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「初めまして!竈門炭治郎です!」
「妹の禰󠄀豆子です!」
「苗字名前です……!」

 やば……!目の前に竈門兄妹がいる……!禰󠄀豆子ちゃんはどうやら人間になれたのかな?普通に喋れるようになったんだ……よかったぁ!それにしても可愛い……!!可愛すぎる……!!と、感動を隠しきれない私。

 善逸が急に「同僚とその妹を連れてきてもいい?」って聞いてきた時は本当に驚いた。私はただ住まわせてもらっているだけで、善逸の家なんだから好きにしていいのに。「名前の話したら会ってみたいって言うからさー」と言い出した時は、外で私の話をしてくれていたことが嬉しすぎて、暴れそうな心臓を懸命に落ち着かせたものだ。一体、どんなふうに話していたのだろう……。
 
「しかし驚いたなぁ。善逸にお嫁さんができたなんて!」
「ん……?」

 嬉しそうにニコニコ笑う炭治郎さん。
 ……さては善逸、私のこと、ちゃんと話してないな?

「流石わかってるなぁ炭治郎〜〜!」
「あ、違いますよー」

 遠慮なく誤解を解くと、善逸が「なんで!?」と言い出した。

「いや、結婚してないでしょ」
「そうだけど!そうだけどさァー!!」

 と、言い合っていると「仲が良いんだなあ」と炭治郎さん。「うんうん」と相槌をつく禰豆子ちゃん。いや、これはただ言い合ってるだけですけどね。とは言わないでおいた。



「美味しいです!名前さんは料理上手なんですね」
「教わりたいくらい美味しいです」

 今日の晩御飯に私の手料理を振る舞うと、目をキラキラさせる竈門兄妹。え……結婚する……?

「私で良ければいつでも教えますよ」
「本当ですか!」
「もちろん」

 そう言うと、禰󠄀豆子ちゃんは更に目をキラキラさせた。可愛い……!

「名前と禰󠄀豆子ちゃんが台所に立つ……?」

 ニマニマしている善逸が何かを呟いた気がしたが、たぶん気のせいだろう。

「毎日名前さんの手料理を食べれるなんて、善逸は幸せ者だなぁ」
「あげないぞ炭治郎!」
「炭治郎さんを困らせないで、善逸」

 なんで炭治郎さんを敵視してるんだ善逸は……。
 それにしても、自分の手料理を振る舞ったことがあまりなかった為、ここまで褒められるとすごく照れる。
 確かに、私の料理の腕は確実に上がったと思う。毎日毎日作っているのと、その度に善逸が美味しいと言いながら食べてくれるおかげ……あれ、私──この世界に来て、何日経った……?
 そう考えてゾッとしたとき、耳の良い善逸と鼻の良い炭治郎が心配そうに見てくるのに気がついた。こんなこと考えるのはやめよう……!



 竈門兄妹は笑顔で帰って行った。楽しい時間だったなぁ……。思っていたよりも善逸が禰󠄀豆子ちゃん禰󠄀豆子ちゃんと騒いでいなかったのには驚いたが、成長してから流石に自重したのかなぁ?と自己解決する。片付けは手伝ってくれたので、もう今日は特にすることがない。
 善逸が縁側に座っていたので、その横に腰掛けてみた。

「満月だね」

 そう声をかける。縁側から見える満月は、とても綺麗なものだった。

「綺麗だなぁ……」
「そうだね」

 二人で月明かりに照らされるってのは、結構良いかもしれない。

「なぁ、名前……」
「どうしたの?」
「名前はいつか好きな人ができたらその人と結婚して、俺の家には帰ってこないのかな」
「え?いきなりどうしたの?」

 いきなり変なことを言い出すもんだから、とても驚いた。

「名前の作るご飯は美味しいし、名前とそのご飯を食べたらもっと美味しい。でも、それもいつかはなくなるのかなぁって考えてたんだ」
「あはは、なにそれ。善逸が許す限り、私はずっとここにいたいって思ってるよ」

