を持ち上げて
ゆっくりと頭上を見上げたら、視線の先の光景に驚いて



口をあんぐりと開ける。



「く、クラピカ!!!ぱ、パンツ…!パンツ!!!」



爽やかなブルーのスカートが風になびいてめくれ上がり
変装(女装)をするなら細部までというクラピカの変なこだわりによって履かれた女性物の白い下着が


サービスですよと言わんばかりに大放出していて



「クラピカ!!スカート抑えろ!パンツなんとかしろ!!」



なぜだかこっちの方が恥ずかしくなっってしまう。


大通りを歩いていた人々の足が止まってみんなが一斉に自分の相棒のパンツを見ているわけだし
あそこにいる若い男2人組なんか、嬉しそうに携帯を向けているわけだし


「クラピカぁぁぁぁあ!!」



赤面しながら叫ぶ相棒の声なんて全く耳に入らない。
多くの目線が自分に突き刺さっていることなんて全く気にしない。


クラピカは標的に向かって一直線に急降下する。


逃げていた標的が頭上から降りかかってくる追跡者に目を丸くし、
その後何故だか顔を真っ赤に染め上げて、自分の頭を抱えて身を庇った。


クラピカは右腕を大きく振りかぶる。
そのまま勢いよく反対側に空を切らせるとギュルギュルとリールが音を立てる。

鎖が放たれて、猛スピードで標的へと向かって行く。




「もらったぁーーーーーーー!!!!!」




この至近距離で自分の鎖を避けるのは不可能だろう。

勝利を確信したクラピカの唇が自然に吊り上がる。

鎖が標的に巻きついて、捕らえた感覚をしっかりと得るはずだった。



しかし


するり。
目の前から突然標的が消え、行き場をなくした鎖がさまようように渦を巻く。


「なにっ」


ほんの一瞬、おそらく1秒にも満たないその瞬間。
鎖が標的を捕らえるその瞬間。


急に視界に飛び込んできた透明な細いワイヤーが標的に巻きついて
ものの見事にさらってしまった。


あと0.2秒早ければ
鎖は確実に標的を捕らえていただろうに。

ワイヤーの先には釣り針と浮きがついていた。


(釣竿か)


くるくると宙返りをしながら
ふわりと軽やかに地面に降り立って

クラピカはワイヤーが消えた方向へと視線を投げる。


「おーい」


聞こえた声を辿って見ると、
高いビルの屋上から二人の少年が自分を見下ろしていた。

釣竿を肩にかけて、気を失った標的を片手で抱えながら
自分に手を振っている黒髪ツンツン頭の少年と。

その隣には


(!!)


ポケットに両手を突っ込んで、面白そうに口元を緩ませている銀髪の少年と。


その姿を見つけたクラピカの全身に
イナズマのような衝撃が駆け巡り…


(また…会えた)


そう思うことだけが精一杯だった。


もう二度と会えないと思っていたのに。
奇跡のようなこの現実が不覚にも嬉しくて。


まさか彼が同業者だったなんて。


同業者として、2人組に聞かねばならないことはたくさんあるのに
思考回路がショートしてしまったらしく、なんの言葉も出てこない。


クラピカがそんな状態であるとはつゆ知らず
黒髪の少年は大きな声で、眼下で固まっているライバルに話しかけた。


「お姉ちゃんも探偵なの??」

「えっ…あ、ああ」


自分はお姉ちゃんではないのだが。
ショートした頭脳じゃまともな言葉が出てこない。


「そっか。今回の任務はライバルが多いって聞いてるだろうから分かると思うけど、俺たちも同じ依頼を受けててさ。ごめんね…今回は俺たちがもらっていくね!!」


にっこりと。満面の笑みを浮かべて

黒髪の少年はその場を離れる。

おそらく相棒であろう銀髪の少年もその後に続いていく。


(あ…そうか、相手は憶えていないのか)


以前会ったことがあると言っても
たった一言言葉を交わしただけなのだし

憶えていないのが当たり前か…。

奇跡のような再会だと思ったのだけれど、相手は自分のことを全く知らないのであって。

「はぁ」

なんとも言えない気持ちが押し寄せる。
胸がぎゅっと締め付けられるような、切なさに似た感情。


しかし相手が同業者だったのならば
またいつか鉢合わせできるだろうか?


