走馬灯ですら貴方でいっぱいだった
義勇さんは、一見わかりにくそうで、わかりやすいお方だ。いつも無表情だが、まるで効果音が見えるかのようにわかりやすい時がある。
例えば、この前なんて──
私が義勇さんに甘えた時のこと。背中に手を回してぎゅうっと抱きしめると、義勇さんも私の腰に手を回して抱きしめ返してくれた。義勇さんのぬくもりも、匂いも、まるで独占できているかの様で、私はこの時間が好きだった。たっぷりと堪能したところで抱きしめるのをやめると、まるで、しゅん……と書いてあるかの様な様子になった義勇さんが愛おしくて堪らなかった。自惚れかもしれないが、義勇さんも私と同じく、相手を感じられるあの時間が好きなのではないかと、そう思えたのだ。
それに、初めて口吸いをしたとき……すごく不意打ちでびっくりしたけど、唇の感触がした後に、目を合わせ、お互いぽっと顔を赤らませたあの瞬間を私は忘れることはないだろう。
きっと、私だけが知っている義勇さんの顔だ。
──あぁ、走馬灯が幸せなものばかりでよかった。
「ふふ、しあわせ、だったな……」
視界が霞む。もう私はこれまでだろう、と本能で感じとる。呼吸がうまく使えなくなってきたのだ。
できれば、鬼のいない世界で貴方と生きてみたかった。いや、鬼がいなければ鬼殺隊は存在しないし、貴方と出会っていなかったかもしれないけれど。でも、きっと出会えるって思えるの。
そういえば、互いに愛していると口にしたことがなかったことを思い出した。最期に伝えたかったな、なんて。今まで口にする勇気なんて持ち合わせていなかったというのに。
あぁ、誰か来たみたいだ。ごめんなさい、人の死ぬ様を見せてしまうことになって。そして、どうか、義勇さんにお伝えください。心から愛しておりました、と。
──目が覚めた。ここが天国だろうか?白い天井、そして、覗き込む義勇さんの顔……義勇さんの顔?一体どういうこと?
義勇さんは目を見開いていたかと思えば、何かを口にして部屋を出て行ってしまった。そして、ぼんやりする頭でようやく理解する。
私、生きてる……!
よく見ると、ここは蝶屋敷ではないか。天国だと思ったなんて、頭もやられてしまったかもしれない。
少しすると、しのぶさんが駆け寄ってきて、体の様子を診てくれた。
そして、助かったのは奇跡だということ、一週間眠ったままだったということ、まだ完治していないということ、しばらく安静にし蝶屋敷で過ごしてもらうということや、義勇さんが毎日私の様子を見に来てくれていたこと……それらを伝えられた。義勇さん!?毎日!?驚いている私を置いて、しのぶさんは部屋を出て行ってしまった。そして、入れ違いのように義勇さんが入ってきた。
「ぎ、ぎゆうさん」
声を出すのが久しぶりだから、思っていたよりもうまく名前を呼べなかった。
「毎日、来てくれてたんですね」
しのぶさんから聞きましたよ。
「名前を失うんじゃないかと、怖くて堪らなかった……本当に良かった」
「義勇さん……心配、かけて、ごめんなさい」
「謝らなくていい」
そう言うと、義勇さんは優しく私を抱きしめた。私の好きな時間。また味わえるなんて、幸せ者だなあ。
「ぎゆーさん、いたい」
「悪かった、大丈夫か」
「大丈夫です、幸せですから」
微笑んでそう伝えると、義勇さんの口角もほんの少し上がる。そして、手をぎゅうっと握ってくれた。私はこの、大きい手と長い指が好きだ。
ふと、死ぬ間際……いや、死にそうになった時に言いたかったことを思い出した。
「義勇さん」
「なんだ」
「心から、愛しています」
前の私なら、きっとまだ言えなかった。でも、二度と後悔なんてしたくないのだ。
義勇さんは少し驚いた後に、私にしか見せない表情をした。そして、口を開く。
「……俺も、愛してる」
この日から義勇さんが毎日愛してると口にする様になったのは、また別のお話。