 そう言うと、善逸は「じゃあずっとここにいてよ!?絶対だぞ!?」と言い出した。
 いるよ。だって私の好きな人は善逸だもん。とは言わなかったが、その代わりに頷いておく。
 ふと、手が触れた。お互いビクリとして、でもその重なった手を離そうとはしなかった。
 も、もしかしたら今言うべきなのかな……?私が今までずっと、言えなかったこと。恥ずかしくて、でもいつかは言わなくちゃいけなくて……。

「ねぇ、善逸……今日、一緒に寝ない?」

 重なった手が、熱くなった気がした。どちらの熱なのかは、わからない。



 チュンチュン。
 チュン太郎の声で目が覚めた。見慣れない天井に、ここが自分の寝室ではないことに気がつく。

「……ん?あれ?」
「……おはよう、名前」
「おはよう、ん?」

 横に寝ていた善逸も起きたようだ。ん?隣に?
 一つの布団に二人。え、これ、もしかして……と一瞬思ったが、その割にお互い服をきちんと着ている。というかそれ以前に記憶がない。私、あの後どうしたんだっけ……?
 チラリと善逸を見ると、何故か隈ができている。え?したの?隈できるくらいしたの?私たち。聞きたくても、善逸は顔を洗いに行ってしまった。
 う〜ん、と寝起きの頭を捻って、ようやく目が覚めてきて全てを思い出した。

──普通に寝ちゃった──!!

 折角の大チャンスだったのに!!寝てしまった!!何やってんだ私……!?命の危機なんだよ、わかってる!?と昨日の自分に問いかけるも、爆睡している。散々どう誘うか迷った挙句、爆睡している。
 暫く布団で後悔した後、こんなことしてる場合じゃないとハッとして、急いで朝ごはんを作った。



「善逸、行ってらっしゃい」
「行ってくるねーー!ほんとは行きたくないけど!!引き止めてくれても良いんだからねぇぇ」
「行ってらっしゃい!!」
「行ってきます……」

 しょぼくれながら、善逸は家を出て行った。そして、私は祈りながら玄関を見つめる。無事に帰ってきますように……。
 鬼殺隊の話をすることがないから、鬼舞辻無惨がどうなったかとかは私は一切知らない。でも、こうして“柱”として家を出ていくってことは、まだ世の中に鬼が存在するということ。鬼殺隊はいつも死と隣り合わせだ。柱とはいえ、いつか強い鬼が現れて死んでしまうかもしれない。もし傷だらけで帰ってくるようなことがあれば、先ほどみたいなお見送りは絶対できないだろうなぁ……。そう考えながら、とりあえず家を掃除することにした。



「名前……!名前!!」
「……ん?あれ……」

 目の前には焦っている様子の善逸。あれ、さっき家出て行ったばかりじゃなかったっけ……?と思ったが、外は夜のようだ。いつのまにか、掃除をしながら眠ってしまっていたらしい。
 医者に行こうと善逸は言うけど、大丈夫だと答えた。体がだるい。

「たぶん、ただの風邪だと思う」
「じゃあ今日は安静にして!?ご飯は俺が作るから!!」

 別に作れるよ、と言おうとした時には、既に準備に取り掛かっていた。速すぎる……!その前に隊服脱いで!!



 善逸の作ってくれたご飯は美味しかった。それを伝えると、

「そりゃ名前が来るまでは自分で作ってたりしてたからね?まぁ、名前程じゃないけどさ……」

 と、照れ臭そうに言う善逸。
 ちゃんと消化の良いものを作ってくれて、ありがとう。ちょっと、愛を感じるなぁこれは。なんて、言わないから思わせてね。

 最近体調が良くない。善逸には、風邪かなぁと言ってあるし、私もそう思いたいけど……もしかしたらタイムリミットが近いのかもしれない。
 善逸が心配そうにしてくれるのは嬉しいが、そろそろ申し訳ない。元気な姿を見せないと。また善逸のご飯は食べてみたいけど、それはもっと重い風邪引いたときでいいわ。いや、引きたくないけどね……。と、あの日以来家事はきちんとこなしている。善逸も安心してくれるかな。