それが唯一の救いのような気がした。

クラピカは再び大きなため息を吐くと、ビルに背を向けて歩き出そうとした。


しかし


「ねぇ」


不意にかけられた声にびくりとした。
慌ててビルの屋上を振り返ってみると

相棒の後を追ってその場を去ったはずの銀髪の少年がそこにいて。


「俺とあんた、初対面じゃないよね」

「えっ」

「やっぱり憶えてないのかな?」


憶えている。


「お前こそ憶えているのか?」

「憶えてるもなにも」

銀髪の少年はごそごそと右ポケットを探り、何かを取り出した。


「あ!!!」


小さな右薬指に引っ掛けられて、キラキラと輝きを放つそれは



つい最近、自分がなくしたと思っていたイヤリング。



それは言葉では言い表せないほどに大事な物であり
なくしたと気づいた時には何日も何日も探して結局見つからず、深く落ち込んだ。

どこに落としてしまったのかも曖昧で

唯一の心当たりであった路地裏をくまなく探してみても見つからず……ん?

その路地裏を頻繁に使ったのは前回の任務の時で
あの少年に初めて会ったのもあの路地裏で

あの少年が持っているということは
その時に落としてしまったというのだろうか?


「それはとても大事な物で」

「うん。すぐに呼び止めて渡そうと思ったんだけどさ」

銀髪の少年は手のひらを閉じてイヤリングを包み込む。



「このまま持ってたらまた会える気がしてさ、持ち主のあんたに」



少年は再び背を向ける。

「ま、待っ」


「今渡したらもう会えなくなっちゃう気がするからさ、まだ俺が持っとくよ」


クラピカは大きく瞳を見開いた。

その言葉の意味を、理解するのに随分な時間がかかってしまう。

銀髪の少年は最後にもう一度クラピカを振り返り
にっこりと満面の笑みを浮かべて、大きな声で言った。




「また会おうよ!!!!」




片目を閉じて、固まったままのクラピカにウインクをした。

その瞬間にクラピカの心臓がどきりと大きな音を立て。

少年は軽く手を振りながら歩き出す。
今度こそ姿が見えなくなってしまった。





「同業者か。やられたな」

怠そうなレオリオがやっとクラピカに追いついて
憎々しげな舌打ちとともに呟いた。

「はぁ。結局報酬はなしかよ。ったく、今回は随分と体張ったのによう。お前は特に」

「……」

「あのガキども、どこの所属だ?捕獲に釣竿使うだなんて中々おもしれーじゃねーか。」

「……」

「帰ったらボスの説教か。絶対また喚くぜ、パパに新しいお宝買ってもらえるはずだったのにー!って」

はぁー。
憂鬱で仕方がないと言ったように、レオリオは大きなため息と共に肩の力を抜いた。

ふと、さっきから何も言わないで突っ立ったままのクラピカを不思議に思う。


「おい、あのビルの上にまだ何かあるのか?」

「あ…いや…」

ぺたり。
不意にクラピカが尻餅をつく。


「おい、クラピカ?」

「また…会えた…憶えてた」

「あ?何いってんだお前」

「イヤリングと…う、ううウインク」


クラピカの頬がみるみる赤くなっていく。


「お前…大丈夫か?」

「……」

「おいっ!クラピカ?クラピカ!?」


肩を激しく揺さぶってみても
顔を赤くしたままのクラピカは力なく揺れるだけでうんともすんとも言わない。

「本当に大丈夫なのかよ」


優秀な相棒に一体何が起こってしまったのか
クラピカのことをよく知るレオリオにも

流石に分からなかった。







「ねぇキルア、さっきあの人と何喋ってたの?」

「べっつにー」

「ふーん。でもキルア、なんか嬉しそうだね」

「そうか?…あ」

「どうかしたの?」

「あ、いや。特に大したことじゃないんだけどさ」


名乗るのも、名前を聞くのも忘れてしまった。


(まぁいいか)


それは次に会った時、楽しみにしておこう。


「あの人達すごかったね!一人が馬になって一人がジャンプしてさ。あんな連携プレーってなかなかできるもんじゃないよ。あれ、俺たちも練習しようよ!そういえば鎖を使う厄介な探偵がいるって前にボスが言ってたけどさ、それってあの人かも…絶対あの人だよ!すごかったもん!!」


ゴンは心底楽しそうだ。


「ビルの上から釣り竿を使って良かったよ。地上じゃ負けてたかもしれないもん。あの二人、面白かったなぁ…。また会いたくなっちゃった」


「ああ」


「俺、あの二人にはまた会える気がするんだ」

「そうだな」


口元を綻ばせて
ポケットの中のイヤリングを優しく握りしめながら



「絶対。また会えるだろ」



キルアも楽しそうにそう言った。




ーENDー

after words

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -