こころが痛い | ナノ




 酷い雨だった。雨音がヘッドホンの隙間からさえ攻め入るように聞こえてくる。ロマーノはどうしようも無く苛立ってヘッドホンごと音楽プレイヤーを放りなげた。ベッドの上に落ちた音も聞こえない。滝みたいな、雨。ったく、やってらんねえ。吐き出すように言った言葉さえ雨に掻き消された。無性にやるせない気分になる。このまま何もかも掻き消されそうな。
 その時だった。ポケットの中で携帯が震える。なぜだか一瞬ドキッとして、肩が飛び上がる。実に情けない。ったく、どこのどいつなんだ。携帯をスライドさせれば、スピーカーの向こうからもどしゃ降りの音がした。


「もしもし、家開けて!」

 よく知った声だった。大きな声にロマーノは顔を歪め、携帯を少し耳から離した。

「はあ?」
「玄関の前にいるの!」





 玄関の前にはびしょ濡れのそいつが携帯片手に立っていた。呆れて、馬鹿だろ、って言ったら馬鹿よ。と返ってきた。何も言わずに勝手にリビングに向かっていくのでとりあえずタオルを投げ渡して、それから暖かい紅茶を出してやった。タオルを肩にかけて、温かい紅茶を飲みながら、そいつは少し落ち着かないようでソファーの背もたれには寄りかかろうとしなかった。視線を合わそうともしない。なんとなく弟と揉めたんじゃないかと思うが、自分から言いだすつもりはなさそうだった。きっと待っているこいつは。そう分かっていて、俺はわざと聞いてやる、何があったんだ?って。

「知らないわ。知らない。」

 妙に感情的に顔が歪む。薄暗い部屋の中でそれは酷くお似合いだった。ロマーノは少しだけドキリ、とした。今にもこの雰囲気に飲み込まれてしまいそうだ。

「知らないってお前…」
「知りたくないの!」

 突然激しい感情を露にしたのに驚いて俺はスープ作ってやる、とキッチンへ逃げ出した。女ってのはわからない。本当に。啜り泣くような声が聞こえたような聞こえないような。あの弟だったら、ここで励ましの言葉でもかけるのだろうか。あの雰囲気に耐えられるのだろうか。俺は残念ながらそこまでじゃない。それは重々に分かっている。あいつと俺は全く違う。
 切った具材を鍋に放り込んで、軽く炒めてから、トマトジュースにコンソメと塩、胡椒。お玉でかき回せばいい匂いがしはじめる。相変わらず雨は降り続いているようで雨音は止まない。あの女はまだ泣いているのだろうか。雨音に隠れて泣いているのだろうか。





 リビングに戻れば、背もたれに寄りかかって天井を漠然と見上げる女の姿があった。あの時の感情を全部裏側に引っ込めてしまったようで少し恐ろしい。

「ほらよ、」

 スープを机に置けば、女は作るの早いわね、ありがとうと笑う。俺は頷き向かい側のソファーに座った。美味しい、という声と食器とスプーンの擦れる音を聞きながら俺は窓の外を見ていた。水は途切れることがなく、降り注がれている。

「…さっきはごめん。私どうかしてた。」

 それでも雨足は少し弱まってきたようだった。雨が上がったら、音楽を聞こう。それで散歩にでも出かければいい。雨の憂鬱の後には気分転換が必要だ。

「ロマも上手ね、料理。」

 突然、それがやけに耳に響いた。誰と比較したのか、そんなのは言わなくてもわかることで、そんな言い方が妙に癪に触る。どうして、誰も彼も、あいつと俺を同じに括るんだ。あの弟と俺が全く違うのなんて分かっているはずなのに。

「…フェリにすっぽかされたの、約束。女の子との約束は絶対守るのに、ね。ねえ、ロマ聞いてる?」
「それでお前は俺に慰めてもらいたいわけ?」
「そういうわけじゃ…」
「それ飲んだら帰れよ。傘持ってていいから。」

 俺は逃げるように二階に駆け上がった。部屋のドアを思い切りしめると、怖いくらいに音が響く。玄関のドアも思い切り閉まる音がした。もうあの女が俺を頼ることは無いのだろうか。無いのだろう。きっと別の誰かを見つけてしまう。ヘッドホンを拾いあげて、着ければ、アップテンポの音楽が聞こえてくる。いつのまにか、雨はあがっていた。ふざけんな、どしゃ降りがいい。何もかも無くなっちまうくらいのやつが。



こころが痛い


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曰はく、様に提出。
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。
100816
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