「疲れたー……」

 そう呟きながら、お布団に寝転ぶ。この瞬間がたまらなく好きだ。1日の疲れが、全て吹き飛ぶような錯覚まで起きる。
 さて、今日はもう寝よう、と電気をつけようとした瞬間、驚きのあまり声が出なかった。
 やだ、怖い、助けて……!
 恐怖で体が震える。自分の指先が少し“透けている”ことに気がついたのだ。もしかして、これが、“消滅”……?私、本当に死ぬの?

「名前!どうしたの!?」

 ガラリと、部屋の襖を開けて善逸が入ってきた。私の音を聞いて来てくれたのだろう。

「ぜ、善逸、私……!」
「名前、その指……!足も!どうしちゃったの!?」
「こ、これは……!」

 恐怖で涙がぽろぽろと出てくる。善逸はその涙を優しく指で拭ってくれた。そんな優しい善逸に安心して、私は決意した。
 今からでも、間に合うかわからないけど。

「善逸、お願い、抱いて」
「……え?」
「私、善逸に抱かれないと死んじゃうの!今なら、まだ間に合うかも……!」

 こんな嘘くさい話、普通なら笑って流すだろう。でも、善逸の耳が良くてよかった。私の言ってることは本当だって、きっと理解してくれたはずだ。
 善逸はごくりと唾を飲み込んだ。そして、優しく私を布団に押し倒した。

「初めて、だよな?」
「うん……」
「優しくできなかったら、ごめん」

 そう言いながら、善逸は私の寝巻きに優しく手をかける。そして、だんだんと露わになる私の裸。

「ぜんいつ……」

 思わず恥ずかしくなって名前を呼ぶと、善逸は優しく私の唇を塞いだ。触れるだけのキスなのに、顔が熱い。心臓が、ばくばく音を立てる。きっと善逸にはうるさいだろうな。こんなんで、この先大丈夫だろうか。

「名前……」

 善逸はそう囁いて、今度は深い口付けをしてきた。




 善逸は、すごく優しく抱いてくれた。初めからお願いすればよかったかも、と思うほどに優しく、心地よかった。
 行為後、私の透けていた部分は元通りになっていた。もし抱いてもらえなかったら、本当に消えてたんだなと思うと怖いが、もう過ぎたことだ。私は自分の無事に安心した。

「善逸、こんな変なこと頼んでごめんね……」
「いやいや何言ってんの!寧ろ、俺でよかったのかなーなんて考えちゃいますけど」
「ぜ、善逸じゃないとダメだったんだよ!……ねぇ、今から話すこと、信じてくれる?」

 そう尋ねると、善逸は「当たり前じゃんか」と頭を撫でてくれた。

「私、違う世界から来たの」
「……うん」
「善逸のこととか、鬼のこととかも、出会う前から知ってたの」
「うん」
「それで、この世界に来た時に、一番愛する人に、その……だ、抱いてもらわないと死ぬって言われて……」
「……」
「でも、そんなこと頼む勇気なくて、だからいつ死ぬんだろうって、怖くて、それで」
「あの、ちょっといい?」
「え?なに?」

 相槌をつかなくなった善逸が、急に話を止めた。一体どうしたのだろう?と思い顔を見てみると、なぜか赤い。え?なんで?

「一番愛する人に抱かれないと死ぬ、ってさ……つまり、俺のこと好きってことでいいんだよね?告白だよね?今の」
「……あっ……!」

 ついうっかりしていた。流れで告白してしまった。そのことに気づかされて、顔が燃えるように熱い。いや、もう抱いてもらったりしましたけど。それとこれは別。

「俺、耳が良いけど、名前の音はちょっと聞き取りづらいんだ。だから今まで“そういう音”が聞こえても、聞き間違いかなって思って……一人でヘコんでた。そんなことあるわけないよなーって思ってた」
「は、はい……」
「でもそれは聞き間違えじゃなかったってことでいいんだよね」
「う、うん……その、ずっと善逸のこと……」
「待って」

 善逸と、目が合う。その視線が熱くて、溶けてしまいそうだ。

「名前、ずっと好きだった。俺と結婚してくれ」

 プロポーズなんて慣れてる癖に、善逸の顔は真っ赤だった。女の子に結婚してくれよー!って叫んでた時の顔はどうしたの?って笑っちゃうくらい、真剣なものだった。

「喜んで……!」

 幸せってこういうことを言うんだろうなぁ。視界が歪んで、涙が出そうになる。そんな私を見て、善逸はぎゅうっと抱きしめてくれた。

「俺、名前のこと幸せにするから」
「うん」
「いっぱい綺麗な着物着せて」
「うん」
「美味しい鰻毎日食べさせて」
「ふふ、毎日はいいかな」
「えー!」

 そんなふうに笑っていると、いつのまにか眠ってしまった。








 柱になってから、何度も同じ夢を見るようになった。鬼に喰われる夢とか、そういうのんじゃないよ。(それなら柱になる前の方が見た)
 決まっていつも、同じ女の子が出てくるのだ。女学生っぽいが、ここらへんでは見たことのない、見慣れない服装をしている彼女。襖を開けたら、目の前に彼女が座っている。俺が手を差し出すと、彼女は握って立ち上がる。そして、二人で歩いて行く。そんな短い夢だ。夢なのに、彼女の小さくて柔らかい手の感触がとても現実味があって、ずっと記憶に残る。たかが夢。そう言われればそうだ。俺も最初は思った。でも、何度も見るんだし、忘れられなくなるのは当然だと思う。
 その日も、同じ夢を見た。彼女の柔らかい手を握って、歩いて行く──夢はいつもここで終わるのに、今日は目が覚めなかった。
 場面が代わり、俺は彼女を布団の上に押し倒していた。彼女の寝巻きをはだけさすと、ぜんいつ、と恥ずかしそうに彼女の唇が動く。その唇を塞いだ後、俺も彼女の名前を──

「なんつー夢見てんだぁぁ!!」

 目が覚めた瞬間、叫んだ。そして厠に行った。
 罪悪感がすごい。確かに、いつも同じ場面だなあとは思ってたよ?でもさ、展開早すぎない?彼女に申し訳ないんだけど。そこまで考えた後、彼女は現実には存在しないことを思い出した。
 なんとも言えない感情を抱いていると、チュンチュン、とチュン太郎が任務を知らせる。彼女のことを考えるのをやめ、チュン太郎の頭を少し撫でてから準備を始めた。



 すごく変わった血鬼術を使う鬼だった。鬼はどうやら、この空間にないものを自由に“持ってこれる”らしい。生み出すわけではないようだった。色々なものを出されて少し手間取ったが、無事、頸を切ることができた。

「あああ!畜生……!“女を持ってきた”ばかりだったのに……」

 そう呟きながら、鬼は消滅していく。この鬼とは違う音が聞こえるとは思っていたが、女の子を攫っていたのか。早く助けないと!きっと怖がっているだろう。そう思い、すぐに音を頼りにして向かうと襖が見えた。確実にこの向こうに、女の子はいる!
 俺は勢いよく襖を開けた。



 横ですやすやと眠る名前の髪を撫でる。
 ごめん、俺、薄々気づいているんだ。全部あの鬼の血鬼術のせいだってこと。名前がこの世界に来たことも、俺に、抱かれないといけなかったことも。でも、あの鬼はもう俺が倒したから、それは俺以外誰も知らないことだ。解決策が見つかったら、名前が元の世界に戻ってしまうかもしれない。俺のことなんて気にせず、帰ってしまうかもしれない。それが怖いんだ、俺。ずっとずっと会いたかったんだ。やっとこうして、現実で触れられるようになったんだ。最初に一目見たとき、運命だと思ったよ。いや、運命なんだよ。俺たちが出会ったのは。

「ずっと一緒にいような、名前」







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